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第三章 姉も魔法少女

第十五話 姉も魔法少女

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 〈ホロビのリュウ〉の本体が出現した。直径二~三十メートルくらいの、初めて見る大きさだ。オーちゃんのことだから、外の世界にはあまり影響がないように動いてくれているとは思うが、どうなっているだろう。スマホには、先程から地震速報の通知が何度も来ている。さすがに地響きをにはできないみたいだ。あの〈ホロビのリュウ〉の姿はどう誤魔化すのだろうか。公園一帯は、以前のように外から見えないようにしているのだろう。日も暮れているし、あまり目立たないといいけど……長谷川瑛夏エナは、余計な心配をしている自分に気づき、かなり動揺していると思った。

 〈ホロビのリュウ〉は、すずめ公園の展望台上空に現れた大きな亀裂から姿を表し、ぽっかりと浮かんでいる。全体的な材質は〈ハザマの存在〉と同じく灰色のモヤモヤで、固体とも液体とも気体とも言えないような不気味な物体である。さらに表面(体表?)は、濃い灰色の煙か飛沫のようなものに包まれている。形は、テレビで見たことのある『ウイルス』のように、球状の本体からイボみたいな突起が数多く生えている。突起の先端は少し大きくなっていて、プツンと先端だけが切り離されて周りに浮遊していく。これが、いつも見ている〈ハザマの存在〉の一つになるのだろう。

 オーちゃんから、また念話で全体に連絡が来た。
 [[〈ホロビのリュウ〉本体が現れた。皆、慌てずに対応しよう。この場所なら周囲への被害は出にくい。本体がこちらに来たことによって、〈ホコロビ〉の大量発生は収まったようだ。ヒナギク組とスグハ組は今の場所の対処が終わり次第、拠点に戻ってくれ。ミトは、ヒナギク達が戻るまで本体から切り離された〈ハザマの存在〉を無理しない程度に処理してくれ。自分の身を守ること優先だ。全員が戻り次第、リスクの低い方法で確実にダメージを与えていく]]

 乃愛が、美冬ミトの近くに来て言った。
美冬ミト、あたしと一緒にシールドに入りなよ」
 美冬ミトは狐につままれたような顔で、
「あ、ありがと……」
 と答えた。
「……借りがあるから」
 乃愛は少し照れながら、そんなことを言っている。
 〈ホロビのリュウ〉から少し距離を取り、杭を六本使って正八面体のシールドを形成して二人で中から敵を見据えている。あの乃愛が、美冬ミトと協力して戦うなんて、微笑ましいシーンが見れるとは。

 ある程度観察していると、〈ホロビのリュウ〉本体は積極的に攻撃してくることはないようだった。ただ、表面の突起から小さな〈ハザマの存在〉をいくつも射出している。それを処理するために美冬ミトたちはシールドから出てはやっつけて、シールドに戻るのを繰り返すヒット&アウェイ戦法で雛菊たちの帰還を待つための時間稼ぎをしていた。

「乃愛、〈ツクロイの力〉の回収は順調?」
「うーん、まだまだ。小物ばっかり回収してても、焼け石にミミズ」
「それはちょっとグロい……。やっぱりあの本体を狙わないとダメか」

 そのとき、一人の〈修繕者リペアラー〉が空を駆けて帰ってきた。腰まで届くほどに長いポニーテール。剣道のような着物と袴姿。腰に下げているのはおそらく日本刀。桐崎きりさき直刃すぐはだ。
 彼女は遠目に〈ホロビのリュウ〉を観察し、徐ろに距離を詰めた。無用心に見えたのか、美冬ミトが声をかける。
「気をつけて!」
 直刃は振り向きもせず、
「分かっている」
 とだけ答えた。
 鞘に収まったままの刀の柄に手をかける。
 灰色の突起が攻撃してくるのを避けながら、一足飛びに踏み込む。
 居合のように抜刀しつつ、中央の本体を切りつけた。

