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第18話
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連続通り魔の犯人が因縁の相手だと分かった時。
シルフィアは混乱と恐怖に陥り、どう対処すべきか全く分からなかった。
クシェルの頃は、堂々と正面から迎え撃退していた。
けれど今世では子爵令嬢の身分に縛られ滅多なことができないし、何より親に恵まれているのだ。
惜しみなく愛を注いでくれる父クロードがいるのに、自ら危険に飛び込むような真似はできない。
そんな中、モクレンとエニシダに真実を話した。
彼らは驚くほどすんなりと受け入れてくれた。
なのでシルフィアは、覚悟を決めた。
応接間には現在モクレンを始め、エニシダ、ユキノシタ、ツバキ、ユウガオ、そしてシオンが集まっている。彼らを召集したのはシルフィアだ。
集う面々をゆっくりと見回し、まずは口を開く。
「皆さま、本日は忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます。私の我が儘を叶えてくださったこと、感謝いたします」
シルフィアの挨拶を聞きながら、元養い子達は思い思いにくつろいでいた。
モクレンとユキノシタは行儀よく話を聞いており、エニシダはこちらに手を振っている。ツバキとユウガオは紅茶を飲みながら展開を見守り、シオンにいたってはのんびりと読書を楽しんでいた。
呼び出した目的を告げていないのだから、こんな反応も当然だろう。
内心頷いていると、なぜかモクレンの方が怒り出した。
「あなた方、気ままな性格を直せとは言いませんが、シルフィア様がお話なさろうとしているんですよ。少しは居ずまいを正したらどうですか」
彼はそのまま、隣席に鋭い眼光を向ける。
「特にエニシダ、あなたの態度は不遜です。馴れ馴れしく手を振らないでください」
「えー、俺とシルフィア嬢の仲なのにぃ?」
「誤解を招く物言いも不快です」
どう考えても読書中のシオンが一番問題なのに、なぜエニシダに矛先が向くのか。
やはり貴族と養子縁組をしているため、注意しづらいのだろうか。
ーーというか、久々に義兄弟が集まっているのに、意外と淡白なのね……。
成人すればそんなものかもしれないが、元養い親としては少し寂しい。
ツバキの視線が、ふとシルフィアを向いた。
「珍しいね。モクレンとエニシダがそんなにむきになるなんて。それほどシルフィア様が魅力的ということかな?」
「魅力的だなんて、そんな」
パチリと片目をつむるツバキは、おどけていても王子様にしか見えない。優雅で自信に溢れた笑みを向けられ、ついうっとりとしてしまう。
そんなやり取りに厳めしい顔付きで割り込んだのは、彼女の夫であるユウガオだった。
ツバキの視線を遮るよう、前のめりになっている。
「ユウガオ?」
「むぅ……」
不思議そうに首を傾げる彼女に対し、ユウガオは腕を組んだまま目も合わせようとしない。
ツバキは困ったような、それでいてどこか甘さのにじむ笑みを浮かべた。
「馬鹿だな。私にとって愛しい人はユウガオだけだよ。あなた以外男だと思えないようにね」
「うむ……」
「それでも、嫉妬をしてくれたことが嬉しいんだよ。私は幸せ者だね」
人目も憚らず愛を囁かれ、ユウガオは安心したように腰を落ち着けた。終始無表情のままながら、どうやら嫉妬は収まったようだ。
子どもの頃に比べユウガオの口数がさらに減っていないかとか、なぜそれで会話が成立しているのかとか、疑問は多々あるけれど。
「うぅっ……耽美……! 男装の麗人ツバキが自分より大柄で筋肉質なユウガオを振り回しているこの感じ……! 萌えがほとばしって大渋滞よぉぉ!」
シルフィアは、震え悶えていた。
一人なら絶叫しているところだが、必死に声を抑えて自分を戒める。
今本性をさらしてしまえば色々何かが終わる。それくらいは分かる。
理性を総動員しているシルフィアに気付いているのは、モクレンくらいだった。
「……へぇ。その分野まで網羅してるんですね」
彼の冷たい呟きに、少しだけ冷静になれた。
こっそり額の汗を拭う。危うく顔面崩壊するところだ。
