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黒歴史
しおりを挟む私、渡辺葵はどこにでもいる普通の高校生だと思う。
たぬきが出て来る無人駅のある田舎に住んでいることと、第一志望の公立高校を諦めたことを除けば。
◇ ◇ ◇
知りたくなかったのに、知ってしまうことがある。
教室の扉を開けようとした瞬間、同級生の男の子達の会話に自分の名前が挙がり、私は思わず手を止めた。
「健介、渡辺さんと付き合っちゃえばいいじゃん?」
「渡辺さんだって、脈あると思うぜ」
「だよなぁ。とりあえず、告白してみれば?」
とりあえず、告白——
同級生の男の子の言葉に、ずきん、と胸が苦しくなる。
「告白なんて、するわけがないだろう……」
健介君の呆れた声が聞こえて、私は扉に掛けていた手が震えたのが分かった。
居ないで欲しいなと思った、健介君もやっぱり教室にいるみたい。
「葵に告白なんて、罰ゲームでもないと出来ないよ」
「確かにな、渡辺さんに告白は無理だよな」
「そうだなぁ、あの見た目だもんな。俺も勇気ないわ」
続けられた会話の内容に、私は、さあっと血の気が引くのを感じた。
「俺と葵は、志望校が一緒だから何かあったら困るじゃん」
健介君の苦々しい声が聞こえ、これ以上聞くのは良くないと頭の中で警告が鳴るが、足が張り付いたみたいに動けない。
「健介は公立が県トップの北高で、滑り止めの私立が東高だよな。あれ、渡辺さんって滑り止めは西高受ける予定じゃなかった?」
「今、東高に変えるように勧めてる。葵が西高の制服着るのは、やばいだろう……」
「渡辺さんが県一番の可愛い西高の制服は、やばいな」
「やばいどころじゃないだろ、まともに見れないレベルだわ」
頭から水を浴びせられたみたいに、寒気が止まらなかった。指先は氷みたいに冷たく震え、扉に掛けていた手を音が鳴らないように離した。
「そう言うこと。俺が葵に告白するなら罰ゲーム以外は、無理ってことだよ」
笑いながら健介君が言うと、みんなも笑った。
健介君は、隣の席に座る男の子。
サッカー部でいつも頑張っていて、明るくて、みんなに人気があり、人見知りな私にも笑顔で毎日話し掛けてくれる優しい人。
授業中に真剣に聞く横顔や、目が合うとニカっと笑う大きな口も、短髪も日焼けした体も、素敵だなと思っていた。
恋がはじまるみたいに、胸の奥がそわそわしていた。
私の見た目は、運動が苦手なこともあって健康的な肌色からかけ離れた白色。色素が薄いのか、真っ黒というよりこげ茶色の髪と瞳。母親に、生まれた時に宇宙人を生んだのかと思ったわ、と揶揄われる大きな目だ。
異性から褒められた事もないけれど、ごく普通だと自分では思っていた。
だから健介君達が私のことを、そんな風に可愛くないと思っていたなんて、知らなかった。
健介君と同級生が笑い終わると、健介君の少し慌てた声が聞こえて来た。
「あ、やばい。そろそろ葵が戻って来る時間じゃん。聞かれたらマズイから、この話は止めようぜ」
胸の奥が刺されたみたいに苦しくて、息の仕方がよく分からなくて、胸元を両手で押さえる。
目の前の景色が、じわりと歪む。
教室の中の人達には、こんな姿を見られたくなくて、音を出さないように、急いで教室を後にした。
中庭の目立たない場所に到着すると、涙が溢れるのが止まらない。
思い出したくないのに、先程の同級生の会話が耳について離れない。
止まっては溢れる涙がようやく落ち着いたのは、日が傾きかけた頃だった。
私の淡い想いは、恋にもなれないまま終わった。
私は、ずっと健介君が同じ志望校を勧めてくれるのを好意から来るものだと思っていた。
でも健介君は違っていた。
勘違いをしていたことが恥ずかしかった。
恋にもなれなかった想いだったけれど、それでも健介君には、いつでもニカっと大きな口を開けて笑っていて欲しいと思った。
泣いて泣いて、これからの事を考えて出した結論は、健介君の側から離れることだった。
最後にもう同じ気持ちで見ることが出来ない健介君のニカっとした笑顔を思い浮かべると、また目元が歪んだけど、もう泣かないと決めた。
願書を出す直前に、親や先生に北高受験を止めて、西高一本に絞ることを伝えた。
先生には驚かれたけど、親は家から近く、校則が緩めな北高より、しっかり大学受験に向けて指導してくれる西高の方が元々気に入っていたこともあり、賛成してくれた。
最後まで健介君に知られないように、西高を第二志望から第一志望に変更、受験をして、第一志望の西高にちゃんと合格をした。
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