比翼の悪魔

チャボ8

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プロローグ2

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「生きている…?何が起きた」
ルシファーとリリスには何が起きたのか思考が追いついていなかった。


分かったのはとてつもない光に飲まれたという事だけである。


そして見渡すとあの男の姿も無かった。


(くそっ逃げられたか)
(さっきの光で見失っちゃったのかな…反応もないわ、ごめんなさい)
リリスががっかりした様子で言う。


(いや、いいさ。でも…)
だがルシファーは頭を切り替え周りを調べ始める。


(ここはどこだ…)
そして直ぐに表情が曇り焦りが見え始めた。


辺りは変わらず森だ、しかしよく見ると生えている葉などに違いが見つけられたのである。



(私達、まさか別の場所に?そんな事って…)
リリスが慌てた様子になる、だが無理もなかった。




人を瞬間的に移動させる魔法は確かに存在する、だが使うには莫大なコストが掛かるのである。


十人近い成人が全力で魔力を注ぎ込んでやっと使える程の手間がかかるのだ。しかしあの場に居たのは彼等とヴィネのみ、使えるはずが無かった。


(どうにかして調べたいけど…その前に俺達帰れるのか?)
必死に対策を考え始める。周りは森のみ、こちらは備えなど何一つない。サバイバルの心得はあるがそれでも長居は避けたいところである。


(兎に角移動しよう。先ずは場所を把握しないと)
ルシファーも彼女に賛成し移動しようとした。


だが次の災難が来た。



(ん?ルシファー待って、悪魔族の反応がこっちに来てる。反応が…そんな、ルーラーが二組…)
リリスが愕然とした様子で伝える。



事態は最悪であった、ポーンの悪魔族なら百人近くいても勝つ自信はある。だがルーラーは話が別だ、自分達もルーラーだからこそ分かってしまう。


あんな化け物が二組、正直生き残れる未来が見えなかった。


(クソ…距離は?)
(もう無理、逃げられない。完全に待ち伏せされていたみたい…)


リリスがこれまでにない絶望した様子で告げる。


ルシファー・リリスが覚悟を決めて剣を抜く。
息をのんで待ち構える彼等。


そして森から二つの影が飛び出してきた。



「ようこそ、待っていたよ」


「お前達か」
彼等の前に立ったのは手に短槍を持ち下半身が烏賊のような触腕になっている痩身の男、頭から雄牛の如き角を生やした大男、力を発動済みの証拠である。



直ぐに襲いかかって来る様子はない、だがそれでも相手から余裕と威圧感は伝わってきている。


戦えば間違いなく殺される。


正直言って恐ろしい、だが彼等は冷静に状況を分析した。


(よし…一旦落ち付こう。いきなり殺しに来ないなら戦闘が目的ではないはず、先ずは聞いてみよう…)


(うん…何かあったら任せて)
こういう時こそ落ち着かなければならない。


剣に力を込めたままではあるが、内心の不安を漏らさないように彼等は質問を投げかけた。


「あんた達は誰だ?」


「私はフォルネウス、こちらはモロク。トロメア帝国の軍人だ」


(やはりか…ルーラーが複数いる勢力なんてトロメアくらいしか思いつかない。しかもフォルネウスにモロクってて本気かよ…)
彼等の言葉を聞いても表情を変えない、だが内心の動揺を抑えられないルシファー。


何故なら知っている名前だったからだ。


その勇名は現在トロメアと戦争をしている大国のオリュンポスからも恐れられている。


それ程の相手が揃っている、正直最悪どころか詰みと言ってもいいかもしれない。



その恐れを見透かしたのか相手はいきなり要求を突き付けてきた。


「単刀直入に言う。我々と一緒に来てもらおうか」
とてつもない圧と共に角の男、モロクが言った。


「…嫌だと言ったら?」
ルシファー・リリスは必死に虚勢を張る。


「ほう、面白い冗談だな。お前たちに選択肢があるとでも思っているのか?」
しかし自信満々で挑発するかのような言い方のモロク。


(考えろ、考えるんだ…)


「逃がすと思うか?」
ルシファーが必死に考えを絞り出そうとした、だがまたしても見透かされたのか割り込むようにモロクが威圧する言葉を投げ掛けて来る。



彼等からしたらトロメアは正体不明のテロリストだ。


いきなり戦争の引き金を引き、巻き起こした戦火で多くの人を苦しめている。


そんな連中に付いて行く選択肢などない、行けばどうなるか分からない。戦うしかないかと腹を括り彼等は斬りかかろうとした。


(…やるしかない)
(分かったよ…作戦は?)


(何かされる前に片方を迅速に無力化、人質にして離脱する…)


ルシファーは悲痛な様子で作戦を告げる。


最早作戦と言って良いのかすら分からないがこれくらい無茶をしなければ勝ち目はない。


相手はそれだけ格上なのだ。


覚悟を決めた彼等は大きく息を吸い込む、剣に力を込めて飛び掛かろうとした。


彼等なら一瞬で詰められる間合いである。





しかしフォルネウスがモロクの頭を叩き叱り出した。


「あーもう、任せろとか言うから黙っていてやったのに脅してどうする?殺意剥き出しじゃないか、この大馬鹿者が!」


彼等はいきなりの光景に困惑を隠せなかった。


「待ってくれ、落ち着け。これはほんのジョークみたいなものだ」


(・・・嘘だ)
(・・・嘘だ)
叱られたモロクが弁明するが言われたルシファーとリリスは絶対嘘だと思った。


明らかに殺気を感じられたからである。
だが口を挟む余裕は無かった。




それから少し説教は続いた。
「もう黙っていろ、拗れさせやがって…」


「…すまん」


黙っていろと言われたモロクは少し落ち込んだ様子だった。




そしてフォルネウスはモロクのように威圧する事無く話しかけてきた。


「さて、気を取り直して。連れが失礼な事をした。我々は客人として君たちを迎えに来たんだ、主が君たちにお願いがあるらしくてね」


一息ついてからフォルネウスは話し始めた。


脅すような話し方ではない、寧ろ柔和と言った様子である。しかし彼等の警戒心は解けていない。



「そのお願いはシトリーで襲われたのと関係があるのか?後ここは何処だ」


「すまない、手荒な真似だったのは詫びる。まずここはトロメアの領内、君達だけと話がしたくて来てもらった」


(一体何を企んでいるの?)
(全く分からないな。だけど戦いが目的ではないと言うのは確かかもしれない。もう少し聞いてみよう)


ここに来たのは彼等の仲間の仕業というのは分かった。ならば話を聞ければ帰る方法が見つかるかもしれない。




「そしてヴィネ、君達が戦った彼の事だ。彼には二つ役割があった、一つは君達の力を測る事、そしてもう一つはここに連れてくる事だ」


フォルネウスはゆっくりとこちらに訴えるような声音で話していく。


「力を調べて何をさせたいんだ?軍門に下れという話なら聞かないぞ」


「そう言う話ではないさ。君達はあくまでも客人だ」


穏やかに否定するフォルネウス。


「その話を信じていい根拠は?」


「君たちはルーラーだ、脅威は我々が一番知っている。暴れられたらどうなるかなどとてもじゃないが考えたくはない。だからこれ以上シトリーの時みたいな危害を加える真似はしないと約束しよう。誰も得をしない結末は我々も遠慮したい」


確かに納得できる話ではあった。


恐らく彼等の言う主とはトロメア帝国の皇帝ガープ、そんな重要人物を危険な目に合わせるなどありえない。


何よりトロメアにとってルーラーは貴重な戦力だ、それを無駄な戦いを起こして態々消耗させるなど愚策の極みである。


そしてフォルネウスは重要な事を言った。


「あと一つ、具体的な内容までは聞かせてもらえなかったがこれは戦争を終わらせる為に重要な話しと聞いている」


「戦争を?なんでそんな話を俺たちにするんだ…」


戦争とはトロメアとオリュンポスが行っている戦争である。


現在膠着状態でありトロメアは小国であるが兵士の質と士気、そして神出鬼没な用兵で数に勝る相手に互角の戦いを繰り広げていた。


だが二人に関係があるのかと言われると疑問がつく。


(俺達のシトリーは中立だ。そしてシトリーは危害を加えられない限りどちらかに与する事はない)
仲間になれと言う話でないなら尚更意味が分からなかった。


「戦争を終わらせるっていうのはどういう形でだ?オリュンポスを根絶やしにでもする気か?」


「いや、陛下はそのような結末を選ぶ人ではない。選んだとしても我々が死ぬ気で止めるさ」
死ぬ気で止める、態度は変わらず穏やかだがその言葉に並々ならぬ決意が込められているのは感じる事が出来た。


そしてフォルネウスは手を伸ばして言った。


「無理なお願いなのは百も承知だ。だがほんの少しだけで良い、君達の時間を私達にくれないか?そうすれば大勢の人が救える、勿論ただとは言わない、可能な限りの礼も用意しよう。どうだろうか?」




(…リリス、動ける準備を)
(…うん、信じるから)


フォルネウスの話しは非常に興味をそそられた。


そして自分達が大勢の人を救える、それはとても良い事なのだろう。
だが。


「…断らせてもらう、残念だが何をさせられるのかも詳しく聞かされないままついていくほど俺達は馬鹿じゃない。それに戦争を起こしたお前達を信頼してついていくほどお人好しでもない。さっさと帰らせろ」


