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くま好き令嬢の出逢い 1

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 数年が経ち、アリーシアは文字が少しずつ読める様になった——

「アレクお兄さま、まだかな?」

 今日は、年の離れた兄――アレクセイが王立学園から帰ってきたら遊んでくれる約束をしているので、くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、首を長くして待っているのだ。

 今日も今日とて、アリーシアはくまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、一日中ずっと一緒に過ごしていた。
 ウィンザー家の侍女達によって、アリーシアのピンクサファイアの瞳と同じ甘いピンク色のチェックシャツを着たくまのぬいぐるみと、くまのぬいぐるみの瞳と同じ緑色のチェック柄の大きなリボンを髪に留めたお揃いの格好をしている。
 こうして、アリーシアとくまのぬいぐるみとすれ違うウィンザー家の使用人たちは目を綻ばせているのだ。

「アリー! これを見てみて!」


 興奮気味に帰宅した兄のアレクセイが、一冊の絵本をアリーシアに見せる。勢いよく差し出された絵本に、アリーシアは大きな瞳をまたたかせた。
 本の表紙とくまのぬいぐるみを交互に何度も視線を動かしていく。

 絵本の表紙には、アリーシアのくまのぬいぐるみと同じ、こげ茶色で緑色の瞳のくまの絵が描かれていたのだ!

「アリーのくまさんだわっ!」

 きらきらと嬉しそうな瞳を向けられ、アレクセイは満足そうにうなずいた。生まれる前から妹を溺愛するアレクセイは、アリーシアの喜ぶ顔が見たくて急いで帰宅したのだ。

「もり、いちばん、の、くまさん?」

 アリーシアがつたないながらも題名を読みあげると、アレクセイは柔らかく笑みを浮かべて、アリーシアの頭を撫でる。

「アリーは文字が読めて、すごいね」

 アリーシアを抱きあげたアレクセイは、居間のソファに腰を下ろすとアリーシアを膝の上に乗せた、アリーシアは自分の膝の上にくまのぬいぐるみを乗せた。
 これが二人と一匹の、絵本の読み聞かせ定位置だからだ。

 アレクセイは、表紙が柔らかな茶色のうすい絵本をアリーシアの前に広げると優しく読み聞かせを始めた――。


『森でいちばん大きなくまさんは、森でいちばん強い動物でしたが、森でいちばんお友達のいない動物でもありました。

 ある日、のっしのっしと、くまさんが森を歩いていると、うさぎさんが罠にはまって困っていました。くまさんは力持ちなので、うさぎさんの罠を外してあげました。くまさんは強くて森のみんなに怖がられていましたが、本当は森でいちばんやさしい動物だったのです。
 二匹はすぐに仲良しになって、一緒に暮らすことにしました。「ねえ、くまさん」「ねえ、うさぎさん」と一緒に呼びかけ合うと、一緒に笑い、「お先にどうぞ」と二匹はまた一緒に言いました。

「ぼくたちに名前があったら、すてきじゃないかな?」
「私たちに名前があったら、すてきじゃないかしら?」

 二匹はお互いの名前を付けることにしました。
 うさぎさんは、くまさんの名前を「カイ」と名付けました。さわやかな名前は、カイにぴったりでした。
 くまさんはうさぎさんの名前を「アリー」と決めました。かわいくて優しい名前は、アリーにぴったりでした。

 こうして、くまのカイとうさぎのアリーはいつまでも幸せに暮らしましたとさ——』


「――おしまい、だよ」
「アレクお兄さま――!」

 アリーシアは、くまのぬいぐるみをぎゅっと力強く抱きしめて背中のアレクセイを見上げる。アレクセイはアリーシアの反応が予想以上に可愛くて、目を細める。

「アリー、どうしたの?」

 アリーシアの頭をゆっくり撫でながら優しく尋ねる。

「アリーのくまさんのなまえは――カイなのね?」

 小首を傾げて聞いてくる溺愛する妹アリーシアの可愛さの破壊力にアレクセイがもだえながら、大きくうなずいた。

「そうだね。それに、アリーはうさぎだね」

 絵本に出てくるうさぎは金色で、アリーと同じ優しくて甘いピンク色の瞳だったことを思いながら、アリーシアの頭を優しく撫でてあげる。

 ぱっと花が咲くように笑顔になったアリーシアがアレクセイの膝の上から飛び降りる。

「あなたのなまえはカイよ! わたしはうさぎのアリー」

 そう言いながら、くまのカイを抱きあげて、くるくる回りはじめた。

「かわいいアリーの踊りを独り占めだ!」

 アレクセイがひとりだと喜びにひたっている後ろで、ウィンザー家の使用人達もアリーシアの踊りをこっそり覗いており、みんなでアリーシアの踊りに癒されていたことは、アレクセイには内緒である。

 この後、ウィンザー家の仕事ができる使用人によって、アリーシアの洋服にうさぎの要素がたっぷりお取り入れられることになった。
 中でもうさ耳のふわふわな帽子を被ったアリーシアに、ウィンザー家中が癒されたとか——。
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