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第二章 敵は魔法少女

第十話 戦いの結末

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 神宮寺じんぐうじ彩芽あやめが、乃愛の杭で長谷川美冬ミトを『固定』することに成功したとき、姉の瑛夏エナが姿を現した。彩芽は構わず、美冬ミトに向かって大槌ハンマーを振り上げトドメの一撃を喰らわせようとしたが、
 [[もう一人来た。ヘルプ!]]
 十文字さやかと交戦中の乃愛からの念話が届いた。おそらく、芦屋あしや雛菊ひなぎくだろう。彼女らのコンビネーションは未知である。雛菊に至っては、どんな戦いをするのかさえ分からない。
 [[一つ残して杭は戻していいです! シールドを!]]
 乃愛の杭は、彼女自身の意志で八本まで自由に出し入れできる。武器の本体は手甲であり、そこから杭は補充される。美冬ミトを固定している杭以外を戻し、シールドによって彩芽が行くまでの時間を稼いでもらう。美冬ミトへのトドメより乃愛の救出を優先することにして飛び立った。止血に使っていた杭を美冬ミトとの戦いで使ってしまったので、大きく動くことで再び血が噴き出した。去りながら、長谷川瑛夏エナが無事であることを確認できてホッとしている自分に気づいた。

 乃愛がいたのは、小さいオフィスビルの屋上だった。屋上の両端には、さやかと雛菊――と思われる背の低い人物――がそれぞれ立っている。さやかは、西部劇のガンマン姿。雛菊は、特撮ヒーローのような仮面と全身を覆う鎧に包まれ、赤いマントが風にはためいていた。彩芽も初めて見るが、これが雛菊の〈修繕者リペアラー〉姿なのだろう。どんな戦い方をするのか、見当もつかなかった。
「彩芽、やばい! ピンチ!」
 彩芽に気づいた乃愛が助けを求めている。直撃は受けていないようだが、衣装の端々が千切れ、ボロボロと崩れている。挟み撃ちになっているのを助けるため、まずはさやかに狙いを定めて飛びかかった。銃使いであるため、白兵戦には弱いだろうとの判断だ。
 さやかが飛び退いたため彩芽の大槌は宙を薙いだが、距離を詰めて二撃目を振りかざす。
 ――と、大槌に衝撃が走る。屋上の逆端にいたはずの雛菊が消えている。頭上には、飛び上がり大槌を足蹴にしている雛菊。
 〈修繕者リペアラー〉とはいえ、この距離を一瞬で詰めるのは異常な速度だった。彼女の脚部には脹脛ふくらはぎ部分に推進装置ブースターがついているようで、噴射口から炎が上がっている。これが加速を生み出しているのだろう。おそらくこの足による蹴りこそが雛菊の武器に違いなかった。

「さやか、フォーメーション!」
 そう叫ぶと、雛菊はさやかと距離を取り彩芽と乃愛を挟んで両側に立った。
「乃愛、止血をお願いします。そして背中は任せますよ」
 再び杭を一本もらい、止血に充てた。しかし当然、痛みが収まるわけでも失われた血が戻るわけでもない。依然として機動力を欠いたままである。さやかが銃を構え、並んでいる二人に向かって光の弾を撃ち込んだ。何の工夫もないただの光弾なので、容易く避ける。そのとき乃愛が警告した。
「彩芽、弾が両側から来るよっ!」
 避けた弾道の先に雛菊が瞬間的に移動し、何と足で光弾を蹴り返した。再び二人のもとに向かう光弾。さらに、さやかからも二発目の弾が撃ち込まれる。彩芽と乃愛は咄嗟に躱すが、二つの光弾は二人の中央でぶつかり合い、大きく弾けた。爆風に押され、バランスを崩す二人。生じた隙を逃さず、雛菊が飛び蹴りを放った。
「カイザァァーキィィーック!!」
 間一髪、大槌のヘッド部分で受けるが衝撃はいなせず、吹き飛ばされてしまった。
「やっぱりハンマーのアタマはキックじゃ壊せないか。〈修繕者の原石リペアラー・ストーン〉の付いてる柄を狙わないとダメだね」
 飛ばされた彩芽を追って走り寄る乃愛。
「どーしよ、強いよねあいつら。作戦ある!?」
 彩芽は考えを巡らせた。今までの出血のせいか、頭が霞む。おそらくこれ以上長く戦うことはできない。
「……あれを使いましょう」

 止血と、美冬ミトの固定に使っている二本以外の六本の杭を、乃愛の頭上空間に生け花に使う剣山のように上向きに『固定』した。大槌を使って、乃愛ごと打ち飛ばす人間大砲だ。
「さやかの光弾程度なら、乃愛の至近距離にある杭の威力で弾き飛ばせます。まずは厄介な遠距離攻撃をしてくる相手を倒します」
 乃愛の杭の威力は、乃愛の体から離れるほど弱くなる。逆に手に持っているときが一番硬く強い。乃愛の体の周辺に固定してあれば、光弾は弾き飛ばせるだろう。
「ですが、避けられる可能性も高いです。そのときはそのまま姿を消して撤退してください。雛菊から距離さえ取れれば逃げ切れるはずです」
 姿を消すためのシャボン玉状の泡は、例えば消えた瞬間に近づかれて中に入られればバレてしまう。雛菊はそれが可能な機動力を持っているが、一瞬で近づけない距離まで遠ざかれば使用可能だ。
「あたしはそれで逃げれるけど、彩芽はどーすんの」
「私は、二人の注意が乃愛に向いている隙に逃げます」
 そう言って彩芽は、乃愛に黄色のコスモスオーブが嵌め込まれているステッキを渡した。

