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side 藍川裕太①

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「裕太、本当に良かったの?」

 翔太の質問を無視して、渡辺さんの家の勉強会を終えた俺たちは帰りの電車に乗り込む。
 やれやれと視線を送られるが、気付かない振りをしたまま田植えが終わったばかりの田園風景を眺める。

「葵ちゃん、このままだと付き合っちゃうよ?」

 ギロリと睨み付けても、昔からの付き合いの翔太は飄々ひょうひょうとしている。

◇ ◇ ◇

 渡辺さんには、完全に一目惚れだった。

 渡辺葵さん、初日から男子生徒の間で噂になっている美少女だ。二日目には、二年と三年の間でも、噂になっていた
 高校の最寄駅で同じクラスの中村さんに紹介され、挨拶された時に、心臓が止まると思った。

 溢れそうな大きな目、長くて震えそうなまつ毛、色白な柔らかそうな肌に桃色の頬、小さな鼻に、ぷるりとした唇、背が少し低めで守りたくなるように線が細いのに、ぱっと見だけど、出るとこは出てて、とにかく全部が好みだった。

 俺の好みドストライクな容姿に見惚れてしまった。

 俺も、顔は悪くないという自覚はある。
 昔から一度も話した事のない女子に、一目惚れだの顔が好みだと告白される事はあったし、それなりに据え膳は食って来た方だと思う。
 
 渡辺さんが、俺の見た目に興味を持てばとあわよくば思ったが、残念ながら空振り。
 俺は、見惚れてまともな挨拶も出来なかった。挨拶も出来ないなんて、人として格好悪すぎる。
 隣に並び、会話をして挽回を図ろうとするも、渡辺さんがいちいち可愛くて、話しかけれない。
 可愛らしい声、ちょっと天然な感じ、うなじのおくれ毛が色っぽくて、つむじが右巻きな発見だけで、時間が過ぎていく。

 渡辺さんが織姫駅を語る様子は、小動物が威嚇するみたいで、ただただ可愛くて、それと同時に、もっと怒らせてみたいという欲求が生まれた。

 翔太の呆れた視線を受けたが、渡辺さんにちょっと意地悪なことを言ったら、無茶苦茶可愛かった。
 俺の心臓は撃ち抜かれた。

 絶対に織姫駅の精肉店に行こう。絶対に渡辺さんのおすすめのコロッケ買おうと心に決めた。食の好みって大切だ。

「翔太……今度、コロッケ食べに行こうぜ」
「いいけどさ、裕太……、葵ちゃんの君の評価、最低だよ」

 翔太に言われ絶望感を味わったが、最低なら上がるだけだろうし、と楽観的に考えて、次の日に早速精肉店に行った。

 なんで二人がいるの? と、きょとんとした顔でこてりと小首を傾ける渡辺さんが可愛すぎる。
 コロッケを受け取る小さな白い手も、ベンチの隣にちょこんと座る様子も、ふにゃりと笑顔で美味しいねと話しかけるのも、無防備なおでこも、メンチカツが苦手な理由も天然っぽくて、いちいち心臓を撃ち抜いて来る。

「好きな子にデコピンするとか、バカなの?」
「——可愛くて、つい」
「今、デレるなよ……デコピンして喜ぶ女子居ないからな。裕太の顔なら頭ぽんぽん、壁ドン、顎クイの御三家にすればいいのに」

 渡辺さんに御三家は、……無理だ。心臓が死ぬ。
 少しずつ距離を縮めようと思った矢先、強力なライバルの存在を知った。

 爽やか王子——なんだその愛称と思ったが、俺も氷の貴公子だった——相沢圭だ。確認したら顔面偏差値が高かった。甘い顔立ちで俺とは違うタイプだ。

「爽やかに爽やかを足したみたいなカップルだよね!」
「爽やか王子と葵姫は、美男美女でお似合いだよね」
「毎朝、圭王子がベランダで頭ぽんぽんしてるって」
「二人は、まだ付き合ってないらしいよー! 圭王子が取られないようにしてるって噂だよ」

