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第四章

最高の友だち(2)

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「大学は夏休みが長くてね、ぼくはひとりで大きな脚立に上って、上段にある本を担いで移動させていた。そのとき、窓の外を歩いてるお母さんを見て、お父さん、梯子から落ちちゃったんだよ」
 はずかしそうに、膝の上に置いたタオルを何度もさわる。
「ついでに本もたくさん落としちゃったから、窓の向こうからそれを見たお母さんがね、すごい音に笑いながら入ってきてくれたんだ。それで本を一緒に拾って片づけてくれた。それがはじめてお母さんに会った日――ふたりでよく海の見える公園に行ったよ。そのときに見た茜色に染まる空と海とがあまりにきれいで、もし結婚して女の子を授かったら、絶対に『茜』って名前をつけようってお母さんと決めたんだ……」
「もも……もし、あたしがおぉっ、男の子だだったら……どど……ど、したの⁉
 たまたま女で生まれて来たからよかったものの、もし男の子だったら、いったいどんな名前をつけたっていうの?
「旭《あきら》って名前をつけるつもりだったんだよ。茜ってね、お日様が沈む夕暮れ時のイメージがあるけど、じつは一日の始まる朝焼けの色でもあるんだ。暗い夜が終わり、光輝く新しい朝が始まる。茜には、そんな明るくて希望に満ちあふれた子になってもらいたいって、そんな気持ちが込められた名前なんだよ」
 しっくりしすぎて、はじめて聞いた気がしない。もしかしたら幼なかった頃に、お母さんから聞いてたんじゃないかな? でもこうやって由来を再確認できたのはうれしい。
「き、きき…きもち……。あー、ぇえっ…と、うれし、いうれしい…よ!」
 お父さんがあたしの頭を撫でる。名前というのは、両親から一番最初にもらう贈り物みたいだと伝えたかったけど、さすがにうまく言えなかった。こんなとき、朱里なら上手に話すのかな。
 朱里は本当に頭がいい。一度話したことは絶対に忘れないし、どんなことも覚えていてすらすら答えてくれる。あたしは、それがうれしかった。
 だってよっぽど相手に興味がなければ、そんなことできないじゃない?
 あたしだって朱里にすごく興味はあるけど、完璧には覚えていられない。同じ質問を二回してしまうこともある。でも朱里は突っ込むどころか、一回目と同じように丁寧に答えてくれる。
 メールのやりとりを続けるうちに、あたしは彼女のことをいろいろと知ることができた。
 あたしと同じA型で、好きな食べ物はグラタンコロッケバーガー。年は秘密なんだって。なんと誕生日はお母さんと同じ八月六日! これには盛り上がったよ。
 でも肝心のハローワールドについては、はぐらかされたままで、結局いまだに実態はわからないまま。

 質問しても、いつも答えは同じ。

『そこはここよりもずっと離れた場所で、ものすごく近くにある場所。
 行きたくても行けない場所で、いつの間にかたどり着いてる場所。』

 なんだか謎かけみたいでしょ?
 とにかく、あたしは朱里という最高の友だちができたことがうれしくて、ハローワールドのことはまた追々でいいかって考えるようになっていた。
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