信長の秘書

にゃんこ先生

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鬼嫁

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 今、私たちの目の前でとんでもない死闘が繰り広げられている。
 始めは柴田殿が先生と対峙し、周りを足軽が囲み牽制していた。
 それから少しして、砦攻めをしていたらしい松平元康殿が織田の急襲を聞きつけ、二人の供を連れてやって来た。
 元康殿は、暴れる先生と、それを必死で止めようとしている柴田殿を見るやいなや、二人の供に柴田殿を加勢するよう命じた。
 そしてしばらくしてうまく連携が取れるようになってきたのか、徐々に先生が押され始めたのだ。
「先生がとんでもないだろうというのは皆の反応で予想できてましたが、こうやって見ると柴田殿も相当すごいですね。
 そしてあの二人も……」
「権六はお前に戦で負けはしたが、武勇は尾張一と言って良い。
 あの二人は、小僧の方は知らんが、もう一人は服部正成という者だ。
 二代目の服部半蔵、名前ぐらいは報告書で見たことあるだろう」
「彼が服部半蔵ですか」
「もう一人は本多忠勝といいます。
 此度の戦で元服したばかりですが、非常に腕の立つ者です」
 気づけば松平元康殿が殿の横にいた。
「久しぶりだな竹千代(松平元康のこと)。
 お前もこの戦に参加していたか」
「はい、先鋒を任されておりました。
 それにしても義元様を捕らえているとは……。
 相変わらずさすがですね、信長様」
 んん?この感じ……。
「あの、お二人はお知り合いなのですか?」
 とても初対面には見えなかったの聞いてみた。
「ああ、昔ちょっとな。
 竹千代は二年ほど織田に人質としていた時期があるんだ。
 その時に知り合った」
「はぁ、人質に……。
 それはそれは、大変でございましたね」
「いえいえ、信長様と知り合うことができたので、結果的にはよかったことだと思ってますよ」
「そうなんですか?
 殿は意地が悪いし面倒くさいし、何かと大変だと思うので……いたっ!」
 いきなり脛を蹴られた。
 殿の仕業のようだ。
 私は抗議の視線を送った。
「いやいや、お前が失礼なこと言ってるから悪い」
「失礼なことなど何も……、私はただ事実を……いたっ!」
 また蹴られた。
「お前ら……、邪神奇礼が目の前にいるのになぜそう落ち着いていられる!」
 なぜか義元殿に怒られた。
 義元殿が私たちの中で一番緊迫感があった。
「私は、殿が落ち着いて見てらっしゃるので、まぁ大丈夫なんだなと思いまして」
「お前は俺のこと下げたり上げたりほんと忙しいなぁ!」
 私としては、ただ思ったことを言っているだけなのだが……。
「私も、信長様が落ち着いてらっしゃるので大丈夫と判断しました。
 信長様は昔から現実的なお方。
 信長様が大丈夫と判断したのなら大丈夫なのでしょう」
「なんだかんだで今までも爺の暴走はちゃんと止めてたしな。
 まぁ見ていろ。
 権六!そろそろだぞ!」
「はっ!!」
 殿の言葉を聞いて、柴田殿がより守勢になる。
 本多殿と服部殿にも指示をして、二人も守勢になった。
 必然的に、先生がより攻勢になる。
 そして激しく動き回り、ピタリと動きが止まった。
 んん?なんだ?
「腹が……減った……」
 急に力の抜けるようなことを言って先生が座り込んだ。
 えっ!?
 腹が、んん!?減った……ってどういうこと!?
 空腹で動けなくなったってこと!?
 あ……、そういえば昔、空腹で急に倒れたことがあったっけ……。
「権六、よくやった。
 あとで褒美をとらすが、今は下がって休んでいろ」
「はっ!
 ありがとうございます!」
 柴田殿が下がる。
「さて……」
 殿が義元殿と向き合う。
 いや、殿……。
 先生が地面に転がったままなんですが……。
 そんな私の思いを無視し、殿は話を始めた。
「今川義元よ、お前は我らに捕らえられた。
 この戦はもう終わり、それでいいな?」
「ああ、今更ジタバタせん」
「よし!
 では戦は終わりだ!
 清須に戻るぞ!」
「はっ!!」
「今川義元よ、ついてきてもらうぞ。
 おい、そこのお前。
 義元の馬を連れてこい」
 殿が義元殿の護衛に言う。
「え、馬?」
「なんだお前。
 自分の主に清須まで歩かせるのか?」
「えぇっ!?
