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第八章

イフ・アカリ(2)

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 校門を出て街路を進み、近くの大きな公園を横切って中央に一本だけ生えるエノキの木の下をくぐる。さえぎるものもなく、のびのびと大きく育った枝葉が作る日陰の下を歩いても、隙間から差し込む光はまぶしくて、ふいに照りつける日差しの強さにあたしは目がまわりそうだった。
「え? 古賀、郵便局の裏側の公団に住んでんの? え、じゃあ1号か2号ってことか⁉ 奇遇だ、おれもだ! おれは7号棟! マジかあ!」
 大和と古賀くんが、どうやら同じ団地に住んでいることがわかると、大和はこれ以上ないくらい興奮して、古賀くんの背中をたたいた。そんな大和に古賀くんも楽し気にバシバシたたき返す。
「5号棟の一階の角にさ、保育所あるだろ⁉ あそこにおれの妹がいるんだよー!」
「大和いもーといるっとね⁉ それは紹介ばしてもらわんといかん、いくつったい?」
「五歳だよ! おれんとこ父さんがいなくってさあ。母さんが結構おそいもんだから、おれ甘えられちゃってちょっとてれるっていうか! でも素直でかわいいやつだよ。ま、たまにめんどくさいけどな! 今度よかったら会いに来てやってくれな!」
 大和の笑顔までがまぶしく感じる。
 じつは、大和の家が貧乏だなんて悪口が広がったきっかけとなった事件がある。五年生の時の話だ。もちろんそれまでも、同じ服ばかり着てずぼらな大和は悪口をいわれてしまう隙を与えていたけど、その事件で決定的になった。
 大和の家は母子家庭で、お母さんは日中働きに出ている。だから学校が終わると、大和は保育所に妹を迎えにいって、お母さんが帰るまで面倒を見ているらしい。ずぼらな大和だけど、妹の好実ちゃんを大事にしているところはすごく好感が持てる。
 その日も保育所へ向かった大和は、翌日の遠足のおやつを買うために、好実ちゃんを連れて近くの駄菓子屋さんに行った。遠足ともなれば生徒がたくさん駄菓子屋さんに集まってるのは当たり前。混雑した店内で、大和は好実ちゃんの手を引きながらおやつを選んだ。そしてレジでお金を払い、駄菓子屋さんをあとにした。
 大和がお店を出ると、店内にいた他の子が叫んだ。
「万引きだ!」って。
 お店の人は慌てて、叫んだその子に話を聞いた。どうやら大和がまだお金を払っていないお菓子を持って、そのまま出ていったのを見た! ということだったらしい。
 話を聞き終えたお店の人が外に出ると、すでに大和と好実ちゃんの姿はなかった。
 それで万引きを信じたお店の人が学校まで電話をして大事件になった。
 大和はすぐに呼び出しされ、大和のお母さんはひたすら謝ったようだ。
 あとで大和がそのときのことを教えてくれた。犯人は妹の好実ちゃんだった。当時三歳だった好実ちゃんが、目の前に並ぶお菓子を手に取って、それをレジで清算しなきゃいけないなんていうルールがわかるはずはなかった。
『家に帰ったらびっくりだよ! 好実が見覚えのないお菓子を握りしめてるし、学校から電話はかかってくるしで!』
 大笑いする大和に悪びれた様子はなかった。
 もちろんきちんと事情を説明して、お金も払って誤解は解けたけれど、結局「お金を払わなかった」というその部分だけが広がって、今でも陰口を叩かれている。
「あ、あたっ、あたしはこっちだ、だよっ! こ、古賀くんっあ、ありがとうっ」
「おう! 椎名またなー!」
「もうよかって。ならバイバイー」
 別れ道でふたりと別れ、楽しそうな背中を目で追う。古賀くんに明るい笑顔を向ける大和の横顔を遠目に見ていたら、もしかしたらこれでもう大和もいじめられることはなくなるかも……なんて、少し期待していた。
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