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仮の婚約者 1

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 ガイ様へ気持ちを伝えた夜から高熱を出してしまい意識がうつらうつらはっきりしないまま数日がすぎ、ようやく熱が下がると世界はすっかり変わっていたわ。

「ああ、かわいいアリー、どこにもいかないでおくれ」
「アリー、まだ本調子じゃなければ無理することはないんだよ」

 今にも泣きそうなアレクお兄様にそっと抱きしめられ、眉をよせたお父様が心配そうに顔をのぞいてくるの。

「二人ともいい加減にしてちょうだい。アリーそろそろ時間になるわよ、行きましょう」

 あきれた顔のお母様がアレクお兄様からさわやかな緑色のドレスに身をつつんだ私を引き離すとお父様と三人でウィンザー家の馬車へ乗り込んだの。
 もう会うことができないと思っていたガイ様のいらっしゃるオルランド家へ『』として向かうことになったの――!

 馬車の中でお母様とお父様から話しかけられても、ずっと夢の中にいるみたいでうわの空だったの。

「よく来たね、待っていたよ」

 出迎えてくださったガイ様のご両親であるオルランド侯爵と侯爵夫人にきちんとご挨拶をしたわ。
 ガイ様のお父様は王立騎士団長を務めていて、ガイ様より身体が大きいけれど、ガイ様と同じ優しい瞳をしていて大きなくまさんのお父さんくまさんという感じがして、私はガイ様のお父様が一目で好きになってしまったの。

「父上を見ても怖がらないなんて、アリーシア嬢は流石だな」

 ぶはっと笑う声がして、視線を向けるともう会えないと思っていたガイ様のお姿が見えたわ。
 ガイ様を見つけた途端に走りだしていて、ぎゅっと抱きついたの。

「ガイ様――! ガイ様のお父様はガイ様みたいに優しい瞳をしているから、ちっとも怖くないわ!」

 ガイ様はしゃがみ込むと大きな温かな手で頭をなでてくれたの。

「あらあら、二人は仲良しさんなのね」
「ええ、いつも仲良くしているのよ」

 私たちのうしろにいるお母様同士がにっこり微笑みあってこそこそ話しているのに気づかないまま、お母様たちにすすめられてガイ様と一緒にお庭を散歩することになったの。
 ガイ様が大きな温かな手を差し出してくださるのが嬉しくて、宝物みたいにそっとにぎると優しくにぎり返してくださったの。

「アリーシア嬢は我が家にくるのははじめてだったな」
「えっ、あっ――はっ、は、いっ!」
「あのな、いきなり取って食べたりしないぞ」

 そよそよと風が気持ちのいいお庭でガイ様と二人きりになると、この前のことを意識してしまって返事が変になってしまったの。
 恥ずかしくて顔が赤らんでしまうと、ガイ様がくつくつと笑いながら噴水の見える木陰へ連れていってくださったの。

「わあ――! とっても気持ちがいいですね」
「ここで本を読んだり、ゆっくりするのが好きなんだ」

 青々とした木の下にはふかふかのシートが敷かれていてガイ様と並んで座ると、春の花の匂いのするやわらかな風が頬をなでていく。
 ガイ様の好きな場所を教えていただけたと思うと、つい頬もゆるんでしまうとガイ様からまっすぐに見つめられる。

「アリーシア嬢、婚約させてしまってすまない」
「えっ――?」

 ガイ様の言葉に驚いてしまい、目を大きく見開いているとガイ様は言葉を続けた。

「アリーシア嬢はまだ小さい――。今すぐ婚約者を決める必要はないんだぞ。これから王立エトワル学園に入学して、たくさんの出会いがあるはずだ。誰かを好きだと思ったときに俺と婚約しているからと諦めることはないからな」