 いや、しかし……!」
「今川はそれが普通だと言うのなら何も言わないが、今は時間が惜しい。
 馬を連れてこい」
「は、はっ!」
 護衛は慌てて走っていった。
「どういうつもりだ。
 拘束しないのか?」
 義元殿が困惑気味に聞いてきた。
「なぜ拘束する必要があるんだ?
 天下の今川家の、しかも海道一の弓取りとまで言われた者がこの期に及んで逃げたりなどせんだろ。
 ならば拘束など無駄なだけだ」
「……」
「つ、連れてきました!」
「うむ、苦労。
 では義元よ、行くぞ。
 それから竹千代」
「はっ、なんでございましょうか」
「お前も来い」
「は……?
 私もですか?」
「ああ、良いから来い」
「わ、わかりました」
 こうして今川家との戦は終わり、私たちは清須へと戻った。

 清須に戻った殿は、まずは論功行賞を済ませた。
 とはいえ、戦らしい戦はほとんどなかったので、強大な相手にも関わらず逃げずに殿の下に馳せ参じたことに対する褒美という名目で、出陣手当のようなものを皆に出した。
 手柄を立てる機会がなかったので消化不良気味だった家臣たちには、これでひとまず納得してもらうしかない。
 そして、その他戦後処理を手早く済ませた。
「さて……」
 殿が腰を下ろしながら口を開く。
 殿が座ったのを見て、両脇に帰蝶様と吉乃様も座る。
 そして私も殿の後ろに控える。
 私たちは今、殿の私室にいる。
 そして、同席者は他にもいた。
「義元よ、すまんな。
 できるだけ急いだつもりだが、待たせてしまった」
「いや、そんなことはない。
 たかが数日だ。
 今まで忙しい日々だったからな。
 こんなにのんびりしたのは久しぶりだ」
 そう言って笑う義元殿。
「竹千代もすまんな」
「いえ、信長様の治める町をゆっくり見ることもできましたし、有意義な時間でございました」
「そうか」
 そう、この場には義元殿と元康殿もいる。
「では、早速だが単刀直入に言うぞ。
 義元よ、織田に下れ」
「ははは。
 まぁ、当然そう言うだろうとは思っていたが。
 しかしだからこそお前も俺がなんて言うかわかるだろう。
 断る。
 俺一人のために今川を潰すわけにはいかん。
 無駄なことはせず、さっさと俺の首を斬ればいい」
 随分とさっぱりとした表情をしていると思っていたら、すでに覚悟を決めていたんだな。
「別に織田に下ることが今川が潰れるということにはならんだろう」
「……どういうことだ?」
「俺は今川に駿河と遠江を任せようと思っている。
 家督は息子に譲っているということだが、俺はお前の息子は凡庸だと思っているからお前がしっかりと補佐するように」
「なんだと!?
 そんなことをすれば、俺はまた織田に攻め入るかもしれんぞ!?」
「そうしたければすればいい。
 もしそうなったら、お前はその程度の人間だったというだけだ。
 俺の人を見る目がなかったという笑い話になるだけだ。
 まぁ、今川の風評は地に落ちるだろうが」
「……」
「俺は別に領地を欲しているわけではない。
 お前とて本心はそうであろう?
 しかし、今や将軍の権威も地に落ち、日ノ本は荒れていく。
 力がないと潰されてしまう。
 だから力をつけるために他国を攻める。
 どうだ?」
「……その通りだ。
 もはや将軍様では日ノ本を治められん。
 ならばいっそのこと俺がと、そう思った」
「俺も同じように思った。
 だからだ、義元。
 俺に下り、俺に力を貸してくれ。
 対外的には下るということになるが、俺としては同志がほしいというわけだ」
「本気か?」
「ああ、本気だ」
「……すまん、少し考えさせてくれ。
 とっとと死んで今川を守ることしか考えてなかった……。
 それに、その提案を受けるとしても、家臣たちが納得するかどうか……」
「おい、ひげちょびん」
 ……。
 えっ?
 帰蝶様……、何を?
「は?……ひげ、えっ?」
 義元殿が大混乱。
 帰蝶様はそんな混乱中の義元殿に顔を寄せ、超睨みつける。
「そこは頷くとこであろう?
 はいと即答するところであろう?
 考える暇があったらとっとと家臣説得してこいやあああ!」
「ひぃぃぃぃ!」
「おいいいいいいい!