 直刃が見えない速さで納刀すると、チン、という音と共に灰色のモヤが飛び散った。〈ホロビのリュウ〉の表面に傷をつけ、多少のダメージを与えたようだが、全体としてはビクともしていないようだ。
 周りの突起が触手のようにうごめき、直刃を狙って伸び出した。直刃は再び抜刀し、それを切り落としつつ〈ホロビのリュウ〉から飛び退いた。十メートルほど離れると、触手は追うのをやめ、また小さい〈ハザマの存在〉を生み出し始めた。
「防御が堅い。半端な攻撃では通らんぞ」
 直刃は美冬ミトたちに教えた。
「彩芽がいれば……」
 乃愛はつぶやいた。確かに、あの大槌ハンマーのような高い破壊力があれば、通用するのかもしれない。

「そんならアタシの出番だなァァァーッ!!」
 火の玉のように何かが飛んできた。鬼のように逆立った髪に、鋭い目つき。服装は、韓国のダンサーみたいなベアトップにへそ出し、ゆったりパンツ。冴島さえじま火乃華ほのかだった。腕で拳を突き出し、スーパーマンのようなポーズで〈ホロビのリュウ〉にパンチをお見舞いした。
 灰色のモヤが激しく飛散したが、腕がめり込んだままだ。
「やべェッ!!」
 動けない火乃華に、触手が迫る。
「捕まって!」
 そこに高速で現れた雛菊が、めり込んでいない方の腕をつかんで引っ張った。後ろから十文字さやかが銃弾で火乃華を狙う触手を撃ち落としている間に、雛菊は足の推進装置ブースターで逆噴射して〈ホロビのリュウ〉から逃れた。
「助かった、すまねェ……ッ」

「この単細胞が。いきなりやられてどうする」
 直刃が厳しい言葉をかける。
「オメェよりはダメージ与えただろォがオラァ!!」
「愚か者め。わたしは様子見をしたにすぎん」
 このペア、仲悪いのだろうか……。

 全員揃ったので、作戦を立てて攻撃することになった。オーちゃんの見立ては次の通りだ。
 [[半端な攻撃をすると逆に危険だ。先程の感じを見るに、主に殴ったり蹴ったりとリーチの短い攻撃を得意とするホノカとヒナギクは攻撃のかなめに成り得ない。ミトかスグハの、武器による攻撃が好ましい。サヤカの銃撃はどうだろうか?]]
「さやかの銃の光弾は、貫通力がないよ。でも、周りの触手を撃ち落とすとか、サポートには向いてそうかな」
 代わりに雛菊が答え、さやかは無言で頷いている。そういえばさやかの声は一度も聞いたことがない。喋らないのだろうか。

「サポートってなら、あたしの杭も使えるよー。攻撃力アップになるはず」
 乃愛が手を上げ、いつもの調子の無表情で言った。
「ん? オメェは誰だ? 聞いてねェぞ」
 火乃華がガンを飛ばした。この人スケバンなの?
「この子は協力者だから。私の友だち」
 美冬ミトが間に入って答えた。乃愛は、『友だち』と言われて少し照れている。
「ふゥん? まァいいか。よろしくな」
 火乃華がグータッチを求めるように拳を突き出したが、乃愛はよく分からないといった顔で微妙な空気が流れ、直刃が堪えきれず「ブッ」と噴き出した。

 ――作戦が決まった。
 攻撃のかなめ美冬ミト。槍の特殊性能による貫通力に期待する。槍の穂先周辺に乃愛の杭を『固定』し、攻撃力を高める。雛菊とさやかは少し距離を取り、全体を一望して不測の事態に備える。直刃と火乃華は、美冬ミトが攻撃に集中できるように守備を固める。
「行きます!」
 威勢よく美冬ミトが叫び、風の如く駆けた。〈ホロビのリュウ〉の射程範囲に入ると触手が襲いかかってくる。直刃と火乃華はその触手を切り落とし、殴り飛ばす。〈ホロビのリュウ〉が美冬ミトの槍の間合いに入るまであと一歩。美冬ミトは槍を握り直し、力を込めた。
旋空せんくう
 それが美冬ミトの槍の特殊性能。槍の切っ先は旋回し、貫通力を高める。槍に『固定』された杭もその回転を帯び、ドリルのように〈ホロビのリュウ〉をえぐり穿うがった。
 灰色のモヤ――〈ハザマの存在〉が四散した。〈ホロビのリュウ〉は全体の十分の一ほどを失い、千切れた触手が跳ね回っている。
 [[行けるぞ、ミト。何度か繰り返せば〈ホロビのリュウ〉はこのまま消去できる]]
 オーちゃんが続きを促す。

