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第五章
うるさい! うるさい! うるさい!(3)
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その日の昼休みはウッドチャックの歌も口ずさむことのないまま、まっすぐ図書室へ向かった。休み時間のたびに話しかけてくる友子のことは一切無視をしたままだ。
きっと今日はついて来ない。そう思っていたのも束の間、友子がかなえと竹下さんを連れて図書室にやってきた。
あたしが無視を続けるものだから彼女たちに泣きついたんだ。かなえと竹下さんの後ろで、友子がびくついている。
「どうしたの? 茜に無視されるって友子がいってるけど……」
かなえがいきなり切り出した。
「……ほ、ほ……ほっておいてよ」
後ろで大きな体を縮める友子を竹下さんがなだめる。かなえは友子に目をやると、ふたたびあたしに向き直った。
「あたしたちは理由が知りたいだけよ。友子は茜をかばったんだよ。なんで無視されなきゃいけないの? それなのおかしい」
かなえはいつだっていいたいことを言い、正論をふりまく。誰に対してもこびたりしない。自分の正義が正しいと信じて疑わない。
「かなえちゃんっ! やっぱりもういいよ」
「大丈夫だって。友子はだまってなよ」
なんであたしが責められるのよ⁉ なんで悪者みたいにいわれなきゃならないの⁉
苛立ちがお腹の辺りから湧き上がり、真っ黒な気持ちでいっぱいになる。
「うう…うー、う、うるさい! うるさい! うるさい! ほほ、ほっとといて、ほっといてっていってるでしょ!」
静かな図書室にあたしの吃り声が響いた。
「そう……、わかった。もういいや、行こ」
かなえは振り返り、ふたりを連れて図書室を出ていった。
頭がクラクラする。お腹がズンと重くて痛い。急に叫んだから、貧血にでもなったのか? 目の前が真っ白になっていく……。
「茜⁉ 茜⁉ ……」
声が遠くに聞こえる。あたしはその場にうずくまった。セミの抜け殻のように……。
♮
気がつくと保健室にいた。まぶしさに目を開くと、白い天井に蛍光灯が光っている。
重い綿布団が胸元までかかっている。
そっと体を起こそうとすると、「大丈夫?」と保健の先生がのぞきこんだ。
「おめでとう」
おめでとう? 具合が悪くなって、倒れた生徒におめでとう?
「初潮よ、授業で習ったでしょ? ナプキンは持ってる? なければ保健室のを持っていくといいわ。もう少し休んでいていいわよ。着替えもしないといけないしね」
掛け布団をめくって自分の着衣を見ると、スカートのボタンが外されてお腹の上にタオルがかけられていた。
「あ、あ…のっ…こ、ここ、これ……?」
「ああ、ごめんね、温めると楽になるのよ。カイロがなかったからね。ゆるめさせてもらったわよ」
当てられていたのはただのバスタオルだったけど、こうやって直接巻き付けられているだけで、たしかに温かい……。両手でお腹を押さえてみる。痛み以外にはなんの実感もない。こんな時に生理が来ちゃうなんて……。しかもこんなに痛いとか知らなかった。
「人によっては身動きが取れなくなるほど痛むこともあるわ。椎名さんは重いほうみたいね。お腹の前の方が痛くなる人と、腰の後ろが痛くなる人とかいろいろいるけれど、基本は温めることよ。あと普段からあまり冷やさないようにね。夏だからってかき氷ばっかり食べてちゃだめよ?」
あたしの気持ちをほぐそうとしているのか、先生は悪戯っぽく首を傾げると、かき氷を食べたときにやってくる〝キーン!〟みたいな冷たい顔をしてみせた。それから、キャビネットの引き出しを開けて痛みどめを取り出す。
「ほら、よかったらこれ飲んでおきなさい。水とコップはあそこにあるから」
先生が洗面台に目を繰べる。
「あ、あ…あり、ああありがとうごっ、ざ…います……」
シートに入った白い錠剤を受け取って、白い壁にかかる時計を見ると午後四時を回っていた。とっくに授業は終わっている。誰かが持ってきてくれたのか、ランドセルがベッドの脇に置かれていた。
