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第24話
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「ってあら、嫌だわ私ったら。ホホホ」
令嬢に相応しくなかったと慌てて誤魔化すも、モクレンは呆れたように嘆息する。
「人の顔を見るなり『うげっ』とは何ですか。まあ、その白々しい笑い方より数倍ましですが」
「酷い」
自覚はあるけれど、キッパリ言われると傷付く。
モクレンと入れ替わるように移動したシオンが、少年を抱え上げながら振り向いた。
「ちょうどよかった。僕はフィソーロ本部にこいつを連れて行くから、そっちは頼んだ」
「元よりそのつもりだったから構わないが、シオンこそ一人で大丈夫なのか?」
「問題ない。歓迎会の主役が全員消えるわけにはいかないだろう? あっちはツバキ達に任せる」
それだけ言い捨てると、彼はさっさと行ってしまった。
荷物のように担ぎ上げられた少年の白髪がシオンの背中で揺れ、何とも言えず間抜けな光景だ。
「では我々は、屋敷に戻りましょう」
「え? キャッ!」
いつかのように軽々と横抱きにされ、シルフィアは小さく悲鳴を上げた。
恥ずかしい気持ちはあるが、先ほどの少年の処遇を思えば丁重に扱われているとも感じる。
とても、大切にされている。
屋敷は引き続き使用人が少ない状態だった。誰ともすれ違うことなく、モクレンは大広間に進む。
ランの治療の時と同じソファに、そっと下ろされた。
次の瞬間には整った顔が間近に迫ってきたために、シルフィアは慌ててそっぽを向く。
「……傷の状態を診たいのですが?」
文句を言いたい気持ちは分かる。
けれど患部が頬なので、どうしたって距離が近すぎるのだ。銀縁眼鏡越しに見つめられれば心臓が震えてしまう。
シルフィアは赤くなった頬に気付かれまいと、わざと明るい声を出した。
「心配することないわ。この程度のかすり傷、治療せずとも自然に治ってしまうわよ」
その、強がりがよくなかった。
モクレンの手の平が頬に触れ、強引に正面を向かされる。触れ方に傷への配慮は窺えるものの、不穏な気配を察して身をすくめた。
「モ、モクレン?」
彼の目は、完全に据わりきっていた。
「ーーこれ以上自分を大切にしない言葉を吐くなら、その唇を塞ぎます」
どすの効いた声で脅されたシルフィアは、ひたすら頷くしかなかった。
どのような手段を用いて唇を塞ぐ気なのか、今は聞いてはいけないと本能が告げている。
素直に任せれば、モクレンの怒りも収まった。丹念に傷を診てから消毒し、頬に大きめのガーゼをあてられる。
夜会の間もずっと治療道具を持ち歩いていたのかという素朴な疑問が喉元まで出かかったが、そこはさすがに空気を読んだ。
「手の平も見せてください」
「は、はい」
言われるがままに両手を差し出す。
慣れない戦闘のため、まめが潰れ皮膚がめくれていた。
「足は、大丈夫でしょうね?」
「もももちろんよ。ヒールが低く軽くて足に馴染むものを、エニシダが選び抜いてくれたおかげね」
ビクビクしながら問題ないと答えるも、彼の不機嫌さが一層増したような気がした。もはや何が地雷なのかサッパリ分からない。
しばらく黙っていた彼が、ふと呟いた。
「俺に、あなたの治療をさせないでください」
「え?」
医者という仕事に誇りを持っているモクレンの発言とは思えず、つい聞き返してしまう。
彼はひどく辛そうな、自分こそ痛そうな顔をしていた。
「見ていられないんです、あなたが苦しむ姿を」
「ーーーー」
シルフィアはその台詞を、前世のどこかでも聞いたことがあるような気がした。
そうあれは、フィソーロで乱闘を収めた時。
当時はクシェル自身血の気も多かったため、怪我なんてしょっちゅうだった。
ボロボロで帰るたび、幼いモクレンはどこかから救急箱を取り出し、うんざりとため息をつくのだ。