 ガイ様の言葉の意味がよくわからなくて首を傾げた。

「あのな、王立エトワル学園卒業するまではアリーシア嬢から婚約を白紙に戻せるように決まっているんだ」
「いやなの! アリー、ガイ様のお嫁さんになりたいの!」

 いやいやと大きく首を横に振ると、ガイ様は困った表情をしたまま大きな温かい手でゆっくり頭を撫でてくれたの。
 私はガイ様の大きくて温かな手を両手でぎゅっとつかむと、気持ちが伝わるようにじっとガイ様の優しい緑色の瞳を見つめたの。

「アリー、ガイ様が見惚れてしまうすてきな大人の女性になるので、少しだけ待っていてください――!」

 ぶはっと大きな声でガイ様が笑うと、ほんの少しあとに優しく目を細めて穏やかな声でこうおっしゃったの。

「ああ、それは楽しみだな――」

 ガイ様と私が婚約者になった数日後、ガイ様は王立騎士団に入団したの――。



 ガイ様と婚約したことを真っ先に親友のリリアンとエリーナに伝えたわ。

「アリー、本当におめでとう!」
「本当によかったわね! アリー、刺繍はんかちを渡したときのことも教えてくれるわよね?」
「もちろんよ――!」

 恥ずかしい気持ちもあったけれど、それ以上に二人にはガイ様のことを聞いて欲しくて、好きだと言ったことやほっぺにキスをしたことを話したの。

「きゃあ――!」
「アリーったら大胆なのね……っ!」

 私たち三人とも同じくらい顔が真っ赤になってしまったわ。

「あとね、リリーとエリーにひとつ相談したいことがあるの」
「アリー、どうしたの?」
「実は、ガイ様は私が小さいから他に好きな人ができるかもしれないとおっしゃって、王立エトワル学園を卒業するまでは私からなら婚約を白紙に戻せるの」
「ええっ! そんな婚約聞いたことないわ!」

 二人も目をまんまるにして驚いていたわ。

「それでアリーはなんて言ったの?」
「もちろんガイ様のお嫁さんになりたいことと、すてきな大人の女性になって見惚れさせますと言ったのだけれど――すてきな大人の女性になるにはどうすればいいのかしら?」

 今度は二人がまんまるの瞳をぱちくりさせたわ。

「なにも考えずに言うところが、アリーらしいわね」
「そうね、これからはガイフレート様がアリーに見惚れるようなすてきな大人の女性になるための作戦を立てましょうよ!」
「ええ、決まりね――!」

 私たち三人はいつものように刺繍を刺しながらすてきな大人の女性について話しあったの――。



 ガイ様がいらっしゃらなくてもガイ様のお母様からオルランド家のことを教えてもらうために何度もオルランド家に招かれたわ。

 私にはまだまだ難しいこともあったけれど、ガイ様のお母様はガイ様と同じように穏やかな声で優しく教えてくださるからすぐに大好きになったの。
 二人でゆっくりお茶をしながらガイ様の小さい頃のお話や読んでいた本を見せていただくこともあったの。

「アリーシアは最近ガイに手紙を書いているの?」
「あっ、えっと、最近は書いていないです」
「あらあら、どうして?」
「男性はじらされると追いかけたくなると聞いたので、ガイ様にこれからじらしますとお手紙を差し上げてお手紙を書くのをとっても我慢しています」
「まあまあ、それはガイもきっと焦ってしまうわね」
「これならガイ様に好きになってもらえるかしら?」

 ガイ様のお母様がにっこり微笑むと優しく頭をなでて下さったわ。

 この話はすぐにオルランド侯爵夫人から侯爵へ伝わることになった。

「アリーシアは本当にかわいいのよ――素直で愛らしい娘ができて嬉しいけれど、あまい蜜のたっぷりある美しい花には害ある虫もたくさん寄ってくるからガイが心配するのもわかるわね」
「うむ、そうだな」
「今は小さくてもすぐに成長するのだから、ガイも年の差など気にせずにオルランド家のすべてを使って、虫ひとつ寄せなければいいのに――」
「そうだな、今は年の差を感じるだろうがアリーシア嬢がエトワル学園を卒業する頃にはたいして気になるまい」

 オルランド侯爵と侯爵夫人がお酒をかたむけながら私たちの話をしていたことを私は知らない――。
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