 乃愛が、黄色い〈コスモスオーブ〉が嵌め込まれたステッキを持って飛散する〈ハザマの存在〉を回収している。
「やった、これできっと〈黄のコスモス〉も。彩芽も……!」
「あぶない、乃愛!」
 回収に夢中になっていた乃愛に、複数本の触手が伸びる。咄嗟に守りに行った美冬ミトが薙ぎ払い、いくつかを叩き落としたが、残った触手はそのまま美冬ミトの腕に絡みついた。
「ミッちゃん!」
 高速で移動して来た雛菊が、触手だけを上手く蹴り飛ばした。しかし……。

「ぐうっ……!」
 美冬ミトの腕は絡みつかれた触手によって肌がただれ、腐食していた。
美冬ミトーっ!!」
 思わず瑛夏エナは飛び出し、妹を抱きしめた。
「オーちゃん、早く治療を……!」
 [[ああ、しかし治療には時間がかかる。〈ホロビのリュウ〉が射出する〈ハザマの存在〉も数が増えてきた。早く本体を潰さないと、手遅れになるぞ]]
 さやか、直刃、火乃華は飛び交う〈ハザマの存在〉の対処に向かった。
「あああっ……! どうしよう、あたしのせいで……! ごめん、ごめんなさい……!」
 乃愛が戸惑い、謝っている。美冬ミトは青ざめた顔で平静を装い、答える。
「大丈夫だよ、乃愛……。〈ツクロイの力〉は充分集まった?」
「こ、この調子で行けば……もう少し」
「オッケー、もう少し、がんばるね」
 美冬ミトは腕の治療もそこそこに立ち上がろうとした。
「待って、美冬ミト!」
 瑛夏エナ美冬ミトを見つめると、鋭い目付きで睨み返された。
「ジャマしないで、お姉ちゃん。私がやらなきゃいけないの」
「ううん。違うよ。一人で何でも抱え込まないで。それは自己満足でしかないよ」
「……どうして」
「私に〈修繕者の原石リペアラー・ストーン〉を預けて。私がやる。私の装備なら、きっとやれる」
「まさか……」
 美冬ミトが何かを察した。そして雛菊が瑛夏エナに尋ねる。
瑛夏エナさん、思い出したんですか……!?」
「うん……。私、雛菊やさやかとも、前から知り合いだったんだね」
「ごめん、ミッちゃん。さっきぼくの石で、瑛夏エナさんは一度変身したんだ」
「……お姉ちゃん」
 美冬ミトが泣きそうな顔で瑛夏エナを見つめる。
「あのとき、お姉ちゃんは私のせいでやられちゃった。だからもう、お姉ちゃんを戦いの場に出したくなかった。守りたかった。私ががんばれば、お姉ちゃんは戦わずに済むって、思ってた。それなのに……結局私が弱いから、足りないから、こんなことに……」
「そうじゃないよ、美冬ミト。私も同じだった。前に〈修繕者リペアラー〉だったとき、ペアに美冬ミトを選ばないで、一人で戦ってた。それで美冬ミトを守ってるつもりになってた。でも結局、巻き込んで……怖い目に遭わせて……」
 瑛夏エナ美冬ミトに向き直った。
「遠回りしちゃったけど、今度は私、美冬ミトを守るためじゃなく、一緒に戦うために〈修繕者リペアラー〉になる。お互い、同じ間違いをしちゃったんだと思う。でもそうやって少しずつ前に進んでいこうよ。私と一緒に」
 美冬ミトの槍についている〈修繕者の原石リペアラー・ストーン〉が輝き、新しく一つ生まれた。瑛夏エナが手のひらを上にして受け取ると、そのまま武器と鎧が生成された。
 純白の西洋鎧と、柄の長い戦斧バトルアックス。記憶のままの〈修繕者リペアラー〉姿となった瑛夏エナを見て、雛菊がつぶやいた。

「そっくりですね、さすが姉妹」
 
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