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番外編
キャラ文芸大賞感謝リクエスト 葵とひなこif 前編
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一時期女装をやめていたためか、今年のバレンタインデーは恐ろしい人数の女子に取り囲まれた。
少しでも油断すれば大変な事態になると目に見えていたので、とにかく一日中気を張っている必要があった。
恐怖の一日を何とか乗り切れたのは、有賀ひなこという友人のおかげもあるだろう。
あわや自宅までついてくるのでは思われた女子の群れから、彼女のおかげで逃れることができた。
正直、女子の考えはよく分からない。
なぜ女装をやめたくらいで、こうも態度を変えられるのか。
全く変化しないのは、彼女ともう一人の友人、栗原優香くらいだ。
ひなこから、義理チョコをもらった。
甘すぎない生チョコレートは、ほんの少しアルコールが入っているのだろうか。
体の中心に、そっと火が灯った気がした。
◇ ◆ ◇
ホワイトデーにお返しを渡そうにも、何が喜ばれるのか葵には分からない。
直接本人から聞き出そうとひなこの元を訪ねるも、なぜか本人は沈んだ様子だった。
いつも通りのつもりだろうが、ぎこちない笑顔は見るに耐えない。
痛々しく、葵まで胸が苦しくなる。
よく行き合う公園で事情を聞き出した。
ずっと死んだものと思っていた父親が生きていて、引き取りたいと申し出ているのだそうだ。けれど彼女自身は、住み込みで働いている今の家を出て行きたくないと。
「でもそんなの、やっぱり迷惑だよね。私は、その家の人達にとって、家族じゃないんだから……」
ひなこは自嘲ぎみに笑った。彼女には似つかわしくない、歪な笑み。
住まわせてもらっている家を、どれだけ大切に思っているのか伝わってくるようだった。家族じゃないことが、ひどく辛いと。
「……その家の人間が、好きなのか?」
口にしたのは無意識だった。葵自身、なぜこんな質問をしたのか分からない。
戸惑いに目を瞬かせていると、彼女も似たような表情を返した。
「えっと、好きだよ? 私は、みんなを家族だと思ってるから」
「家族、か?」
「家族以外、あるの?」
お互いに疑問符を飛ばし合った間抜けなやり取りだったが、葵はどこか安堵している自分に気付いた。
――家族で、よかった。
なぜ、そう感じるのだろう。ひなこの言う通り、家族以外の何があるというのか。
深刻な悩みを打ち明けられているというのに、何を考えているのだ。葵は頭を振って雑念を追い払った。
「お前がそう思っていることを、伝えてみたらどうだ? 言わなければ、相手方にも伝わらない。もしかしたら、どこかに思い違いがあるのかもしれない」
一人で抱え込んでいても仕方がない。
そこまで思い悩むほど大切ならば、踏み込んだ話をする勇気も必要だ。
辛抱強く説得すると、ひなこはようやく頷いた。大切な人達を煩わせたくない気持ちは分かるが、彼女も相当頑固だ。
「ありがとう、葵君。私、頑張ってみるね」
ひなこが、力の抜けた笑みを浮かべる。
この日初めての、彼女らしい笑顔だった。
◇ ◆ ◇
3月14日になって、葵は愕然とした。
そういえば、ホワイトデーのお返しを考えていない。ひなこのただならぬ様子に、すっかりリサーチを忘れていた。
内心オロオロする葵だったが、当日はひなこの方からやって来た。
数日前の浮かない表情とは打って変わって、憂いの晴れた明るい雰囲気。
家族との話し合いがうまくいったのだと、一目で分かった。
「ちゃんと気持ちを伝えたら、住み込みで働いているお家を出て行かずに済んだの。あの日相談にのってくれた、葵君のおかげだよ。本当にありがとう」
ぜひ何かお礼がしたいと言われ、葵は妙案を思い付いた。
近場にあるショッピングモールに行き、彼女に欲しいものが見つかればそのままプレゼントするという作戦だ。それを、ホワイトデーのお返しとする。
ひなこは疑うことなく頷いた。
ホワイトデーだからか、ショッピングモールにはカップルが多かった。
葵はもちろん女装をしているので、端から見れば友人同士での買い物中と捉えられるだろう。実際、そうなのだが。
隣を歩くひなこの身長は、葵の肩口くらいだ。それでも、葵自身の格好のため男女には見えない。それがなぜか、少しだけ悔しい。
彼女は、立ち寄った店の髪飾りに興味を示した。スクエア型の石が並んだ、淡い色合いのバレッタだ。
値段もそう高くないのでさっさと会計を済ませてしまうと、ひなこは大いに慌てた。
「えぇ!? どう考えてももらえないよ!」
「そうか?」
「そうだよ! ていうか、お返しなんていらないよ。こっちこそ、葵君にお礼したいくらいなのに……」
彼女は彼女で、こちらに欲しそうなものがあればプレゼントしようと画策していたらしい。これではお礼にならないと、頑なに受け取ろうとしない。
見かけによらず頑固者であることは知っているが、こうも拒絶されると悲しくなる。
「僕が、ひなこに贈りたいんだ。これを付けて嬉しそうにしているところが見たい。ただ、それだけだ。……駄目か?」
弱々しく訊ねると、彼女は赤くなりつつもついに折れた。
けれどただでは譲らない辺りさすがひなこで、すかさず色違いのバレッタをレジへと持っていった。
「せっかくだし、お揃いにしようよ。葵君、もらってくれる?」
彼女的には同額のものを買って罪悪感を薄めただけだろうが、葵は『お揃い』という響きに惹かれた。実にいい響きだ。
二つ返事で了承し、早速身に付けてみる。やはり気分がいい。