彼は言い切った。


確かに興味はそそられた。


しかし彼も言ったがこの提案にはリスクしかなく彼等の真意が見えてこないのが何よりも不気味であった。


何故全くの部外者である彼等なのか、一体何をさせるつもりなのか、そして襲われた理由すら詳しく説明されていない。


そんな相手を口約束だけで信用など出来るはずがない、もしもいたら正真正銘の愚か者だろう。



ルシファーの心臓が張り裂けそうなくらい高鳴るがそれを相手に悟られてはいけない、必死に平静を装い彼等は対峙する。


フォルネウス達が二人の返答に悲しそうな顔をした。


「そうか…やはり交渉は得意ではないな…偉そうなことを言いながら上手く行かなくてすまない」


「気にするな、慣れない事をしたのだから…」


ルシファー・リリスは身構えた、根っからの武闘派の交渉が決裂した。


ならば次は力づくで言う事を聞かせに来るはずである。


(どこまでやれるか分からないけど)


(やれるだけやろう)
間違いなく相手は強いが怯んでなどいられない、故郷が危機に瀕しているかもしれないのだ。


だが事態はまたしても予想の斜め上を行った。







「この通りだ」
なんとフォルネウスとモロク達は能力を解除、クイーン諸共揃ってルシファー・リリスに頭を下げたのである。


「え…」
(え…)


今まで表情を変えないように頑張っていた彼等、だがまたしてもこのような物を見せられて呆気に取られてしまった。


確かに戦わないなら好都合ではある、が完全に戦うつもりでいた為彼等はどういう顔をすればいいのか分からなかった。


「あの…これは何の真似だ?」
恐る恐る聞くルシファー・リリス。


トロメア最強クラスの軍人が頭を下げている。不気味ですらあった。


「見ての通りさ、頼んでいるんだ」


「分かってるよ!」
思わず声を荒げてしまったルシファー・リリス、今の彼等はそれくらい動揺していたのである。


「…おい、プライドをかなぐり捨ててまでなんて…そんなにその命令が大事なのかよ」
彼等の質問に頭を下げたままのモロクが答えた。


「そうだ、大事だ。それに私達はこれ以上命を奪いたくないだけだ…」
その表情は怯えているようにも見えた。


他の者も同じような様子だ、彼等はとても恐ろしい物を思い出しているようであった。


(え…冗談でしょう?)


(いや、嘘や冗談って様子じゃないだろう、何を恐れている?)
ルシファーがフォルネウス達の様子から推理する。本音が見えてきたかもしれなかった。


「トロメアの殆どの将兵が同じ考えだ。私達はその期待も背負っている」


「私達には頼むしか出来ない、君達が望むならなんだってする。財産だろうがこの命だろうがなんだって差し出す。だから頼む。終わらせたいんだ、一緒に来てくれ」


尚も頭を下げ痛々しい程に相手は頼み込んできた。


ルシファーもリリスも心を読むなどは出来ない、しかし命を奪いたくない、もう終わらせたいという言葉に嘘が無いのは彼等の様子から確信できた。


今の言葉を聞いて少し考え込む。


(このまま突っぱねるのも出来なくはない、だがこいつらは間違いなく決死の覚悟でここに来た。ここまで頼んで来ているのを無下にするのは…)


彼等とて情はある。


それにここまでの覚悟の相手、恐らく断れば今度こそ戦いになる。


考えた末にルシファーはこれを好機と見た。


(少し閃いた、試してみてもいいか?)


(ほんと?)


(ああ、けど警戒は怠らないでくれ)


(任せて)


「一つ質問がある」


「何かな」
ルシファー・リリスの質問にフォルネウスが口を開いた。


「トロメアに敵の追跡部隊みたいなものはあるのか?」


「追跡部隊か、斥侯から追跡まで専門の諜報部隊がある」


この返答にルシファーは内心ガッツポーズをした。


当たりである。


「こちらの条件はそいつらの力を借りたい、あとはこちらに一切の危害を加えない事。それだけだ、守れるか?」



幸いにしてフォルネウス達は話が通じる様子の相手である。


そしてここまで必死に頼んで来ているという事は約束を反故にするとは考えにくい。


ならばそこに此方の望むメリットを足せばリスクを冒す価値は出てくると彼等は考えた。




「分かった、命に代えてもその約束を守ろう」


フォルネウスが面を上げて力強い眼差しで答えた。
意を決して彼等も答えた。


「よし、そちらの城に案内してくれ」
ルシファー・リリスは手を差し伸べる。


「ああ!」
フォルネウスはその手を取った。


こうして彼等の運命を変える交渉は成立した。


ルシファーとリリスは両親捜索の味方を得る、フォルネウス達は戦争を終わらせ戦いから解放される、相変わらず怪しさは拭いきれないが最初と違い本気だという事が分かっただけマシになったと言えるだろう。


この交渉で少しでもいい方向に良くことをこの場の者が皆願った。











トロメア帝国の本拠地、アディスは小城である。
だが三つの砦がそれぞれ結界を張って城を囲っており許可無き外界からの侵入は困難であった。
また強引に進もうとしたならトロメアの空戦部隊が撃墜しにくる二重の備えがされていた。




その後、簡単な自己紹介を済ませた彼等。少しでも早く急ぎたいルシファー・リリスは食い入るように次の手順をフォルネウス達に聞いた。


「それでどう行くんだ?どれくらいで着く?」


「ご安心を、直ぐです」
フォルネウスのクイーン、ウォソが言い小さい石を取り出した。


「目を瞑っていた方が良い」
珍しそうにそれを見つめる二人、その肩を叩きモロクのクイーンであるアミ―が警告してきた。


そしてウォソが石を踏み砕く、するとヴィネが消えた時のような光が辺りを包み込んだ。




次の瞬間彼等が目を開けるとトロメアの本拠地アディスの本城内に着いていた。
「またこの光が…」


ルシファー・リリスが嘯いた。
(あの石を割ると光が発生、それに飲み込まれると移動するのね)


(でもこれは…ヴィネの起こしたあの光みたいな…)


ルシファーとリリスは今目の前で起きたことを理解するも一つの疑問が生まれていた。



先程も言ったが人間の瞬間移動はとてつもない手間がかかる、そしてフォルネウス達が魔力を使ったようには見えなかった。
(あの石は何なんだ、まさか…)


「こっちだ、そしてすまないが能力は解除してくれ。トラブルになるのは避けたい」


「あっ、ああ。分かった」


考え込んでいた中でいきなり言われる二人、だがモロクの言葉に直ぐ従った。


今は兎に角話を拗らせる要因は減らしたい。ここは本拠地だ、多少は仕方ないだろう。


「あの、手ぐらいは握っていても良い?」
リリスが聞いた、相手にもこの意味は分からなくはないだろう。だがトロメアの四人は拒否をしなかった。


「好きにしろ、だが恐らく必要ないさ」
モロクは優しく微笑んだ。






アディスの城内は静まり返っていた。まるで寂れた墓地のような気持ち悪い静けさだった。


「あの」


「ん?なんだ」
歩きながらウォソが恐る恐る二人に話しかけて来た。


「えっと、聞きたいことが沢山あると思いますが陛下が全て話してくれます。それで、えっと…」
ここに来てからルシファーとリリスは何か考え込んでいた様子だった。


ここに来て彼等の決意が揺るがないように、と思っての言葉だったのだろうが彼女は言い淀んだ。


もしかしたら口下手なのかもしれない。


「ウォソ、我々は彼等を無事に送れればいい」


「そうね…ごめんなさいフォルネウス」
フォルネウスが静かに彼女のフォローをした。


「まあ、最後に決めるのは君達だ、我々はそれを尊重する。そして君達の要求の事は任せてくれ、約束は必ず守る」
彼は真剣な表情だがどこか悲しそうな雰囲気も感じられた。


そんな様子を感じ取ったリリスは思い切って聞いてみることにした。


「今ここは私達の完全アウェイ、無理矢理にでも言う事を聞かせるとかは考えなかったの?」
ルシファーもリリスも先程見せた彼等の表情に嘘偽りがあるとは思っていなかった。


だからこそ、必死だからこそ強硬手段に訴える選択肢もあったはずである。


それを聞いたフォルネウスは苦笑気味に続けた。
「まあ、考えなかったと言えば嘘になるな。だが…まあ最期くらい正々堂々と行きたかったんだよ」


(最後?)


「着いたぞ、ここだ」
再び考え込み始めたルシファーの頭をモロクの声が引き戻す。





だが到着した場所はとてもじゃないが国の主がいるとは思えない地下へ繋がる階段だった。
奈落の底への入り口にも見える。


「この奥に陛下がいらっしゃる、私達の案内はここまでだ」


「進んでいくと親衛隊隊長が後は案内してくれる」


「えっと。一つ聞かせてくれ」


あまりの困惑にルシファーが疑問を口にした。


「本当にここか?国の主だろ?」


「ああ…その、尤もな意見だが本当にここにいらっしゃる。開戦以降ずっとな…」


アミ―が深刻な表情で言った。


どうやら根が深い理由があるらしい、それを察した彼等はこれ以上言及出来なかった。


「そうか…分かった。理由は本人に直接聞かせてもらうよ。それじゃあ言ってくる、行こう」


「ええ」



ルシファーはこれ以上言わずリリスと共に階段を下って行った。


先程言われたのもあるが直接聞いたほうが速いと思ったからである。


去って行った彼等を見送る四人。
(陛下を頼む)