 帰蝶自重してくれえええええ!」
 殿と義元殿が悲鳴を上げる。
 吉乃様は苦笑い、元康殿は愕然としている。
「旦那様の覇業のお手伝いができるのですよ?
 光栄に思いなさい。
 いいですね?」
「ガタガタブルブル」
 義元殿、超震えてる……。
「返事!」
「は、はいっ!!」
 すると帰蝶様はニコリと可憐に笑った。
「大変よろしい」
 満足したのか、元の席へと戻った。
「帰蝶お前……。
 どうしても同席したいと言ってきかんかったのは、このためか……」
「旦那様は甘いですからね。
 厳しく言う人間が必要なんですよ」
「はぁ……。
 とにかくだ、こういうのは無理強いしては意味がないんだよ……。
 すまない、義元」
「そちらのお方は、お前の妻なのか?」
 殿のことはお前と言い、帰蝶様のことをそちらのお方と言う。
 義元殿の中で、帰蝶様>越えられない壁>殿、という格付けがされたようだ。
「ああ、妻だ。
 妻が失礼なことを言った」
「お前、この方と結婚したのか……。
 すごいな……」
 義元殿、私もそう思います。
「しかし……、そうだな。
 よし!決めた!
 信長……いや、信長様。
 信長様のご提案、受けさせて頂きます。
 息子のためにも、俺が天下を平らげて平和な世を築こうと思っていたが、俺より適任がいるなら任せたほうが良いに決まっている。
 これからは、信長様の覇業のお手伝いをさせていただきたく思います」
「面倒事を押し付けられたような感じがしたが、良いのか?
 少しぐらいなら考える時間をやっていいんだが」
「いえ、むしろ信長様の気が変わられると困るので今決めましょう。
 はい決めました!
 今川は織田に下ります!」
「まぁ、お前が良いと言うのならいいんだが……。
 あぁ、あとそれから三河のことだが、三河は竹千代に任せる。
 もちろん、俺に下るのならだがな」
「ええっ!?
 私に三河を!?
 よろしいのですか!?」
「元々三河は松平の土地。
 ならばお前に任せるのが一番だろう。
 それに、戦前のように今川の所領とすると、お前はいずれ三河を取り戻すべく義元を裏切るだろう?」
「うっ……、それは……」
「だったら最初からお前に三河を任せたほうがいい」
「あ……、ありがとうございます!
 喜んで信長様に下ります!」
「うむ、良い返事だ!」
 殿は満足げに頷いた。
「ではこれからやることも多いだろう。
 まずは早く帰って皆を安心させるといい」
「少々お待ちを」
 殿が締めようとしたところで、帰蝶様から待ったがかかった。
「き、帰蝶……。
 キレイに終わったと思ったのに……」
「いえ、一言だけ言っておきたいだけですので。
 あ、旦那様はご飯でも食べてきてくださいな」
「えっ、俺ここにいちゃだめなの?」
「旦那様がいないほうがこのお二人も気が楽でしょうから」
 このお二人こと義元殿と元康殿は首を横にブンブン振っているが……。
「何を言うのか知らんが、あんまりイジメてやるなよ?」
「もちろんでございます」
 ニッコリと微笑む。
「吉乃、帰蝶がやりすぎないよう注意してくれな」
「大丈夫でございますよ」
「心配だなぁ……」
 殿はぶつぶつ言いながら部屋を出ていった。
 その瞬間、部屋の温度が一気に下がった……気がした。
 座っている義元殿と元康殿を、帰蝶様が立って見下ろす。
「私が言いたいことはただひとつです」
 ゴクリ。
 二人がツバを飲んだ。
「旦那様は大変お優しいお方。
 ですので、仮にお主たちが裏切っても許すでしょう。
 しかし!」
 さらに部屋の温度が下がった。
 さ、寒い……。
「わたくしは絶対に許さない。
 裏切ったらわたくし自らお主らを地獄に送って差し上げます」
 ひえぇ、怖い。
「では私も」
 吉乃様が口を開いた。
「あなた方が裏切ったら、今川と松平の経済を徹底的に破壊します。
 家臣や民も道連れに死にたければ、ご自由に裏切って下さいね。
 ではごきげんよう」
 帰蝶様と吉乃様は言いたいことだけ言って去っていった。
 義元殿と元康殿、そして私。
 三人が目が合った。
「「「こ、こえぇぇぇ!!」」」
 こんな二人を妻にした殿を、私は改めて尊敬した。
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