放っておけば治ると豪語する養い親に呆れつつ治療をやめない少年に対し、言ったことがある。
『お前、こういうの向いてるかもな』
『はい?』
包帯を巻く手を止める少年に、クシェルは笑った。
『モクレン頭いいしさ、医者を目指せよ。お前ならどんな病気もパパッと治しちまいそうだ』
モクレンは無責任さに呆れ、白けた顔で作業に戻る。
『パパッとなんて、不謹慎ですよ。簡単に病気が治らないからみんな不安だし、苦しんでいるのに』
『そうか? でもお前って変な説得力があるから、その顔で大丈夫って言われれば本当に大丈夫な気がしてくるぞ』
『そんな単純な人間はあなただけでしょう』
小生意気な態度を取っていても、その皮肉が照れ隠しであることくらい分かる。
こっそり忍び笑うクシェルに、モクレンは顔を上げないまま口を開いた。
『俺はただ……黙って見ていられないだけですから。あなたが、苦しむ姿を』
『なら、やっぱり向いてると思うけどなぁ』
『あなたという人は本当に……』
幼い頃の顔が、今のモクレンと重なっていく。
ーーああ。私はずっと守られていたんだわ……。
我がことのように苦しむ姿を、堪らなく愛しく思った。
「ごめんなさい……私は前世から、ずっとあなたに迷惑をかけてばかりだったのね」
胸が詰まって、心からの悔恨がこぼれ落ちる。
それでも彼の表情は和らがない。むしろ、一層悔しそうに眉を寄せた。
「迷惑だなんて、ボスの時だって一度も思ったことはありません。俺がこうして心配することさえ、あなたにとっては重荷なんですか?」
「そんなこと、」
「俺が勝手にあなたを想っているだけです。ましてや今のあなたは、か弱い女性だ」
「ーーえ?」
「……あ」
勢いで口走ってしまったのか、なぜか彼自身まで目を丸くしている。
半ば呆然としながらしばらく見つめ合っていると、モクレンの顔が急激に赤くなった。
シルフィアも頬を染め、ウロウロと視線を彷徨わせる。
「あの、その、えぇと。……私のこと、女性だと思ってくれているの?」
戦闘で傷だらけのシルフィアのどこを指してか弱いと言えるのか果てしなく疑問だが、嬉しかった。
彼にはみっともないところを何度も見せている。前世のことも、知っているはずなのに。
抑えきれない気持ちが込み上げた。
「……私、あなたがどう思っているかって、ずっと怖かった。私の前世は男性で、あなたにとっては養い親で……」
俯くと、ほどけた髪が肩を滑り落ちる。
狭くなった視界の中、モクレンが硬くこぶしを握った。
「理解、しているつもりです。あなたの前世はボスだ。ちゃんと分かってる。ですが俺にとって、それでもあなたはやはり女性なんです」
彼は困惑からか、やや荒々しく息をついた。
その吐息が熱を帯びていて、シルフィアもつられるように体温が上がっていく。
「もうずっと前から、あなたを女性として意識していました。折れそうに細く、陽だまりに咲く花のように可憐で、そのくせ少しばかり口が悪くて。けれど、あなたほど他者を思いやる人を俺は知らない。そのせいで無茶ばかりですが、そんなあなただからこそ、俺はーー……」
不器用に、けれど懸命に言葉を紡ぐ彼が愛しい。
一瞬ごとに『好き』が膨らんでいく。
美形を物陰から観賞している時の興奮とは、まるで違う。別次元の愛おしさ。
モクレンの手が、シルフィアの指先に触れた。
医療行為の際は微塵も躊躇わなかったのに、拒絶を恐れるかのように弱い力で。
同時に、彼の顔がグッと上がる。
ひた向きな緑の瞳は熱く潤んでいた。
「『クシェル』も『シルフィア』も、俺にとっては関係ない。危なっかしくて目が離せなくて、誰よりも側にいたいと願ってしまうのはーー今目の前にいるあなただけだ」
「モクレン……」
胸が一杯になり、少し冷たい手を強く握り返す。
彼は僅かに目を見開いたけれど、次の瞬間には笑顔になった。どこか泣きそうな笑みだった。
「身の程は、わきまえているつもりでした。けれど俺は、どうしたってあなたが愛しいんです。シルフィア様……」