今の彼等に出来る事は交渉の成功を祈るのみであった。
そして何も出来ない自分達の身を呪うしかなかった。










小さい明かりを頼りに暗い階段を下りきった二人、執務室への道はまるで飲み込まれるような深淵を思わせる暗闇の道であった。


暫く進んでいた彼等、だがルシファーの頬に汗が伝う、彼の体が少し震えだした。

「ルシファー」
リリスがルシファーの手を握った。


「ごめん、やっぱり慣れないな…」


「良いんだよ」
彼女は優しく微笑んだ。


彼が震え出したのは暗闇で足元がよく見えないと言うのもあるが理由はもう一つあった。
暗闇はルシファーがトラウマを抱くほどに苦手とするものである。


リリスがこの場にいなければ彼は一歩も進めなかっただろう。


「息が詰まりそうだな」


「うん、すごく嫌な感じがする…早く帰りたいね…」


「全くだ…」


道は先が見えない上に気が狂いそうになるほどの暗闇、そして重苦しい空気で満ちていた。


用がなければ絶対に来たくない場所である。


二人は不快感を感じながらも歩みを進めた。


それから少し、リリスが切り出してきた。今は二人きり、話すタイミングにはピッタリだ。
「ルシファー一つ良いかな、あの石の事どう思う?」


少し間を置いて彼が口を開く。


「まあ、そうだな。考えたくない推測なら一つ出ている。ただ…ごめん。出来れば口に出したくもない…」
ルシファーが自分の考えに顔をしかめた。


「うん…分かった」
実はリリスも推測が一つ浮かんでいたのだが口に出すのは遠慮した。


正確には出す必要がないと思ったからだ。


彼の反応から推測が同じだと確信した為である。
















どれだけ時間が経っただろうか、外からの光が無いまま暗闇を進み続けた為今が何時なのか彼等に全く分からなかった。


そしてそれは焦りを加速させていった。


「…」


「…」


「まだ…かな」


「だな」


一言だけの会話だが声音には僅かな怒気が含まれていた。


無理もない、協力を取り付けても間に合わなかったらなど嫌な考えが頭に浮かび始めていたからだ。


そんな中リリスがいきなりルシファーを制止した。


「待って」


「おい、どうした」
ルシファーが抗議の声を上げるがリリスの様子に直ぐ冷静さを取り戻した。


「足音がする、前から誰か来るよ」
言われてルシファーも耳を澄ました、確かに足音がこちらに近づいていたのである。


「悪い、頭に血が上って気づかなかった」
彼が謝罪するが彼女は微笑んで言った。


「いいって」


「ああ、ありがとう」
ルシファーも微笑み返した。


リリスのこういう冷静な所にルシファーは救われてばかりだった。


そして頭を切り替え足音のする方を睨んだ。


「いつでも行けるからね」


「ああ」
ルシファーとリリスは手を繋ぎながら身構えた。


(場所は狭いが仕方ない、いざとなれば強引にでも…)
足音が近くまで来た。


緊張からか繋いだ手に力が入る二人。


呼吸が速くなって来た。


いざ戦闘となれば真正面からぶつかるしかない、被害は免れないだろう。
(来るなら来なさい)


そして暗闇から相手の姿が見えてきた。


(…!?)
相手の背丈はルシファーと同じくらい、そして優しそうな風貌の青年であった。


しかし気配はただならぬものでありルシファーは思わず身構えた。


「待ってください、敵ではありません。ルシファーさんとリリスさんですよね?」
青年は焦った様子で言った。


「ルシファー抑えて」


「…ああ、すまない」
言われて漸く構えを解くルシファー、そしてリリスが青年に聞いた。


「あの、貴方は?」


「あれ?えっと、フォルネウスさん達から聞いていませんか?案内の役を仰せつかった親衛隊隊長のシアスです、遅くなって申し訳ありません」
シアスは頭を下げ丁寧に謝罪した。


そしてルシファーとリリスは顔を見合わせここに来る前の会話を思い出した。


「あっ、そう言えば聞いていたような…」


「ごめんなさい、すっかり頭から抜け落ちていたわ」
二人が申し訳なさそうな顔をする。


「気になさらないで下さい。遅れたのはこちらの過失ですし」
シアスは間をおいてから続けた。


「さあ、こちらです。行きましょう」



特にするような世間話なども無かった事から会話もなく彼等は歩き続けていた。


人数は増えたものの相変わらず気が滅入る暗闇が続いている。


だが邪魔が入らないから質問にはピッタリかもしれない、そして親衛隊という事は側近、ならば何か知っているかもしれない。


思い切って色々聞いてみる事にした。


「あの、シアスさん以外には護衛の人はいないんですか?」
リリスが先ず疑問を口にした。


二人はここまで誰にも会わなかったからだ。はっきり言ってこんな場所にずっといたら気が狂ってもおかしくない。


「ええ、陛下以外は私だけです。外とのやりとりは基本的に私が担当しています」


「え、交代とかもしないんですか?」


「しないですね、いえ…出来ないと言いましょうか…」
彼が言い淀んだのをルシファーは見逃さなかった。やはり何か事情があるようである。


確かに通路は一本道な為護衛はしやすい、だがこんな暗い場所にずっと居るなど正気の沙汰ではない。


流石に気分転換用に外へ出る出口くらいはあるだろうが。


「そもそも一国の主が何故こんな所に?」


ルシファーはもう少し突っ込んだ質問をしてみた。


言い淀んだという事は何か不満を、またはそれに近い感情を持っていると考えたからである。


ならば何か聞かせてくれるかもしれなかった。


彼の表情が更に曇った。
「それは…」


一瞬言葉に詰まるシアス、だが彼は直ぐに話してくれた。


「…どうかここだけの話しにしてください。陛下はある日突然心を病んでしまわれたのです、被害妄想に囚われてしまったとでも言うんでしょうか…常に誰かに狙われている気がしてならなかったそうでしてそれ以降私を含めた一部の人以外と上手く話せなくなってしまいました…なので交代なども出来ないと言った感じです」


入り口でウォソが話し辛そうにしていたのも頷ける話だ。一国の主が病んだなどそう簡単に話せるものではない。


「突然?」


「はい…それで本人が望んだためにここに…」


「えっと…何かきっかけとかは?」
リリスが聞く、突然など不自然すぎる。


「きっかけ…あれ?そういえばどうして…えっと・・・本当にごめんなさい…どうしてか思い出せないです…」


不自然極まりないのは確かだ。
だが思い出せないと言って焦っているシアスの反応は嘘を言っているようには思えなかった。


それどころか疑問にすら思ったことがないという様子にも見える。


そしてその様子には覚えがあった。


(そんな重要な事を?これじゃあまるで抜け落ちていたような…いやまさか…)
聞いていたルシファーの頭に一つの物が浮かんだ。



とても難しく危険だが魔法には記憶を消すものがあるのだ、もしかしたら彼はそれを使われて記憶を消されたのではないかと彼は怪しんだ。


ぽっかり抜け落ちたように思い出せないなどまさにその魔法の症状と合致する。だが誰がなんでそんな事をしたのかまではいくら考えても分からなかった。


(もっと聞いてみるか…)
もう少し質問をしてみることにした。


「すいません、もう少し聞かせてもらいたいことがあるんですが」


「…そうですね、もう少し着くまでに掛かりますし分かる事でしたらお答えします」




シアスにとって皇帝のガープは大事な人だ、その恩人の異変の事を何故今言われるまで忘れていたのだろうか。


どう考えても物忘れなどというレベルではない。


もしかして自分は知らぬ間に何かされてしまったのだろうかと彼は立ち竦みそうになった。


だが今は目の前の客人の事だ。


それに話していればまた何か抜け落ちているものが分かるかもしれない。そう思って彼は客人の疑問に答える事にした。




「ではいきなりすいません、どうしてトロメアは戦争を?」


「いきなりですね……では、どうかこれから話すことも他言無用で」
苦笑するシアス、だが彼は話し始めてくれた。


「疑問に思われても仕方ないですよね、今まで積み上げた物を全て捨てる行為ですもの」
それから少し言葉を選んだ様子を見せ、彼は続けた。


「開戦前に側近の人だけを集めて話してくれたことがありました。何でもある存在を倒す為に始めたとか…」


「ある存在とは?」


「…すいません、そこまでは分からないです。ただ陛下が変わってしまったきっかけに関係があるかもしれないです。あくまでも勘ですが…」


「あの、因みにガープ陛下はどんな方だったんですか?」
リリスが聞いてみた。


変わってしまったとは言っても元々がどんな人物だったのかが分からなくてはイメージをし難いと思ったのだ。


「優しい人でした、それこそ戦争などとは無縁の人です…無援の…人でした」


「シアスさん…」
足取りが鈍くなり段々と目に涙が滲み始めたシアス、その姿は見ていてとても辛いものがあった。


「私も…もうどうすれば…なんだか、自分の事が信じられないです…」
恐らく先程の記憶が抜け落ちてる事だろう、それも恩人の異変を今の今まで忘れていたなど凄まじいショックなのは想像出来てしまう。


「シアスさんにとっても大事な人なのですね」


「はい、あの人には色々助けていただきました。そのおかげで今の私があります、だから…とっても悔しいです…何も出来ていない自分が…」
どことなく二人には彼の気持ちがわかるような気がした。


彼等にとっての相方位に大事な人なのだろう。


「…」


「…」
二人は目を見合わせた。


「急ぎましょう、シアスさん」


「リリスさん…」


「正直約束は出来ないです、何せ肝心の頼みの内容を何も聞かされていないんだから。でも俺達なりに全力は尽くします。こちらにもお願いがありますし、何より貴方の気持ち、少し分かる気がするので。だからまあ、少しは希望持ってくれませんか?どんな方法か知らないけど戦争を終わらせたらまた昔みたいに戻れるかもしれないですし」


「お二人…とも…ありがとう…ございます…」
二人の精一杯の励ましに更に泣き出すシアス、まあ仕方ないと苦笑しながら涙が止まるのを待つ二人だった。




それから暫く、目立った会話は無く彼等は進んでいた。そしてその間にルシファーはここまでの話を整理していた。


(さて、さっきの話。一見すると殆ど分からない事だらけだった。でも抜けているものは何となく分かったかな)
(まず戦争は何かを倒す為のもの、それが何なのかは分からない、そして俺達が呼ばれたのは戦争を終わらせる為。その何かを倒す為の目途が立ったのか?)