「か、歓談なさっているところ悪いけれど、ここからは真面目な話をさせていただくわ。連続通り魔事件の犯人、そしてその捕縛について」
最も不真面目だったくせに、シルフィアはそれらしく表情を引き締める。
モクレンの物言いたげな視線など無視だ。
通り魔事件解決のために王都から派遣されている騎士の面々が、雰囲気を変えた。
「あなたが事件を調べているというのは、本当だったのだね。ご領主様もさぞご心配だろうに」
「父には……これから話す内容は秘密にしてほしいの。もちろんミーナ、あなたもね」
気配を潜め控えていた専属メイドにも、あらかじめ釘を刺しておく。
直接注意されたことはないが、常に行動を共にするミーナから最近の行動について報告が上がっているはずだ。
父が多めに見ているのは、ひとえにモクレンの存在があるからと、愛娘の冒険心もいずれは冷めると高をくくっているから。
けれど今回火災現場に遭遇し、また我が身を顧みない行動を取ってしまった。
おそらく今後は、外出にも制限が設けられるようになる。そうなれば、犯人と接触する機会もおのずと減ってしまうはずだ。
迅速な解決のためなら、なりふり構っていられない。何にでもすがる。
シルフィアは、かつての養い子達に話せる範囲で事情を打ち明け、頼る覚悟を決めた。
モクレンとエニシダも、片や嬉々として、片や渋々とだが認めてくれた。
彼らは今も静かに見守ってくれている。
背中を押された気持ちになって、シルフィアは真っ直ぐ顔を上げた。
「理由は分からないわ。もしかしたら、ロントーレ子爵家への恨みによるのかもしれない。けれど一連の事件、犯人の狙いはーーおそらく私よ」
さすが修羅場になれているのか、ほとんどの面々は表情を動かさない。
ユキノシタだけが、驚愕に顔を強ばらせている。
しばしの沈黙のあと、ツバキが手を上げた。
「それは理屈に合わないな。ならばなぜ、犯人はシルフィア様じゃなく街の人を襲ったんだい?」
そこは突かれるだろうと分かっていたので、事前に答えを用意していた。
「私は通り魔事件が起きる以前、滅多に屋敷から出なかったの。もしかしたら誘き出すため、街の人々を無差別に攻撃していったのかもしれないわ」
「なるほどね……。やり口はずいぶん遠回りだけれど、一応筋は通っている、か」
ツバキは顎に手を当て、一応は納得を見せる。
するとユキノシタが、おずおずと口を開いた。
「あの、でしたら尚更、ご領主様に報告すべきではないでしょうか? ご領主様でしたら、シルフィア様の安全を計らってくださるでしょうし」
「それは……」
「ーー囮、か」
シルフィアが言い淀んだところで、穏やかな低音が室内に響く。温もりのない無機質な声。
「捕縛についてと言うからには、何らかの作戦があるんだろうと思っていた。それが自らを囮にすることだと、そういうことだろう?」
発言をしたのは、シオンだった。
以前朝食を共にした時もほとんど口を開かなかったため、まさか声が聞けるとは思わなかった。
しかもクロード不在のためか、取って付けたような敬語さえ消えている。
彼はうんざりした様子で本を閉じると、応接間に入ってから初めてシルフィアを視界に映した。
「忠告する。領主の娘という自覚があるなら、軽はずみな発言はしない方が身のためだ」
青色の冷たい眼差しに怯むことなく、シルフィアは顎を反らした。
「軽はずみなつもりは微塵もないわ」
「いいや、分かっているはずだ。危険な賭けだと」
シオンは話しにならないとばかりに首を振る。
まるで聞き分けのない子どもを相手にしているような仕草で、闘争心に火が点いた。
「私を安全な場所に避難させたところで、犯人が野放しでは犠牲者が増えるだけ。私を囮にすることが、民を守る最善の方法なのよ」
考えなしの発言ではないと分からせるため、噛み締めるようゆっくりと言葉を紡いでいく。
「けれど父はとても優しいから、領主として正しい選択であると理解していても、娘を差し出すことを躊躇うでしょう。だからこそ、私自身が声を上げるの。立ち上がるの」
シオンが僅かに瞠目する。
シルフィアは見せ付けるように、いっそ攻撃的な笑みを浮かべた。
「それに、私は危険な賭けだなんて思っていないわ。だってーー国王陛下が直々に派遣してくださったあなた方が、強くないはずないものね?」
