【完結】妹が魔法少女だったので、姉のわたしは立つ瀬がない

千鶴田ルト

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第一章 妹は魔法少女

第四話 妹は手傷を負う

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 長谷川瑛夏エナは、オーちゃんから美冬ミトが負傷したという報告を聞きしばし放心していたが、落ち着きを取り戻し再び光のあった元へと自転車を走らせた。
 建物の陰から美冬ミトが出てくるのが見えた。制服姿だが、歩き方がいびつだった。大腿部にハンカチが当てられ、血が滲んでいた。オーちゃんの姿は見えない。さっき、〈上役〉に報告すると言っていたからだろうか。薄情に思えた。美冬ミトは、瑛夏エナの姿を見て顔を歪ませ、いつも以上に険しい表情で睨んできた。
「お姉ちゃん……こんなところで何やってるの?」
「それはあんたの方でしょ! 大丈夫? どこ怪我したの」
 細く白い太腿と、鮮血のコントラストが痛々しい。また、よく見ると額にもアザのようなものが出来ていた。
美冬ミト、ちょっと座ってて。そこのコンビニで救急セット買ってくるから」
「いいって……家にあるでしょ」
「じゃあ一緒に帰るよ」
「……」
 自転車を押して歩く瑛夏エナと、足を引きずって歩く美冬ミト。妹が中学生になってからは、こうやって一緒に歩くことはなかった。怪我をしている妹の速さに合わせて歩きながら、瑛夏エナは、幼少の頃に手を繋ぎながら妹の歩幅に合わせて歩いたのを思い出していた。でも、今の妹は家に着くまで終始無言だったし、目も合わせてくれなかった。

 帰ると、瑛夏エナは救急箱を取り出した。
「シャワーしてきて、傷のところキレイにしておいで」
「……」
 美冬ミトは返事をせずに従って浴室に行った。しつこく構う姉に根負けしたのかもしれない。瑛夏エナはその間にやりたいことがあった。
 [[オーちゃん、いる?]]
 心の中で念じると、オーダードラゴンのオーちゃんが天井からすり抜けてきた。美冬ミトの部屋にいたのだろう。
 [[エナは、ミトが〈修繕者リペアラー〉であることを知らないことになっているから、ボクがミトと一緒にいるのを見られるのは都合が悪いと思い隠れていた]]
「そういうことね……」
 薄情なのではなく、律儀なだけだったらしい。
「あの怪我って、大丈夫なの? どうしてあんなことに?」
 [[すまないが、何があったのかは言えない。だが怪我は、〈ツクロイの力〉で一晩もあれば治るだろう]]
 そんなことも出来るのか、と感心したが、分からないことも多く不安は残った。
「今日も夜、話を聞かせて欲しい」
 [[承知した]]
 オーダードラゴンは美冬ミトの部屋に戻っていった。

 美冬ミトがシャワーを終えて出てきた。部屋着はハーフパンツで、傷口は少し隠れている。ソファに座ってもらい、裾をめくると石鹸の匂いがふわりと漂った。血は洗い流されていて、めくれた皮の下の薄桃色の肉が露出している。
(どこのどいつだ、このキレイな脚に傷を負わせたのは。跡が残ったらどうしてくれるんだ)
 家にある一番大きいサイズのハイドロコロイドタイプの絆創膏を用意した。
「消毒するよ」
「……ッ」
 消毒液をつけると、染みるのを我慢して声を抑えている。これは痛いだろう。テープを貼り、傷が覆われていることを確認する。
「小さいときにも」
 美冬ミトが突然口を開いた。
「こうやってテープ貼ってもらったことある」
「まあ、何度かあったかな」
「うん。よく覚えてる」
「……おでこの痣も、冷やしとこうか」
 氷を用意するために立ち上がった瑛夏エナは、憎まれ口以外で会話をしたのはいつ以来だろうか、と考えていた。

 この日はお母さんは仕事で遅くなる日だった。夕食は、用意してあるお金で勝手に食べることになっている。今日は出かけたくなかったので、瑛夏エナは冷蔵庫の中にあるもので作ることにした。家にあるものを食べた場合、お金はお小遣いにしていいと言われている。
 あまり急に距離を詰めるのも良くないかな、と思い、ソファに座っている美冬ミトには何も言わずに料理を始めた。テレビではニュースが流れているが、観ているのかどうかわからない。二人分のホイコーローと味噌汁を作り、美冬ミトに声をかけてみたが、横になって眠っていた。毛布をかけてやり、美冬ミトの分の夕飯にラップをかけ、自分の分の食事を終えてから自室に行った。

 オーちゃん、とつぶやくとオーダードラゴンは瑛夏エナの部屋に入ってきた。
「今日、何があったの?」
 [[さっきも言ったが、想定外のことが起こった。だが詳細は言えない。申し訳ない。今までミトは怪我を負うことはなかった。優秀な戦士だ]]
 問い詰めても埒を明かすことはできないと判断し、瑛夏エナはため息をついた。
「今日、住宅街にいたよね? 人に見られたりは大丈夫なの?」
 質問を変えて、他に気になっていたことを聞いた。
 [[今日は見られないように領域空間に処置をしていた。この前キミに見つかってしまったときは、周りに人がいなかったため使わなかったが、そういうことができるんだ]]
「それは『ルール』を乱すことにはならないの?」
 [[するどいな。だが上位ルールに従ってルールを逸脱しているので問題ない。ルール、つまり物理法則などの類いを〈コトワリ〉と呼び、〈コトワリ〉を逸脱したり変更したりするための上位ルールのことを〈サダメ〉と呼ぶ]]
「なるほど。〈サダメ〉に従わない〈コトワリ〉の逸脱のことを〈ホコロビ〉と呼んでいるわけね」
 [[その通りだ。ボクに与えられている権限は〈サダメ〉のほんの一部だが、活動のための逸脱が認められている。〈ツクロイの力〉が必要なので無闇やたらに使うことはできないが]]
『〈ツクロイの力〉』という言葉を聞いて思い出した。
「その〈ツクロイの力〉で美冬ミトの怪我を治すの、すぐにできるの? 私から呼び出しておいてなんだけど、早く取り掛かってもらってもいいかな」
 [[承知した。ミトが眠っている間に実行すると言ってある]]
「お願いね」

 疲れが溜まっていたからか、その後瑛夏エナは少し眠ってしまっていた。起きたら夜の十時を回っており、まだ風呂も歯磨きもしていなかったことを思い出して部屋を出た。一階に向かいながらスマホを見ると通知が来ていた。
 長いこと事務連絡しかしていなかった美冬ミトから、一言『ありがと』とメッセージが送られていた。
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