葵は大変満足し、またお揃いの小物を買おうと心に決めた。
……そうしてお揃いが増えすぎたために周囲からカップル認定されていたと知るのは、およそ一年後のこと。
少しでも油断すれば大変な事態になると目に見えていたので、とにかく一日中気を張っている必要があった。
恐怖の一日を何とか乗り切れたのは、有賀ひなこという友人のおかげもあるだろう。
あわや自宅までついてくるのでは思われた女子の群れから、彼女のおかげで逃れることができた。
正直、女子の考えはよく分からない。
なぜ女装をやめたくらいで、こうも態度を変えられるのか。
全く変化しないのは、彼女ともう一人の友人、栗原優香くらいだ。
ひなこから、義理チョコをもらった。
甘すぎない生チョコレートは、ほんの少しアルコールが入っているのだろうか。
体の中心に、そっと火が灯った気がした。
◇ ◆ ◇
ホワイトデーにお返しを渡そうにも、何が喜ばれるのか葵には分からない。
直接本人から聞き出そうとひなこの元を訪ねるも、なぜか本人は沈んだ様子だった。
いつも通りのつもりだろうが、ぎこちない笑顔は見るに耐えない。
痛々しく、葵まで胸が苦しくなる。
よく行き合う公園で事情を聞き出した。
ずっと死んだものと思っていた父親が生きていて、引き取りたいと申し出ているのだそうだ。けれど彼女自身は、住み込みで働いている今の家を出て行きたくないと。
「でもそんなの、やっぱり迷惑だよね。私は、その家の人達にとって、家族じゃないんだから……」
ひなこは自嘲ぎみに笑った。彼女には似つかわしくない、歪な笑み。
住まわせてもらっている家を、どれだけ大切に思っているのか伝わってくるようだった。家族じゃないことが、ひどく辛いと。
「……その家の人間が、好きなのか?」
口にしたのは無意識だった。葵自身、なぜこんな質問をしたのか分からない。
戸惑いに目を瞬かせていると、彼女も似たような表情を返した。
「えっと、好きだよ? 私は、みんなを家族だと思ってるから」
「家族、か?」
「家族以外、あるの?」
お互いに疑問符を飛ばし合った間抜けなやり取りだったが、葵はどこか安堵している自分に気付いた。
――家族で、よかった。
なぜ、そう感じるのだろう。ひなこの言う通り、家族以外の何があるというのか。
深刻な悩みを打ち明けられているというのに、何を考えているのだ。葵は頭を振って雑念を追い払った。
「お前がそう思っていることを、伝えてみたらどうだ? 言わなければ、相手方にも伝わらない。もしかしたら、どこかに思い違いがあるのかもしれない」
一人で抱え込んでいても仕方がない。
そこまで思い悩むほど大切ならば、踏み込んだ話をする勇気も必要だ。
辛抱強く説得すると、ひなこはようやく頷いた。大切な人達を煩わせたくない気持ちは分かるが、彼女も相当頑固だ。
「ありがとう、葵君。私、頑張ってみるね」
ひなこが、力の抜けた笑みを浮かべる。
この日初めての、彼女らしい笑顔だった。
◇ ◆ ◇
3月14日になって、葵は愕然とした。
そういえば、ホワイトデーのお返しを考えていない。ひなこのただならぬ様子に、すっかりリサーチを忘れていた。
内心オロオロする葵だったが、当日はひなこの方からやって来た。
数日前の浮かない表情とは打って変わって、憂いの晴れた明るい雰囲気。
家族との話し合いがうまくいったのだと、一目で分かった。
「ちゃんと気持ちを伝えたら、住み込みで働いているお家を出て行かずに済んだの。あの日相談にのってくれた、葵君のおかげだよ。本当にありがとう」
ぜひ何かお礼がしたいと言われ、葵は妙案を思い付いた。
近場にあるショッピングモールに行き、彼女に欲しいものが見つかればそのままプレゼントするという作戦だ。それを、ホワイトデーのお返しとする。
ひなこは疑うことなく頷いた。
ホワイトデーだからか、ショッピングモールにはカップルが多かった。
葵はもちろん女装をしているので、端から見れば友人同士での買い物中と捉えられるだろう。実際、そうなのだが。
隣を歩くひなこの身長は、葵の肩口くらいだ。それでも、葵自身の格好のため男女には見えない。それがなぜか、少しだけ悔しい。
彼女は、立ち寄った店の髪飾りに興味を示した。スクエア型の石が並んだ、淡い色合いのバレッタだ。
値段もそう高くないのでさっさと会計を済ませてしまうと、ひなこは大いに慌てた。
「えぇ!? どう考えてももらえないよ!」
「そうか?」
「そうだよ! ていうか、お返しなんていらないよ。こっちこそ、葵君にお礼したいくらいなのに……」
彼女は彼女で、こちらに欲しそうなものがあればプレゼントしようと画策していたらしい。これではお礼にならないと、頑なに受け取ろうとしない。
見かけによらず頑固者であることは知っているが、こうも拒絶されると悲しくなる。
「僕が、ひなこに贈りたいんだ。これを付けて嬉しそうにしているところが見たい。ただ、それだけだ。……駄目か?」
弱々しく訊ねると、彼女は赤くなりつつもついに折れた。
けれどただでは譲らない辺りさすがひなこで、すかさず色違いのバレッタをレジへと持っていった。
「せっかくだし、お揃いにしようよ。葵君、もらってくれる?」
彼女的には同額のものを買って罪悪感を薄めただけだろうが、葵は『お揃い』という響きに惹かれた。実にいい響きだ。
二つ返事で了承し、早速身に付けてみる。やはり気分がいい。
葵は大変満足し、またお揃いの小物を買おうと心に決めた。
……そうしてお揃いが増えすぎたために周囲からカップル認定されていたと知るのは、およそ一年後のこと。
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