信長の秘書

にゃんこ先生

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炸裂、三段撃ち!

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 敵が来た。
 前方四~五百メートル程の距離か。
 場は静まり返っている。
 立派な鎧を着た武士が一騎、数歩前に出てきた。
「我が名は柴田勝家である!」
 おお、なんて大きな声だ。
 この距離でもよく聞こえる。
 すごいな、私にはとても真似できない。
 柴田殿は何やら長々と叫んでおられるが、簡単に言えば、
「バカな主に従うお前らは哀れだ。
 そんな哀れなお前らをフルボッコにするのはかわいそうだ。
 今なら降参すれば許してやるから、早く降参しろ」
 といったところだろうか。
 私からすれば、そっくりそのまま同じセリフを言ってあげたいが、私にはそんな大声は出せない。
 まぁ、こっちは許す気なんてないので言わないが。
 しばらく黙って見ていると、柴田殿は刀を抜き、空に向かって掲げてて号令を出した。
「いたしかたなし!
 柴田勝家、参る!
 かかれえっ!」
「「「「おおおおおおおーっ!」」」」
 戦が始まった。
 騎馬が駆け出し、その後に足軽が続く。
 が、あちこちに立ててある柵のせいで、騎馬は一直線にこちらに突っ込んでこれない。
 馬脚を遅くするためだけに柵を立てたので、柵は十分役割を果たしている。
 結果、騎馬と足軽がまとまって突撃してきている
 騎馬と足軽がごちゃ混ぜになっては騎馬の長所や強みが発揮できない。
 そうならないように指揮するのが大将もしくは軍配を握る者の役目だと思うが、柴田殿はこちらをナメているのか、そのまま突っ込ませてくる。
 何か策があるのか?
 一瞬そう思ったが、とてもそうは見えない。
 なので、自分を信じ、作戦通りにやるだけだ。
 敵が鉄砲の射程に入る。
「撃てっ!」
 ドゴーン!ドゴーン!!ドゴーン!!!
 六百からなる鉄砲隊の三連撃による凄まじい音が戦場に響き渡る。
「退けっ!」
 鉄砲隊はすぐに後退する。
 私は戦場を見回した。
 倒れる足軽と馬。
 弾に当たらなかった者は、突然降り注いだ鉛玉の雨によって倒れた仲間を見てパニックに陥った。
 馬も音にびっくりして暴れる。
 暴れる馬に蹴られて命を落とす足軽もいた。
 ここで、鉄砲隊が後退するための時間を稼ぐために弓の斉射をする。
 残りの百人の兵には槍と弓を持たせて、陣の中に配置してある。
「守備隊、弓構え!」
 一斉に構える。
「斉射!」
 ヒュンヒュンヒュン!
 百の矢が降り注ぐ。
 敵の前進が止まった。
 これなら鉄砲隊が装填する時間は十分ある。
「鉄砲隊、装填!」
 装填は一番訓練した。
 その甲斐もあって、敵の前進が始まる前に装填が終わる。
 その様子を見て、気持ちが高ぶるのが自分でわかった。
 訓練の成果がはっきりとわかるので達成感を感じているのか、作戦がうまくいった高揚感なのか。
 今の私には判断できないが、最高にハイってヤツだ!
「ははは」
 思わず笑いがこぼれる。
 柴田殿が何やら叫んでいるようだ。
 すると、敵が混乱しながらも前進しだした。
 だが、そこはもうこちらの射程範囲だ。
 自分でも驚くほどの大きな声が出た。
「薙ぎ払えっ!」
 ドゴーン!ドゴーン!!ドゴーン!!!
 再び響き渡る轟音。
 すぐに敵の前進は止まる。
 柴田殿の兵は勇敢と言われているが、このように自分たちの手の届かない場所から一方的に攻撃された経験はないのだろう。
 為す術がなければ、勇敢な兵とはいえ恐怖に襲われる。
 敵は逃げ出す者も現れた。
 恐慌状態だ。
 これならば退く必要はない。
「鉄砲隊、その場で装填!
 同時に守備隊弓構え!」
 一斉に構える。
「斉射!」
 僅かだが、鉄砲隊に向かって走り出していた敵兵も、足が止まる。
 そして装填完了。
「放てっ!」
 ドゴーン!ドゴーン!!ドゴーン!!!
 三度響き渡る轟音。
 よし、もう十分だろう。
「守備隊、槍を持て!」
 兵が弓を捨て槍を持つ。
「陣を出て前進!
 混乱している敵を槍衾で突いて突いて突きまくれ!」
「「「「おおおおおおおーっ!」」」」
 鉄砲によって恐怖で支配されて及び腰になっているところに、前から槍衾が襲ってくる。
 敵兵はもはや後ろに逃げるしかなかった。
 そして、逃げ遅れたものは槍に刺されていった。
「くそっ!
 やむをえん、退け!
 退け退けーっ!」
 敵は我先にと背を向けて逃げ始めた。
 そうなるともう戦とは呼べなくなる。
 逃げる敵兵を追いかけ、槍で突いていく。
 すでに射程外なうえに味方もいるので敵に向かって鉄砲は撃てないが、音で恐怖心を煽って少しでも足を竦ませるために関係ない方向に向かって三連撃を二度行った。
 そして、程よいところで追撃を止め、陣へ退かせた。

