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第二章 敵は魔法少女
第九話 最悪の事態
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神宮寺彩芽は戦闘態勢を見せた。それに対し、長谷川美冬は槍を構えながら問うた。
「私はあなたを倒して、〈修繕者〉の力を回収しないといけないの。これ以上、無駄に傷つけることはしたくない。目的を話して。話し合いはできないの?」
「私のことは彩芽とでも呼んでください。もう私を倒せる気でいるんですか? 思い上がりも甚だしいですね。仲間はどうしたんですか?」
「それを答える義理はない」
彩芽は、美冬が〈黄のコスモス〉の事情を知らないように見えることから瑛夏が話したわけではないと判断した。では、瑛夏はどうしているのか? 彼女のスマホから連絡したのは誰なのか? だが今は一瞬の油断が命取りになる。必殺の一撃を喰らわせるため、眼の前の戦いに集中することにした。
(私の大槌は破壊力特化。クリーンヒットさせれば、美冬さんの槍を破壊して〈修繕者の原石〉を回収することはできるでしょう。しかし、そのためには牽制が必要です。美冬さんが攻撃に転じてここに辿り着く時間と、私が大槌を振りかぶって下ろす時間、タイミングを誤った方の負けです)
ジリジリと距離を測りながら、お互いがにじり寄る。美冬が、ここだと思う距離から一足飛びで彩芽に攻撃を仕掛ける。今までと異なり、槍の切っ先はこちらに向けている。
彩芽は、明らかに早いタイミングで大槌を振り下ろした。大槌は、さっきまで彩芽の周囲に固定されていた乃愛の杭を打ち付けて飛ばした。美冬は、咄嗟の判断で体を捻り、直撃を避けた。杭は美冬の鎧の肩当てを貫き、そのまま消えた。
大槌の特殊性能、『弾性衝突』。大槌の運動エネルギーを、打ち付けた対象にロスなく与えることができ、対象を破壊してしまう心配もない。空気を振動させるためのエネルギーに変換されることもないので、インパクトの瞬間に音が発生しないのが奇妙であり彩芽は気に入っている。この特殊性能を乗せないことで通常の大槌として使うこともでき、その場合はもちろん衝撃音が鳴る。
「……飛び道具があるとはね。それにこの威力、当たれば一撃でアウトだった。本来はあのゴスロリの子とコンビネーションで使うんでしょうけど、来ると分かってしまえばもう避けるのも弾くのも難しくない」
「初見であれを躱すとは、やはり大した人ですね……」
四本あった内の、一本は大腿部の止血に使い、一本は飛ばしてしまったので、彩芽の周囲に打ち付けられた杭は二本である。
「いいでしょう……残り二本を飛ばす間に、貴方をチェックメイトにします」
美冬の取りうる戦術としては、二通りが考えられる。彩芽が杭を打ち飛ばす隙を狙って近距離まで詰めてくるか、遠~中距離を保って杭を使い切るまで避けるか。
こういった局面では、用心深い美冬は後者を選択するであろうと彩芽は予測していた。足を負傷し機動力が期待できない彩芽にとって、距離を詰められると即ちそれは『詰み』であったが、もともと機動力では美冬の素早さに敵わない。足の負傷によって勝負を限定的にすることで、彩芽は逆に自分に有利な盤面に持ち込んだ。
彩芽は、杭の一本を真上に打ち上げた。美冬に上を警戒させつつ、もう一本の杭を正面から打ち飛ばす。美冬はそれを華麗に躱し、距離を詰めた。飛びかかる瞬間に合わせて、落ちてきた杭をさらに大槌で横薙ぎに飛ばした。重力をプラスされて、今までで一番速い杭の急襲。回避できないはずのスピードとタイミングだった。
が、美冬は焦る様子もなく槍を中心に不自然な体勢から体を回転させ、身を躱した。その空を旋る動きは、おそらく槍の特殊性能だろう。
周りに浮いていた杭がなくなり、丸腰状態になった彩芽は一歩下がった。向かって突進する美冬。
「覚悟しなさい!」
ズン、と深く突き刺さる。彩芽は不敵に笑った。
************************************************
――時は少し遡り、瑛夏がオーダードラゴンから『彩芽たちを倒す』という話を聞いた後。瑛夏は家を出て最寄りのコンビニに行った。彩芽と連絡を取りたかったが、部屋でそれをするのはオーちゃんに見られるリスクがあると考えたので、家から少しでも離れてからメッセージアプリを開きたかったのだ。
