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第四章-4
ニレの木の下で(4)
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ノランは再び歩き出し、パールの家へ向かった。
パールの家は噴水広場のすぐ向こう側のブロックにあったはずだ。ノランは記憶を頼りにパールの家を目指した。そう遠くない。パールの家に着きドアをノックする。返事がない。もう一度ノックをすると、モアナが今にも泣き出しそうな顔で現れた。
「こんにちはモアナ。パールの具合は悪いのかい?」
モアナの表情からパールの状態があまり良くないのだということはすぐにわかった。
「グランドに聞いて伺ったのだが」
ノランがそう言うと、モアナは言葉少なに「とにかく入って下さい」とノランを家に入れた。
パールの部屋に通された。ベッドの横で頭を抱えていた医者が振り返る。ベッドにはぐったりとして動かないパールがいた。顔を焼けた鉄のように真っ赤にして、意識虚ろに苦しんでいる。
ノランは息が止まりそうになる感覚を覚えた。医師に訊ねる。
「悪いのか?」
「何をしても熱が上がる一方で……。あっ! 何をされるんです」
ノランは医者を押しのけて、パールのシーツをめくった。パールの全身が真っ赤になり熱を帯びている。
――こ、これは! あぁ! まさか! そんな!
ノランが立ち尽くした。恐ろしい予測が駆け巡る。
――パールは森へ行ったのか?
言葉にするのを躊躇う。おてんばのパール。森から町に逃げ込んだマッシュたち。留守にしていた私の家でマッシュを匿っていたパール。まさか、まさか、まさか……!
ノランはパールの部屋のあちこちを慌てて見定めた。尋常じゃない様子のノランに、医者がおどおどと戸惑っている。モアナは涙を浮かべて怯えていた。ベッド脇のテーブルに畳まれたパールの服が目に入る。ノランはその服を荒々しく手に取ると、ポケットというポケットを探った。上着のポケットから――木の実や鳥の羽と一緒に――オレンジ色の小粒な果実がパラパラと床に数粒落ちた。
――やはりか!
「すぐグランドとドナテラを呼びにいけ! 二人とも町長の屋敷だ!」
指図された医者が「でも、私は」とオドオドしている。
「いいから行け!」そう言ってからモアナに向き直って「とにかく今は冷やすんだ!」と叫んだ。ノランのあまりの気迫に驚き、医者はドナテラの屋敷に向かって家を飛び出していった。モアナは崩れそうになる気持ちを必死で堪えて、冷たい水を汲みに下へ降りた。
ほどなくドナテラが医者とともに駆け込んできた。
「いったい何事なの?」
モアナはパールの汗を拭きながら泣き続けている。
ノランは静かにドナテラの耳元で「パールを見てくれ」と言った。
ドナテラがパールの顔を覗き込む。ドナテラもまたショックで口を覆い、ノランと同じような反応を見せた。
「これは、アルベロの……?」
「ああ。同じだよ。陽橙樹の実だ……」
「ああ……、ああ! ……なんてこと……」
「ヒダイジュって?」モアナが振り返り、震える声で二人に訊ねた。
「……私たちも詳しくは知らないの。ただ、森の中にある木で、オレンジ色のお日様のような実をつけることからそう呼ばれているの。その実を誤って口に含んでしまうと……このようになってしまうってことだけしかわからないの」
「治るんですか!?」
モアナは精一杯の勇気を振り絞って訊いた。ドナテラもノランも何も言わなかった。モアナはパールを覆いかぶさるように抱きしめて、声をあげて泣き崩れた。
「グランドはどうした?」
「グランドなら、町の若い衆と一緒に異種族の一味を捕まえにいったわ」
「何だって!?」
「森の側で白クジラの子を見つけたと報告があったので、捕らえて連れて来るよう私が指示を出したの。きっと彼らが町に陽橙樹の実を持ち込んだのよ!」
グランドが緊迫した表情でドナテラの屋敷を訪れていたその理由に初めて気づく。熱を出したパールを置いて……。
「違うんだドナテラ! 彼らはそんな者たちではない」
「なぜ、あなたが彼らの存在を知っているの? 家で異種族の話をし始めた時、怪しいと思ったわ! あなたには失望したわ、さあ! 出ていってちょうだい!」
町の長としてのドナテラが、ノランをはっきりと部外者だとでも言うように部屋から追い立てた。
ノランは食い下がったが、家を追い出されてしまった。しかし手をこまねいている余裕も時間もない。陽橙樹の熱は一刻も争うのだ。
――彼らならなんとかできるかもしれない!
