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第七話 女子会

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 その日、わたしと美波さんは珍しく社内食堂で一緒に昼食をとっていた。
 昇進のための成果報告で使う資料を作成する必要があり、美波さんはそれに難航しているとのことだった。
「五年やそこらじゃ業務経験が少ないからね。中身より体裁とか完成度でカバーしないと」
「中身だって十分だと思うけどなぁ」
「……そうだハルナ、私ってあんまり自分に自信がない方だと思うんだけどさ」
「風見さんに言われたんですか?」
「まあそれもあるけど、前から自覚もしてるよ。こういう、『自分はすごい人間です』っていう報告はどうも苦手なんだよね。ハルナって自己肯定感高いじゃん。なんかアドバイスしてよ」
「うーん、わたしが自己肯定感高いのは認めますけど……あんまり参考にならないと思いますよ」
「どうして?」
「自己肯定感が高いっていうのは、他人に認められる必要がないってことなんです。自分で自分を肯定して、満足しちゃってるので。極端にいえば『できなくってもわたしはわたしを好きだ』って思っちゃうわけです。上昇志向とは無縁なんですよねぇ」
「なるほど……」
 これは、わたしが常々思っていることだった。『自己肯定感が高い』ゆえの、自分の弱点。他人の期待に応える必要性を感じないので、積極的に評価を上げる行動に出るモチベーションが低いのだ。自身が困るわけじゃないから、なかなか改善できない。
「良い悪いは別として、自分を大きく見せるのが好きな人ってのは、逆に言うと劣等感があるんじゃないですかね。優れていることをアピールしたい人。でも昇進のための発表なら、自分が本当になる必要はないですよね。見せればいいだけなんですから」
「嘘つくみたいでイヤなんだよね」
「嘘をつく必要はないんですよ。仕事モードと私用モードで使い分ければいいんです。わたし、美波さんの良いところいっぱい知ってますよ。それをアピールするっていう、そういうお手伝いならできるかもしれません」
「なるほど、客観的な評価は助かるよ。お願いハルナ~」
「まあ、客観的かどうかは保証できかねますけど」
 大好きな彼女だから。と言うのは、社内施設なので自重しておいた。

「そういえば」
 わたしは思い出した。
「風見さんから、お食事の誘いを受けたんですよ昨日」
「え、ハルナが? どうして?」
「例の『女性活躍推進活動』、何度か参加してるうちになんか風見さんと話す機会が増えて、そういう話になりました。今週末とかどうって」
「行くの?」
「っていうか、美波さんも呼んでいいですかって言っちゃった。行きません?」
「え、私も?」
「別にわたしだけで行ってもいいんですけど、せっかくなら美波さんもどうですか」
 というわけで、今週末は三人で女子会を開くことになったのだった。

