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第四章-4
ニレの木の下で(3)
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ノランは工具箱を取り出して、鋏や刷毛を確認した。さらに戸棚から整備用の布やオイルを取り出して、鞄に入れる。マッシュとともに辺りを警戒しつつ家を出た。
アマルの店に向かう途中、マッシュがパールにお礼を言いたいのだが、と申し出た。
「そうだね。……だが君を連れ歩くわけにはいかない。そうだな、後でパールを娘の店まで連れていこう。頼まれている修理を終わらせてからになるから少し遅くなるが」
二人がアマルの店にたどり着きドアを開けると、ドアベルがカランコロンと音を立てて鳴った。店内の奥から元気な女性の声が迎える。
「いらっしゃーい!」
「やあアマル、お疲れさま。マッシュ君を見つけたよ。私はまだ用事があるので行くが、寛いでもらってくれ」
ノランはそう言うとマッシュを店内に残し、ドナテラの屋敷へと向かった。
「あんたがマッシュだね、話は聞いてるよ!」
なんとも元気の良い人だとマッシュは感じた。
マッシュが見つかりほっとしたノランは、再びドナテラの屋敷へと足を急がせていた。
修理を終わらせたら、パールを連れてアマルの店に戻らなければ。歩きながらノランは考えを巡らす。フランクを残しているのも気掛かりだが、彼らも疲れているだろうし、できるだけ休ませてあげたい。しかし今日はよく歩いた。
ドナテラの屋敷に到着すると、コンコンと扉をノックした。疲れを感じながらもノランはどことなくほっとする。すぐにドナテラがノランを迎える。
「遅くなってすまなかったね」暑くなり上着を脱いだノランが笑って言う。
「あら、来たのね。直せないから逃げたのかと思ったわ」
ドナテラは意地悪そうに笑って、中へとノランを通した。
「さあ、時計を直してしまおう」
ノランはドナテラの脇を通り過ぎ、まっすぐにニレの柱時計の元へ向かった。早速機械部を取り出して大掛かりに分解し始める。
ドナテラがトレイに何かを載せてやってきて、ノランの後ろから声をかけた。
「クニッシュを焼いておいたわ。まだ温かいから」
作業を始めたノランはすでに集中している。返事はなかった。
ドナテラは、ただそっと焼きたてのクニッシュと温かいスープを窓際のテーブルに置いた。まだほんのりと湯気が立っている。おそらく昼食をまだとっていないノランのために、彼がいなくなったほんの少しの時間で作ったのに違いなかった。
クニッシュは、芋を潰した生地で、野菜や穀物・豆類を煮たものを包み込んで軽く焼き上げた軽食だ。ここブルネラでは伝統的に食べられていたが、中身として包まれるフィリングの部分や、芋の生地の材料など、すべて家庭の味が異なる。
ノランは一通りの整備を終えると、振り子の振り具合や歯車の動き具合を丁寧に確認した。
「……よし! いいだろう」
汗を拭いて、腰を伸ばす。窓際のテーブルの上にドナテラのクニッシュが置いてあるのに気づいた。歩いていき手に取り一口食べた。冷めているが旨い。
その時ドナテラが温かいお茶を持ってやってきた。口をもごもごしているノランを見て、修理が終わったことを知る。
「どうだった?」
「もう大丈夫だ。これで、君が生きている間はあの時計は動き続けるよ」
「まあ、ひどい」
ノランは新しく淹れてもらった温かいお茶で残りのクニッシュを飲み込みながら満足そうにつけ足した。
「ところでこのクニッシュ、温かければもっと旨いのにな」
ドナテラは黙って笑った。
修理を済ませたノランが立ち去るため屋敷の玄関まで進む。
「またこうして時々は町に戻って来なさいよ。アマルだってあなたのこと心配しているわ」
「そうだね。また時々寄らせてもらうよ」
玄関の扉を開き外へ出ると、体格の良い男が緊迫した表情をして速足でこちらに向かってくる。町の男を取りまとめているグランドだ。パールの父親でもある。後ろには二人男を従えている。何かあったのか。
「おお。グランドじゃないか、ちょうどよかった。今から君の家に向かおうと思っていたところだ。パールは元気かね?」
「お久しぶりですノランさん。いつ町にお戻りに?」
「つい先日だよ」