『オーダードラゴンがあなたたちを倒す計画を立てている』
メッセージを送信しようとした瞬間、
[[ヤツらと知り合いだったのか]]
オーちゃんの声が聞こえ、スマホが手の中から消えた。姿を消してつけられていたのだろう。全く気づかなかったが、疑われていたのだろうか。油断していた。
[[怖がらなくていい。キミに危害を加えるつもりはない。敵とはいえ、同じ人間同士なら情が湧くだろうことは理解している。責めるつもりはない。この事はミトにも言わない]]
人間の感情の機微を『理解』されていることが逆に不気味だった。圧倒的に有利な立場にいる者に特有の余裕が感じられる。つまり、オーちゃんは瑛夏のことを全く脅威に思っていないのだ。
[[悪いがスマホは預かる。用が済めばすぐに返す]]
彩芽たちを誘き出すために使うつもりだろうか。瑛夏は、自分のミスのせいで彼女らに危険が及ぶことを思い自責の念に駆られた。オーちゃんはどこかに行ってしまったようで、念話で話しかけても通じなかった。
瑛夏は、財布にしまっていた〈コスモスオーブ〉のカケラを取り出した。受信機としての機能しか持たないが、彩芽が念のためにと持たせてくれたものだ。現在、これが彩芽とつながる唯一の手段になってしまった。手の中のカケラを見つめていると、淡く輝き出したように見えた。カケラはふわりと浮き上がり、瑛夏を導くように動き出した。瑛夏は、感覚的にそれが彩芽のもとに向かっていることを理解し、追いかけた。
瑛夏が辿り着いたのは大型スーパーの屋上駐車場だった。立ち入りは禁止されているが、鎖を跨いで侵入してしまった。瑛夏が目にしたものは、純白の西洋鎧の美冬と、パンツスーツとポニーテールの彩芽。つまり〈修繕者〉の装いで向かい合う二人の姿だった。戦っている。いや、戦っていた。勝敗は決している。彩芽が足から血を流していた。そして、美冬の足にも地面から生えた杭が刺さり甲から突き出ていた。
「足の止血に使っていた杭を、いつの間にか地面に張ってあったのね……」
美冬が苦しそうに言った。
「動けないでしょう? 乃愛の杭で『固定』されていますからね。あとは槍を破壊させていただくだけです」
彩芽が大槌を振りかぶる。
「美冬!」
瑛夏は思わず叫んだ。
「瑛夏さん……」
「お姉ちゃん……!?」
瑛夏にとって、避けたかった最悪の事態だった。妹と友人が傷つけ合う。さらに、トドメが刺されようとしている。
「瑛夏さん、残念ですがここまでです。でもご安心を。美冬さんの体をこれ以上傷つけることはしません。〈修繕者の原石〉を貰うだけです」
そう言って彩芽は大槌を振り上げようとしたが、動きが止まった。
「乃愛!」
彩芽は、突然叫んでその場を離れ飛び去った。
瑛夏は美冬のもとに駆け寄った。
「美冬、大丈夫!?」
杭は触ってみたが、ガッチリと固定されていて外せないようだった。
「なんで、また居るの……」
「ちょっと前から〈修繕者〉のこと知ってたんだ。でも今はそんなことより……」
「どうして私に関わるの。私は一人で大丈夫だから。帰ってよ! 何もしないでよ……」
いつものように強い言い方で責めてくるが、だんだん元気がなくなって最後は消え入るような願いだった。瑛夏は美冬の体を抱きしめて言った。
「ごめん、こんなことになったのは私のせい。力になりたかった。何もできなかった。美冬にばかり痛くて辛い思いさせてごめん……」
「違う。私が未熟だから……」
美冬が動けないのをいいことに、瑛夏はさらに強く抱きしめた。言葉で分かり合えなくても、妹を想う気持ちだけでも伝えたかった。
「オーちゃんは?」
「オーちゃんのことも知ってるんだね……。たぶん、壊しちゃったファミレスを直しに行ってると思う」
「そう……彼に聞かれないように話したいことがあるの。どうしたらいい?」
美冬の答えを聞いて少しドキリとしたが、さっきまで瑛夏を導いていた〈コスモスオーブ〉のカケラが再び彩芽のところへ行こうとしているのを見て持ち直した。
「彩芽さんのところに行ってくる。ちょっと待っててね」
「あの人と知り合いなの……?」
「……今度話す」