「行きますよ」
 さやかが銃を構えると同時に、彩芽は大槌を振りかぶった。タイミングを合わせて乃愛が飛び上がると、ブーツの底を彩芽の大槌が押し出し、砲弾のように乃愛をさやかに向かって打ち込んだ。特殊性能『弾性衝突』により、大槌とブーツの間で衝撃音はない。
 さやかが撃った光弾は、想定通り乃愛の杭で弾かれた。そのまま一直線にさやかに突撃する瞬間、さやかはあらぬ方向に銃弾を撃ち、その反動で直撃を避けた。乃愛と杭は、さやかにかすり傷を負わせてそのまま遠くへ飛んでいき、あるところで消えてしまった。
(プランBは上手くいきましたね)
 彩芽は知っていた。雛菊たちは、彩芽と乃愛のどちらかを倒すなら彩芽の方を優先するだろうことを。乃愛が消えたところで、彩芽から目を離すことはないだろうことを。それを理解した上で、確実に乃愛を逃がす作戦を取った。もはや血を流しすぎ、体力を消耗しすぎた。雛菊たちはフォーメーションを崩すこともなく言った。
「一人は逃げたか。さて、あんたは降参する気はないのかな? 無駄に痛い目に遭いたくはないだろ? ぼくたちだって、できるならそんなことしたくない」
 彩芽が最後の足掻きでどう攻撃しようか考えていると、オーダードラゴンが姿を現した。雛菊は念話で何かを聞いたようだ。
「そこまでする必要があるの? ……。そうだね、確かにこの彩芽って人は油断ならない。分かったよ」
 釈然としないといった声色で、だが確実な殺気を漲らせて、雛菊はゆっくりと近づいてきた。そして――。

 ************************************************

 長谷川瑛夏エナが辿り着いたときには、彩芽が〈修繕者リペアラー〉姿でオフィスビルの傍らに倒れており、柄の部分に付いていた石――〈修繕者の原石リペアラー・ストーン〉――のない大槌が転がっていた。周囲には誰も見当たらない。瑛夏エナは、彩芽を抱き起こした。
「彩芽さん……」
「……瑛夏エナさん」
「ごめんなさい……私のせいで……」
「いいんです。もともと私たちには分の悪い戦いでした。遅いか早いかの違いです。私は、貴方が〈修繕者リペアラー〉でなくて本当に良かったと思っています。私たちはこちらに来てずっと孤独で、同じ境遇を分かち合えるのは乃愛だけでした。私は貴方を利用しようとすらしたのに、貴方は秘密を守ってくれました。貴方を巻き込んでしまったのは私の方です」
 彩芽は、今まで見た中で一番優しい目をしていた。傷や汚れにまみれてはいるが、相変わらず美しい姿を見て瑛夏エナは思わず目が潤んだ。
「私は……優柔不断なだけだよ。あなたを信じることも、拒絶することもできなかっただけで」
「きっと貴方は、それでいいのです。友だちになってくれて、ありがとう。乃愛は恨むかもしれませんが、良かったら彼女とも友だちになってやってください」
 彩芽が目を閉じると、〈修繕者リペアラー〉姿が解かれて制服姿になった。まさかとは思ったが、呼吸はしているので気を失っただけのようだ。彩芽の大腿部からは血が流れている。奇しくも、この前に美冬ミトが負傷した箇所と同じところだった。

「関わらないでって言ったのに」
 気がつくと傍らには雛菊が立っていた。いや、近づくのに気づいてはいたが、反応する気になれなかった。〈修繕者リペアラー〉装備は解除されており、中学校の制服姿だった。前回見たときはボーイッシュな装いで少年に見えたが、スタイルからして――制服はスラックスタイプではあるが――女の子だったようだ。
「もう一人、乃愛と呼ばれていましたが、彼女には逃げられました。もともと、彩芽のほうを優先して倒すことになっていました」
「彩芽さんはどうなるの……?」
「〈修繕者の原石リペアラー・ストーン〉を失うと、〈修繕者リペアラー〉としての記憶がすべてなくなり、そのまま日常生活に戻ることになります……。オーダードラゴンから、彼女が瑛夏エナさんの友人であることは聞いていますが、こうするしかありませんでした。ケガの治療をして家に送らないといけないので、任せてもらっていいでしょうか」
「あなたやオーダードラゴンを信じていいの」
「言い訳にしかなりませんが、ぼくも好きで傷つけたわけではないんです。それにオーダードラゴンも、人命や人権については堅く守るようにしているみたいです。その点においては信用していいと思っています」
 雛菊の険しい表情からして、不本意な戦いではあったのだろう。だが、彩芽自身は無事でもこのままでは〈黄のコスモス〉は助からない。〈黄のコスモス〉のことについては、まだ話さないことにした。それに乃愛のことも気になった。
美冬ミトはもう帰っていいんだよね。一緒に帰ろうと思う」
「……そうですか」
 瑛夏エナは、美冬ミトの元へ向かった。
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