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第三章 姉も魔法少女
第十三話 ホロビのリュウ
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[[〈ホロビのリュウ〉についての情報を共有しよう]]
オーちゃんが話しかけてきた時、瑛夏は美冬の部屋で妹の髪にドライヤーをかけてやっていた。この前のお風呂以来、少し距離が縮まったような気がしている。美冬のほうから何かしてくれることはないが、瑛夏から何かしてやったり話しかけても美冬はあまり嫌がる様子はない。
「〈上役〉に色々聞いたのね」
美冬が尋ねた。この前、〈ホロビのリュウ〉についてオーちゃんは情報収集をすると言っていたのだ。
[[美冬にとってはおさらいになるが、まずは〈ホコロビ〉について再度説明しよう。〈ホコロビ〉は〈コスモス〉と〈カオス〉の間に存在する〈ハザマ〉との境界が乱れることを謂う。そして〈ハザマの存在〉が漏れ出てくる。〈ハザマの存在〉は『存在』になっていないモノ。混沌と秩序の狭間の存在。何にでもなる可能性を秘めたモノだ。ボクの持つ、この〈コスモスオーブ〉で回収すれば、〈ツクロイの力〉に変換することができる。回収せず放っておくと、周りのものを取り込み存在濃度を増し、巨大化していく。〈ホロビのリュウ〉というのは……〈ハザマ〉の中で〈カオス〉を取り込んで既に巨大化した『存在』が、〈ホコロビ〉を通って〈コスモス〉に侵入してくること……と言われている]]
「言われている?」
気になる言い方だったので瑛夏は思わず聞き返した。
[[言われているというのは、〈ハザマ〉の中で起こっていることを直接確認できていないからだ。ボクたちオーダードラゴン――秩序のリュウに対応する名称で呼ばれているが、〈ホロビのリュウ〉は生物ではなく単なる『存在』または『現象』だ]]
「どうやって対処したらいいの?」
[[まず戦い方だが、通常の〈修繕者〉装備で〈ホコロビ〉を修繕するのと同じだ。〈ツクロイの力〉が込められた武器は、〈ホロビのリュウ〉の取り込んだ〈カオス〉を中和させ、ただの〈ハザマの存在〉に戻す。それをボクが回収する。取り込まれた〈カオス〉の量によるが、多くのダメージを与える必要があるし、力も強い]]
つまり、そこから回収できる〈ツクロイの力〉も大きいということだ。おそらく彩芽たちの〈黄のコスモス〉を救うだけのものを集めることはできるのではないか。瑛夏はそれが狙いだった。美冬の目を見ると、同じ考えのようでこちらを見て無言で頷いた。
「いつ、どこに現れるのか分かるの?」
美冬が尋ねると、オーちゃんは少し険しい顔になった。
[[いつ現れるのかは分からない。だが前兆として、鳳市内には〈ホコロビ〉密集地域がある。例えばすずめ公園、つばめヶ丘住宅街、かるがも池周辺……。それらのどこかの地域から発生する可能性が高いとされている]]
[[作戦はこうだ。〈ホコロビ〉の発生時、今までは一人またはペアで出動し、他のメンバーは何もしていなかったが、これからは出動しない者もいつでも駆けつけられるよう待機してもらう。〈ホロビのリュウ〉対策は初動が大事だ。遅れれば遅れるだけリスクが上がる。各人の自由が制限されてしまうので無理は言わないが、日常生活を保つためのできる限りのサポートはする]]
[[鳳市内にいるリペアラーは三組。ミトと、ヒナギク組と、スグハ組だ。スグハ組とは面識がないだろうが、心配いらない。最近できたばかりのペアだがなかなか強力だ。単純な戦闘能力では一番だろう。ボクたちオーダードラゴンはもともと一つの存在だ。今ここにいるボクはコピーのようなもので、同様にヒナギク組やスグハ組の〈修繕者〉のところに同時に存在している。だからボクたちは情報共有し、それぞれの〈修繕者〉たちに連絡を取ることができる。今話している情報も、他のボクからも彼女らに伝えている]]
「そうなんだ……」
美冬にとっても、オーちゃんのことは初耳だったようだ。
