信長の秘書

にゃんこ先生

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信長、弟を誅殺する

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 二年が過ぎた。
 大きな戦も騒動もなく、比較的穏やかに二年が経った。
 木下殿は腐ること無く、小さな仕事もコツコツとこなした。
 その甲斐あって、木下殿は普請奉行も兼任するようになり、その才を遺憾なく発揮した。
 私も、木下殿ほどの情熱はないが、右筆の仕事をコツコツとがんばっている。
 殿の下に集まる報告書や殿が出す指示書等を見るに、殿はこの二年間内政に力を注いでいたようだ。
 織田領の治安は飛躍的に良くなり、人が集まり、商いが活発になった。
 結果、織田家の金銭収入は飛躍的に増加した。
 そして、そのお金を使って堺との関係を強化したようだ。
 比較的穏やかな二年だったが、織田家は着実に力をつけていっている。
 さすがは殿だ。
 そうそう、言い忘れていた。
 穏やかな二年間ではあったが、一つだけ大きな出来事があった。
 私にとっては大きな出来事とは言えないんだが、織田家の他の家臣たちにとっては大事件だったと言える。
 それは、先生が私に会いに清州城に来てくれたことだ。
 私にとっては、読み書き計算その他たくさんのことを教えてくれた恩人だ。
 大喜びでお迎えした。
 しかし、殿は逃げた。
 先触れが来たので、その時に殿にお伝えしたのだが、気づけばいなくなっていた。
 殿にとっても恩人だろうに、なぜ逃げるのか。
 まぁ、私には関係ないので、特に気にはしなかった。
 予定より少し遅れて先生はやって来た。
 なぜか殿と一緒に。
 殿が先生を迎えに行ったのかと思ったが、実際は殿の逃亡先を先生が読んで、殿を連行してきただけだった。
 さすが先生だ、相変わらずの鋭い読みだった。
 まず先生は、殿の部屋で殿と帰蝶様(何も知らずに殿の部屋にいた)に説教をした。
 殿も帰蝶様も正座して聞いていた。
 帰蝶様にまで説教できるなんて、先生本当にすごい!
 尊敬に値する!
 吉乃様とは初対面だったようで、くれぐれも殿を頼むと頭を下げていた。
 吉乃様は、殿と帰蝶様に説教をくれる謎の老人にびびっていつものキレがなかった。
 殿と帰蝶様に説教をした後、先生は家中を見て回った。
 そして、顔見知りに会っては大抵の場合は説教をした。
 勇猛果敢で猛将の柴田殿も、先生の顔を見た瞬間直立不動になり、先生の説教をじっと黙って聞いていた。
 先生……、ほんと先生ってとんでもないお方だったんですね。
 そんな感じで、織田家にひとしきりの説教を降らせた後、私の部屋で近況報告など話をした。
 私の家族も元気にやっているようでよかった。
 そして、これからも殿を支えてやってくれと言い残し、先生は村へと帰っていった。
 ちなみにだが、この時に私が先生の教え子だということが家中で広まり、皆に少し恐れられるようになった。
 この二年で大きな出来事といえばこれくらいだった。