「もう少し休んでいく?」
「だだ…だ、大、丈夫です、あー……帰れ、か、帰れます」
先生はうなずくと、あたしをやさしく送り出した。
きっと今日はついて来ない。そう思っていたのも束の間、友子がかなえと竹下さんを連れて図書室にやってきた。
あたしが無視を続けるものだから彼女たちに泣きついたんだ。かなえと竹下さんの後ろで、友子がびくついている。
「どうしたの? 茜に無視されるって友子がいってるけど……」
かなえがいきなり切り出した。
「……ほ、ほ……ほっておいてよ」
後ろで大きな体を縮める友子を竹下さんがなだめる。かなえは友子に目をやると、ふたたびあたしに向き直った。
「あたしたちは理由が知りたいだけよ。友子は茜をかばったんだよ。なんで無視されなきゃいけないの? それなのおかしい」
かなえはいつだっていいたいことを言い、正論をふりまく。誰に対してもこびたりしない。自分の正義が正しいと信じて疑わない。
「かなえちゃんっ! やっぱりもういいよ」
「大丈夫だって。友子はだまってなよ」
なんであたしが責められるのよ⁉ なんで悪者みたいにいわれなきゃならないの⁉
苛立ちがお腹の辺りから湧き上がり、真っ黒な気持ちでいっぱいになる。
「うう…うー、う、うるさい! うるさい! うるさい! ほほ、ほっとといて、ほっといてっていってるでしょ!」
静かな図書室にあたしの吃り声が響いた。
「そう……、わかった。もういいや、行こ」
かなえは振り返り、ふたりを連れて図書室を出ていった。
頭がクラクラする。お腹がズンと重くて痛い。急に叫んだから、貧血にでもなったのか? 目の前が真っ白になっていく……。
「茜⁉ 茜⁉ ……」
声が遠くに聞こえる。あたしはその場にうずくまった。セミの抜け殻のように……。
♮
気がつくと保健室にいた。まぶしさに目を開くと、白い天井に蛍光灯が光っている。
重い綿布団が胸元までかかっている。
そっと体を起こそうとすると、「大丈夫?」と保健の先生がのぞきこんだ。
「おめでとう」
おめでとう? 具合が悪くなって、倒れた生徒におめでとう?
「初潮よ、授業で習ったでしょ? ナプキンは持ってる? なければ保健室のを持っていくといいわ。もう少し休んでいていいわよ。着替えもしないといけないしね」
掛け布団をめくって自分の着衣を見ると、スカートのボタンが外されてお腹の上にタオルがかけられていた。
「あ、あ…のっ…こ、ここ、これ……?」
「ああ、ごめんね、温めると楽になるのよ。カイロがなかったからね。ゆるめさせてもらったわよ」
当てられていたのはただのバスタオルだったけど、こうやって直接巻き付けられているだけで、たしかに温かい……。両手でお腹を押さえてみる。痛み以外にはなんの実感もない。こんな時に生理が来ちゃうなんて……。しかもこんなに痛いとか知らなかった。
「人によっては身動きが取れなくなるほど痛むこともあるわ。椎名さんは重いほうみたいね。お腹の前の方が痛くなる人と、腰の後ろが痛くなる人とかいろいろいるけれど、基本は温めることよ。あと普段からあまり冷やさないようにね。夏だからってかき氷ばっかり食べてちゃだめよ?」
あたしの気持ちをほぐそうとしているのか、先生は悪戯っぽく首を傾げると、かき氷を食べたときにやってくる〝キーン!〟みたいな冷たい顔をしてみせた。それから、キャビネットの引き出しを開けて痛みどめを取り出す。
「ほら、よかったらこれ飲んでおきなさい。水とコップはあそこにあるから」
先生が洗面台に目を繰べる。
「あ、あ…あり、ああありがとうごっ、ざ…います……」
シートに入った白い錠剤を受け取って、白い壁にかかる時計を見ると午後四時を回っていた。とっくに授業は終わっている。誰かが持ってきてくれたのか、ランドセルがベッドの脇に置かれていた。
「もう少し休んでいく?」
「だだ…だ、大、丈夫です、あー……帰れ、か、帰れます」
先生はうなずくと、あたしをやさしく送り出した。
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