領主の娘を無傷で守りきる自信がないのか、という紛うことなき挑発。
年下の少女とは思えない覇気をほのめかされ、歴戦の騎士達は揃って固唾を呑んだ。
けれど獰猛なそれは、シオンの魂のどこか懐かしい部分を、確かに揺さぶったのだった。
シルフィアは混乱と恐怖に陥り、どう対処すべきか全く分からなかった。
クシェルの頃は、堂々と正面から迎え撃退していた。
けれど今世では子爵令嬢の身分に縛られ滅多なことができないし、何より親に恵まれているのだ。
惜しみなく愛を注いでくれる父クロードがいるのに、自ら危険に飛び込むような真似はできない。
そんな中、モクレンとエニシダに真実を話した。
彼らは驚くほどすんなりと受け入れてくれた。
なのでシルフィアは、覚悟を決めた。
応接間には現在モクレンを始め、エニシダ、ユキノシタ、ツバキ、ユウガオ、そしてシオンが集まっている。彼らを召集したのはシルフィアだ。
集う面々をゆっくりと見回し、まずは口を開く。
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呼び出した目的を告げていないのだから、こんな反応も当然だろう。
内心頷いていると、なぜかモクレンの方が怒り出した。
「あなた方、気ままな性格を直せとは言いませんが、シルフィア様がお話なさろうとしているんですよ。少しは居ずまいを正したらどうですか」
彼はそのまま、隣席に鋭い眼光を向ける。
「特にエニシダ、あなたの態度は不遜です。馴れ馴れしく手を振らないでください」
「えー、俺とシルフィア嬢の仲なのにぃ?」
「誤解を招く物言いも不快です」
どう考えても読書中のシオンが一番問題なのに、なぜエニシダに矛先が向くのか。
やはり貴族と養子縁組をしているため、注意しづらいのだろうか。
ーーというか、久々に義兄弟が集まっているのに、意外と淡白なのね……。
成人すればそんなものかもしれないが、元養い親としては少し寂しい。
ツバキの視線が、ふとシルフィアを向いた。
「珍しいね。モクレンとエニシダがそんなにむきになるなんて。それほどシルフィア様が魅力的ということかな?」
「魅力的だなんて、そんな」
パチリと片目をつむるツバキは、おどけていても王子様にしか見えない。優雅で自信に溢れた笑みを向けられ、ついうっとりとしてしまう。
そんなやり取りに厳めしい顔付きで割り込んだのは、彼女の夫であるユウガオだった。
ツバキの視線を遮るよう、前のめりになっている。
「ユウガオ?」
「むぅ……」
不思議そうに首を傾げる彼女に対し、ユウガオは腕を組んだまま目も合わせようとしない。
ツバキは困ったような、それでいてどこか甘さのにじむ笑みを浮かべた。
「馬鹿だな。私にとって愛しい人はユウガオだけだよ。あなた以外男だと思えないようにね」
「うむ……」
「それでも、嫉妬をしてくれたことが嬉しいんだよ。私は幸せ者だね」
人目も憚らず愛を囁かれ、ユウガオは安心したように腰を落ち着けた。終始無表情のままながら、どうやら嫉妬は収まったようだ。
子どもの頃に比べユウガオの口数がさらに減っていないかとか、なぜそれで会話が成立しているのかとか、疑問は多々あるけれど。
「うぅっ……耽美……! 男装の麗人ツバキが自分より大柄で筋肉質なユウガオを振り回しているこの感じ……! 萌えがほとばしって大渋滞よぉぉ!」
シルフィアは、震え悶えていた。
一人なら絶叫しているところだが、必死に声を抑えて自分を戒める。
今本性をさらしてしまえば色々何かが終わる。それくらいは分かる。
理性を総動員しているシルフィアに気付いているのは、モクレンくらいだった。
「……へぇ。その分野まで網羅してるんですね」
彼の冷たい呟きに、少しだけ冷静になれた。
こっそり額の汗を拭う。危うく顔面崩壊するところだ。
「か、歓談なさっているところ悪いけれど、ここからは真面目な話をさせていただくわ。連続通り魔事件の犯人、そしてその捕縛について」
最も不真面目だったくせに、シルフィアはそれらしく表情を引き締める。
モクレンの物言いたげな視線など無視だ。
通り魔事件解決のために王都から派遣されている騎士の面々が、雰囲気を変えた。
「あなたが事件を調べているというのは、本当だったのだね。ご領主様もさぞご心配だろうに」