 渡辺さんの話題に思わず耳が拾ってしまう。
 公認カップル扱いされていて、衝撃を受けるも、まだ付き合っていないことに胸を撫で下ろす。
 渡辺さんは、相沢に着々と外堀を埋められているらしい。無性に渡辺さんと話したくなった。

「なあ翔太、メンチカツ食べて行こうぜ」
「裕太って分かりやすいな」
 
 駆け寄って来る渡辺さんがいつも以上に可愛い。間違い探しみたいに違いを探す。
 いつもより無防備なおでこと髪型、洗練された眉とぷるぷるした果実みたいに色づく唇、それに……あとは、真っ赤な頬、とか? いや、これは異常に赤いな、熱があるのか? 心配になって、思わず手を伸ばして、いつも無防備なおでこに触れようと近付く。

 ——藍川君、近いよ!

 肩に触れる細い指、真っ赤に上気した顔と上目遣いの潤んだ瞳、俺の言葉になぜか敬語になる渡辺さん。
 慌てたように飲み物を買いに行くのが、心配で見つめる。

「裕太、デコピンじゃなくて、初めからそれが出来れば良かったのにね……」

 翔太に呆れた目で見られた。メンチカツを食べ終えた頃、渡辺さんがいつもの桃色な頬になって、戻って来た。
 サイダーを好きな理由が、頬でしゅわしゅわを楽しみたいからだと真面目な顔で語る様子に、心臓が撃ち抜かれる。
 最初はキリッとした雰囲気で始まったのに、途中の炭酸と甘さが絶妙な辺りから怪しくなって、最後はふにゃふにゃな笑顔になり、美味しくて好きなんだと言っていた。

 その後、過去のトラウマを聞いた。
 罰ゲームの告白の真意は分からないが、渡辺さんを美少女じゃないと言うやつは目が死んでると思うし、『やばい』はマイナスじゃなくて、プラスにも使える便利な単語だ、それに渡辺さんは天然だからなと俺は思った。

 それより、目を伏せ震えるまつ毛が綺麗で、落ち込む頬に触れたくて、溢れそうな涙は拭いたいし、ブレザーを握る白い手に手を重ねたいと思ったのに、……気付けば、無防備なおでこにデコピンをして、一緒に帰る約束をした。
 
「ああっ! 何で俺は、新入生代表挨拶を断ったんだろうな……」
「まあ、チャンスの神様は後ろ禿げって言うからね」
「——育毛剤を贈呈したい」
「すぐには生えないでしょ……」

 渡辺さんの話を聞いて、失敗したと思った。もし代表挨拶を受けていたら同じクラスになっていて、それで二人で一緒に課題提出をしたら、相沢じゃなくて俺と恋が芽生えたかもしれないのに、と頭を抱えたくなる。
 でも勘違いっぽいトラウマで、自分に自信がなくて恋ができないなら、まだチャンスはあるなと黒い俺は思ってしまう。
 翔太が、やれやれとため息を吐いている。

「それ以前に、なんで、あの流れでデコピンするかな?」
「——つい……?」
「裕太って本当バカだよね。あそこは優しく慰めるところだよ。何で取調室みたいになってるの? 協力するって聞いた時の葵ちゃんの顔、はてなしか飛んでなかったからね……」
「え、まじか……」
「裕太、……言葉がなくて伝わるのは、デコピンじゃなくて、頭ぽんぽんみたいな好意を分かりやすく示すやつね。葵ちゃんは、幼馴染でもエスパーでもないからね。裕太の気持ちは、話さないと伝わらないよ」

 一緒に帰る約束をして浮かれていたら、翔太にダメ出しをされた。

「翔太——いつもありがとな!」
「僕にデレてどうするのさ……」

 感謝の気持ちを素直に出してみたら、呆れた目で見られた。
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