上 下
14 / 30

第14話

しおりを挟む
 客人がいることでお説教は免れたものの、父に無言で強く抱き締められ胸が痛くなった。
 クロードより先に逝けば、こんなに親不孝なことはない。改めて、生きていてよかったと実感する。
 歓迎会はまた後日行うとして、まずは朝食だ。
 バターがたっぷり使われたクロワッサンにデザートのプリンまで付いた、いつもより豪華な食卓を囲む。
 いつもは父と二人なのでマナーもそれほど厳しくないが、今日は慎重にナイフとフォークを動かす。
 面積のおよそ六割が牧草地であるのどかなロントーレ領とはいえ、対外的には子爵令嬢だ。
 シルフィアの振る舞いによって父に恥をかかせるわけにはいかない。
 ーーしかし、何でよりにもよって、ユウガオとツバキとシオンなんだよ……。
 互いに自己紹介は済ませているから人違いはあり得ない。間違いなく、かつての養い子達だった。
「彼らはこの街の出身らしくてね。今回の事件にも、ずいぶん心を痛めてくださっているんだ」
「そうなのですね」
 嬉しそうに笑う父に、シルフィアは形式的な態度を崩さず微笑んだ。正直まだ戸惑いが強く、どんな顔をすればいいのか分からない。
 チラリと、はす向かいに座るツバキを盗み見た。
 青灰色の髪は短く切り揃えられ、凛とした雰囲気と華やかさを併せ持っている。父への受け答えにも如才がない。
 うっとりするほど端麗な、乙女が夢見る理想の騎士の体現。むしろ王子様。
 それを体現したような彼女が女性だと、果たして父は気付いているのだろうか。
 家名が一緒であることに不思議そうな顔をしたクロードへも、義理の兄弟だからという説明で済ませていた。
 義理の兄弟でもあるが、れっきとした夫婦でもある。そのため家名が同じなのだと言えばいいのに。
 何となく、手間を省いているのではと思った。
 この国では同性婚が許可されていないため、夫婦と明かせばまずツバキが女性であることを驚かれたはずだ。好奇の視線にさらされることもあったかもしれない。
 そんなことを毎回繰り返していれば、いい加減煩わしくもなるだろう。
 そのため訂正せず誤解は放置、親しい者以外には結婚をしている事実も伏せるというやり方が定着していったのかもしれない。
 ーー昔はユウガオのあとをついて回る、か弱い女の子だったのに。変われば変わるもんだよな……。
 どちらかというと王子と騎士にしか見えない組み合わせだが、時折交わされる視線が何とも甘い。
 本人達が幸せそうで何よりだ。
 そして、誰より変化に驚いたのはシオンだった。
 末っ子で、他の養い子達の二歳下。五歳の可愛い盛りだった。甘えん坊で素直で愛らしく、いつもクシェルの腕の中にいた気がする。
 そんな天使が、世界の全てを否定するような暗い瞳をしているのだ。まだ二十一歳だというのに、彼の人生に一体何があったのか。
 もう一つシオンについて驚いたのが、家名が変わっていたことだった。
 騎士としての優秀さを認められ、ララフェル男爵家の養子となったらしい。
 なので今の彼は、シオン・ララフェルという。
 貴族に引き立てられるには、相応の実力と容姿、教養が必要だ。元養い親として誇らしく思ってもいいだろう。
 けれどシオンに関しては、とても楽観的に喜ぶ気にはなれなかった。
 身を削るような無理を重ねたのではと考えてしまうのは、憂いを帯びた青い瞳のせいだろうか。
 じっと見つめすぎていたせいだろうか、彼がおもむろに顔を上げた。
「何か?」
「あ……申し訳ございません。きっととてもお強いのだなと、思っておりましたの。騎士に選ばれるには大変な試練があると聞きます。ぜひ詳しくお伺いしたいわ」
「別に、聞いて楽しいものではありませんよ」
 主人の愛娘があまりに素っ気なく一刀両断され、一瞬で空気が凍る。
 沈黙が下りたものの、その後クロードとツバキが上手く場を和ませたおかげで悲惨な朝食とならずに済んだ。
 ーーやっぱり、絶対おかしいだろ……。
 前世は前世だと理解しているものの、シルフィアにはやはり放っておけなかった。