 敵は全て去った。
 残ったのは、大量の敵兵と馬の死体のみ。
 報告によれば、敵側の死者は七百人にものぼる。
 そしてこちらは死者は無し。
 怪我人が少々といったところだ。
 上出来だ。
 いや、出来過ぎと言っていい。
 柴田殿が策もなく、ただ突っ込ませたおかげだ
 鉄砲隊にとって脅威なのは、騎馬隊の機動力と速度だ。
 接近されてしまえば、鉄砲はただの木の棒にしかならない。
 もちろん、そうさせないために柵をたくさん立てたわけだが、相手にもやりようはあったはずだ。
 犠牲は避けられないが、騎馬は控えさせて、まずは足軽だけで前進。
 そして柵を倒すことを優先させる。
 柵さえ倒してしまえば、騎馬隊の突撃で一気に鉄砲隊にまで迫れるのだから。
 まぁ、こちらとしては助かったが、私の中で、柴田殿の評価を下げざるを得ない。
 後ろに信行様の七百が控えていたからか、それとも相手が聞いたこともない文官が率いる隊だからナメてたのか油断したのか。
 いずれにせよ、そのような理由で無策で突っ込んでくるなんてやってはいけない。
 殿の家臣にすることができたら、格下相手との戦はさせないほうがよさそうだ。
「門司尾よ」
 声がした方を見ると丹羽様がいらっしゃった。
「これは丹羽様」
 丹羽様は、出自や身分などで相手を見下したりすることなく、私と普通に接してくださる数少ないお方だ。
 武士というのは、なぜか文官を見下し軽んじる者が多い。
「此度の戦、とても驚かされた。
 ここまで一方的な戦は初めてだ。
 しかも相手は柴田殿。
 鉄砲など贈答品にしかならない武器だと思っていたが……、これほどまでに恐ろしい物だったとは」
「ええ、うまく運用すれば、大変強力な武器です。
 今回は、大量の鉄砲を用意できてはじめて威力を発揮する戦術ですが。
 これで家中の皆様にも、鉄砲の有用性をご理解頂けることでしょう。
 殿の正しさを証明することができ、満足です」
「そうだな。
 殿は随分前から鉄砲に目をつけていらっしゃった……。
 わけのわからぬ物に大金を使い、我らは呆れておったし、殿をうつけと言う者もいた。
 だが、うつけなのは我らの方であったな……」
 丹羽様は天を仰いだ。

 報告を全て聞いた後、私は柴田殿と共に逃げた信行様を追うことにした。
 どうやら末森城に逃げ込むつもりのようだ。
 私たちは末森城へと向かった。
 しばらくして更に報告を受けた。
 末森城に入場した信行様は、そのまま籠城する構えのようだ。
 想定通りだ。
 私は兵に、城下に住む民のまとめ役と呼べる立場の者たちを、あらかじめ集めておくように指示した。
「門司尾、城はどのように攻めるのだ?」
 丹羽様が聞いてきた。
「私の役目は末森城に着くまででございます。
 それからは殿ご自身が指揮を取られます」
「なに?
 殿がいらっしゃるのか?」
「はい、柴田殿との戦のあと殿に早馬を出しましたので。
 最後は自分の手で、と仰っていました」
「なるほど……。
 殿は評定ではあのように仰っていたが、門司尾が勝つと疑っていなかったのだな」
「どうでしょう。
 そうであれば身に余る光栄ですが」
 そのまましばらく丹羽様と話をしながら馬を歩かせた。
 末森城に着くと、まず城の前に陣を張った。
 鉄砲隊を並べて銃口を城に向けて威嚇していたとはいえ、城の前で堂々と陣を張っていたのに手を出してこなかった。
 かなり鉄砲を恐れているようだ。
 もしくは、打って出る気力もないのか。
 陣が完成し、集めておいた城下の民のまとめ役たちを呼んだところで殿がいらっしゃった。
「門司尾よ、此度の働き、大儀である。
 ここからは俺がやる。
 お前は清須に戻って休んでおれ。
 自覚がないかもしれんが、疲れた顔をしているぞ。
 初めての指揮だったから無理もない」
「はっ!
 では私は清須に戻らせて頂きます。
 殿、ご武運を」
「うむ」
 私は陣を後にした。
 と同時に、どっと疲れがこみ上げてきた。
 確かに自覚はなかったが、相当気疲れしていたようだ。
 そして、今更になって手足が震えてきた。
 何はともあれ、無事に役目を果たせてよかった。
 私は護衛の兵と共に末森城を後にした。
 しばらくして、末森の城下が燃え上がった。
 殿が城下を焼き払ったのだろう。
 私は燃え上がる炎を背に、清須へ帰ったのだった。
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