瑛夏は、自分には何ができるだろうと考えていた。戦いの場では、邪魔になるだけだろう。〈黄のコスモス〉を救うために、乃愛とコンタクトを取るのが必要と思った。しかし彩芽の話によると、それは難しいかもしれない。ずっと塞ぎ込んでいて、会話をしてくれないと言っていた。
まずは、美冬に頼んで、雛菊に〈黄のコスモス〉を救う手立てを話してもらうことにした。
――数日後。
長谷川瑛夏は、情報共有のために芦屋雛菊と会うことになった。雛菊・さやかペアについているオーダードラゴンはさやかに見張ってもらい、情報が漏れないようにした。雛菊には事前に美冬から話が通してあるが、細かい話のために会う機会を作った。
公園の、屋根のある休憩スペースで待っていると自転車に乗った雛菊がやってきて、近くに駐めた。学校が終わってからの時間だったため、この前見たときと同じスラックスタイプの制服姿だった。
「……こんにちは、瑛夏さん」
「来てくれてありがとう、雛菊ちゃん。……雛菊さんのほうがいいかな?」
「呼び捨てでいいですよ。前も……いえ、とにかく歳下ですし」
雛菊は、背が低いのでもっと若いと思っていたが美冬と同い年の中学二年生だった。
「ぼくのスタンスをハッキリさせておきますが、瑛夏さんの言うように〈黄のコスモス〉を救いたいという気持ちは同じです。でも、ミッちゃん――美冬や瑛夏さんも含めて周りの人を守るのを優先で考えています。申し訳ありませんが、そこは譲れません」
「その気持ちは分かる。私も、たぶんそういう気持ちはある。雛菊もさやかも、出来る範囲で協力してくれたら嬉しいよ」
「重要なのは、もう一人残っている乃愛という子ですね。彼女とコンタクトを取りたいところですが……」
「はーい、呼んだー?」
突如、瑛夏の体がぐいっと掴まれ、空中に持ち上げられた。両手を上に手錠のように『固定』され、空中で動けなくなってしまった。
「瑛夏さん!」
雛菊が叫び、相手を見据えた。〈修繕者〉姿の乃愛が、空中に『固定』した杭の上に立ち瑛夏の横についた。
「乃愛ちゃん、聞いて……! 私たち、〈黄のコスモス〉を救うために……」
「しゃべんないで、瑛夏。ねえ、そこの雛菊って人。〈修繕者の原石〉持ってるよねえ? ちょうだい」
「それはできない……。でも、瑛夏さんの言ってることは本当だよ。彩芽さんと瑛夏さんは友だちなんでしょう? 瑛夏さんは〈修繕者〉じゃないんだ、頼むから離してやって……」
彩芽の名を出されて、乃愛は表情を変えた。
「その彩芽を倒したのは誰だよ!? 何ヒーロー気取ってんだよ! 正しくない方法なんてことは分かってる。でもあたし達は弱い。弱いけど負けるわけにはいかない。じゃあどうやって勝てばいい? 彩芽みたいに『賢く』なるか、こうやってズルい手を使って『悪く』なるしかないじゃない!」
「ごめんなさい。確かに彩芽さんを倒してしまったのは、ぼくだ。あのときはそうするしかなかったけど、今は後悔してる……。瑛夏さんのおかげで、知ることができたんだ。お願い、ぼくたちにも協力させて欲しい……!」
沈黙が流れた。乃愛も迷っているようだ。
「信用できない。彩芽を戻すのが先。彩芽がいないとあたしは……」
その時、遠くで低くこもった音が鳴り、空気が振動するような嫌な感覚を覚えた。前に感じた、〈ホコロビ〉が発生したときと同じ感覚。
「これって……!」
雛菊と乃愛も感じたようで、緊張が走る。そして瑛夏と雛菊のスマホがほぼ同時に鳴った。
「〈ホコロビ〉が大量発生した! 〈ホロビのリュウ〉だ!」
雛菊がスマホを確認し、そう叫んだ。乃愛はあきらかに動揺していた。まずい、対策は初動が大事だ。数多くの〈ホコロビ〉が、対処しきれないほどの大きさになってしまったら〈ホロビ〉に転じてしまう。瑛夏は雛菊を現場に向かわせようと思った。
「雛菊! 私のことはいいから、早く行って!」
「でも……!」
雛菊は、迷っている。でも、それは『行くか残るか』ではないように見えた。
「ミッちゃん、ごめん!」
そう言って、雛菊は〈修繕者の原石〉をポケットから出し、こちらに投げつけた。乃愛に渡すつもりで? いや、石は瑛夏の手に収まった。
『固定』の杭が外れ、どこかへと弾け飛んだ。手の中にある石は、光を帯びて形を変え、長い棒を形成した。棒の先には大きな斧刃。そして光は伸び出して、瑛夏の体を覆い始めた。光が収まると、その下には純白の西洋鎧に纏われた瑛夏の姿があった。
