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第十一章

あたしがやりました。(3)

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 先生のお説教が延々と続く。古賀くんも大和もまるで上の空。ぼーっと天井をながめては、「おい! お前ら聞いているのか⁉」なんて、先生の喝が飛んでいる。
 かなえは先生が口を開くたびに食ってかかり、正当性を主張するものだから、安西先生のお説教は蛇行運転する車みたいに、ぐねぐねと話がそれてばかりだった。かなえは頭の回転がすごく早いから、口げんかで勝てる子なんていない。かなえの猛撃に、安西先生はたじたじ。だから先生の怒りに反して、緊張はゆるみっぱなしだった。
 ちらっと横を見ると、かなえのTシャツの裾を竹下さんがつまんでいる。
 闘牛の牛と戦う人のことを、マタドールと呼ぶんだってニュースでやっていた。かなえが暴れ牛なら竹下さんは御者かな? 振り落されると大けがをする大変な仕事だ。お説教する先生に向かって、かなえが猛反撃して大きな体を揺らすたび、竹下さんも一緒に揺れる。そんな様子を見て、あたしはちょっと面白がっていた。笑いを堪えてそっと隣を見ると、友子も同じ気持ちだったみたいでちらりと見返してくる。
「里内と椎名もなにがおかしいんだ⁉」
 安西先生は落ち着かないあたしたちにまた声を荒げる。
 天井近くに設置された扇風機から、カラフルな六本のテープが仲良さげに泳いでパタパタはためいていた。それがあたしたちみたいに思えて、なぜだかとてもうれしかった。

     ♮

 たっぷりしぼられて職員室を出るともう人影もまばらだった。ひっそり静まる校舎の中を歩きながら、古賀くんがつぶやく。
「わぁ……せっかく短縮授業やったとに、結局帰りよるとこげん時間とぉ……」
「み…っみんな、あた、あたしのせい……っで、ごめんね」
「茜ちゃんはなにも気にすることないよ。あたしだって根本くんにはさんざん意地悪されてたんだし」
 大和が時計を気にするのを見て好実ちゃんのことを思い出した。昨日具合がわるいってヤマタケの店長さんがいっていたけど、もし今日保育所に行ってるなら、迎えにいかなきゃいけないはずだからだ。
 うまくいえそうになくて悩んでいると、かなえが口を開いた。
「そういえば大和くん、妹さん迎えに行くの、おそくなっちゃったけど大丈夫?」
「あ? あー、じつは好実、食中毒になっちゃってさあ、保育園休んでるんだよ」
「ええ⁉ 食中毒?」
「食中毒ったい、そりゃやばかもん?」
 いったいどうして……。
「一昨日さあ、カニクリームコロッケが出ただろ? あれ持って帰ったらあたっちゃったらしい。おれが悪いんだよなあ……」
 大和がすごく情けない顔でそういった。
「ええ⁉ 大和くん! もしかして給食、好実ちゃんに持って帰ってたの⁉」
「あれ? いってなかったっけ? あいつ、ゼリーとかうらやましがるからさぁ、母さん帰ってくるのもおそいしな。ソフトめんとかもめっちゃ好物で。まあおれの腹もぜっんぜん足んなくて、減りまくりなんだけどなっ!」
 大和の机から半分残したソフトめんが出てきたことは、根本たちの語り草になっている。でもまさかそんな事情があったなんて。
 こんな風にあたしの知らないことが、世の中にどれほどあるだろう。
「まぁ病院の先生も大したことないっていってたし、おれもちょっと反省したから給食もって帰るのはちょっと考えるわ。それより、あのビンタビンタ! おれもじつは超すっきりしたし!」
「そうよ! でもあたしだったらビンタくらいじゃ絶対すまさなかった!」
 かなえはまだ興奮しているのか、いつもより声が大きい。
「それにしたって、根本のやついい気味だったなあ! まるで豆がハト鉄砲喰らったみたいな顔だったもんな!」
 大和は遠足の帰りみたいに楽しそうだ。
「逆よ、それ……ハトが豆鉄砲」
 竹下さんが大和の間違いに的確に突っ込こむと、笑いが起こった。
「やけど、どげんして根本はああも椎ぃ名さんっこと好かんのやろうか」
 古賀くんが素朴な疑問を投げかける。理由があるならあたしだって知りたい。でも根本に限っては、きっと単純に人がいやがる顔を見るのが好きなだけだ。抵抗しない相手をわざわざ選んでからんでくる最低なやつなのよ!
「そっか! 古賀くんは転校してきたばっかりだから知らないのね」かなえがいう。
 ――どういうこと? まさか根本の恨みを買う理由があたしにあるってこと?
 不安になって次の言葉を待っていると、かなえがとんでもないことをいい出した。
「根本、茜のことが好きなのよ」
 ――えぇー⁉
 目の前が真っ白になった。それは、照りつける強い日差しのせいでも、いつまでも鳴きやまないうるさいセミのせいでもないのはたしかだった。
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