ノランはアマルの店へと走った。
パールの家は噴水広場のすぐ向こう側のブロックにあったはずだ。ノランは記憶を頼りにパールの家を目指した。そう遠くない。パールの家に着きドアをノックする。返事がない。もう一度ノックをすると、モアナが今にも泣き出しそうな顔で現れた。
「こんにちはモアナ。パールの具合は悪いのかい?」
モアナの表情からパールの状態があまり良くないのだということはすぐにわかった。
「グランドに聞いて伺ったのだが」
ノランがそう言うと、モアナは言葉少なに「とにかく入って下さい」とノランを家に入れた。
パールの部屋に通された。ベッドの横で頭を抱えていた医者が振り返る。ベッドにはぐったりとして動かないパールがいた。顔を焼けた鉄のように真っ赤にして、意識虚ろに苦しんでいる。
ノランは息が止まりそうになる感覚を覚えた。医師に訊ねる。
「悪いのか?」
「何をしても熱が上がる一方で……。あっ! 何をされるんです」
ノランは医者を押しのけて、パールのシーツをめくった。パールの全身が真っ赤になり熱を帯びている。
――こ、これは! あぁ! まさか! そんな!
ノランが立ち尽くした。恐ろしい予測が駆け巡る。
――パールは森へ行ったのか?
言葉にするのを躊躇う。おてんばのパール。森から町に逃げ込んだマッシュたち。留守にしていた私の家でマッシュを匿っていたパール。まさか、まさか、まさか……!
ノランはパールの部屋のあちこちを慌てて見定めた。尋常じゃない様子のノランに、医者がおどおどと戸惑っている。モアナは涙を浮かべて怯えていた。ベッド脇のテーブルに畳まれたパールの服が目に入る。ノランはその服を荒々しく手に取ると、ポケットというポケットを探った。上着のポケットから――木の実や鳥の羽と一緒に――オレンジ色の小粒な果実がパラパラと床に数粒落ちた。
――やはりか!
「すぐグランドとドナテラを呼びにいけ! 二人とも町長の屋敷だ!」
指図された医者が「でも、私は」とオドオドしている。
「いいから行け!」そう言ってからモアナに向き直って「とにかく今は冷やすんだ!」と叫んだ。ノランのあまりの気迫に驚き、医者はドナテラの屋敷に向かって家を飛び出していった。モアナは崩れそうになる気持ちを必死で堪えて、冷たい水を汲みに下へ降りた。
ほどなくドナテラが医者とともに駆け込んできた。
「いったい何事なの?」
モアナはパールの汗を拭きながら泣き続けている。
ノランは静かにドナテラの耳元で「パールを見てくれ」と言った。
ドナテラがパールの顔を覗き込む。ドナテラもまたショックで口を覆い、ノランと同じような反応を見せた。
「これは、アルベロの……?」
「ああ。同じだよ。陽橙樹の実だ……」
「ああ……、ああ! ……なんてこと……」
「ヒダイジュって?」モアナが振り返り、震える声で二人に訊ねた。
「……私たちも詳しくは知らないの。ただ、森の中にある木で、オレンジ色のお日様のような実をつけることからそう呼ばれているの。その実を誤って口に含んでしまうと……このようになってしまうってことだけしかわからないの」
「治るんですか!?」
モアナは精一杯の勇気を振り絞って訊いた。ドナテラもノランも何も言わなかった。モアナはパールを覆いかぶさるように抱きしめて、声をあげて泣き崩れた。
「グランドはどうした?」
「グランドなら、町の若い衆と一緒に異種族の一味を捕まえにいったわ」
「何だって!?」
「森の側で白クジラの子を見つけたと報告があったので、捕らえて連れて来るよう私が指示を出したの。きっと彼らが町に陽橙樹の実を持ち込んだのよ!」
グランドが緊迫した表情でドナテラの屋敷を訪れていたその理由に初めて気づく。熱を出したパールを置いて……。
「違うんだドナテラ! 彼らはそんな者たちではない」
「なぜ、あなたが彼らの存在を知っているの? 家で異種族の話をし始めた時、怪しいと思ったわ! あなたには失望したわ、さあ! 出ていってちょうだい!」
町の長としてのドナテラが、ノランをはっきりと部外者だとでも言うように部屋から追い立てた。
ノランは食い下がったが、家を追い出されてしまった。しかし手をこまねいている余裕も時間もない。陽橙樹の熱は一刻も争うのだ。
――彼らならなんとかできるかもしれない!
ノランはアマルの店へと走った。
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