走りながら、瑛夏は思った。
(彩芽さんのところに行く。でも、それで私に何が出来るだろう。それでも私は――)
「私はあなたを倒して、〈修繕者〉の力を回収しないといけないの。これ以上、無駄に傷つけることはしたくない。目的を話して。話し合いはできないの?」
「私のことは彩芽とでも呼んでください。もう私を倒せる気でいるんですか? 思い上がりも甚だしいですね。仲間はどうしたんですか?」
「それを答える義理はない」
彩芽は、美冬が〈黄のコスモス〉の事情を知らないように見えることから瑛夏が話したわけではないと判断した。では、瑛夏はどうしているのか? 彼女のスマホから連絡したのは誰なのか? だが今は一瞬の油断が命取りになる。必殺の一撃を喰らわせるため、眼の前の戦いに集中することにした。
(私の大槌は破壊力特化。クリーンヒットさせれば、美冬さんの槍を破壊して〈修繕者の原石〉を回収することはできるでしょう。しかし、そのためには牽制が必要です。美冬さんが攻撃に転じてここに辿り着く時間と、私が大槌を振りかぶって下ろす時間、タイミングを誤った方の負けです)
ジリジリと距離を測りながら、お互いがにじり寄る。美冬が、ここだと思う距離から一足飛びで彩芽に攻撃を仕掛ける。今までと異なり、槍の切っ先はこちらに向けている。
彩芽は、明らかに早いタイミングで大槌を振り下ろした。大槌は、さっきまで彩芽の周囲に固定されていた乃愛の杭を打ち付けて飛ばした。美冬は、咄嗟の判断で体を捻り、直撃を避けた。杭は美冬の鎧の肩当てを貫き、そのまま消えた。
大槌の特殊性能、『弾性衝突』。大槌の運動エネルギーを、打ち付けた対象にロスなく与えることができ、対象を破壊してしまう心配もない。空気を振動させるためのエネルギーに変換されることもないので、インパクトの瞬間に音が発生しないのが奇妙であり彩芽は気に入っている。この特殊性能を乗せないことで通常の大槌として使うこともでき、その場合はもちろん衝撃音が鳴る。
「……飛び道具があるとはね。それにこの威力、当たれば一撃でアウトだった。本来はあのゴスロリの子とコンビネーションで使うんでしょうけど、来ると分かってしまえばもう避けるのも弾くのも難しくない」
「初見であれを躱すとは、やはり大した人ですね……」
四本あった内の、一本は大腿部の止血に使い、一本は飛ばしてしまったので、彩芽の周囲に打ち付けられた杭は二本である。
「いいでしょう……残り二本を飛ばす間に、貴方をチェックメイトにします」
美冬の取りうる戦術としては、二通りが考えられる。彩芽が杭を打ち飛ばす隙を狙って近距離まで詰めてくるか、遠~中距離を保って杭を使い切るまで避けるか。
こういった局面では、用心深い美冬は後者を選択するであろうと彩芽は予測していた。足を負傷し機動力が期待できない彩芽にとって、距離を詰められると即ちそれは『詰み』であったが、もともと機動力では美冬の素早さに敵わない。足の負傷によって勝負を限定的にすることで、彩芽は逆に自分に有利な盤面に持ち込んだ。
彩芽は、杭の一本を真上に打ち上げた。美冬に上を警戒させつつ、もう一本の杭を正面から打ち飛ばす。美冬はそれを華麗に躱し、距離を詰めた。飛びかかる瞬間に合わせて、落ちてきた杭をさらに大槌で横薙ぎに飛ばした。重力をプラスされて、今までで一番速い杭の急襲。回避できないはずのスピードとタイミングだった。
が、美冬は焦る様子もなく槍を中心に不自然な体勢から体を回転させ、身を躱した。その空を旋る動きは、おそらく槍の特殊性能だろう。
周りに浮いていた杭がなくなり、丸腰状態になった彩芽は一歩下がった。向かって突進する美冬。
「覚悟しなさい!」
ズン、と深く突き刺さる。彩芽は不敵に笑った。
************************************************
――時は少し遡り、瑛夏がオーダードラゴンから『彩芽たちを倒す』という話を聞いた後。瑛夏は家を出て最寄りのコンビニに行った。彩芽と連絡を取りたかったが、部屋でそれをするのはオーちゃんに見られるリスクがあると考えたので、家から少しでも離れてからメッセージアプリを開きたかったのだ。
『オーダードラゴンがあなたたちを倒す計画を立てている』
メッセージを送信しようとした瞬間、