「そうですか、パールは昨日から熱を出してしまって家で寝込んでいますよ」
「そうか、見舞いがてら覗いてみるよ」
「それじゃあどうも」
グランドは急ぎそう言って、ドナテラが出てくるのも待たずに屋敷の中に入っていった。
アマルの店に向かう途中、マッシュがパールにお礼を言いたいのだが、と申し出た。
「そうだね。……だが君を連れ歩くわけにはいかない。そうだな、後でパールを娘の店まで連れていこう。頼まれている修理を終わらせてからになるから少し遅くなるが」
二人がアマルの店にたどり着きドアを開けると、ドアベルがカランコロンと音を立てて鳴った。店内の奥から元気な女性の声が迎える。
「いらっしゃーい!」
「やあアマル、お疲れさま。マッシュ君を見つけたよ。私はまだ用事があるので行くが、寛いでもらってくれ」
ノランはそう言うとマッシュを店内に残し、ドナテラの屋敷へと向かった。
「あんたがマッシュだね、話は聞いてるよ!」
なんとも元気の良い人だとマッシュは感じた。
マッシュが見つかりほっとしたノランは、再びドナテラの屋敷へと足を急がせていた。
修理を終わらせたら、パールを連れてアマルの店に戻らなければ。歩きながらノランは考えを巡らす。フランクを残しているのも気掛かりだが、彼らも疲れているだろうし、できるだけ休ませてあげたい。しかし今日はよく歩いた。
ドナテラの屋敷に到着すると、コンコンと扉をノックした。疲れを感じながらもノランはどことなくほっとする。すぐにドナテラがノランを迎える。
「遅くなってすまなかったね」暑くなり上着を脱いだノランが笑って言う。
「あら、来たのね。直せないから逃げたのかと思ったわ」
ドナテラは意地悪そうに笑って、中へとノランを通した。
「さあ、時計を直してしまおう」
ノランはドナテラの脇を通り過ぎ、まっすぐにニレの柱時計の元へ向かった。早速機械部を取り出して大掛かりに分解し始める。
ドナテラがトレイに何かを載せてやってきて、ノランの後ろから声をかけた。
「クニッシュを焼いておいたわ。まだ温かいから」
作業を始めたノランはすでに集中している。返事はなかった。
ドナテラは、ただそっと焼きたてのクニッシュと温かいスープを窓際のテーブルに置いた。まだほんのりと湯気が立っている。おそらく昼食をまだとっていないノランのために、彼がいなくなったほんの少しの時間で作ったのに違いなかった。
クニッシュは、芋を潰した生地で、野菜や穀物・豆類を煮たものを包み込んで軽く焼き上げた軽食だ。ここブルネラでは伝統的に食べられていたが、中身として包まれるフィリングの部分や、芋の生地の材料など、すべて家庭の味が異なる。
ノランは一通りの整備を終えると、振り子の振り具合や歯車の動き具合を丁寧に確認した。
「……よし! いいだろう」
汗を拭いて、腰を伸ばす。窓際のテーブルの上にドナテラのクニッシュが置いてあるのに気づいた。歩いていき手に取り一口食べた。冷めているが旨い。
その時ドナテラが温かいお茶を持ってやってきた。口をもごもごしているノランを見て、修理が終わったことを知る。
「どうだった?」
「もう大丈夫だ。これで、君が生きている間はあの時計は動き続けるよ」
「まあ、ひどい」
ノランは新しく淹れてもらった温かいお茶で残りのクニッシュを飲み込みながら満足そうにつけ足した。
「ところでこのクニッシュ、温かければもっと旨いのにな」
ドナテラは黙って笑った。
修理を済ませたノランが立ち去るため屋敷の玄関まで進む。
「またこうして時々は町に戻って来なさいよ。アマルだってあなたのこと心配しているわ」
「そうだね。また時々寄らせてもらうよ」
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「おお。グランドじゃないか、ちょうどよかった。今から君の家に向かおうと思っていたところだ。パールは元気かね?」
「お久しぶりですノランさん。いつ町にお戻りに?」
「つい先日だよ」
「そうですか、パールは昨日から熱を出してしまって家で寝込んでいますよ」
「そうか、見舞いがてら覗いてみるよ」
「それじゃあどうも」
グランドは急ぎそう言って、ドナテラが出てくるのも待たずに屋敷の中に入っていった。
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