そしてここに来るまでの会話を思い出していた。


(フォルネウス達の怯えていたかのような反応、あの石、最後位はという言葉、そして親衛隊隊長という要職にありながら記憶を消されたかもしれないという事実。何となく見えてきたかな…ただ…これはやばいかもしれない)


とんでもない選択をしたのではないかと得体のしれない悪寒が彼の背に走った。


だがもう引き返せない。




「着きました。ここです」
シアスの声が彼を現実に戻した。


考え込んでいるうちに目的地の執務室前に来たらしい。
まるで牢獄のような重苦しい扉が彼等の目の前にあった。


「この扉の奥です…あの人を助けて下さい、陛下はこの国に必要な人です、どうかお願いします」


トロメアはハデスが死亡し敗戦が決まった時に国自体が無くなりかけた。
無理もないだろう、悪魔族という未知の存在を有しオリュンポス側に多数の損害を出したのだ。


国民全てが奴隷ならまだよし、最悪根絶やしにされてもおかしくなかった。


だがガープがオリュンポスの穏健派と協力してなんとか国を存続させたのである。
これが出来るのは並大抵の事ではないだろう。


「そうだ、最後に一言失礼します。ここまで我々の無茶を聞いて下さりありがとうございました」
彼は丁寧に頭を下げ会話を締めた。


(良い結果にしたいな、出来るものなら)
ルシファーとリリスは思った。


「では行ってきます」
シアスに告げ彼等は奥へ向かった。


彼等は目的の為にここに居る。


他でもない両親を探す為である。だがフォルネウス達の心からの願い、シアスの誰かを思う気持ち等真っ直ぐな思いには幸せな結末があって然るべきだと彼等は思っていた。


「今更だけどお人好しだな、俺達って」
ルシファーは自嘲気味に笑った。

「いいじゃない。優しさは大事だよ?」


「そうだな…よし、行くか」
いよいよ運命の時である。


「頑張ろう、ルシファー」


「ああ」
彼等は扉に手を掛けた。
















執務室は綺麗に整理されていた。


本棚に様々な資料などが収められているが重苦しい空気で満ちていた。


その空気を発しているのは他でもないトロメアの主ガープであった。


「よく来てくれた、君達がルシファーとリリスだな」


腰かけていた椅子から立ち上がり彼は言った。


長身で黒髪の男性だが頬が痩せこけ眼の隈がすごい。未練で成仏できない死者の魂、幽鬼と言っても遜色ないやつれ方だった。


(この人が…)
緊張から息をのむリリス、だがルシファーは物怖じせずガープの眼を見つめた。


深呼吸してから彼は口を開いた。


「…こちらとしても時間がないので単刀直入に行きましょう。質問に全部答えて下さい。協力するかしないかはその後でこちらが決めます」


小国とはいえ一国の主に向けるものとは思えない言葉である。


だが譲るつもりはない、お互いに良い結果をもたらす為にも全て聞いて判断しなくてはならないのだから。


「勿論、良いだろう。詳しい話は誰にもしていないからな。なんでも答えよう」
ガープは彼等を見つめ頷いた。


こうして国の命運を左右する話し合いがひっそりと開始された。


そして待つもの達は今この瞬間も祈っていた。






「さて、先ずは手荒な真似をしてすまなかった。謝罪する。あと堅苦しい言葉使いは無しにして欲しい。君達は対等な立場でいたい、君達が嫌でなければだが」
ガープが提案した。


少しばかり異質ではあるがこの男なりの礼儀なのだろうかと思って彼等は承諾した。


「分かった。では遠慮なく、最初の質問だ」


「私達の所に来た彼はどうしたの?光に飲まれた後姿が見えないまま来てしまったんだけど…」


ヴィネの事である、光に飲まれてから彼の姿を二人は見ていなかった。
ここまであまりにもごたごたしていた為フォルネウス達にも聞くタイミングが無かったのである。


「彼の名はヴィネ、任務は君達の実力を計る事。そして基準に到達していれば連れてくるというものだ。君達がここにいるという事は既に死んでいる」
ガープがあまりにもあっさり言い放つ。


「やっぱり…」


「死ぬこと前提の任務って…大事な部下じゃないのか」
ルシファーが少しばかり怒った様子で問い詰める。


最終的に倒すしかなかったが死ぬこと前提など聞いていて気分が良いものではない。


ガープは俯きがちに反論した。


「大事に決まっているだろう…みんなは家族同然だと思っている。だが私も悩んだ末の結論だ。他の誰にも見つからず君達に接触できるのは彼しかいなかった」


ヴィネは潜入のエキスパート、そしてベテランの戦士である。


シトリーの警戒網は中々手強い部類に入る。


少数ながら前の戦争から生き残った強者に訓練された憲兵隊が交代で目を光らせている。


これを抜けるのは並大抵なものではない。


相手が悪くルシファーとリリスには敗北したが誰にも見つからず彼等に接触、戦闘もこなせるといった点で最適な人物が彼であったのだ。




「…次の話だ。それで、力を計るとは?俺達にさせたい事と関係が?」


「そうだ、必要だった。君達が戦える存在であると知りたかったんだ」


「戦える存在?何かを倒せと言いたいの?」


「シアスさんが言っていた、この戦争はある存在を倒す為に始めたと。まさかそれを倒せと言う事か」


「少しだけ違う。まあ、ある意味近いが」
それから一呼吸してからガープは話し始めた。






「君達はソロモンという男を知っているか?」


「随分と唐突だな、まあ知ってるよ。絵本でも読んだし」


「私も同じようなものだけど、それが関係あるの?」


「ああ、大ありだ」



賢者ソロモン、子供向けの童話である。
内容は強くて頭が良くて賢いソロモンという若者が人助けをする冒険譚であった。
一般的には御伽話の類である。


百年前に起きた戦争、ハデス率いる悪魔族が北上しそれをゼウス率いるオリュンポスが迎え撃った史上最悪の戦争である。


戦いは泥沼化し人だけでなく魔族、更には動物などの生き物が魔獣にされて巻き込まれるという被害も続出、多くの命が失われた。


「ソロモンという男は実在した。百年前の戦争の時我々に立ちはだかった。そして現在、トロメアだけでなく生きとし生きる者全ての敵として再び蘇ったんだ」
ガープは言ったが話が飛びすぎていてルシファーとリリスには理解が追いつかなかった。


子供向け童話の人物が実在し世界を滅ぼそうとしているなど信じろというのが無理な話だろう。


想像してみて欲しい、白雪姫の魔女が実在の人物で世界を滅ぼそうとしているなど言われて信じられる人間がどのくらいいるだろうか。余程特殊でない限りそんな人間はいないだろう。


困惑気味にリリスが聞いた。
「えっと、どういうこと?」

「ソロモンは元々オリュンポスの最南端を納めていた領主だ。だが戦争が起き我々とぶつかり敗北した」

「それでどうなったんだ?」

「ソロモンは死闘の末に行方不明、だが残った領地と領民は腹いせとしてトロメアに蹂躙された…」
ガープが表情を曇らせた。


「今思えば命を掛けてでも止めるべきだった。そしてあいつは変わり果てた姿で帰ってきた、トロメアだけでなくオリュンポスまで敵として戦いを挑んできたんだ」


「オリュンポスまでって…味方じゃないの?」


「後で知った話だが、オリュンポスはソロモンへの支援を行わず時間稼ぎの捨て駒にしたらしい。無理もないだろう、死ぬ気で戦って裏切られたんだ。おまけに援軍が来ていればソロモンは勝っていた」


つまりソロモンはあと一歩の所で敗北、そしてその一歩が届かなかったせいで守ろうとしたものを全て踏み躙られたのである。
おまけにその一歩の後押しがされていれば助かっていたのだ。


ルシファーとリリスは読書が趣味である為歴史書も読んでいたがこのような話は全く出てきていなかった。


そして聞いていて何ともやるせない気持ちが沸き上がっていた。


命を掛けて未知の敵と戦ったのにその報いがこれでは変わってしまうのも無理はないだろう、彼等はソロモンの境遇に同情を禁じえなかった。


「そんな話何処にも載っていなかったぞ…」


「誰だって臭いものには蓋をしたいさ。自分達の判断ミスで最悪の被害を出したのなら尚更だ…」
彼等はその言葉を聞いていて更に気分が悪くなった。


しかし目の前の男はお構いなしと言わんばかりに続きを話しだす。


「だが月日は経ち終戦の日を迎え…奴は再び来た。奴は式典を襲撃し多くの同胞…」


ガープの言葉が途切れた。


いきなり胸を押さえて蹲ったのである、リリスが心配した。


「ちょっと、ねえ大丈夫?」


「大丈夫だ、少し水を飲ませてくれ…」


話し始める前よりガープの顔色が悪くなっている気がした。
まるでフォルネウス達のように怯えているようにも見える。


「すまない、話を続けよう」


呼吸を整えた彼が再び口を開く。


「同胞、そして多くのルーラーを殺害したがアダムとイブが命を掛けてあいつの魂を破壊し勝利する事が出来た…」
アダムとイブは最初に生まれたキングとクイーンにして最強のルーラーである。


彼等は戦争の末期に部隊共々トロメアから離反し敵対、そしてその離反はトロメアの敗北を招いた、だが最期はトロメアを救ったのである。


「辛かったわね…もう少しで平和な世の中だったのに…」


「ああ…みんな…良い奴等だった。だが大勢死んでしまった…」
ガープにとって余程トラウマだったのであろう、先程より言葉の歯切れが悪くなってきていた。


「おい…少し休めよ、続きは落ち着いてからでも良いから」
見かねたルシファーが提案したがガープはそれを断った。


「いや、時間が無いのは私も同じなんだ。休む暇はない」


「…分かった。じゃあ続きを頼むよ」
彼の意志は固い、溜息交じりでルシファーが言った。




「それで魂を破壊したってのは確かなのか?」


魂を破壊したとはどういう事かと言えば死亡ではなく消滅になる。


死亡ならば魂は冥界へ行った後、長き眠りにつき年月が経ってから生まれ変わる、というのがこの世界の理であった。


だが魂を破壊したならば生まれ変わる事が出来ず永久にその存在は消え去ってしまう。


なのでこの話が本当ならば先程言っていたソロモンが再び立ちはだかったというのはありえない話になる。


「ああ間違いない、見間違えるはずがない。あいつの魂はあの時確実に破壊されていた」


「じゃあ蘇ったと言うのはどういう事?」


「私も信じたくはなかったさ。だが十四年前に兵士の一人がいきなり暴れ出し甚大な被害を出した。あのこの世の物とは思えない気配と寒気、そして恐ろしいまでの強さは間違いなくソロモンのものだ、その場に居た者達もみんな感じ取っていた…あいつは悪霊として蘇ったんだ」
更にガープは続ける。


