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第八章
イフ・アカリ(1)
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朝から降り続けた雨は下校時にはすっかりやんで、大きな入道雲が、照りつける日差しとともに夏の空に姿を現している。
下駄箱の並ぶ昇降口の向こうに、青色が存在感を示している。すぐにやってくる暑さを予期しながら、ひんやりした下駄箱で靴を履き替えた。
去年買ってもらったスニーカーは、右側の生地がやぶれて中からウレタンが飛び出てるし、紐も先がほつれている。それにちょっときつい。気に入っているから、卒業するまで履きたかったけど、そろそろお父さんにお願いしないとだめかもな……。
顔をあげると、同じく靴を履き替えた古賀くんがちょうど校庭に出るところだった。
思わず呼びとめる。
「こ…こ、古賀くん!」
「あー、名前ばたしか……椎ぃ名さん? と吉田……やったか?」
古賀くんは足をとめると、あたしと、あたしの後ろを見た。
――吉田? 古賀くんが大和の名前を呼んだことに驚いて後ろを振り返ると、大和がいつの間にかすぐ後ろに突っ立っていた。
「おう! 大和でいいよ! ってか大和にしてくれ!」
大和はてれたようにニカッと歯を見せると、「一緒に帰ろうぜ!」とうれしそうに古賀くんにかけ寄った。
「ほら! 椎名もはやくしろよ、置いてっちゃうぞ?」
「あ……うん!」
三人そろって校庭に出る。アスファルトはまだ濡れていて、色濃くしていた。校庭の木は水を浴びて生き生きと輝いて、雨上がりのむせ返るような匂いが届く。
「今日は助けてくれてサンキューな! 根本のやつ、ああやっていつもおれたちをからかうんだよ」
「あ…あたしたし…も……ありがとう、たすっ、助けて、く、れて」
古賀くんは、一瞬考えこんで宙を見あげると、すぐに今朝の一件を思い出したようだった。
「なぁっ? 朝のやつたい!」
大袈裟に左手の平に右のこぶしを落として笑う。
「あいつ、頭に来よっと! 人んこつしゃべり方ば変だとか、いなかもんちゃ、好き放題いいよるけん! なんがおかしーとかいな。親父から、どげんかしてクラスに慣れるまでは、なんごとも、我慢ばせんといかん! っちいわれとったばってん、限界やったったい」
まったく悪びれない古賀くんに、大和がうれしそうに返した。
「やっぱそうだよなぁ? おれもさあ、ちょっと机の中カビさせたくらいで、あいつら延々といい続けるんだもんよぉ。やぱ限界! っていってよかったんだなーって、ほんとサンキューな! すっきりしたぜ」
「カビ? 大和、なんかしよっと?」
「いやあ、まあ、ちょっと給食のな! 残りを突っ込んでたらすっかり忘れちゃってて、ちょっとカビてただけだよ!」
「どげんして掃除したと? 大変やったやろ」
「まあな! それより、博多のことを教えてくれよ」
「あ、あたっ、あたしもきき、聞きたい!」
帰り道、古賀くんは終始笑顔で質問に答えてくれた。残してきた友だちのこと、博多名物のこと――。
「博多ラーメンってさ、おれ食べたことないんだけど、バリカタってのがあるんだろ? やぱみんな博多ラーメン食べるの?」
「もちろんあるったい!〝粉落とし〟やら〝湯気通し〟ちゅうのもあるけん! 替え玉は三玉が普通ったい! こげんばっかしよるけん、肥えてしまうとやろもん。いっちゃんは四玉やけえが、そんときは、さすがんおれも口のまめらんくらい苦しかあ! っちなっとったっちゃね。そげんばどげんしたっちゃ寝られんかった」
古賀くんが大きい体をさらに大きく動かして説明してくれる。
「コナオトシはマンガで見たことあるよ! ユゲドオシって湯気のことかな? うへえ、なんかすげえな! 名古屋も味噌煮込みってのがすげえ折りたたまれてる生みたいな麺だけど、あれもうまいんだ! 古賀食べたことある?」
「味噌煮込みはまだ食べたことないけん。博多ラーメンの湯気ばこぐってバリもバリやけん、バリバリカタったいね! チャンピオンやき!」
「すげえ! 食べてみてえ!」
きっと大和も、古賀くんの言葉を完璧には理解できていなかったはずだけど、ちゃんと会話になっていた。あたしもなんとなく意味はわかった。それがまた不思議な感覚にも思えるけど、不思議と不思議でもなかった。
知らない土地の知らない大地で、流れ落ちる滝の水のように古賀くんの博多弁があたしに届いて、それがすごく新鮮で心地よかった。そしてそれをいっさい隠そうとしない古賀くんの笑顔も新鮮だった。
