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番外編 II 『くま好き令嬢は理想のくま騎士に触りたい』

うさぎの夏休み

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 雨の季節が過ぎ、オルランド侯爵家の木々にも初夏の陽射しが降り注ぐと、新緑が鮮やかに煌めく。
 まだ早朝ということもあり、涼やかな風を感じることが出来る夏休みのある日。

 一年前、アリーシアが王立エトワル学園に入学した頃、ミエーレ王国の国境付近で大量の魔物が発生した。
 ガイフレートは騎士団として討伐に向かい、アリーシアはガイフレートの無事を祈りながら学園に通う日々を送っていた。
 ガイフレートの不在の間に、アリーシアはミエーレ王国の王太子に好意を寄せられるも、この一件でガイフレートはアリーシアに対して、妹以上の感情を持っていると気付き、アリーシアのデビュタント当日に二人は想いが通じ合い、夏の星空に見守られながら初めての口付けをした——。


 私のエトワル学園の夏休みに合わせ、ガイ様も騎士団の夏休みを長めに取って下さったの。

 私が以前に、エトワル学園のカフェテリアのプラムサイダーが気に入っているとガイ様に話した事を覚えていて下さって、今日はオルランド領で採れる珍しいパープルプラムのシロップ漬けが届いていると誘われたの。

 早くガイ様にお会いしたくて、朝の鍛錬の時間に着いてしまったわ。
 ガイ様の邪魔にならないように、オルランド侯爵家の執事トーマスさんに案内された木陰からそっとガイ様を見つめる。「どうぞお使い下さい」と小さなうさぎの刺繍がされたピンク色の大判のタオルも渡して貰ったの。

「ガイ様、——髪を切っていらっしゃるわ……」

 嬉しくて思わず小さく呟いてしまう。

 朝の陽射しが、素振りをするガイ様のこげ茶色の短い髪をキラキラ輝かせていて、形の良い額や高い鼻筋も汗が滲み、精悍な顔立ちに見惚れてしまう。

 いつもガイ様とお会いする時は、甘い眼差しや穏やかな表情を浮かべているので、真剣な表情や凛々しいお姿を見ると、胸が高鳴るのが分かるの。
 頬が熱くなり、心臓が跳ねる胸をそっと押さえる。
 
 ガイ様の切りたての髪に視線が奪われている内に、鍛錬が終わったみたい。

「アリー、おはよう」

 射抜くような真剣な眼差しは、甘く目を細めるものに変わり、穏やかな声で私の名前を優しく呼ぶの。
 弾かれたように、ガイ様に向かって走る。

「ガイ様、お疲れ様ですっ!」

 精一杯の背伸びをして、背の高いガイ様の切りたての髪にタオルを被せる。

「ありがとう、アリー」

 ガイ様が、くすりと笑いながら屈み、頭を下げてくださるので、大きめのタオルで汗をわしわしと拭いていく。短い髪から小さな水滴が生まれるのが可愛らしいと思いながら、優しくガイ様の汗を拭き取るの。
 汗に混じり、ガイ様から甘い匂いも立ち昇り、くらりと惹かれてしまう。

 優しく汗を拭いていると、ガイ様の汗も落ち着いて来たの。

(少しくらいなら触っても分からないかしら……?)

 タオルから親指だけ伸ばして、しっとり濡れた切りたての短い髪に触れる。
 ちくちくとシャラシャラの感触が親指に伝わる。
 この独特の感触が何度触っても飽きることがなくて、ずっと触っていたいと思ってしまうの。

 ガイ様に気付かれないように親指だけで、ちくちくとシャラシャラに触れていたはずなのに、夢中になっていたら、手はピンク色のタオルから離れてガイ様の髪を撫でている。

(あっ、待って、行かないで……っ!)

 ちくちくとシャラシャラが急に手の届かない場所に移動してしまう。タオルはガイ様の頭に乗ったまま去って行き、必死に背伸びをしても、愛しいちくちくには届かなくて、つま先がぷるぷるしていたらガイ様に両手首を捕まえられる。

「アリーの手は、また止まらない魔法にかかったのか?」

 くすりと笑うガイ様の甘く見つめる瞳にも捕まる。
 ガイ様の揶揄う言葉に、顔が熱くなり、視線が宙を泳いでしまう。

「俺以外のを触るなよ?」

 ガイ様が低い掠れた声でそう言うと、私の瞳を覗き込む。
 先程までの甘い雰囲気から色香を纏う大人な雰囲気に、心臓がどきりと跳ね上がり、後ろに下がろうとするが腰に逞しく鍛えた腕を回され、少しも下がれない。顔は痛いくらいに熱を持ち、あわあわと慌てる私を見たガイ様がくつくつ喉の奥で笑う。

「アリー、返事はしてくれないのか?」

 ガイ様の大きな手が私の頬に移動すると、親指だけを動かして頬をなぞる。
 ガイ様の熱が私へ移ったように身体が熱くて、胸が高鳴る。言葉を紡ぎたいのに、口の中で心臓が脈打つみたいで、うまく話せない。
 こくこくと首を上下に動かすので精一杯の私を見たガイ様が「アリーは可愛いな」と甘く掠れた声を耳元で囁かれ、思わず肩が揺れてしまった瞬間。

「……っ」

 耳元に柔らかな感触が落とされる。
 
 目を見開いて、ガイ様を見上げると甘い眼差しのガイ様に見つめられる。
 
 ガイ様が頭のタオルを広げると、私も隠すように覆う。ピンク色のタオルに朝の陽射しが注いで透けて、目の前が淡いピンク色の世界に包まれる。
 
 淡いピンク色の世界で、耳元にひとつ、こめかみにひとつ、おでこにひとつ……ちゅ、ちゅ、と軽く押し当てられる柔らかな唇の感触に身体中が痺れて、溶けていく。
 
「——アリー……」
 
 ガイ様の掠れた声に、ゆっくり視線を上げれば、熱を帯びた甘い瞳と見合う。
 頬に添えられた大きな熱い手。親指でそっと唇を撫でられる甘い合図に、私はゆっくり瞳を閉じる。
 ガイ様の厚みのある唇が、ちゅ、と私の唇に優しく重なり、甘くて幸せな口付けを交わしたわ。


 この後、二人で飲んだパープルプラムのシロップ漬けのプラムサイダーも淡いピンク色をしていて、淡くピンク色に頬を染めたアリーシアが可愛らしすぎて、ガイフレートがもう一度甘い口付けを落としたとか——。
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