「結局その兵士は殺すしかなかった。その後も兵士がおかしくなるのは何回も起きその度に甚大な被害が出た。あらゆる手段を試したが結局防げずソロモンを祓う事も出来なかった…そして私達は考えた。あいつは不死の存在になったのではないかと」


とても信じ切れる話ではないがガープの様子は虚言を言っていると思えなかった。


「それに、根拠ならある」
ガープは立ち上がり本棚から本を取り出してきた。


「これは?」


「何か手掛かりは無いかと考えた我々はソロモンの元領地を調べて研究所を見つけたんだ、これにその結果が書いてある」


差し出された本に目を通すリリス。
「どれどれ…嘘でしょ…」


リリスが信じられないと言った様子を見せる、ルシファーも続いて覗いてみた。
「不死の研究だと…」








書いてあったのは不死を実現する魔法だった。


不死に近い存在なら魔界の民である魔族に居ない事もない、だが完全な不死という者は存在していなかった。
また研究して後天的にその力を得ようとした者もいたが実現した者もいなかった。


だがソロモンは魂を砕かれたのに復活、それにあらゆる手段を使っても消すことが出来なかったのだ。信じたくはないが信じるしかないだろう。



「まさか本当に不死になったのか…」


「信じられないけど、これを見る限りは…でもそんな相手倒せるの?」
リリスが不安を口にした、信じられない話だが消滅しても復活した相手など倒しようがない。


「ある、一つだけな」
そしてガープが再び本棚から一冊の本を取り出してきた。


まるで血が固まったかのような黒い装丁の本である。
「おい…なんてもの持ってんだよ…」
ルシファーが言葉を失った。




禁術、魔法が世に出回る遥か昔から存在している。

魔法と同じく魔力を使うが違いが二つ、一つは必要な魔力の量である。

魔法は魔力を使うが余程力量を間違えたりしない限り死に至る事は無い。せいぜい気を失う位である。
だが禁術に使う魔力量はその比でなく使えば死に至る。


ではなぜ禁術と呼ばれているのか、それは使う魔力を他人の魂で補おうとする者が出てきたからである。

人を攫いその魂を使って魔力を搾り取り禁術のエネルギーに充てる、そのような非道な行いをする者が出てきた為禁術と呼ばれ使用は硬く禁じられていた。


そして二つ目、禁術はその効果も凄まじかった。

使えば死者を蘇らせる事も天変地異をもたらすことも出来てしまう。世の中を簡単にひっくり返すことも出来てしまうのだ。

本来は対処できない脅威を対処するためにと考案されたが今では禁忌扱い、人の欲とは恐ろしいものである。


そしてなぜ魂なのか。

卵は栄養価が高い、それは生きていくための体の元になる物が多数詰まっているからである。


魂も同じく生き物が生きていき存在するために必要なエネルギーの塊となっている。


そのエネルギーは人間数十人分の魔力に値していた。




「これしかなかったんだよ…魂を砕いても死ななかった規格外の化け物を葬り去るにはこちらも常識を捨てなければならない…これしかなかったんだ…」
ガープは虚ろな瞳でそれを言った。


そしてこの本を見てルシファーとリリスは話したくなかった考えの的中を確信してしまった。




「…やっぱりこの戦争は魂を集めるために」


「そうだ」


「あの石も…」


「ああ…」



前にも述べたが本当ならば、人を瞬時に移動させるのは大量の魔力がいる。


数十人がかりでようやく使えるレベルの大規模な魔法なのだが魂を加工して使う事でトロメアはこの問題をクリアしていた。


トロメアには前々から噂がある、侵略した町の人を根こそぎ攫う事から生まれた噂であった。
それは攫った人々から魂を奪うという為、攫われた人が誰一人帰ってきていない事もこの噂に拍車をかけていた。


ルシファーとリリスは噂を真実ではないかと考え始めていた。
きっかけはここまで彼等を案内したフォルネウス達との会話とあの石である。


肝心の事を話そうとしなかったこと、もう命を奪いたくないと何かに怯えていた様子、あの石の事からもしかしてと思い始めていた。


そして予感は的中したのである。




「正気じゃない…頭がいかれてるのか?」
怒りを露わにするルシファー、だがガープは気にした様子は無く語り始めた。


「分かっているよ…だがな、あの怪物を生んでしまったのは我々だ…贖罪しなければならない、たとえ地獄に堕ちてでも」
憑りつかれたように彼は言葉を吐き続ける。


「あいつを滅ぼしてこそ今度こそ戦争は終わる、終わらせないといけないんだよ、それがハデス様から受け継いだ我々の責任だ…」


(そんな事をさせるためにこの国を任せたんじゃないだろう…)
心を病んでいると言われていたが納得である、ルシファーは思ったが口には出さなかった。


恐らく思考の凝り固まっている彼にそんな言葉は届かない。


その為に取りあえずこのペースで話を続けさせ情報を引き出すことにした。


「…次の質問だ、シアスさんの記憶を封じたのはあんたか?」


「いや、正確には私が命じた。掛けたのはソロモンに関する記憶を封じ戦争に疑問を抱かせなくするものだ」
言い放つガープ、これは一番聞きたくなかった言葉だ。リリスが声を震わせながら問い詰める。


「どうして、どうしてそんな事を…」


「みんなの為だ」
彼はゆっくりと重たい口を開き始めた。



「記憶を封じたのはシアスだけではない、民衆や若者も封じてある。民心を鎮めるためというのもある。あのままでは間違いなく国が瓦解していた。誰が暴走するか分からない疑心暗鬼のせいでな。だが一番の理由は全ての責任を我々で負い地獄まで持っていくというものだ。元々は我々があの戦争から始めた事、彼等には関係ない。だから協力させられた事にし我々が罪を被り民衆や若者を守る。それが精一杯の事だ」


先程の魂を集めるための戦争もだが正気の沙汰とは思えない発言だ。


疑心暗鬼での瓦解を防ぐためと言う理由はまだ分からなくはない。だがもう一つの理由、シアスの辛そうな顔を見てしまった以上こればかりは何か言わなければ我慢できなかった。


今のガープは彼の気持ちを踏みにじっているからだ。


「今の話、シアスさんが知ったらどう思うかしら…」


「あの人は本気であんたを心配していたのに…いや、シアスさんだけじゃない、きっと他の人も同じだろう。それなのに、それじゃあソロモンを裏切ったオリュンポスと変わらないじゃないか」


「彼等の感情など考慮している暇はない…そんな事をしていて勝てる相手ではないんだ。ならば我々が罪を被り手を汚させた若い者を助ける、手段を選んでいる時間などもうないんだよ…」


泣きそうな顔で力説するガープ。


元々トロメアは個の質では優れているが兵士の人数はあまり多くない、そもそも兵士は志願者しかいなかったからだ。


そして前の戦争で多くの兵士を失った為、現在は百年前の戦争より人数の確保が難しかった。
はっきり言って若者抜きで兵士の人数を揃えるのは無理と言えるほどである。


そう言う事情もあるのだが今のガープにはそこまで話す余裕は無かった。


(…)


(…)
そしてルシファーとリリスは彼に掛ける言葉が浮かばなかった。


先程の言葉がどことなく自分へ必死に言い聞かせているように見えたからだ


最悪の可能性から目を逸らしてでも、大事な物を全て捨ててでも彼はソロモンを倒したいのだろうという気持ちは彼等に伝わってきていた。


彼の執念は恐らく本物だろう。
だがもう一つ一番重要な事を聞かなければならない。


正直嫌な予感しかしない、だが聞かなければならない。


「なあ、最後にもう一つ聞かせてくれ…俺達に何をさせたかった」


暫しの沈黙が場を満たした。











「………ソロモンごと私を殺してもらいたい」










ガープはある禁術のページを開き彼等に見せた。


「私を器にソロモンを抑え込む、そして結界で封じ込め結界ごと消滅させる」


「結界は魂を使うため破壊には大量の魔力を使う、君達の全力なら出来るはずだ」
彼は沈黙の後に淡々と説明をしだした。


「…あんた諸共か」


「ああ、そうだ」


ルシファーの能力はデーモン、デーモンには炎を吐く器官も岩をも切り裂く爪もない。しかし大量の魔力を扱う事が出来る。


ヴィネは具体的に彼等の何を試していたのか、それは魔力をどの程度扱えるのかであった。
ルーラーは飛ぶのも相手を探知するのも全て魔力頼みである。


つまりあらゆる手段で不意打ちしてくる彼に勝てれば実力は示せることになる。


落胆と言った様子で彼等は言った。
「誰も知らないわけだな…そんな事を話せば間違いなくトラブルになる」


「ねえ…本当にそれしかないの?」
またしても嫌な予感的中である。


「ない、探し尽した末の結論だ。そしてソロモンのものと思わしき被害も今日までで結構な数が起きている。時間は無い、頼む…」


ガープは深々と頭を下げ頼み込んだ。


だが彼等の答えは決まっていた。







「…断らせてもらう。そんな事、俺達は死んでも嫌だ」


彼等の脳裏に浮かぶのはシアスの顔、ここでこの申し出を受ければ間違いなく一生後悔する事になるだろう。


ルシファーはあくまでも冷静に、諭すように言った。


そうでもしないとどうにかなりそうな程ストレスを感じていたからだ。
だがガープは必死の形相で食い下がってくる。


「考え直してくれ、君達の回りの人が犠牲になったらどうする。君達の伴侶が犠牲になったらどうする。あいつはどこに現れるか分からない。今すぐ何とかしなければならない。君達にも無関係な話じゃないんだ。頼む、考え直してくれ」


