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第十三章

アカネ・ゴー・ラウンド(7)

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 あたしは近くにあった街灯の下で封を開け、手紙を読み始める。

『Dear 茜

 あなたがこの手紙を受け取ったということは、少なからず今なにかにつまずいたり、なにかにぶつかったりして足踏みをしているってことね。
 そして、それは朱里にも解決できないこと。

 この手紙を読むころ、茜はいったいいくつになってるかしら?
 あたしの目の前では、五歳になったばかりのあなたが口をとがらせてにらんでいるわ。
 折り紙を教えろって。
 この手紙を茜が読むころ、あたしはきっと生きていない。だからあたしは、あなたのためにコミュニケーションプログラムである朱里を作っている最中なの。
 でも悩んでるわ。結果的にあなたを傷つけてしまうんじゃないかって……。
 いったいなにが幸せで、なにが正しいのか?
 茜はそんなことを考えてみたことはある?
 あたしはここのところ、そんなことばかり考えているの。
〝幸せ〟や〝正しさ〟なんていうものに、正解などないのかもしれない。
 そのどちらも決まった形があるわけでもないしね。
 でもだからこそ、人間ってあれこれ複雑に物事を考えたり、ときにはシンプルに考えたりしたいのよ。
 あたしも今はこうして悩んでいるけど、きっとあなたにとって一番良いと思える行動を取ると思うわ。たとえその結果、茜のことを迷わせたり、悩ませたり、傷つけたりしたとしても。
 だってあたしが母親でいられる時間は、あと少ししかないんだもの。
 茜は今、あたしのことをどう思っている?
 あたしを残して、さっさと死んでしまった勝手なお母さん?
 パソコンとばかりにらめっこして、ちっともあいしてくれなかったお母さん?
 きっと、そのどちらも正解よね。今だってまだまだ茜としゃべり足りないし、まだまだ茜をあいしたりてないんだもの。
 ごめんね、茜。ずっと、あなたのそばにいてあげられないお母さんを許してね。
 ずっと、あなたの悩みを聞いてあげられないお母さんを許してね。
 成長していくあなたと、いつか女どうしの会話をするのが夢だったわ。
 一緒に買い物に行ったり、好きな男の子の話をお父さんに内緒で話したり、ときには本気でけんかをしたり……。
 茜としたいことは山ほど思い浮かぶのに、そのどれをするにも時間が足りない。今は目の前の駄々っ子モンスターの機嫌を取るだけで精一杯よ。
 だからこそ、朱里にはあたしのすべてを反映させようと頑張ってるの。
 もうすぐあたしはあなたの前からいなくなってしまう。
 でもあたしのすべてを注ぎこんだ朱里があなたのそばにいるって思えれば、あたしは少しだけ安心して、遠く離れた場所であなたを見守っていられるから。

 悩んだり、つまずいたりすることは、成長するためにとても重要なことよ。
 だからそのどれが訪れたとしても、立ち向かう気持ちだけは忘れないでね。

 ずっと、ずっと、茜のそばにいたかったわ。
 約束、守れなくてごめんね。
 あいしてるわ、あたしたちの宝物。

 P.S.
 茜は間違いなく、あたしとお父さんだけの子どもよ。
 たとえ、あなたに新しいお母さんができたとしても、その事実は変わらないわ。
 でももし、茜がその人を気に入ってその人のことをお母さんって呼んであげてもいいって思えたなら、迷わずにその人をお母さんって呼んであげてね。』
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