[[ヤツらと知り合いだったのか]]
オーちゃんの声が聞こえ、スマホが手の中から消えた。姿を消してつけられていたのだろう。全く気づかなかったが、疑われていたのだろうか。油断していた。
[[怖がらなくていい。キミに危害を加えるつもりはない。敵とはいえ、同じ人間同士なら情が湧くだろうことは理解している。責めるつもりはない。この事はミトにも言わない]]
人間の感情の機微を『理解』されていることが逆に不気味だった。圧倒的に有利な立場にいる者に特有の余裕が感じられる。つまり、オーちゃんは瑛夏のことを全く脅威に思っていないのだ。
[[悪いがスマホは預かる。用が済めばすぐに返す]]
彩芽たちを誘き出すために使うつもりだろうか。瑛夏は、自分のミスのせいで彼女らに危険が及ぶことを思い自責の念に駆られた。オーちゃんはどこかに行ってしまったようで、念話で話しかけても通じなかった。
瑛夏は、財布にしまっていた〈コスモスオーブ〉のカケラを取り出した。受信機としての機能しか持たないが、彩芽が念のためにと持たせてくれたものだ。現在、これが彩芽とつながる唯一の手段になってしまった。手の中のカケラを見つめていると、淡く輝き出したように見えた。カケラはふわりと浮き上がり、瑛夏を導くように動き出した。瑛夏は、感覚的にそれが彩芽のもとに向かっていることを理解し、追いかけた。
瑛夏が辿り着いたのは大型スーパーの屋上駐車場だった。立ち入りは禁止されているが、鎖を跨いで侵入してしまった。瑛夏が目にしたものは、純白の西洋鎧の美冬と、パンツスーツとポニーテールの彩芽。つまり〈修繕者〉の装いで向かい合う二人の姿だった。戦っている。いや、戦っていた。勝敗は決している。彩芽が足から血を流していた。そして、美冬の足にも地面から生えた杭が刺さり甲から突き出ていた。
「足の止血に使っていた杭を、いつの間にか地面に張ってあったのね……」
美冬が苦しそうに言った。
「動けないでしょう? 乃愛の杭で『固定』されていますからね。あとは槍を破壊させていただくだけです」
彩芽が大槌を振りかぶる。
「美冬!」
瑛夏は思わず叫んだ。
「瑛夏さん……」
「お姉ちゃん……!?」
瑛夏にとって、避けたかった最悪の事態だった。妹と友人が傷つけ合う。さらに、トドメが刺されようとしている。
「瑛夏さん、残念ですがここまでです。でもご安心を。美冬さんの体をこれ以上傷つけることはしません。〈修繕者の原石〉を貰うだけです」
そう言って彩芽は大槌を振り上げようとしたが、動きが止まった。
「乃愛!」
彩芽は、突然叫んでその場を離れ飛び去った。
瑛夏は美冬のもとに駆け寄った。
「美冬、大丈夫!?」
杭は触ってみたが、ガッチリと固定されていて外せないようだった。
「なんで、また居るの……」
「ちょっと前から〈修繕者〉のこと知ってたんだ。でも今はそんなことより……」
「どうして私に関わるの。私は一人で大丈夫だから。帰ってよ! 何もしないでよ……」
いつものように強い言い方で責めてくるが、だんだん元気がなくなって最後は消え入るような願いだった。瑛夏は美冬の体を抱きしめて言った。
「ごめん、こんなことになったのは私のせい。力になりたかった。何もできなかった。美冬にばかり痛くて辛い思いさせてごめん……」
「違う。私が未熟だから……」
美冬が動けないのをいいことに、瑛夏はさらに強く抱きしめた。言葉で分かり合えなくても、妹を想う気持ちだけでも伝えたかった。
「オーちゃんは?」
「オーちゃんのことも知ってるんだね……。たぶん、壊しちゃったファミレスを直しに行ってると思う」
「そう……彼に聞かれないように話したいことがあるの。どうしたらいい?」
美冬の答えを聞いて少しドキリとしたが、さっきまで瑛夏を導いていた〈コスモスオーブ〉のカケラが再び彩芽のところへ行こうとしているのを見て持ち直した。
「彩芽さんのところに行ってくる。ちょっと待っててね」
「あの人と知り合いなの……?」
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走りながら、瑛夏は思った。
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