 ************************************************

「それじゃ、乾杯」
「「乾杯!」」
 金曜日、十八時に業務を終えて、わたし、美波さん、風見さんの三人は食事会を始めた。
 会社はオフィス街にあるため、最寄り駅付近には多くの飲食店がある。
 今日来たのは、風見さんの選んだイタリアンバルだった。何とかいうピッツァランキングにも名を連ねている有名な店らしい。
「美味しいから、ぜひ食べてもらいたかったの」
 本格的なピザ窯で焼かれたナポリ風ピザで、生地が香ばしくパリパリで酸味のあるトマトソースとモッツァレラチーズの相性も抜群。
「本当に美味しいですね! これはまさにピザじゃなくてピッツァですね」
 とわたしがふざけて言うと、美波さんは
「サンドウィッチマンねそれ」
 と突っ込んでくれた。わたしたちの大好きなお笑いコンビのネタだ。
「二人は仲が良いですね。先輩後輩というより、友達みたい」
 わたしは少しドキリとした。確かに、会社の同僚以上の距離感で触れ合っている気がする。
「わたしにとっては会社で初めての先輩で、チームに唯一の女性だったから、美波さんにはすごく懐いちゃった感じですね~」
 平静を装ってわたしは答えた。もちろん嘘ではないので後ろめたく思う必要はない。特に怪しまれることもなく、風見さんは続けた。
「ふふ。女性社員同士、連帯しないとね。私も仲良くなりたいな」
「もちろんですよ~。仲良くしましょう。いっぱい誘って女子会開きましょう」
 わたしは若輩であることを利用して、馴れ馴れしく風見さんとの距離を詰めた。美波さんは、そんなわたしが失礼なことを言い出さないかハラハラしているようだ。ご安心を、ちゃんとわきまえてますから。
「風見さんに聞いてみたいことがあったんですよね。あんまり会社じゃ話しづらいかもしれないことなんですけど」
「なに、答えられることなら答えるけど?」
「ぶっちゃけ、どうしてそんなに熱心に女性活躍推進の活動をされてるんですか?」
 わたしが聞くと、風見さんはわたしの顔を正面から見て、聞き返した。
「何か、変ですか?」
 いつもそうなんだけど、風見さんはわたしの言葉が足りないと促すように聞いてくる。怒っているとか、問い詰めようという意図ではないことは分かっている。それに答えるためにわたしは再度考えをまとめることになり、自分が本当に言いたい・聞きたいことが引き出されるのだ。それが心地よくもあり、誘導されているようで気持ち悪くもある不思議な感覚に陥る。
「えっとですね。風見さんはとても優秀で、会社での立場もしっかりと認められてますよね。すでに十分な仕事をされてるのに、プラスアルファ、つまり女性活躍推進活動までやろうとしてる。その動機っていうか、モチベーション?って何なんだろうと思いまして」
「なるほど? つまり桜庭さんは、私に何の得があってやっているのか分からないと、そういうことでしょうか」
「端的に言ってしまえば……そうなりますかね」
 風見さんは目をつむって、二~三秒経つと開いて訊ねてきた。
「女性活躍推進活動って、誰にとって嬉しい活動だと思いますか?」
 なんだろう。引っかけ問題だろうか。
「やっぱりまずは女性社員のため。ひいては会社の業務全体のためでしょうか」
「そうですね。でもそれだけじゃありませんよ。会社だって、社会や世界に対する責任として女性割合を増やすと約束しているんです。だから業務能力以外の理由でもやる意味があります。つまり私が活動に貢献すれば、会社は私に感謝するわけです。それに私個人としても、女性社員が多いほうが仕事もやりやすい。桜庭さんや月岡さんも、そう思いませんか?」
 わたしと美波さんは顔を見合わせて、頷いた。確かにそう思う。
「だから、女性割合を増やすというのは女性にとっても会社にとっても私にとっても得のある、Win-Win-Winな活動なんです。上手くいけば得するのはもちろん、上手くいかなくても現状維持。それなら私はやってみる価値があると思っているんです。これで説明が果たせましたか?」
 わたしは腑に落ちた。自分がどうして風見さんを胡散臭く思っていたのか、明確になったような気がした。
「……ありがとうございます。すみません、実はちょっと疑問に思ってたんですよね。女性活躍を応援するのは良いことですよ? でも、ただただ『利他的な行動』をするには理由があるはずだと、もしかしたらどこかに嘘や罠があるんじゃないかなと、思ってたんです」
「ちょっとハルナ、失礼だよ……!」
「あはは。良いんです。私のことを偽善だって言う人もいますし、ある意味そういう面もあるので。でも、一応誰も傷つけないことを念頭に置いていることには嘘はありません。桜庭さんも、活動には積極的に参加してくれてますけど理由はあるんですか?」
「最初は興味本位でした。もともとは、自分さえ良ければいいやって思ってたんですが、風見さんと話をしてるうちに、だんだん真面目に考えてみるようになってたんです。けっこう面白くて」
「そうそう。桜庭さんの興味深い意見は私も感心しました。活動も広がりましたしね」
「えーそうなんですか。ハルナすごいじゃん」
「桜庭さんの仮説で、『女性社員は男性社員よりも平均として優秀だから、ハードルさえ適切なら管理職の女性割合は増えるんじゃないか』って」
「うーん……? どういうことです?」
 美波さんが首を捻ったので、わたしは解説を入れた。
「別に、社会全体として女性が優秀って言いたいわけじゃなくて、あくまでも社内に限った話ですよ。簡単に言えば女性割合が少ないってことは、それだけ女性の方が厳選されてるはず。それに男性の多い環境で出世できるのは、より選ばれた人ということになるんじゃないかと思いまして」
「ああ、経験的には納得感あるかも。女性社員のほうが能動的に働いてるイメージ」
 美波さんも同意してくれた。
「もちろん、あんまり大っぴらに言うとカドの立つ仮説だから公開はしないけど、私は一理あると思いました」
 風見さんも、わたしの説をフォローしてくれた。
「なので、育休とか時短とか方面だけじゃなくて、『管理職の成り手』を増やす方向性で新しい活動をしてみることになったんです。桜庭さんの功績ですよ」
「良い活動だと思います。これをネタに昇格できるんじゃ?」
「そうね。来年はこれで行きましょう」
「やりましたね」
 シゴデキ女性社員ふたりに挟まれ、勝手に話を進められている。
「ま、まあわたしのことはいいんですよ。ピザ食べましょうピザ」
「ピザじゃなくてピッツァね」
 風見さんの突っ込みに、思わず三人で笑ってしまった。

「ハルナが風見さんとあんなに仲良いなんて知らなかったな」
 食事会後、風見さんと別れてわたしと美波さんは二人で帰路についていた。金曜日なのでこのまま美波さんの部屋に行く予定である。
「なんか、気に入られちゃったかもしれませんね。……嫉妬してます?」
「ううん。そうじゃなくて、安心したかな。風見さんみたいなタイプって、嫌いな人は嫌いなんじゃないかと思って」
「そうかもですね。でも少なくとも悪い人ではないし、仲良くなっといて損はないし、損得関係なく面白い人だと思いますね」
「うん……私は、会社で一番信頼できる人だと思ってる」
「……?」
 何か含みがある言い方だな、と思った。そして、続けられた言葉は想定していないものだったのだ。

「私、風見さんにハルナと私のことを話してみようと思ってる。ハルナはどう思う……?」

 美波さんの言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。
 そして理解してからも、わたしは返答に窮して言葉が出なかった。
「ごめんね、急に言われてもだよね。もちろんハルナの希望を尊重するから、少し考えてみてほしい。勝手にしゃべったりしないことは約束するよ」
「……わかりました。考えてみますね」

 ううむ、なかなかヘビーな宿題が課されてしまったものだ。
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