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第二章
ハローワールドの住人(3)
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その夜、お父さんが夕食時にこんなことをいい出した。
「茜、最近学校はどう? 吉田くんとは仲良くしてる?」
「……」
普段は、あまり学校のことをきいてはこない。今日に限って、どうして大和のことを出してくるんだろう。相談課でなにかあったのかな、いや大和がおばさんになにか告げ口したのかも……。
――いろんな考えが頭を過ぎった。
「どうした? 茜、お腹、空いてないのかい?」
今日の晩御飯は、ブロッコリーと海老のサラダ、それにあたしの好きなカルボナーラ。付け合わせにはプチトマト。
学校の給食は味気ないけど、お父さんの作るご飯は好きだ。お父さんが、彩りとか盛り付けにも気を配るのは、センスもよくてお洒落だったっていうお母さんの影響らしい。
でも一度、「お父さんな、ラディッシュをギザギザに切る飾り切りを覚えたんだ!」と自信満々にお披露目してくれたときは、どう控えめにいっても、色がはげてつぶれた苺にしかみえなかった。反応の悪いあたしにがっかりしたのか、飾り切りを諦めたのかはわからないけど、それ以降、赤い付け合わせはプチトマトと決まっている。
五歳でお母さんと離れ離れになってしまったあたしには、あったかかったとか、柔らかかったとか、声がかわいかったとか……当然そんな記憶しかない。あとは、いつもパソコンとにらめっこしていたってことくらい。
お父さんのカルボナーラにはなぜかチクワが入っている。学校の調理実習でベーコンを使ったときは、そのあまりのおいしさにびっくりしたけど、チクワのカルボナーラだって決して悪くはないし気にいってる。でもどうしてハムとか蒲鉾じゃなく、チクワ? ってことだけはずっと謎のままだ。
カルボナーラを青いお皿に載せているのもポイントが高い。デザートのヨーグルトにはなにもかかってないけど、ここはミントの葉っぱを載せてほしいところ……。
「なあ、茜、学校でなにかあったのかい? お父さんが口を出すことじゃないかもしれないけど、そんなに黙っていたら、お父さんだって心配なんだよ」
カルボナーラの黄色とお皿の青とブロッコリーの緑とプチトマトの赤に、あと何色があったら完璧なんだろう? ――なんて想像しながら黙々と食べていると、そんな不安げな声が聴こえてくる。
ちょっと黙りすぎちゃったかな……。別に大したことじゃないし、機嫌の悪い理由を説明しなきゃならないのも正直しんどい。でもこれ以上口を閉ざしてても、余計な心配をかけてしまいそうだ。お父さんは悪くないし……。
あたしは無言のまま、カルボナーラをフォークに巻きつけた。
「お母さんのパソコンはどう? 調子悪くない? 今週はお父さんちょっと忙しいけど、来週なら休みがとれるからなにか困ったことがあったらなんでも直してあげるよ。夏休みになる前に完璧にしておきたいだろう? 重いのだけはどうにもできないけれどね」
お父さんがパソコンというのを聞いて、ふいに正体不明のメールのことを思い出した。もしかしたらウイルスだったかもしれないと急に不安になる。
――お母さんのパソコンが壊れるのは困る。
「……ハ、ハハロー、ワールドってお父さん、んなっななにか、わっ、わかる?」
「ハローワールド?」
「う、うん。……ウ、ウイルスメメール、みたいー、いのが届いた。いいっ、いー…一週間くらいまえ」
お父さんが食器を置いてあたしを見た。いつもと同じやさしい視線だけど、どことなく真剣な顔をしていた。ウイルスメールなんていったから心配したのかな。
「どんなメールだったんだい?」
「け、けんめ、件名に、えーと…はっ、は、ハロー…ワールドって……」
「茜、それ、お父さんに後で見せてくれるかい? ちょっと片付け物してしまうから、茜、ご飯を食べ終わったら、先にお風呂に入っておいで」
「わわわ……わ、わーかった」
