上 下
1 / 29

黒歴史

しおりを挟む


 私、渡辺葵わたなべあおいはどこにでもいる普通の高校生だと思う。

 たぬきが出て来る無人駅のある田舎に住んでいることと、第一志望の公立高校を諦めたことを除けば。

◇ ◇ ◇

 知りたくなかったのに、知ってしまうことがある。

 教室の扉を開けようとした瞬間、同級生の男の子達の会話に自分の名前が挙がり、私は思わず手を止めた。

「健介、渡辺さんと付き合っちゃえばいいじゃん?」
「渡辺さんだって、脈あると思うぜ」
「だよなぁ。とりあえず、告白してみれば?」

 とりあえず、告白——

 同級生の男の子の言葉に、ずきん、と胸が苦しくなる。

「告白なんて、するわけがないだろう……」

 健介君の呆れた声が聞こえて、私は扉に掛けていた手が震えたのが分かった。
 居ないで欲しいなと思った、健介君もやっぱり教室にいるみたい。

「葵に告白なんて、罰ゲームでもないと出来ないよ」
「確かにな、渡辺さんに告白は無理だよな」
「そうだなぁ、あの見た目だもんな。俺も勇気ないわ」

 続けられた会話の内容に、私は、さあっと血の気が引くのを感じた。

「俺と葵は、志望校が一緒だから何かあったら困るじゃん」

 健介君の苦々しい声が聞こえ、これ以上聞くのは良くないと頭の中で警告が鳴るが、足が張り付いたみたいに動けない。

「健介は公立が県トップの北高で、滑り止めの私立が東高だよな。あれ、渡辺さんって滑り止めは西高受ける予定じゃなかった?」
「今、東高に変えるように勧めてる。葵が西高の制服着るのは、やばいだろう……」
「渡辺さんが県一番の可愛い西高の制服は、やばいな」
「やばいどころじゃないだろ、まともに見れないレベルだわ」

 頭から水を浴びせられたみたいに、寒気が止まらなかった。指先は氷みたいに冷たく震え、扉に掛けていた手を音が鳴らないように離した。

「そう言うこと。俺が葵に告白するなら罰ゲーム以外は、無理ってことだよ」

 笑いながら健介君が言うと、みんなも笑った。

 健介君は、隣の席に座る男の子。
 サッカー部でいつも頑張っていて、明るくて、みんなに人気があり、人見知りな私にも笑顔で毎日話し掛けてくれる優しい人。

 授業中に真剣に聞く横顔や、目が合うとニカっと笑う大きな口も、短髪も日焼けした体も、素敵だなと思っていた。
 恋がはじまるみたいに、胸の奥がそわそわしていた。

 私の見た目は、運動が苦手なこともあって健康的な肌色からかけ離れた白色。色素が薄いのか、真っ黒というよりこげ茶色の髪と瞳。母親に、生まれた時に宇宙人を生んだのかと思ったわ、と揶揄われる大きな目だ。
 異性から褒められた事もないけれど、ごく普通だと自分では思っていた。

 だから健介君達が私のことを、そんな風に可愛くないと思っていたなんて、知らなかった。

 健介君と同級生が笑い終わると、健介君の少し慌てた声が聞こえて来た。

「あ、やばい。そろそろ葵が戻って来る時間じゃん。聞かれたらマズイから、この話は止めようぜ」

 胸の奥が刺されたみたいに苦しくて、息の仕方がよく分からなくて、胸元を両手で押さえる。
 目の前の景色が、じわりと歪む。
 教室の中の人達には、こんな姿を見られたくなくて、音を出さないように、急いで教室を後にした。

 中庭の目立たない場所に到着すると、涙が溢れるのが止まらない。
 思い出したくないのに、先程の同級生の会話が耳について離れない。
 止まっては溢れる涙がようやく落ち着いたのは、日が傾きかけた頃だった。

 私の淡い想いは、恋にもなれないまま終わった。

 私は、ずっと健介君が同じ志望校を勧めてくれるのを好意から来るものだと思っていた。

 でも健介君は違っていた。
 勘違いをしていたことが恥ずかしかった。
 
 恋にもなれなかった想いだったけれど、それでも健介君には、いつでもニカっと大きな口を開けて笑っていて欲しいと思った。

 泣いて泣いて、これからの事を考えて出した結論は、健介君の側から離れることだった。

 最後にもう同じ気持ちで見ることが出来ない健介君のニカっとした笑顔を思い浮かべると、また目元が歪んだけど、もう泣かないと決めた。

 願書を出す直前に、親や先生に北高受験を止めて、西高一本に絞ることを伝えた。
 先生には驚かれたけど、親は家から近く、校則が緩めな北高より、しっかり大学受験に向けて指導してくれる西高の方が元々気に入っていたこともあり、賛成してくれた。

 最後まで健介君に知られないように、西高を第二志望から第一志望に変更、受験をして、第一志望の西高にちゃんと合格をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

処理中です...