「うん、言いたいことは分かるよ。でも断らせてもらいます」
リリスが毅然と言い放つ。


だが彼は縋りつくように続ける。


「感情だけでどうにかできる相手じゃないんだ、私一人の犠牲で多くが救われるんだ。頼むよ…」
ガープが額を地面に擦り付け懇願しだした。


「悪いな、考えは変わらない。その提案は飲めない」
彼等の考えは変わらない、ガープの言いたいことも分からなくはないが彼等としてはあり得ない選択肢だった。


「…そうか…分かったよ…本当に残念だ…」


ガープが呟き天を仰いだ。


「これで何もかも終わったな…」
彼が空しく嘯いた。


「話は終わってないぞ」
ルシファーが溜息交じりで言った。


「なんだ?もう…」


「飲めないのはあくまでもその提案よ」


「俺達が好きじゃないってのもある、だが指導者がいなくなって他の連中がはいそうですかと引き下がれるのか?お前は今まで守ってきたもの全て捨てても良いのか?」


指導者を失った結果残された兵士が暴徒化するのは珍しくなかった。


ガープがいなくなったらトロメアの荒くれはどうなるだろう、抑えの効かなくなった者達により酷い戦火がもたらされる事もあり得てしまう。


考えないようにしていた最悪の未来を突き付けられてガープは目を背けた。
「考えていなかったわけではない、だが…」


やはりこの男は自分に言い聞かせていたのだと彼等はこの反応で確信した。
少し間を置いてガープが尋ねてきた。


「…まだ、何かがあるのか?」


「取りあえず聞いてみてくれないか?今の話を聞いて考えてみた。まあ賭けの要素が大きすぎるが…」



一度彼の提案を聞いた上で完全に否定、鼻っ柱を折った上でこちらの案を提示する。


些か強引だがガープの凝り固まっている頭では正論を馬鹿正直にぶつけても意味を為さないと思ったからである。
本当はもう少し別の説得もあるのかもしれないが彼等はそう言った専門家ではない、直ぐに出せた説得方法がこれしかなかった。




本当はこんな回りくどい事をせず案を用意しないまま突っぱねても良かった、しかし両親捜索やシアスの事もある。だが一番の理由はガープの提案であった。




恐らくこの提案に乗ればトロメアだけでなくシトリーも滅びる。


彼等なりの大義名分はあるのだが傍から見れば彼等は完全なテロリストでしかない。
そしてこの案に乗った場合トロメアは滅ぶ。


ガープはハデス亡き後百年近く目立った混乱を起こしていなかった。
それだけ彼の政治力は優れているのだろう。


そしてそんな影響力を持つ指導者の後を継ぐのは容易でない事が想像つく。


よってガープがいなくなれば国は乱れ瓦解、最悪自滅に行くのは想像に難くない。


更にそんな彼等をオリュンポスは放っておくだろうか、悪魔族という和平を破った危険分子が指導者を失って右往左往している、混乱に乗じて相手を滅ぼすのは戦の常套手段、逃すわけがない。



そしてその影響はシトリーにも行く可能性がある。


オリュンポス現指導者のオーディンは穏健派だが世論に押し切られる可能性は十二分にあり得た。


その世論に乗ってトロメアを滅ぼした後、その矛先は何処に行くか、当然シトリーだ。


多くの民衆からすれば中立など関係なく悪魔族は滅ぼせとなるのは容易に想像できる。


何故なら悪魔族には約束を破った前科があり悪逆の限りを尽くした前科があるのだから。


そんな存在を許していてはいつ寝首を掻かれるか分からない、滅ぼせとなるのは当然の帰結と言える。


彼等としてもこれは死活問題となったのである。





「聞かせてくれ、他に道があるならな…」
ガープは藁をも縋る思いで二人の話しに耳を傾けた。


ルシファーが口を開く。
「さて、話の前にすまないが二つ質問だ。一つ、何故父さん達には助けを求めなかった?知り合いだったんだろ?」


シトリーはトロメアから分かれた人物で構成されている。


その為ガープとバアル達は旧知の仲であった。


彼はゆっくりと語り出した。


「情けない話だよ。本当は私も頼りたかったさ、だがあの戦争でトロメアが負けた直接の理由はあいつらと言っても過言ではない、まだ恨んでいる者も少なからずいるのに奴等を頼っていらない反発をもたらしたらと考えてしまい臆してしまったんだ…」


シトリーの町に住んでいる半数以上の大人はアダムとイブの部隊にいて戦争を生き残った者達であった。


アダムとイブの部隊にいたという事はトロメアからしたら裏切り者、恨まれていてもおかしくはない。


いらない混乱を生まないというガープの判断は間違っていないと言えた。





中立を維持するのは並大抵の努力ではない、ましてや人口数百人の町が国に挟まれて中立を名乗るなど本来は無理な話である。


だがシトリーはトロメア最強の部隊の生き残り、そして周囲には深い森がある。


いざ戦いとなればそれらを利用する事で大軍でも勝つのは困難であった。


おまけにその生き残りに鍛えられた精強な憲兵隊にルシファーとリリス、ベリアルとアガリアなどのルーラーもおりオリュンポスやトロメアより人数は少ないながら立派な戦力を保持していた。


ルシファーはガープの話を聞いて少し安心していた。
「じゃあ、あんた本人の悪感情は無いんだな」


「…おい、まさか」


「そうだ、シトリーの力を借りる」


「…それで、どうなるんだ」


驚いたガープ、だが直ぐに平静を取り戻した。
しかしルシファーはそれを取り合わず更に質問をする。


「次の質問だ、オリュンポスには何故話さなかった?オーディンさんは穏健派だろう?」


「…そうだ、彼は間違いなく穏健派だ。正直悩んださ、だが周りの奴等はそうとは限らない。ソロモンを利用、またはあの不死の研究を悪用するものがいればオリュンポスまで混乱をもたらし共倒れしかねないと考え断念した」


ソロモンの対象に憑りついて凶暴化させるものと思われる力は使い方次第では国を傾かせることすら可能である。


疑心暗鬼に陥らせ同士討ちをさせたり最悪とし言えない使い道がある。


例え肝心のソロモンを制御出来ずともはったりを使い陥れることも出来なくはない。


そして不死の研究。魔力とは生命力であるためこの世界の人間は魔力が強ければ老いないという特徴がある。


ルシファーとリリスの両親やトロメアの古参兵が百年前の戦争から生きていられるのもそれが関係していた。


だが彼等とて首を落とされたり流行り病でも死ぬ、決して不死ではないのである。


不死はそんな風に死ぬ事を恐れた者達が研究してきた課題である。そして皆失敗して来た。
だがソロモンはそれを成功させたかもしれないのだ、欲しがらない者がいないとは限らない。


納得の行く理由ではあった、そしてこれで必要な物は揃ったと言える。




「なるほどな分かった」
ルシファーが腕を組み頷いた。


「さてはオリュンポスと交渉し別の方法を模索すると」


「御明察、でもただやれと言うわけではないさ。トロメアだけだと交渉のテーブルにすら付けないだろうからな」


「なるほど、その為のシトリーか」


「ええ、シトリーが間に立てば無茶な事はそう簡単に言えないはずだから」


リリスが付け加える。


だがこれには誰もが思いつく大きすぎる穴があった。


「大体は理解したよ、だがオリュンポスが気にせずこちらを潰そうとしたらどうする?」


最初に賭けと言っていたのはこの部分であった。
いかにトロメアとシトリーの戦力の質が高かろうと数が足りないのである。


もし戦えばよくて泥沼であろうか。


「その時は…百年前の続きをするだけだ」


ルシファーは冷たく言った。先程彼等もガープを正気の沙汰ではないと言っていたが彼等のこの提案も大概であった。


要求を飲めなかったら戦争を激化させ共倒れ、最悪破滅を狙うなど狂気としか言えない。


「なるほど…賭けでしかないか…君も大概だな」


「お互い様だろ」


ガープは考え込んだ。
「断ったらどうなる?」


「帰るわ、他を当たって」
リリスがきっぱりと言い放つ、彼等の返事は変わらない。



当初の予定通り自分が死ねばソロモンは倒せる。


だが死んだ後に国が乱れたら、それこそ任せてくれたハデスの期待に背く事になる。


何よりも家族同然と思っている仲間達に何かあったらなどガープには耐えられない。


彼は優しすぎるのだ。
冷徹になりきる為に胸の奥にしまっていた気持ちが話しているうちにどんどん表へ出て来ていた。



顔を俯かせ悩むガープ、そして結論が出た。

「…話しに乗らせてくれ。私はとんでもない過ちを犯した、もう手遅れかもしれない。だがもう一度チャンスがあるならそれに賭けたい。この通りだ」
ガープの眼には光が宿っていた、相変わらずやつれてはいるがこの部屋に来た時とは大違いである。


彼等も跳ね回りたいくらい嬉しかった。


「ああ、よろしく!」


「良かった…本当に良かった」
リリスが安堵に胸を撫で下ろし嬉しそうに呟く、ルシファーも嬉しそうであった。





「さて、そうと決まれば皆に命令を下さなければ。各地の者を撤退させないといけないな」
ガープが立ち上がって言う、だがルシファーとリリスにはまだ話さなければならない事があった。