噛み締めるように告げられた愛の言葉に、今度はシルフィアが瞠目する番だった。
令嬢に相応しくなかったと慌てて誤魔化すも、モクレンは呆れたように嘆息する。
「人の顔を見るなり『うげっ』とは何ですか。まあ、その白々しい笑い方より数倍ましですが」
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「ちょうどよかった。僕はフィソーロ本部にこいつを連れて行くから、そっちは頼んだ」
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「問題ない。歓迎会の主役が全員消えるわけにはいかないだろう? あっちはツバキ達に任せる」
それだけ言い捨てると、彼はさっさと行ってしまった。
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「では我々は、屋敷に戻りましょう」
「え? キャッ!」
いつかのように軽々と横抱きにされ、シルフィアは小さく悲鳴を上げた。
恥ずかしい気持ちはあるが、先ほどの少年の処遇を思えば丁重に扱われているとも感じる。
とても、大切にされている。
屋敷は引き続き使用人が少ない状態だった。誰ともすれ違うことなく、モクレンは大広間に進む。
ランの治療の時と同じソファに、そっと下ろされた。
次の瞬間には整った顔が間近に迫ってきたために、シルフィアは慌ててそっぽを向く。
「……傷の状態を診たいのですが?」
文句を言いたい気持ちは分かる。
けれど患部が頬なので、どうしたって距離が近すぎるのだ。銀縁眼鏡越しに見つめられれば心臓が震えてしまう。
シルフィアは赤くなった頬に気付かれまいと、わざと明るい声を出した。
「心配することないわ。この程度のかすり傷、治療せずとも自然に治ってしまうわよ」
その、強がりがよくなかった。
モクレンの手の平が頬に触れ、強引に正面を向かされる。触れ方に傷への配慮は窺えるものの、不穏な気配を察して身をすくめた。
「モ、モクレン?」
彼の目は、完全に据わりきっていた。
「ーーこれ以上自分を大切にしない言葉を吐くなら、その唇を塞ぎます」
どすの効いた声で脅されたシルフィアは、ひたすら頷くしかなかった。
どのような手段を用いて唇を塞ぐ気なのか、今は聞いてはいけないと本能が告げている。
素直に任せれば、モクレンの怒りも収まった。丹念に傷を診てから消毒し、頬に大きめのガーゼをあてられる。
夜会の間もずっと治療道具を持ち歩いていたのかという素朴な疑問が喉元まで出かかったが、そこはさすがに空気を読んだ。
「手の平も見せてください」
「は、はい」
言われるがままに両手を差し出す。
慣れない戦闘のため、まめが潰れ皮膚がめくれていた。
「足は、大丈夫でしょうね?」
「もももちろんよ。ヒールが低く軽くて足に馴染むものを、エニシダが選び抜いてくれたおかげね」
ビクビクしながら問題ないと答えるも、彼の不機嫌さが一層増したような気がした。もはや何が地雷なのかサッパリ分からない。
しばらく黙っていた彼が、ふと呟いた。
「俺に、あなたの治療をさせないでください」
「え?」
医者という仕事に誇りを持っているモクレンの発言とは思えず、つい聞き返してしまう。
彼はひどく辛そうな、自分こそ痛そうな顔をしていた。
「見ていられないんです、あなたが苦しむ姿を」
「ーーーー」
シルフィアはその台詞を、前世のどこかでも聞いたことがあるような気がした。
そうあれは、フィソーロで乱闘を収めた時。
当時はクシェル自身血の気も多かったため、怪我なんてしょっちゅうだった。
ボロボロで帰るたび、幼いモクレンはどこかから救急箱を取り出し、うんざりとため息をつくのだ。
放っておけば治ると豪語する養い親に呆れつつ治療をやめない少年に対し、言ったことがある。
『お前、こういうの向いてるかもな』
『はい?』
包帯を巻く手を止める少年に、クシェルは笑った。