――どうしよう。私、魔法少女になっちゃった。
オーちゃんが話しかけてきた時、瑛夏は美冬の部屋で妹の髪にドライヤーをかけてやっていた。この前のお風呂以来、少し距離が縮まったような気がしている。美冬のほうから何かしてくれることはないが、瑛夏から何かしてやったり話しかけても美冬はあまり嫌がる様子はない。
「〈上役〉に色々聞いたのね」
美冬が尋ねた。この前、〈ホロビのリュウ〉についてオーちゃんは情報収集をすると言っていたのだ。
[[美冬にとってはおさらいになるが、まずは〈ホコロビ〉について再度説明しよう。〈ホコロビ〉は〈コスモス〉と〈カオス〉の間に存在する〈ハザマ〉との境界が乱れることを謂う。そして〈ハザマの存在〉が漏れ出てくる。〈ハザマの存在〉は『存在』になっていないモノ。混沌と秩序の狭間の存在。何にでもなる可能性を秘めたモノだ。ボクの持つ、この〈コスモスオーブ〉で回収すれば、〈ツクロイの力〉に変換することができる。回収せず放っておくと、周りのものを取り込み存在濃度を増し、巨大化していく。〈ホロビのリュウ〉というのは……〈ハザマ〉の中で〈カオス〉を取り込んで既に巨大化した『存在』が、〈ホコロビ〉を通って〈コスモス〉に侵入してくること……と言われている]]
「言われている?」
気になる言い方だったので瑛夏は思わず聞き返した。
[[言われているというのは、〈ハザマ〉の中で起こっていることを直接確認できていないからだ。ボクたちオーダードラゴン――秩序のリュウに対応する名称で呼ばれているが、〈ホロビのリュウ〉は生物ではなく単なる『存在』または『現象』だ]]
「どうやって対処したらいいの?」
[[まず戦い方だが、通常の〈修繕者〉装備で〈ホコロビ〉を修繕するのと同じだ。〈ツクロイの力〉が込められた武器は、〈ホロビのリュウ〉の取り込んだ〈カオス〉を中和させ、ただの〈ハザマの存在〉に戻す。それをボクが回収する。取り込まれた〈カオス〉の量によるが、多くのダメージを与える必要があるし、力も強い]]
つまり、そこから回収できる〈ツクロイの力〉も大きいということだ。おそらく彩芽たちの〈黄のコスモス〉を救うだけのものを集めることはできるのではないか。瑛夏はそれが狙いだった。美冬の目を見ると、同じ考えのようでこちらを見て無言で頷いた。
「いつ、どこに現れるのか分かるの?」
美冬が尋ねると、オーちゃんは少し険しい顔になった。
[[いつ現れるのかは分からない。だが前兆として、鳳市内には〈ホコロビ〉密集地域がある。例えばすずめ公園、つばめヶ丘住宅街、かるがも池周辺……。それらのどこかの地域から発生する可能性が高いとされている]]
[[作戦はこうだ。〈ホコロビ〉の発生時、今までは一人またはペアで出動し、他のメンバーは何もしていなかったが、これからは出動しない者もいつでも駆けつけられるよう待機してもらう。〈ホロビのリュウ〉対策は初動が大事だ。遅れれば遅れるだけリスクが上がる。各人の自由が制限されてしまうので無理は言わないが、日常生活を保つためのできる限りのサポートはする]]
[[鳳市内にいるリペアラーは三組。ミトと、ヒナギク組と、スグハ組だ。スグハ組とは面識がないだろうが、心配いらない。最近できたばかりのペアだがなかなか強力だ。単純な戦闘能力では一番だろう。ボクたちオーダードラゴンはもともと一つの存在だ。今ここにいるボクはコピーのようなもので、同様にヒナギク組やスグハ組の〈修繕者〉のところに同時に存在している。だからボクたちは情報共有し、それぞれの〈修繕者〉たちに連絡を取ることができる。今話している情報も、他のボクからも彼女らに伝えている]]
「そうなんだ……」
美冬にとっても、オーちゃんのことは初耳だったようだ。
瑛夏は、自分には何ができるだろうと考えていた。戦いの場では、邪魔になるだけだろう。〈黄のコスモス〉を救うために、乃愛とコンタクトを取るのが必要と思った。しかし彩芽の話によると、それは難しいかもしれない。ずっと塞ぎ込んでいて、会話をしてくれないと言っていた。
まずは、美冬に頼んで、雛菊に〈黄のコスモス〉を救う手立てを話してもらうことにした。
――数日後。
