2 / 2
絵描きの海(ト書き)
しおりを挟む私は、一人で、海辺に居る。
私の前には、キャンバスが在った。
私は、一心不乱に、絵を描き付けている。
何を描いていると思う?
ある日、私の元に、一人の『大人』が訪れた。
大人「やぁ」
私「こんにちは」
大人「海を、描いてるの?」
私「はい。毎日、この場所で」
大人「真っ青、だね」
私「海、ですから」
大人「なぜ、絵の中に、誰も、人を描かないの?」
私「海を、描きたいので」
大人「そう」
私「絵を見てくれて、ありがとうございます。
お礼に、あなたを描きましょう」
私は、バッグから、スケッチブックを取り出し、『大人』の姿を、さらさらと描き付けた。
私「描けました」
大人「似てるね」
私「気に入ったなら、差し上げます」
大人「ありがとう」
私は、スケッチブックを一枚破り、『大人』に渡した。
『大人』は、礼を言って、帰って行った。
別の日。
私の元に、『老人』が訪れた。
老人「よう」
私「こんにちは」
老人「海を、描いておるのか?」
私「はい。毎日、この場所で」
老人「真っ青、じゃな」
私「海、ですから」
老人「なぜ、絵の中に、誰も、人を描かんのじゃ?」
私「海を、描きたいので」
老人「そうか」
私「絵を見てくれて、ありがとうございます。
お礼に、あなたを描きましょう」
私は、バッグから、スケッチブックを取り出し、『老人』の姿を、さらさらと描き付けた。
私「描けました」
老人「よう似ておるのう」
私「気に入ったなら、差し上げます」
老人「ありがとうよ」
私は、スケッチブックを一枚破り、『老人』に渡した。
『老人』は、礼を言って、帰って行った。
又、別の日。
私の元に、『子供』が訪れた。
子供「やぁ」
私「こんにちは」
子供「海を、描いてるの?」
私「うん。毎日、この場所で」
子供「青い、ね」
私「海、だから」
子供「どうして、この絵の中には、誰も、人が居ないの?」
私「海を、描きたいから」
子供「何だか、絵が、寂しそうだよ?」
私「はは……代わりに、別の画用紙に、君を描いてあげる」
私は、バッグから、スケッチブックを取り出し、『子供』の姿を、さらさらと描き付けた。
私「描けた」
子供「似てるね」
私「気に入ったなら、あげる」
子供「ありがとう」
私は、スケッチブックを一枚破り、『子供』に渡した。
『子供』は、礼を言って、帰って行った。
又、別の日。
今日は、私を訪ねて来る者は、誰も居ない。
私は、一人、海を描き続けた。
ザザーン……
子供『絵が、寂しそう』
昨日の、『子供』の言葉が、思い出される。
それでも私は、ひたすら、青い色を塗り続けた。
ザザーン……
青い絵の具のチューブの、真ん中が凹む。
他の色の絵の具は、一向に減る気配が無い。
私は、バッグから、新しい青い絵の具を取り出そうとした。
バッグの陰から、何か、白いものが飛び出した。
「ん……?」
見ると、真っ白い、小さな亀だった。
白い亀は、私の足元に擦り寄ると、小さく鳴いた。
「キュウ」
白い亀は、キョトンとした顔で、私を見上げている。
「……ふ」
私は、少し戸惑ったが、すぐに、ふっと微笑んだ。
「キュウ」
白い亀は、椅子に座る私の膝の上に、おずおずと這い上がった。
「ふふ」
私は、笑って、亀の甲羅を、ふわりと撫でた。
「この私の、膝の上に乗るのか。
お前は、どこから来たんだい……?」
ザザーン……
私の問いかけは、引いて行く波の音に、掻き消された。
「……いいよ。ゆっくり、お休み」
甲羅を撫でられて、白い亀は、気持ち良さそうに、眠り出した。
私は、絵筆を止めて、ふと、今まで描いていた、青い海の、
遠い遠い、彼方を見遣った。
「……私は、何が、描きたかった?」
私は、自分の膝の上で眠る、真っ白い、小さな亀を、再び、見つめた。
「君は、海の……」
私は、真っ青なキャンバスの上に、
初めて、ぽたん、と、白い絵の具を垂らした。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
絵描きの静かな情熱ですね。