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十七話

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 階段を降りるとしばらく長い通路が続き、奥から冷たい空気が流れてきていた。
 その中には糞便の臭いに混じりまだ新しい鉄のような臭いが混ざっており、なんとなく……そう、なんとなく嫌な予感がした。
 胸がざわつくような頭の中が変に絞られるような不快感。
 奥には二つの大きな石造りの牢屋があり、片方には死にかけのアイレノールの民が。
 もう一つにはそこそこ元気そうな者達が集められていた。
 両方合わせればおおよそ五十名近くだろうか。
 これでアイレノールの民が全てであれば彼等は随分と狭い集団を形成して生活していたのだろう。
 この町と交流がありはしたが、排他的な部分もあったのたかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えながら近付き、気付いた。
 この血の臭いに知っているものが混ざっていることに。
 人間の身体で擬似的に造られた心臓が一つ、おかしな跳ね方をした。
 牢屋に近付き、そこそこ元気そうな者達が集められている牢屋に一人だけ血塗れで倒れている者がいる。
 見慣れた薄青色の髪は血と混ざり、腕や足がおかしな方向を向いている。
 肋骨が折れて肺に刺さっているのか呼吸の音もおかしい。

「……あの二人はもう少し痛めつけて殺すべきだったか」

 膨れ上がった不快感が喉から絞り出されたような、そんな言葉が無意識に出ていた。

「ふぅ……一応確認だが、お前達はアイレノールの民で間違いないか?」

「あ、あんた誰だ?」

「ギブレ族長と縁のある者だ。 彼等は魔の森に避難している。 お前達がアイレノールの民で、逃げるつもりがあるならここを開けるが」

「そうなのか!? た、頼む! 開けてくれ!」

 襲撃からずっとここに閉じ込められていたのだろう。
 出られると分かった瞬間の切羽詰まった表情には些か気持ち悪いものがあるな。
 とりあえず両方の牢屋の鉄格子の扉部分を魔法で刻み、レーティアの元へ向かう。
 痛めつけられた彼女を放置していたのは、元々彼女が排斥対象だったからなのか……同族ならばせめて手当てくらいはしてもよかろうに。

「あ、あんた! そいつは放っておきな! そいつのせいで私達が襲われたんだ!」

「……ん? それはどういう理由だ? 私が喰ら……じゃなくて、殺した者はそんなことは言っていなかったが」

 レーティアが目的ならこの連中を閉じ込めていた意味はなんだ?
 人質か?それならレーティアに通達するなり何らかの方法を取って伝えている筈だが。
 それにヨシュアの記憶にもそんなものはなかったぞ?

「薄汚い混じり者なんだよそいつは。 私達に殺されなかっただけでもありがたいと思ってほしいもんだよ」

 ………………?
 こいつらの言っている事の意味が分からない。
 よくよく見れば傷が新しい。まさに今傷つけられたばかりというものばかりだ。
 ふと、今牢屋を出た連中の手を見てみる。
 全員ではないがその手の甲や足に乾ききっていない血が付着している。

「……確認だが、この娘をここまで追い込んだのは誰だ?」

「私達さ! そいつが元凶だったんだからね!」

 まるで誇らしげに語る女。
 その手についた血を、傷をまるで勲章のように見せつけてきた。
 そうか……………………そうか。

「レーティア。 今傷をからな」

 天井と床に描かれた魔方陣が邪魔をしてくるため、まずは触手で魔方陣を傷つけ破壊する。
 癒しの魔法は組合での騒動の時にアリアンという女が使っていたのを見ていたので覚えている。
 出来るだけ優しく、強く癒しの魔法をかける。
 傷ついた皮膚や内出血、折れた骨さえも時間を巻き戻したかのように再生していく。
 いつもなら面白い光景だと思うのに、そんな事が気にもならない。

 癒すと同時に入り口に近づいていた者達が逃げられないように触手を伸ばし、階段を破壊する。

「あ、あんた何やってんだ! 出られないじゃないか! それにそいつを治すなんて何考えてるんだ!?」

 騒ぐ一人の男。
 こちらへ向かってきて肩を掴んできたので、手首を掴み捩り切る。
 牢屋の中に響く突然の悲鳴と噴出する血液。
 最初に入ってきた時よりも濃い血の臭いが充満しはじめる。

「勘違いしていたよ。 レーティアを傷つけたのはフェルレシア教の連中なのだと。 まさか除け者にされていたとはいえ仲間で同じように捕らえられたこの娘を、お前達が傷つけたとは……」

 この状況でなぜレーティアを元凶と見なしあまつさえ危害を加えるに至るのか全く理解出来ない。
 理解出来ないが……これだけは分かる。
 私は、思いのほかレーティアを大切だと思っているらしい。
 これほどまでに傷つけられた彼女を……彼女を傷つけた者達を、それを見て見ぬふりをした連中を皆殺しにしてやろうと思う程度には。

「……この場にいる者達、全員……苦痛をもって殺してやろう」

 人型を解除し触手を解放してすべての者達を貫く。
 阿鼻叫喚とはこの事なのだろうか。
 普段なら多少耳障り程度だが、人の……人間の悲鳴がこれ程までに心地好いと感じたのは初めてかもしれない。
 断末魔の叫びが響く度に魂が振るえるのを感じる。

「ははは……ははっ、あははははは! ははははははははははは!」

 触手が肉を貫く感触が、血が滴る温かさが、充満する血の臭いが、その全てが快楽となって押し寄せてくる。
 今までも楽しいと思う事はあった。
 が、怒りに身を任せ弱者を蹂躙する事の快感が理性を吹き飛ばしてしまいそうだ。

「はぁ…………しまったな。 まだ満足していないのに全て壊してしまった」

 気付けば引き裂けるモノは何もなくなっていた。
 辺りには人の形をしていた筈の肉や臓物、血潮が飛び散っている。
 普段ならこの光景で食欲がわく事もあったが、血の一滴たりとも口には含みたくはない。

「ん……ふふ、良いことを思いついた。 貴様らには死して尚、償いをさせてやろう」

 すべての肉片を収納用異空間に吸い込み一度まとめてから肉片の塊に変えて吐き出させる。
 目の前に積まれた山のような肉片に触手の一本を千切って埋め込む。
 前にグラスウルフを特殊変異個体に変貌させた時は私の意思を介在させていない。
 ここに魔法を用いて変異に指向性を持たせ、私の意思を介在させて肉塊を変異させる。
 憎んでいた相手に犬のように仕えさせてやろう。

「魔法とは世界の理を書き換えるもの……やってやろうじゃないか」

 私の肉片を核とし、人間の肉片を圧縮・変異させて新たな肉体を形成していく。
 今まで経験したことのないほどの魔法による負荷が肉体へかかり、魔力が根刮ぎ奪われていくのを感じる。
 が、それもあの者達への嫌がらせにつながるのだと思うといかほどの苦痛にもなりえない。

「我が意志を以て 形成せ」

 蠢く肉塊は徐々に人の型を形成していき、一体の人間の姿をしたモノが出来上がった。

「これは一種の自己満足になるのかな? ……ちょっと落ち着いてきたらなんだか虚しくなってきたな。 いや、とてもスッキリはしたが……とりあえずレーティアを連れて帰るか」

 ギブレ族長にはなんて説明するかな。
 彼にとっては私も間違いなく敵になったな。
 後々考えるとしよう。

 



※この話の中に入れたものに何人が気付けるかな(*´∀`*)フフフ
ちょっと時間を空けてもう一話投稿するよ!
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