「父には……これから話す内容は秘密にしてほしいの。もちろんミーナ、あなたもね」
気配を潜め控えていた専属メイドにも、あらかじめ釘を刺しておく。
直接注意されたことはないが、常に行動を共にするミーナから最近の行動について報告が上がっているはずだ。
父が多めに見ているのは、ひとえにモクレンの存在があるからと、愛娘の冒険心もいずれは冷めると高をくくっているから。
けれど今回火災現場に遭遇し、また我が身を顧みない行動を取ってしまった。
おそらく今後は、外出にも制限が設けられるようになる。そうなれば、犯人と接触する機会もおのずと減ってしまうはずだ。
迅速な解決のためなら、なりふり構っていられない。何にでもすがる。
シルフィアは、かつての養い子達に話せる範囲で事情を打ち明け、頼る覚悟を決めた。
モクレンとエニシダも、片や嬉々として、片や渋々とだが認めてくれた。
彼らは今も静かに見守ってくれている。
背中を押された気持ちになって、シルフィアは真っ直ぐ顔を上げた。
「理由は分からないわ。もしかしたら、ロントーレ子爵家への恨みによるのかもしれない。けれど一連の事件、犯人の狙いはーーおそらく私よ」
さすが修羅場になれているのか、ほとんどの面々は表情を動かさない。
ユキノシタだけが、驚愕に顔を強ばらせている。
しばしの沈黙のあと、ツバキが手を上げた。
「それは理屈に合わないな。ならばなぜ、犯人はシルフィア様じゃなく街の人を襲ったんだい?」
そこは突かれるだろうと分かっていたので、事前に答えを用意していた。
「私は通り魔事件が起きる以前、滅多に屋敷から出なかったの。もしかしたら誘き出すため、街の人々を無差別に攻撃していったのかもしれないわ」
「なるほどね……。やり口はずいぶん遠回りだけれど、一応筋は通っている、か」
ツバキは顎に手を当て、一応は納得を見せる。
するとユキノシタが、おずおずと口を開いた。
「あの、でしたら尚更、ご領主様に報告すべきではないでしょうか? ご領主様でしたら、シルフィア様の安全を計らってくださるでしょうし」
「それは……」
「ーー囮、か」
シルフィアが言い淀んだところで、穏やかな低音が室内に響く。温もりのない無機質な声。
「捕縛についてと言うからには、何らかの作戦があるんだろうと思っていた。それが自らを囮にすることだと、そういうことだろう?」
発言をしたのは、シオンだった。
以前朝食を共にした時もほとんど口を開かなかったため、まさか声が聞けるとは思わなかった。
しかもクロード不在のためか、取って付けたような敬語さえ消えている。
彼はうんざりした様子で本を閉じると、応接間に入ってから初めてシルフィアを視界に映した。
「忠告する。領主の娘という自覚があるなら、軽はずみな発言はしない方が身のためだ」
青色の冷たい眼差しに怯むことなく、シルフィアは顎を反らした。
「軽はずみなつもりは微塵もないわ」
「いいや、分かっているはずだ。危険な賭けだと」
シオンは話しにならないとばかりに首を振る。
まるで聞き分けのない子どもを相手にしているような仕草で、闘争心に火が点いた。
「私を安全な場所に避難させたところで、犯人が野放しでは犠牲者が増えるだけ。私を囮にすることが、民を守る最善の方法なのよ」
考えなしの発言ではないと分からせるため、噛み締めるようゆっくりと言葉を紡いでいく。
「けれど父はとても優しいから、領主として正しい選択であると理解していても、娘を差し出すことを躊躇うでしょう。だからこそ、私自身が声を上げるの。立ち上がるの」
シオンが僅かに瞠目する。
シルフィアは見せ付けるように、いっそ攻撃的な笑みを浮かべた。
「それに、私は危険な賭けだなんて思っていないわ。だってーー国王陛下が直々に派遣してくださったあなた方が、強くないはずないものね?」
領主の娘を無傷で守りきる自信がないのか、という紛うことなき挑発。
年下の少女とは思えない覇気をほのめかされ、歴戦の騎士達は揃って固唾を呑んだ。
けれど獰猛なそれは、シオンの魂のどこか懐かしい部分を、確かに揺さぶったのだった。
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