なにも恐れず、なにも躊躇しない怒涛の博多弁が清々しかった。
下駄箱の並ぶ昇降口の向こうに、青色が存在感を示している。すぐにやってくる暑さを予期しながら、ひんやりした下駄箱で靴を履き替えた。
去年買ってもらったスニーカーは、右側の生地がやぶれて中からウレタンが飛び出てるし、紐も先がほつれている。それにちょっときつい。気に入っているから、卒業するまで履きたかったけど、そろそろお父さんにお願いしないとだめかもな……。
顔をあげると、同じく靴を履き替えた古賀くんがちょうど校庭に出るところだった。
思わず呼びとめる。
「こ…こ、古賀くん!」
「あー、名前ばたしか……椎ぃ名さん? と吉田……やったか?」
古賀くんは足をとめると、あたしと、あたしの後ろを見た。
――吉田? 古賀くんが大和の名前を呼んだことに驚いて後ろを振り返ると、大和がいつの間にかすぐ後ろに突っ立っていた。
「おう! 大和でいいよ! ってか大和にしてくれ!」
大和はてれたようにニカッと歯を見せると、「一緒に帰ろうぜ!」とうれしそうに古賀くんにかけ寄った。
「ほら! 椎名もはやくしろよ、置いてっちゃうぞ?」
「あ……うん!」
三人そろって校庭に出る。アスファルトはまだ濡れていて、色濃くしていた。校庭の木は水を浴びて生き生きと輝いて、雨上がりのむせ返るような匂いが届く。
「今日は助けてくれてサンキューな! 根本のやつ、ああやっていつもおれたちをからかうんだよ」
「あ…あたしたし…も……ありがとう、たすっ、助けて、く、れて」
古賀くんは、一瞬考えこんで宙を見あげると、すぐに今朝の一件を思い出したようだった。
「なぁっ? 朝のやつたい!」
大袈裟に左手の平に右のこぶしを落として笑う。
「あいつ、頭に来よっと! 人んこつしゃべり方ば変だとか、いなかもんちゃ、好き放題いいよるけん! なんがおかしーとかいな。親父から、どげんかしてクラスに慣れるまでは、なんごとも、我慢ばせんといかん! っちいわれとったばってん、限界やったったい」
まったく悪びれない古賀くんに、大和がうれしそうに返した。
「やっぱそうだよなぁ? おれもさあ、ちょっと机の中カビさせたくらいで、あいつら延々といい続けるんだもんよぉ。やぱ限界! っていってよかったんだなーって、ほんとサンキューな! すっきりしたぜ」
「カビ? 大和、なんかしよっと?」
「いやあ、まあ、ちょっと給食のな! 残りを突っ込んでたらすっかり忘れちゃってて、ちょっとカビてただけだよ!」
「どげんして掃除したと? 大変やったやろ」
「まあな! それより、博多のことを教えてくれよ」
「あ、あたっ、あたしもきき、聞きたい!」
帰り道、古賀くんは終始笑顔で質問に答えてくれた。残してきた友だちのこと、博多名物のこと――。
「博多ラーメンってさ、おれ食べたことないんだけど、バリカタってのがあるんだろ? やぱみんな博多ラーメン食べるの?」
「もちろんあるったい!〝粉落とし〟やら〝湯気通し〟ちゅうのもあるけん! 替え玉は三玉が普通ったい! こげんばっかしよるけん、肥えてしまうとやろもん。いっちゃんは四玉やけえが、そんときは、さすがんおれも口のまめらんくらい苦しかあ! っちなっとったっちゃね。そげんばどげんしたっちゃ寝られんかった」
古賀くんが大きい体をさらに大きく動かして説明してくれる。
「コナオトシはマンガで見たことあるよ! ユゲドオシって湯気のことかな? うへえ、なんかすげえな! 名古屋も味噌煮込みってのがすげえ折りたたまれてる生みたいな麺だけど、あれもうまいんだ! 古賀食べたことある?」
「味噌煮込みはまだ食べたことないけん。博多ラーメンの湯気ばこぐってバリもバリやけん、バリバリカタったいね! チャンピオンやき!」
「すげえ! 食べてみてえ!」
きっと大和も、古賀くんの言葉を完璧には理解できていなかったはずだけど、ちゃんと会話になっていた。あたしもなんとなく意味はわかった。それがまた不思議な感覚にも思えるけど、不思議と不思議でもなかった。
知らない土地の知らない大地で、流れ落ちる滝の水のように古賀くんの博多弁があたしに届いて、それがすごく新鮮で心地よかった。そしてそれをいっさい隠そうとしない古賀くんの笑顔も新鮮だった。
なにも恐れず、なにも躊躇しない怒涛の博多弁が清々しかった。
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