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第三話 『欲する者はまず与えよ』ってゲーテも言っていた(嘘)

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「最悪……」
 四月初日、珍しく機嫌の悪い週初めだった。昨晩なんとなく眠れず、遅くまでスマホを見たり本を読もうとしたりと色んなことを中途半端にしてしまい、目覚めがとても悪い。
 先週末は美波さんの部屋に泊まったが、わたしの生理が始まってしまったのでお出かけは無しになり、何となく消化不良の土日を過ごしたのだった。
 まあ、チームから美波さんにプレゼントされた(ほとんどわたしが選んだんだけど)アロマを焚いてみたり、ゆったりしたおうちデートはそれなりに楽しかった。

 ちなみにセックスもしていない。
 今までも生理のときにすることはあったけどしない方が多かった。
 わたしのはたぶん人と比べて重いというわけではないし、わたしは攻める側だからしても良かったのかもしれないけど、頭の片隅で下半身のモヤモヤを気にしながらするのは憚られた。
 でも今思えば、多少無理矢理でもしたほうがわたしの精神衛生上は良かったかもしれない。何しろ今日からは隣に美波さんがいないのだ。本日月曜日は絶賛三日目で、まだ血は出るし非常に気が重い。

 反面、仕事の引き継ぎは割とスムーズに済んでいた。わたしが既に一通りのことは大体任されていたというのもあるけど、美波さんがチームメンバーや関連部署に必要な情報をしっかり残してから異動していったのが大きい。
 わたしの業務は、美波さんが担当していた作業の一部とチームの雑務が少し増えたくらいで、一番大変そうなのはリーダーの田中さんだった。美波さんがほとんど担っていた、わたしの作業のチェックが大幅に増えたため、管理業務量はそのままに実務が増えた形になる。わたしに出来るのは、チェック作業が出来るだけ少なく済むように工夫することくらいしかない。
 幸い、期初だし忙しい時期ではないので軌道に乗るまでに何とかなりそうだった。

 でも、もっとしんどいことはあった。
 わたしの仕事は、社内他部署の人と関わることが多い。一週間の間に、四回ほど他部署との打ち合わせがあった。今までは美波さんと一緒に行くことが多かったけど、今はわたしがメインで田中さんか大山さんが着くか、都合がつかない場合はわたし一人で行くこともあった。

 わたし一人だと、かなり舐められるのだ。
 美波さんや他の人と一緒に行く場合と比べて、相手はタメ口だったり、指摘を誤魔化そうとしたりすることが多い。
 もちろん、わたしが若輩者で経験不足というのは事実としてあるけど、一番酷かったのは四十近そうな男性社員だった。打ち合わせが終わってからおもむろに近づいてわたしの肩に手を回し、
「月岡さん、異動しちゃって寂しいね。オレ奢るからさ、昼一緒にうまいもん食おうよ。スイーツでもいいよ」
 などと言ってきた。昼食の誘いはともかく、触ってくるのは完全にセクハラだ。
 わたしは、無感情に「大丈夫でーす」とだけ言ってその場を離れた。この手のあしらいには慣れてるけど、不快なのは変わりない。
 この人とは美波さんもいるときに何度も打ち合わせをしたことがあるが、そのときはおくびにも出さなかった。それなのにわたしが一人になった途端にこれだ。もしかしたら、美波さんが牽制してくれていたのかもしれない。

 職場恋愛で美波さんと付き合い始めたわたしだけど、仕事中はアプローチしないようにしていたし、飲み会でも自重していた。踏み込むようになったのは、サシで飲みに行くようにしてからだ。
 まあ、その後会社で距離を詰めたりはしたけど、後輩だから許されたところもあると思う。その点は少し反省……。

 とにかく、こういった『舐められ』に対して、何らかの手を打たないとメンタルが削られる一方だ。わたしの環境は思った以上に悪化していきそうだった。

 美波さんの方も、忙しそうだ。まだ本格的に始まっていないプロジェクトだから準備段階ならしいけど、風見さんに着いていろんな部署を回っているようだ。来週には社外の取引先打ち合わせも予定されているとのこと。

 そして金曜日。
 今週はいろいろと疲れてしまったけど、週末は存分に美波さんとイチャイチャしよう。
 美波さんのチームは懇親会があるらしいので、先に部屋に戻って準備しておくことにした。
 ほんとはわたしが美波さんに甘えたいところだけど、新しい環境で仕事している美波さんの方が大変だし、『欲する者はまず与えよ』ってゲーテも言っていた。(嘘)
 それに、甘えことで得られる栄養もある。

 わたしは仕事帰りにスーパーに寄って、必要なものを買ってきた。お酒を飲んでくる美波さんに、味噌汁を作って待つことにした。豆腐とわかめ、それから常備してあるフリーズドライの味噌汁の具。飲み会の後は、何故か味噌汁が美味しいのだ。
 そして、火照った体に嬉しいアイス。クッキー&クリームはわたし用で、美波さんにはマカデミアナッツ。奮発してちょっと高価なアイスにした。

 お風呂を沸かしておこうかな、と浴槽を洗い終わったころ、美波さんが帰ってきた。
「ただいまぁ」
「美波さん、おかえりなさい!」
 こうやって美波さんの顔を見られるだけで、一週間の疲れが吹き飛んだような気分になった。会社でも見てるけど、家で見るオフの美波さんはまた別の味わいがあるんだ。我ながら単純すぎるが、それだけ愛の力がすごいってことで。
 美波さんは、顔はそれほど赤くなってないけど表情に締まりがなく、上半身がゆらゆらしている。いつもはあまり酔わないように制してるはずだけど、こんなになるのは珍しい。
 手にはコンビニの袋を携えている。中身は、冷凍庫にも入っているはずのクッキー&クリームと、マカデミアナッツ。ハーゲンダッツがダブってしまった。同じことを考えていたんだなと苦笑して、少し嬉しくなった。
「だいぶ酔ってるみたいですね。味噌汁ありますよ。飲みますか? それともお風呂入ります? それとも……」
 言いながら、ベタなセリフが出てきそうになって笑いかけたが、
「ハルナぁ……」
 と先に言われてしまった。

 玄関を上がった廊下で、美波さんが抱きついてきたのでこちらも応戦してぎゅーを返した。お酒や油の匂いに、美波さんの体臭が混ざって香る。

「今日はそんなに飲んだんですか?」
「うん、飲みすぎちゃったかも。初めてのメンバーだったから、ペースがわかんなかったし、ちょっと良いこともあって調子に乗っちゃったの」
「良いことって?」
「んー? えへへ。まだ言わないどく」
「気になるなぁ。風見さん関連?」
「まぁねー」
 胸の奥がジワリと暗くなる。やきもちを妬いているのかもしれない。
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