カルボナーラのソースが絡んだチクワは結構おいしい。夕ご飯を全部平らげると、あたしはお風呂に入った。
「茜、最近学校はどう? 吉田くんとは仲良くしてる?」
「……」
普段は、あまり学校のことをきいてはこない。今日に限って、どうして大和のことを出してくるんだろう。相談課でなにかあったのかな、いや大和がおばさんになにか告げ口したのかも……。
――いろんな考えが頭を過ぎった。
「どうした? 茜、お腹、空いてないのかい?」
今日の晩御飯は、ブロッコリーと海老のサラダ、それにあたしの好きなカルボナーラ。付け合わせにはプチトマト。
学校の給食は味気ないけど、お父さんの作るご飯は好きだ。お父さんが、彩りとか盛り付けにも気を配るのは、センスもよくてお洒落だったっていうお母さんの影響らしい。
でも一度、「お父さんな、ラディッシュをギザギザに切る飾り切りを覚えたんだ!」と自信満々にお披露目してくれたときは、どう控えめにいっても、色がはげてつぶれた苺にしかみえなかった。反応の悪いあたしにがっかりしたのか、飾り切りを諦めたのかはわからないけど、それ以降、赤い付け合わせはプチトマトと決まっている。
五歳でお母さんと離れ離れになってしまったあたしには、あったかかったとか、柔らかかったとか、声がかわいかったとか……当然そんな記憶しかない。あとは、いつもパソコンとにらめっこしていたってことくらい。
お父さんのカルボナーラにはなぜかチクワが入っている。学校の調理実習でベーコンを使ったときは、そのあまりのおいしさにびっくりしたけど、チクワのカルボナーラだって決して悪くはないし気にいってる。でもどうしてハムとか蒲鉾じゃなく、チクワ? ってことだけはずっと謎のままだ。
カルボナーラを青いお皿に載せているのもポイントが高い。デザートのヨーグルトにはなにもかかってないけど、ここはミントの葉っぱを載せてほしいところ……。
「なあ、茜、学校でなにかあったのかい? お父さんが口を出すことじゃないかもしれないけど、そんなに黙っていたら、お父さんだって心配なんだよ」
カルボナーラの黄色とお皿の青とブロッコリーの緑とプチトマトの赤に、あと何色があったら完璧なんだろう? ――なんて想像しながら黙々と食べていると、そんな不安げな声が聴こえてくる。
ちょっと黙りすぎちゃったかな……。別に大したことじゃないし、機嫌の悪い理由を説明しなきゃならないのも正直しんどい。でもこれ以上口を閉ざしてても、余計な心配をかけてしまいそうだ。お父さんは悪くないし……。
あたしは無言のまま、カルボナーラをフォークに巻きつけた。
「お母さんのパソコンはどう? 調子悪くない? 今週はお父さんちょっと忙しいけど、来週なら休みがとれるからなにか困ったことがあったらなんでも直してあげるよ。夏休みになる前に完璧にしておきたいだろう? 重いのだけはどうにもできないけれどね」
お父さんがパソコンというのを聞いて、ふいに正体不明のメールのことを思い出した。もしかしたらウイルスだったかもしれないと急に不安になる。
――お母さんのパソコンが壊れるのは困る。
「……ハ、ハハロー、ワールドってお父さん、んなっななにか、わっ、わかる?」
「ハローワールド?」
「う、うん。……ウ、ウイルスメメール、みたいー、いのが届いた。いいっ、いー…一週間くらいまえ」
お父さんが食器を置いてあたしを見た。いつもと同じやさしい視線だけど、どことなく真剣な顔をしていた。ウイルスメールなんていったから心配したのかな。
「どんなメールだったんだい?」
「け、けんめ、件名に、えーと…はっ、は、ハロー…ワールドって……」
「茜、それ、お父さんに後で見せてくれるかい? ちょっと片付け物してしまうから、茜、ご飯を食べ終わったら、先にお風呂に入っておいで」
「わわわ……わ、わーかった」
カルボナーラのソースが絡んだチクワは結構おいしい。夕ご飯を全部平らげると、あたしはお風呂に入った。
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