「すまない、まだ話があるんだ」


「…何かまだ問題が?」


「うん、黙っていてごめん。話し出す機会が無くてね、少しだけ問題がね…」
そしてリリスが話しだした。



「…そうか」
二人から話を聞いたガープは頭を抱えていた、出鼻を挫かれたのだから無理もない。


「だが見つけてくれさえすれば後は俺達が何とかする」


「…分かった。よし、直ぐにでも行動を起こそう。やる事は沢山ある」


眼に光が戻りやる気に溢れたガープは頼もしかった、流石はトロメアをまとめ上げていただけの事はある、彼は部屋の外へ向かった。


だが膝から崩れ落ちた。


「その…本当にすまない、肩を貸してくれないか…」


「あっ、ああ」


「うん…良いよ」
ガープは無理な生活が祟り体が万全でなかったのである。


ルシファーとリリスは肩を貸してあげることにした。











外に出た彼等、待っていたのは人だかりであった。


恐らく先に戻ったシアスが集めたのだろう。


「陛下!」
最前列に居た初老の男性がガープに声を掛けた。


「ヴァッサゴ、その…久しぶりだな」


「はい…全く本当にお久しぶりです…」
彼は宰相という役職に就いている文官である。


ガープが精神を病んで表に出られなくなってからも国を支え続けた陰の立役者だ。再会を喜びすぎて涙ぐんでいるのがよく分かる。


ルシファーとリリスはこっそりと人だかりをすり抜けて彼等の様子を眺めていた。
「良い事したって感じだね」


「ああ、明るくなって良かったよ」
部屋に入った時は心労からか幽鬼みたいな雰囲気を漂わせていたが今は違う、やつれているが気力に満ちているのがよく分かる。


「二人とも!」

「…ああ、あんた達か」
彼等に声を掛けたのはフォルネウス達だった。


「ありがとう、陛下を連れ出してくれて」
皆嬉しそうな顔をしている。


「…」
だが対照的に二人は難しそうな顔になった。


「えっと、どうした?」
アミ―が難しそうな顔の彼等に戸惑う。


「なあ、ちょっと人の来ないところは無いか?話がある」


「まあ構わないが、こっちだ」




ガープの周りの喧騒とは打って変わって静まり返っている。


やってきたのは使われていない客間、人の入って来る心配はない場所であった。


ルシファーには聞かないと気がすまない事があった。


部屋に入った途端、彼は問い詰め始める。


「一体何があったのか詳しく教えてくれ。全部だ」
ルシファーにそんなつもりはないが剣を抜いて斬りかかりそうな剣幕であった。


場の空気が張り詰める、リリスが割って入った。


「ルシファー、気持ちは分かるけどもう少し冷静に。顔強張ってるよ」


「…悪い」
冷静に諭されるルシファー、そして素直に謝った。素直なのは良い事である。


「まったく…殺し合いにでもなるかと思う剣幕で迫られた後にそれか…」
モロクが笑いを堪えながら言った。素直に謝った姿がおかしかったのか皆も笑い出していた。


結果的に場の空気は穏やかに出来たからリリスとしては良しである。


「あの、すまない。気が立っていたんだ…えっと、それじゃあ気を取り直して。幾つか聞かせてくれ」
笑われて少し照れ気味のルシファー、トロメアの四人はその言葉に頷いた。


「話していて色々聞きたいことが出来たんだけどね」


「その、もう少し詳しい話が聞きたくてな」
リリスが彼の言葉を補足しルシファーが遠慮がちに言う、だがフォルネウス達は咎めたりはしなかった。


「まあ、そう思うのも無理はないな。何でも聞いてくれ。」
彼等も快く了承してくれた。


「そうだ、一応聞かせてくれ、お前達の記憶は弄られていないのか?」


「それなら大丈夫だ。保証する」
フォルネウスが自信たっぷりに言った。




記憶を弄る魔法は誰にでも効くものではない。キングやクイーン、そしてオリュンポスを治めている魔力を膨大に持った人種である神などであれば無効化することも出来た。


「こう見えて日記なら欠かさず付けている。心配なら持って来てやろうか?」
モロクのクイーン、アミ―が答える、意外と几帳面なのだろう。


「いや、信じるわ。大丈夫よ」


「分かった、ではサクッと始めようか。何から聞きたい?」



ベッドに腰掛ける一同、先刻森であったばかりの時よりは皆幾らか表情が柔らかかった。打ち解けて来た証拠だろう。





「先ずは十四年前の事件についてもう一度教えて欲しい」
最初に口を開いたのはルシファー、これは一番気になる点であった。


正直な所情報が多すぎて未だに頭の整理が付いていないのである。


「分かった」
アミ―が口を開いた。


「あの時は…何があったのか分からなかったわね。あまりにもいきなりすぎて」
苦々し気に語る彼女、だが少しして何かを思い出した。


「いや、待って。前触れらしい前触れと言えばあの寒気かしら」
アミ―の発言にリリスが質問をした。


「寒気?そんなのが前触れなの?」


「そうだな…何と答えたらいいか」
彼女の言葉に戸惑う一同。


「そんなに答えにくいのか?」


「本能的な恐怖…いや、体の芯から冷え込むような感覚とでも言うべきか…あれは本当に恐ろしい、体が逃げ出さないよう必死に抑え込まなければならなかった」
モロクが語る。


最悪の戦争を生き抜いた一人である彼の顔は恐怖に暗くなっていた。


その事がソロモンの恐ろしさを二人に感じさせた。他の三人も同じような表情である。


彼等はまだソロモンと戦った事は無い、だが聞いている限りガープがおかしくなるのも無理はないのかもしれないと思ってしまう自分達がいた。


「それで、どうなったんだ?」
ルシファーが話を戻した。


「前触れはあの寒気だけ、気づいたときには兵士が凄まじい力で暴れ出していた…あの気配は間違いなくソロモンだった」
話しているモロクの表情は暗い。


「大勢の死傷者が出て建物へも甚大な被害が出た、終戦以来最悪な戦いだったよ…」


「でも何とか私達は勝てた、だが本当の問題はその後だった」


「襲撃はその一回だけでなく何回も、そして被害の規模は凄まじい。皆疲弊していった」


「ありとあらゆる手段を試したが効果も全くない、止める方法としては乗っ取られた仲間を殺すしかなかった…」
大事な仲間が大勢の人を傷つけるのを見せられ挙句の果てにその仲間を殺さなければならない、想像を絶するストレスだったに違いない。


「そしてそれが繰り返されるうちに国内に険悪な空気が満ち始めた、誰が乗っ取られるか全くわからない疑心暗鬼で国が分断されそうになっていたんだ。疑い出したらキリがないからね…」


「そして陛下はソロモンの領内跡の捜索を命じ、お前達も知っているだろう。あれが見つかった…」
ソロモンが研究したと思われる不死の研究である。


「念のため、操られていたり魔獣にされてはないかなど気配だけでなく解剖もした、でも形跡は発見できなかった。その為にあいつが残した研究資料と照らし合わせた結果、我々は復活したソロモンが兵士を乗っ取り襲わせたと結論付けた」
フォルネウスが詳細に説明してくれた。


様々な紆余曲折があったのだろう、完全な不死というおとぎ話が現実になったなど受け入れるには時間が掛かるのも無理はない。


「そして、今度は奴をどう倒すかという議題になった」
残念だが彼等は死なない相手を殺す術を知らなかった。当たり前である、不死など存在しなかったのだから。


「おまけに殆ど前兆が無く乗っ取りを防ぐ手段なども思いつかない、誰一人案を出すことは出来ないで時間ばかり経った」


「でも私達の焦りは募っていった、色々探したけど何も案は出せない、でも被害は増えて行く。みんなどうにかしないとって思いながらも怖かったの…」
ウォソの声は震えていた。


「陛下がおかしくなったのも同じ頃だ、禁術の本を我等に見せてから段々狂い始めていた。何かに憑りつかれる様に書斎に籠り誰も寄せ付けないまま、そして…最終的に出たのがあの結論だ」


それを伝えるモロクからは後悔が滲み出ている。


「大勢の一般人、兵士を生け捕りにし魂を抜き取ったよ…禁術であの化け物を殺す為に。未だに助けてくれって叫ばれる姿が頭から離れない…」


「命を奪いたくないって言ってたのはそれか…」


「ああ、ただソロモンを倒す、それだけを支えに必死に堪えてやってきた・・・」
森で見たあの怯えきった表情、あれはやはり真実だったらしい。辛い話ばかりさせて少し彼等は心が痛んだ。


だがもう少し聞かないといけない。





「もう少し良いか?記憶を弄ったのはいつくらいからなんだ?」
ルシファーが口を開く。


「陛下がおかしくなり始めた時だな、被害が嵩む中対策が浮かばなくて…」


「疑心暗鬼で国が瓦解寸前だったんだ…もう抑えきれない程にな」


「さっき、言ったんだ。そんな事をしてシアスさんの気持ちを裏切って、ソロモンを裏切ったオリュンポスと同じじゃないかって、言い過ぎだったな…」
モロクの暗い顔を見てガープにした発言を思い出すルシファー、事情をよく把握せず軽率な発言をしてしまった自分に自己嫌悪してしまう。


