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王立エトワル学園 5

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 甘ったるい匂いのするフェリックス殿下から不敬に思われない程度に離れて座り直す。ガイ様の甘い匂いは好きなのに……。
 それにしても、私はふつふつと自分の中で怒りが湧くのに気付いたの。こんなどろっとした感情が自分の中にあった事に驚いたわ。

 フェリックス殿下は、ルルに付き纏われて大変だったと言うが、実際は半日程度な筈だ。
 ランチの時間に、私をルルのライバルにあっという間に仕上げ、気持ちを逸らした為、私は午後の時間全てをルルの剥き出しの敵意に晒された……フェリックス殿下は自身と愛するソフィア様を守るために私を差し出した訳だ。

 今ここでフェリックス殿下に文句を言っても状況は変わらない……いや、下手に何か言って状況を悪化させる可能性もある。
 ウィンザー侯爵家お父様やお兄様オルランド侯爵家ガイ様や侯爵夫人に相談して対策を取るべきだわと思い至る。
 
 馬車の中に重たい沈黙が流れていた。
 フェリックス殿下が組んでいた腕を解き、こほんと咳払いをすると「賭けをしないか?」と切れ長の天色の瞳で真っ直ぐこちらを見る。
 嫌です……と口に出す前にフェリックス殿下が先に言葉を重ねた。どうやら私は話すのが遅いみたいよね。

「魔写真を知っているか?」

「……っ!」

 フェリックス殿下の言葉に思わず息を呑んだの。

 魔写真は、最近ミエーレ王国で発明され、王家に献上された画期的な物だ。
 魔力を使い、そこにあるまことの像を写したものが魔写真と呼ばれている。

 魔写真製造機に魔力の篭った特殊な用紙をセットし、魔写真製造機を覗き、シャッターを切ると、そこに見えていたものを特殊な用紙に、場所や時間を真に切り取ったと思うくらい精巧に写し取る事が出来るらしい。
 魔写真製造機のシャッターを押す為に、多大な魔力を必要としているし、この魔力の篭った特殊な用紙も魔力が必要で、すごく高価なのだ。
 それにまだ魔写真製造機は王家に一台しかない!

 魔写真は素晴らしい物とは思うけれど、フェリックス殿下が今、質問するような事かしらと首を傾げてしまう。フェリックス殿下が口角を上げ、笑みを深める。

「フェルに聞いたが、アリーは、王立騎士団の正装姿のガイを大変好んでいるとか?」
 
「……っ!」

 フェルカイト様!
 そんな事までこの腹黒、いやフェリックス腹黒殿下に、いやいや、フェリックス殿下に伝えているとは……!
 もう絶対にフェルカイト様にガイ様の話は二度としない事に決めたわ……人の恋の話を他人にペラペラ話すなんて最低だわ!
 
 ガイ様が王立騎士団の正装を着ているのを一度だけ拝見した事があるの。純白の生地に煌めく金糸で縁を刺繍で施してあり、ガイ様のエメラルドグリーンの瞳と純白の正装姿がとてもよく似合っていて、言葉を失ってしまうくらい見惚れてしまったの……!

 一緒にいらしたガイ様のお父様は、正装姿に勲章が沢山、本当に沢山ジャラジャラと付いていて少し重たそうだなと思ったのを覚えている。
 頭の中でガイ様の素敵な姿を描き、ほわんと胸が温かくなっているところに、フェリックス殿下の声が割り込む。

「ピンク頭を正気に戻せたら、ガイの正装姿の魔写真を褒美にやろう」

 私の沈黙を歓喜のあまりに声が出ないと判断したフェリックス殿下が、ニヤリと口角を更に上げて、真っ直ぐに私を見据えた。
 私は呆れてため息を零したくなるのを堪えたわ。

「フェリックス殿下、私が試験にてトップを取ったら魔写真を要求致しますわ」

 ヒロイン病を正気に戻すのは攻略対象者の役目だと聞いている。
 それに勉強や試験はフェリックス殿下の様に急かさないし、自分の為にもなるからルルのライバル役になるのは百歩譲って良いけれど、ヒロイン病はどうすれば治るか分からないのだ。
 一学期の間、ルルの敵意に晒され、学年トップを取っても、魔写真が貰えないなんて頑張る気が全く湧かない。

「ふむ……では、ピンク頭を正気に戻せたら、ガイの騎士団正装姿の魔写真を一枚やろう。学年トップだけならば、正装姿ではないガイの魔写真一枚だな」

「……ずるい」

「アリー、どうする?」

 益々笑みを深めたフェリックス腹黒殿下は、優雅に脚を組み替え、勝利を確信した様に天色の瞳で私を見据えて来る。

 ガイ様の魔写真ーー欲しいわ……。

 だって遠征に出掛けてしまうと数ヶ月会えない事もあるもの。くまのカイを抱き締めて過ごすけれど、ガイ様の魔写真が一枚あったらガイ様が近くに居て下さるみたいで、きっと少しは寂しさが和らぐと思うの。

「……書面にて、契約して頂けますか?」

 フェリックス殿下は先程ルルに守る気もない約束を餌にしていた。
 この腹黒殿下の口約束など信用できない。フェリックス腹黒殿下が一瞬、瞠目したが、その後くつくつと笑い出す。

「ミエーレ王国王太子の言葉を信用出来ないの? まあいいよ。紙と書くものを頂戴」

 フェリックス腹黒殿下は、信用の言葉を辞書で引いた事があるのかしら?
 信用とは、『実績や裏付けなどの根拠に基づいて、相手を信じること』なのよ。
 言動、行動、結果によって、少しづつ積み上がっていくもの。そして、一度の失敗や過ちで失ってしまうものが信用よ。
 一体どこに私と腹黒殿下の間に信用が築かれていると言うのかしら?

 私のじとりとした視線をまるで感じない様に、フェリックス殿下がサラサラと契約書を書き上げた。

「これで良いか?」

 差し出され、目を通す。
 先程、話した賭けの内容をきちんとした言葉で記してあるが、『この契約内容を他言しないこと』の一文が引っ掛かり腹黒殿下に確認をすると、「アリー、ガイに知られたくないだろう?

 これはわたしの優しさだ」と甘く微笑まれ、確かにガイ様にガイ様の魔写真を欲しがっていると知られるのは恥ずかしいわ! と思い、意外と殿下も良いところもあるのねと頷いた。

 何度も何度も契約書を確認して、私はフェリックス殿下の下に署名をした。

 こうして、私はガイ様の魔写真のためにルルとライバルになったのだ——
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