   ◇ ◆ ◇

 数日後。シルフィアはミーナを伴って南街区の孤児院を訪れていた。前回子ども達と約束した通り、お土産にたくさんの揚げパン持って。
 急な訪問にもかかわらず、ユキノシタは笑顔で迎えてくれた。揚げパン目当ての子ども達も。
 庭でボール遊びをする元気な姿を眺めながら、並んで日当たりのいいベンチに座る。
「と、いうことがあったのよ……」
 シルフィアが話しているのは、先日のモクレンの態度についてだ。
 朝食を終え屋敷を辞そうとする彼を引き留め、シオンがあそこまで変わってしまった原因を知らないか質問した。
 するとモクレンは、なぜか突然不機嫌になったのだ。
 その上苦々しい顔で重ねて忠告をされた。『エニシダとシオンにはくれぐれも近付くな』と。
 忠告を忘れていないからこそ、モクレンに聞いたのだ。そうでなければ回りくどいことなどせず、本人を捕まえ直接確かめている。
 屋敷に滞在しているシオンと、極力接触しないようにさえしているのに。
 シルフィアがなぜ、素直に彼の忠告に従っているのか分かっていないのか。
「モクレンはなぜあそこまで怒ったのかしら。義理の兄弟なら、もう少しくらい色々教えてくれてもいいのに」
「モクレンのことですから、きっと何か僕達が考えもしないような深慮があるのでしょう」
 くだらない愚痴を延々聞かされても、ユキノシタは穏やかに微笑んでいる。
 シルフィアは少し恥ずかしくなって、ここに来た大義名分を伝えた。
「ユキノシタ様も、ツバキ様達と一緒に育ったのよね。彼らが当家にいること、ご連絡差し上げた方がいいかと思って今日はお邪魔させてもらったの」 
「そうだったのですね。それは、教えていただいて嬉しいです。シルフィア様のご配慮に感謝いたします」
 伝えようとは思ったが、それだけが理由ではない。何より、ユキノシタに会いたかったのだ。
 子ども達の高らかな笑い声、ポカポカの日差し。そして隣には、癒し系美形。
 ーーああ。癒ししかないわ……。
 目が合うと、彼は優しい笑みを浮かべる。淡い春空のような瞳とふんわりした雰囲気は、何と心安らぐものか。
 締まりのない笑顔をへろりと返しながら、シルフィアは礼を口にした。
「愚痴を聞いてくれて、ありがとうございました。ユキノシタ様は聞き上手ね。やはり、神父様だからかしら?」
「あなたのお話がとても面白いから、聞いているだけで楽しいのですよ」
「まあ、女性の扱いもお上手なのね」
「シ、シルフィア様、からかわないでくださいよ」
 頬を赤らめて慌てるユキノシタに、シルフィアはおかしくなって吹き出した。
 彼も冗談だと気付いたのか、フッと笑い出す。
 しばらく二人でクスクスと笑い合った。
「そうだわ。今度、騎士様方の歓迎パーティが行われることになっているの。よかったら、子ども達と一緒にいらっしゃってください」
 シオンは養子だが、ララフェル男爵家の正統な後継者らしい。任務でロントーレに来ているとはいえ、貴族として相応に扱わねばならない。
 待遇をおろそかにできないと、現在は家をあげてパーティの準備に追われていた。
 名案だと思ったのに、ユキノシタは困惑している。
「ですが、子ども達は礼儀作法など全く……」
「歓迎の歌を演奏するのはどうかしら? ちょうど何か、余興でもあればと考えていたの。そうすれば、気兼ねなく食事ができるでしょう?」
 もちろん子ども達の希望が最優先だが、ツバキ達も堅苦しい席にするより楽しめるだろうと思ったのだ。
 孤児院をなかなか空けられないユキノシタも、義兄弟達とゆっくり過ごせる。
 参加者が増えることによってシオンやツバキとの接触が減り、前世がばれる可能性も低くなる。
 我ながらいいことずくめの作戦だ。
 その時玄関から、駕籠を担いだクチナシがやって来た。
「いいなぁ。俺も料理人の端くれ。上流階級の料理ってやつを味わってみたいぜ」
「あらクチナシ、こんにちは」
 ドサリと下ろした駕籠の中には、土の付いた野菜がたくさん詰まっている。
 どうやら店で余った食材を、こうして定期的に分けに来ているらしい。エニシダといい、養い子達はとても優しく育っているようだ。
 こっそり感動している間に、ユキノシタとクチナシの歯に衣着せない会話が弾んでいく。
「クチナシ、突然会話に交ざるのは無作法ですよ。それにあなたでは出席する理由がないでしょう。ツバキ達が帰って来ているらしいので、会いたい気持ちは分かりますが」
「おお、あいつら今こっちに帰ってるのか。そりゃますます顔出してぇな。そうだ。何なら俺が当日の料理を作ればいいんじゃないか?」
「そもそも上流階級の料理を食べたことがないから、こういう話になっているんでしょう」
「あ、そうだった」
 二人のとぼけたやり取りを聞いていると、身分など関係なかった前世を思い出す。
「ーープッ、」
「シルフィア様?」
「ご、ごめんなさい……フフッ、アハハハハッ!」
 先刻まで胸にわだかまっていた些細な憂鬱も、いつの間にか消えてなくなっている。
 シルフィアの笑い声が、青空に吸い込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

悪役令嬢に転生―無駄にお色気もてあましてます―

朝顔
恋愛
現実世界では男だったが、乙女ゲームの悪役令嬢の子供時代に転生してしまう。 今度こそは、好きなように生きて、穏やかで平和な一生を送りたいと願うが、思いとは逆の方向へ。 転生した悪女は脇役のお色気担当!恋愛なんて考えられないのに、体はだけは豊満に育ってしまう。 ノーマークだった、攻略対象の王子から求婚され、ドタバタしながらも、幸せなハッピーエンドを目指して頑張るお話。 シリアスは少なめ、ギャグよりです。 糖度は高めを目指しております。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

処理中です...