『モクレン頭いいしさ、医者を目指せよ。お前ならどんな病気もパパッと治しちまいそうだ』
モクレンは無責任さに呆れ、白けた顔で作業に戻る。
『パパッとなんて、不謹慎ですよ。簡単に病気が治らないからみんな不安だし、苦しんでいるのに』
『そうか? でもお前って変な説得力があるから、その顔で大丈夫って言われれば本当に大丈夫な気がしてくるぞ』
『そんな単純な人間はあなただけでしょう』
小生意気な態度を取っていても、その皮肉が照れ隠しであることくらい分かる。
こっそり忍び笑うクシェルに、モクレンは顔を上げないまま口を開いた。
『俺はただ……黙って見ていられないだけですから。あなたが、苦しむ姿を』
『なら、やっぱり向いてると思うけどなぁ』
『あなたという人は本当に……』
幼い頃の顔が、今のモクレンと重なっていく。
ーーああ。私はずっと守られていたんだわ……。
我がことのように苦しむ姿を、堪らなく愛しく思った。
「ごめんなさい……私は前世から、ずっとあなたに迷惑をかけてばかりだったのね」
胸が詰まって、心からの悔恨がこぼれ落ちる。
それでも彼の表情は和らがない。むしろ、一層悔しそうに眉を寄せた。
「迷惑だなんて、ボスの時だって一度も思ったことはありません。俺がこうして心配することさえ、あなたにとっては重荷なんですか?」
「そんなこと、」
「俺が勝手にあなたを想っているだけです。ましてや今のあなたは、か弱い女性だ」
「ーーえ?」
「……あ」
勢いで口走ってしまったのか、なぜか彼自身まで目を丸くしている。
半ば呆然としながらしばらく見つめ合っていると、モクレンの顔が急激に赤くなった。
シルフィアも頬を染め、ウロウロと視線を彷徨わせる。
「あの、その、えぇと。……私のこと、女性だと思ってくれているの?」
戦闘で傷だらけのシルフィアのどこを指してか弱いと言えるのか果てしなく疑問だが、嬉しかった。
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抑えきれない気持ちが込み上げた。
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俯くと、ほどけた髪が肩を滑り落ちる。
狭くなった視界の中、モクレンが硬くこぶしを握った。
「理解、しているつもりです。あなたの前世はボスだ。ちゃんと分かってる。ですが俺にとって、それでもあなたはやはり女性なんです」
彼は困惑からか、やや荒々しく息をついた。
その吐息が熱を帯びていて、シルフィアもつられるように体温が上がっていく。
「もうずっと前から、あなたを女性として意識していました。折れそうに細く、陽だまりに咲く花のように可憐で、そのくせ少しばかり口が悪くて。けれど、あなたほど他者を思いやる人を俺は知らない。そのせいで無茶ばかりですが、そんなあなただからこそ、俺はーー……」
不器用に、けれど懸命に言葉を紡ぐ彼が愛しい。
一瞬ごとに『好き』が膨らんでいく。
美形を物陰から観賞している時の興奮とは、まるで違う。別次元の愛おしさ。
モクレンの手が、シルフィアの指先に触れた。
医療行為の際は微塵も躊躇わなかったのに、拒絶を恐れるかのように弱い力で。
同時に、彼の顔がグッと上がる。
ひた向きな緑の瞳は熱く潤んでいた。
「『クシェル』も『シルフィア』も、俺にとっては関係ない。危なっかしくて目が離せなくて、誰よりも側にいたいと願ってしまうのはーー今目の前にいるあなただけだ」
「モクレン……」
胸が一杯になり、少し冷たい手を強く握り返す。
彼は僅かに目を見開いたけれど、次の瞬間には笑顔になった。どこか泣きそうな笑みだった。
「身の程は、わきまえているつもりでした。けれど俺は、どうしたってあなたが愛しいんです。シルフィア様……」
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