「おい、門司尾。
 ぼーっとしてるぞ。
 どうかしたのか?」
「あ、申し訳ございません。
 先生がいらっしゃった時のことを思い出しておりました。
 仕事中に申し訳ございません」
 私は頭を下げた。
「嫌なことを思い出してるな……。
 あれは皆にとっても災難だったな。
 権六(柴田勝家のこと)など、信行について俺の敵になったことについてすごく怒られておったな。
 あれは見てて可愛そうだったわ」
「確かに、あれは本当にかわいそうでしたね。
 あの柴田殿があんなに縮こまった姿は初めてみました」
「涙目だったしな」
「そうですね」
 鬼柴田と恐れられている柴田殿が、老人に説教されて涙目になる。
 それはとても不思議な光景だった。
「爺の話などしないでください、旦那様。
 噂をすればなんとやらと言います。
 またふらっとやってくるかもしれませんよ?」
 殿と先生の話をしていたら帰蝶様が部屋に入ってきた。
 吉乃様も一緒だ。
「おお、帰蝶。
 吉乃も一緒か」
「殿、急ぎのお仕事はございませんので、本日の仕事は終わりになさっても大丈夫ですよ。
 どうぞ、奥方様がたのお相手をなさって下さい」
 夫婦水入らずの時間を邪魔するのも悪いと思い、私は下がろうとした。
「下がらずともよい。
 遊びに来たのではない。
 大事な話があってきたのです。
 お前も聞きなさい」
「はっ、かしこまりました」
 一体何のお話だろうか。
「勝家、入りなさい」
「はっ!
 失礼致します!」
 帰蝶様に言われ、部屋に入ってきたのは柴田殿だった。
「わたくしたちが旦那様の部屋にからかいに行こうと思っていたら、何やら深刻な顔をした勝家が旦那様の部屋に向かっていましてのぉ。
 何事かと思い、わたくしが勝家に問いただしたら驚きの内容でした。
 勝家、殿にお話なさい」
「からかいにってお前……」
「帰蝶様、殿の仕事の邪魔はなさらないようお願いしているはずですが?」
「いや、今はそこをつっこむタイミングじゃありませんよ!
 ほら、勝家!」
「はっ!
 ではご報告致します!」
「ちょいちょいちょいちょい!
 勝家殿、そんな大声で言う内容ではないでしょう?」
 吉乃様が柴田殿を嗜めた。
「あ……、左様でございました。
 申し訳ございません。
 では改めて申し上げます」
「うむ」
 殿が偉そうに返事をする。
 普段は報告なんて面倒くさそうに聞くのに……。
 あぁ、奥方様がたの前だから格好つけているのか。
「信行様が再び謀反を企んでいるようです。
 先日、信行様に誘われました。
 やはり兄上には織田家は任せておけぬ、共に兄上を討とう、と」
「なあぁぁあああにぃぃいいいい!?」
「……」
 殿は大変驚いておられるが、私はやはりな、と思った。
 むしろ、随分長いこと我慢したなと思った。
「あいつ……、なぜそんなに俺を討とうとするんだ……。
 俺は家族仲良くしたいんだがなぁ……」
 家族仲良くて……。
 今は戦国乱世、武家の者は親子で殺し合うなんてことも普通の時代に家族仲良くて……。
「不真面目な兄が恥ずかしくて嫌で、それで討とうとしてるのでは?
 うつけの弟と言われるのが我慢できないのでしょう」
 ちょっとからかってみた。
 柴田殿が「お前なんてことを言うんだ!」みたいな顔をしているが、私と殿の間ではよくあるやり取りだ。
 よくあるやり取りのはずだったのだが……。
「え……、そうなの!?
 俺がうつけと言われているからなの!?」
 予想外に動揺していた。
 帰蝶様も吉乃様も柴田殿もぎょっとしている。
「いやいやいやいや!
 冗談です申し訳ありませんでした!
 そんな理由なんかじゃないと思います!
 大丈夫ですよ殿!」
「そ、そうよ旦那様!
 こいつのいつもの意地悪な冗談よ!
 ほんっと冗談のセンスないわねあんた!」
 帰蝶様も慌ててフォローする。
「よーしよしよし、大丈夫ですよ~旦那様~」
 吉乃様もすぐに殿を慰めている。
 柴田殿はこの状況を、ただ唖然と見ていたのだった。
 少しして殿が落ち着いて、話の続きを促した。
「それで、権六。
 なぜ俺に話した?」
「なぜ、とは?」
「信行が謀反を企てているとなれば、さすがに放置はできん。
 最悪、信行は死ぬことになるぞ?
 元とはいえ信行はお前の主君だろう。
 よいのか?」
「もちろんでございます。
 一度はお咎め無しとして頂きましたにも関わらずまた背くというのなら、致し方ないかと。
 拙者はもう殿に忠誠を誓っておりますので、報告するのは当然でございます」
「そ、そうか。
 それならいいんだ」
 殿は、最悪死ぬことになる、と言った。
 言うまでもなく、できることなら穏便に済ませたいと思っているのだろう。
 しかし、さすがにそれでは困る。
 一度ならず二度までも許してしまうと示しがつかない。
「殿、お言葉ですが、今回は許すという選択肢はありませんよ?」
「いや、しかし……」
「実は先生が言っていました。
 信行様は必ずまた裏切ると。
 そして、また許せば家中が乱れると。
 身内だから何をしても許されていると思う者がでるかもしれません。
 もしくは、裏切っても許されると簡単に考える者がでるかもしれません。
 前回、殿の器の大きさを示しました。
 次は、処罰する時は身内だろうがきっちり処罰するという姿勢を見せる時です」
「……はぁ。
 わかっている。
 わかっているが、ちょっと現実逃避しただけだ。
 信行とはうまくやれなかった。
 残念だ……」
 殿は心底残念そうに言った。
 仲良し家族、本当に夢だったんだなぁ。
「権六、信行に俺が病で倒れたと伝えてくれ。
 さすがに立場上、見舞いに来ないわけにはいかんだろう。
 信行を清須に誘い出して、俺が信行を斬る」
「は……、はっ!
 かしこまりました!」
「殿、何もご自身でそのようなことなされなくても……」
「いいんだ。
 こうなれば俺自身の手でケリをつける」

 数日後、信行様が清州城へやって来た。
 そして殿の部屋に見舞いに行った。
 問答無用で斬れば良いものを、殿はわざわざ信行様に問いただした。
 殿としては、ここでうまい言い訳でもしてくれれば、なんて思ってのことかもしれない。
 しかしか信行様は開き直り、あろうことか殿に斬りかかった。
 殿は、そうなってほしくないと思いつつも、そうなるとわかっていたのだろう。
 信行様を一刀のもとに切り捨てた。
 こうして信行様は、兄の優しさや偉大さを理解できないままこの世を去ったのだった。
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