長谷川瑛夏は、情報共有のために芦屋雛菊と会うことになった。雛菊・さやかペアについているオーダードラゴンはさやかに見張ってもらい、情報が漏れないようにした。雛菊には事前に美冬から話が通してあるが、細かい話のために会う機会を作った。
公園の、屋根のある休憩スペースで待っていると自転車に乗った雛菊がやってきて、近くに駐めた。学校が終わってからの時間だったため、この前見たときと同じスラックスタイプの制服姿だった。
「……こんにちは、瑛夏さん」
「来てくれてありがとう、雛菊ちゃん。……雛菊さんのほうがいいかな?」
「呼び捨てでいいですよ。前も……いえ、とにかく歳下ですし」
雛菊は、背が低いのでもっと若いと思っていたが美冬と同い年の中学二年生だった。
「ぼくのスタンスをハッキリさせておきますが、瑛夏さんの言うように〈黄のコスモス〉を救いたいという気持ちは同じです。でも、ミッちゃん――美冬や瑛夏さんも含めて周りの人を守るのを優先で考えています。申し訳ありませんが、そこは譲れません」
「その気持ちは分かる。私も、たぶんそういう気持ちはある。雛菊もさやかも、出来る範囲で協力してくれたら嬉しいよ」
「重要なのは、もう一人残っている乃愛という子ですね。彼女とコンタクトを取りたいところですが……」
「はーい、呼んだー?」
突如、瑛夏の体がぐいっと掴まれ、空中に持ち上げられた。両手を上に手錠のように『固定』され、空中で動けなくなってしまった。
「瑛夏さん!」
雛菊が叫び、相手を見据えた。〈修繕者〉姿の乃愛が、空中に『固定』した杭の上に立ち瑛夏の横についた。
「乃愛ちゃん、聞いて……! 私たち、〈黄のコスモス〉を救うために……」
「しゃべんないで、瑛夏。ねえ、そこの雛菊って人。〈修繕者の原石〉持ってるよねえ? ちょうだい」
「それはできない……。でも、瑛夏さんの言ってることは本当だよ。彩芽さんと瑛夏さんは友だちなんでしょう? 瑛夏さんは〈修繕者〉じゃないんだ、頼むから離してやって……」
彩芽の名を出されて、乃愛は表情を変えた。
「その彩芽を倒したのは誰だよ!? 何ヒーロー気取ってんだよ! 正しくない方法なんてことは分かってる。でもあたし達は弱い。弱いけど負けるわけにはいかない。じゃあどうやって勝てばいい? 彩芽みたいに『賢く』なるか、こうやってズルい手を使って『悪く』なるしかないじゃない!」
「ごめんなさい。確かに彩芽さんを倒してしまったのは、ぼくだ。あのときはそうするしかなかったけど、今は後悔してる……。瑛夏さんのおかげで、知ることができたんだ。お願い、ぼくたちにも協力させて欲しい……!」
沈黙が流れた。乃愛も迷っているようだ。
「信用できない。彩芽を戻すのが先。彩芽がいないとあたしは……」
その時、遠くで低くこもった音が鳴り、空気が振動するような嫌な感覚を覚えた。前に感じた、〈ホコロビ〉が発生したときと同じ感覚。
「これって……!」
雛菊と乃愛も感じたようで、緊張が走る。そして瑛夏と雛菊のスマホがほぼ同時に鳴った。
「〈ホコロビ〉が大量発生した! 〈ホロビのリュウ〉だ!」
雛菊がスマホを確認し、そう叫んだ。乃愛はあきらかに動揺していた。まずい、対策は初動が大事だ。数多くの〈ホコロビ〉が、対処しきれないほどの大きさになってしまったら〈ホロビ〉に転じてしまう。瑛夏は雛菊を現場に向かわせようと思った。
「雛菊! 私のことはいいから、早く行って!」
「でも……!」
雛菊は、迷っている。でも、それは『行くか残るか』ではないように見えた。
「ミッちゃん、ごめん!」
そう言って、雛菊は〈修繕者の原石〉をポケットから出し、こちらに投げつけた。乃愛に渡すつもりで? いや、石は瑛夏の手に収まった。
『固定』の杭が外れ、どこかへと弾け飛んだ。手の中にある石は、光を帯びて形を変え、長い棒を形成した。棒の先には大きな斧刃。そして光は伸び出して、瑛夏の体を覆い始めた。光が収まると、その下には純白の西洋鎧に纏われた瑛夏の姿があった。
――どうしよう。私、魔法少女になっちゃった。
応援ありがとうございます!
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