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番外編 I

いただきます 1

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 ※いただきます編(全三話)は、ガイフレート視点です。




 窓から晴れ切った朝の陽射しが差し込む。
 秋の朝は少し肌寒い。愛しい妻は俺に甘えるように身体を寄せ、穏やかな寝息を立てている。顔にかかる一房の髪を掬い耳に掛けると、ん……と昨夜の余韻のような甘い声が漏れた。アリーから無意識に溢れた声に、思わずごくりと喉が鳴る。柔らかな頬に優しく触れ、桃花のような甘い匂いのする髪や可愛い額に優しくキスを落とす。
 くすぐったいのか身を捩りながら俺の胸に隠れようとする愛しい仕草や薄布をまとう身体から誘うような体温と柔らかな膨らみの感触に甘い痺れが走る。背中や細い腰を撫でながら頭にキスの雨を降らせていると、アリーが寝ぼけ眼で俺を見つめる。

「ん……ガイ、さま?」

 掠れた声で尋ねるアリーの無防備な姿に、昨夜のように甘く啼かせたくなる本能と理性がせめぎ合う。

「朝から誘ってるのか?」

 甘く耳元に囁けば、暫しの沈黙の後、アリーは自分の置かれている状況が分かったらしい。
 はだけた寝間着から覗く素肌が赤く染め上がった。羞恥で潤んだ瞳で小動物のように震えて首を横に降る仕草は、食べてくれと言ってるのと同じだぞ? 思わず笑いが漏れる。わざと視線を逸らした隙に、アリーがはだけた寝間着を搔き合せると可愛いアリーうさぎになって脱兎の如く扉に向かって飛び出した。
 これで朝からトーマスに怒られる事は無さそうだなと独り言つ。

「おや、よく我慢出来ましたね?」

 いつの間にか入室していた執事のトーマスの言葉に恨みがましげにじとりと睨む。

「旦那様が我慢出来ないと思って早めの時間をお伝えしていたのですが? 支度する時間が随分増えたとサラが喜んでいましたよ」
「なっ! くっ! 今からでも遅くない!」
「それは無理ですね!」

 満面の笑みを浮かべて即答したトーマスは、部屋を明るくするためカーテンを開け始める。眩しい朝日に目を細めていると、トーマスが呆れたような表情を浮かべた。

「さあ、旦那様も結婚式の支度に取り掛かって下さい」

 諦めきれずアリーが出て行った扉を見つめていたら最後通告だと言わんばかりに、湯殿に向かうようにトーマスに告げられた。

 はあ、と深くため息を零して湯浴みを済ませる。その後いつもより丁寧に身仕度を整え、花婿衣装、アリーの熱烈な希望によって決まった騎士団の正装に袖を通した。
 可愛い妻は俺の騎士団の正装姿がよほど気に入っているらしく結婚前から着用する度に見に来ていた。ほんのり桃色に頬を染め、熱い吐息を零して、俺にうっとりと見惚れるものだからソファに押し倒したい衝動を何度我慢したことか。結婚した今は押し倒す時間も含めて早めの支度をしている。

 我が家オルランド侯爵家の使用人達に生温かい目で見られているが、可愛い妻だけは俺が押し倒す時間を設けているのに気付く事もなく、俺が遅刻するかもと朱色に身体を染めて心配をしている。そんないじらしい妻が可愛い抵抗をやめ、身を委ねる瞬間が堪らなく愛らしいのだ。

 椅子に座った拍子に勲章が音を立てる。一番新しい勲章をふと手に取り見ていると、トーマスが笑いを堪える気配を感じ、きつく睨む。

「言いたい事があるならハッキリ言え」
「え? 宜しいのですか?」
「…………やっぱり言うな」

 トーマスが肩を震わせる。むすっと顔を顰めると、俺の好きな紅茶を丁寧に淹れる。悔しいがこんな時でもトーマスの淹れる紅茶は絶品だ。

 叙勲を受けた最大の理由は、本人は知らないがアリーになると思う。
 ようやく身も心も手に入れ、結婚して初めてのアリーの誕生日が間近に迫った頃、不穏な動きを見せる間の悪い王国があったのだ。夫婦になって初めて迎えるアリーの誕生日を一緒に過ごす以外の選択肢があるわけないだろう? 国王陛下が腰を抜かす程、あっと言う間にその国を制圧した俺に軍神や死神などの呼び名がついたようだが、俺は可愛い妻と過ごしたいだけだ。

 結婚する前からアリーの誕生日に結婚式を挙げる予定でずっと準備を進めていたから今日に間に合って本当に良かったと思う。

「重すぎる……」
「ごほ! な? え?」

 トーマスの漏らした言葉にごほごほと紅茶を咳き込む。トーマスは俺からそっと目を逸らした——
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