「責められるのも仕方ないさ、解決策としては最低の案だ。最終的には若者の記憶を弄って戦争に参加までさせた。一切弁解の余地が無い…」





「…責任を全てって話は?」


「…兎に角ソロモンを倒す。後の事は殆ど考えている余裕が無かった。皆の記憶も弄ってしまった、説明のしようがない。完全に悪循環だったとしか言えないな…」


「私達は恐怖に負けた…これは覆しようのない事実だ。その結果今の惨状を招いてしまった」


「だからこそ事態を終わらせる為なら命を賭ける覚悟でいる」
彼等は真剣な眼差しで語り掛けた。


相当な覚悟なのがよく分かる。





「あの、他に聞きたいことはありますか?」
ウォソが二人に聞いた、一通り14年前の事は話し終わったようだった。


「いや、今ので大体聞けたよ。辛い記憶を掘り起こさせてすまない」


ルシファーとリリスは一拍置いて一つ質問をした。


「一つだけ聞かせて」


「ガープが死ねと言ったら死ぬのか?」
二人の質問に場の緊張が高まった、主に命を捧げる覚悟はあるのかと言う事だろうか。


フォルネウスが一歩前に踏み出した。彼が代表で答えると言う意思表示である。


「…死ねない」


「何故?」


「私達は間違えた、だからこそ生きて戦いを終わらせ裁きを受ける責任がある。恐怖に打ち勝ってソロモンを倒すまでは死ぬつもりはない。だから頼む、力を貸してくれ」
フォルネウスは言い切った。


「…」


「…」
一同唾を飲んで二人の反応を待った。


「こちらこそ、これからよろしく」
ルシファーが手を差し出した。


「ああ!」
フォルネウスもその手を取り力強く返事を返した。


命を投げ出す為の戦いではない、それが聞けただけでルシファーとリリスは満足だった。




今この瞬間を持って彼等は絆で結ばれたと言って良いだろう。
漸く心が通じ合えた、その事実に皆顔が少し綻んでいた。


片方は家族の為、もう片方は国と平和の為と形は違えど何かを守りたくて戦っている両者。きっと良い関係を築けるに違いない。




「さて、そろそろ戻ろうか?」
リリスが促す、それなりに時間が経っていた事から皆もそれに従う事にした。








オリュンポスの理性を信じて頼っていれば、昔の諍いを忘れてシトリーを頼っていればもしかしたら違う結果があったかもしれない。


しかし遅くはなったが彼等は前に進みだしたのだ。











それからガープの居る玉座に向かった一同、道すがら彼等は自分達の目的をフォルネウス達に話していた。
バアルとテレサの行方が分からない事を話すと四人共信じられないと言った表情をしていた。


「驚いたよ、いやまさかバアル達が行方不明なんて。まあ、彼等に最悪の結果は無いだろうけど心配だろうね」


「でも大丈夫ですよ、ファリニシュに探せないものはありません。絶対に見つけ出します」
ウォソが言うファリニシュとはトロメアの捜索部隊の名前である。


悪魔族の特性を使った隊員同士の緻密な連携によって捜索から戦闘まで幅広くこなせる精鋭部隊である。


隊長にしてキングであるウェパルとクイーンのワルも加われば敵対者にとって悪夢と呼ぶに相応しい集団になる。


「頼もしいな、期待してるよ」


「ねえ、なんか騒がしい?」
リリスが何かに気づいた、玉座の方から喧騒が聞こえて来ていたのである。明らかに只事ではない。


「この声、シアスか?まさか…」
アミ―が何かを察して駆け出した。





「おい!」
モロク達も後に続いた、するとその先には顔に痣があるガープと衛兵たちに取り押さえられたシアスという穏やかではない光景が広がっていた。


「隊長お願いします、どうか抑えて下さい…どうか!」


「いいえ、無理です。もう二三回は殴らないと気がすみません、どいてください」
彼の部下達が懇願するがシアスはそんな事お構いなしと言わんばかりに激昂していた。


穏やかな彼がそこまで激昂しているのは只事ではないだろう。


しかしながらルシファーとリリスはその理由に心当たりがあった。


「おい、そこまでだ。シアス、一体何があった」
モロクが駆け寄って事情を聴きに行く、だが更に油を注いでしまったようであった。


「モロクさん、貴方達もですよ。全部聞きました、私達の事を馬鹿にしているんですか!」
話を聞きに行ったモロクに思いの丈をぶつけるシアス。


彼の言葉から確信した。間違いなくガープの隠し事の事だろう。


ガープをはじめとする古参の者達が全ての責任を被るつもりであった事、そしてガープのやろうとしていた事を知らされて激昂したのだろう。




「どうしようか、これ」


「どうしよう…」
小声で話す二人、ルシファーとリリスは困惑していた。あまり時間を無駄にしたくなかったのにこれでは話しどころではない。しかし目の前で本気で怒っている人間に割って入るのはかなり勇気がいる話である。


「…あ!そうだ、任せて」
何か閃いたリリスが先程ヴァッサゴと呼ばれていた男の元に向かっていき話を始めた。


しばらくするとリリスが戻ってきた。


そしてヴァッサゴが急いで荒れているシアスに近寄って行った。


何を話しているのか、段々と彼が大人しくなっていった。


「…皆さんごめんなさい、もう大丈夫です。すいません…」
羞恥からか顔を赤らめて謝罪したシアス、先程の様子が嘘みたいである。


「ルシファーさんもリリスさんもすいませんでした、情けない姿を見せてしまって…」


「いや良いですって、俺達も貴方の立場なら同じことしたかもしれませんし」
ルシファーとリリスに謝罪するシアス、そしてガープが恐る恐る彼に声を掛けた。


「その…シアス、また後でしっかり話そう。約束だ」


「…分かりましたよ」
息子の機嫌を損ねた父親みたいな会話である。


彼は不満そうだが了承、一先ず場が収まった。


小声で会話をする二人。
「何を話したんだ?」


「ん?いや、協力なかった事にしましょうか?って」
さらりととんでもない事を言っていたリリス、恐らくヴァッサゴは肝を潰しただろう。


「リリス…」


「まあまあ、上手く行ったんだし」
呆れるルシファーにウインクするリリス、だがそんなところも彼は好きだったりする。



それから少し経ち漸く本題にはいった。


玉座に腰掛けるガープ、その前にルシファーとリリス達は居た。
「さて、各地の兵士達に撤退命令を、そしてファリニシュに通達を出した。明日の朝には報告が来るだろう」


「驚いた、随分動きが早いんだな」


「時間が惜しい、というのもあるが君達には随分無茶な願いをしてしまったのだからな、これくらい当然さ」


「本当にありがとう」
これで両親が探せる、彼等の表情が明るくなった。


「構わない。さて、ところで提案があるんだが」


「なんだ?」
ガープが急に改まった様子で何かを言いたそうにしてきた。何事かと二人は少し身構える。


何かトラブルかと彼等は覚悟した。


「今夜は泊まっていかないか?ここならば報告を直ぐに受けられる。それに迷惑をかけてしまったお詫びに少しでももてなしたいんだ。その…どうだろうか?」
二人は予想と違う話が来て思わず転びそうになった。


報告を直ぐに受けられるのは間違いなくメリットだ、だが何よりも彼等は疲労困憊、断る理由が無い。


「ああ、分かった。頼んでいいか?」


「よし、直ぐに案内させよう」
どことなくガープは嬉しそうだった。






それから後。


シアスに案内されて来た部屋は中々の広さ、部屋の中央には天蓋付のベッド、五人は腰掛けられそうなソファーまで置いてあった。


まるで王様が使っていそうな部屋である。


「こちらの部屋でお休みください」


「うわ…ちょっと…広すぎませんか?」
ルシファーは生まれて初めて見る豪華な部屋に困惑していた。


「ここはオリュンポスの使者のような方をお迎えする部屋です、私達にとってあなた方はそれほど大事なお客様という事ですよ」
シアスが満面の笑みで説明する。


「おお!よし、こうなったらしっかり寛がせてもらいます、それが礼儀ですもんね」
シアスの言葉を聞いたリリスはよく分からない事を言いつつベッドに飛び込んだ。


ルシファーとは対照的にものすごく楽しそうである。


「全くあいつは…すいません」


「いいじゃないですか、ルシファーさんもしっかり寛いでください」


「そうですね。ありがとうございます、色々と」


「こちらこそ本当に心から感謝します。あと…」
シアスが言い淀んだ。


「どうかしました?」


「私の事も呼び捨てにしてもらえないでしょうか?」


「別に良いですが…なんでまた」
シアスが照れ臭そうに言った。


「その、ご迷惑でなければ対等な関係になりたいなと思いまして。そのためには」


「対等な…つまり友達になりたいと」


「えっと、そんな感じです。はい」
またしても彼は赤面している、彼の仕事内容的に周りには同年代はいなかったのかもしれないとルシファーは思った。


シアス本人も好感を持てる人物だった為ルシファーは快諾した。


「よし、分かったよ、シアス。これからよろしく」


「はい!よろしくお願いします!」


「そっちは呼び捨てにしてくれないのか」


「すいません、これは癖みたいなものでして。ではそろそろ失礼します、ゆっくり休んでくださいね」


「ああ、ありがとう!」
シアスは嬉しそうに退室していった。


「ルシファー」


「なんだよ…」
何時の間にかリリスが背後に居て抱き付いている。


「私を仲間外れになに話してたの?」


「自分からベッドではしゃいでたじゃないか」
リリスがルシファーの肩に顎を乗せてきた。


「…お疲れ様」


「そちらこそ」
少しの静寂が流れた。


「お風呂入ろうか」


「そうだな、さっぱりして早く寝よう」
即断即決、とにもかくにも早く休む、やる事は一つであった。







「なんか、色々あったな」


「そうだね」
それからまた少し経ち、彼等はベッドの中にいた。


「上手く行くかな」


「過ぎた事を悔やんでも何にもならない、協力さえ取り付けられれば何かしら良い考えは出るはずだ。オリュンポスの歴史はかなりの物だからな。出来る事をやろう。だめならその時はその時さ。どの道手遅れ同然だったんだ、今考えても仕方ない…」


「そうだね、ねえルシファー?」


「…」
彼女の隣からは静かな寝息が聞こえて来ていた。


(本当にお疲れ様、色々頑張ったね。いっぱい休んでね)


しばらくして彼女も眠りについた。
静かな夜と共に時間だけが過ぎて行く。


























そして全てが崩れ始める。
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