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豊玉宗匠の憂鬱
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ー 江戸 天然理心流 試衛館 ー
~ 1860年 11月 30日 ~
「う~む……梅、梅」
昼休み。
出稽古に出た勝ちゃんの文机を借り、俺は思索に耽っていた。
「土方さん、何してるの?」
「うおっ!」
惣次郎が、後ろから覗き込んで来た。
肩口から手が伸び、机の隅の半紙を掴む。
「何々、『下野紘之介、お悠衣の、俳人になろふの会』?」
見付かった……!
「こ、今月、句を募集しててだな……」
「へぇ、意外な趣味が、あったんだね。
とし君には」
「とし君言うな!」
「え~」
惣次郎は、ケラケラ笑っている。
あーもう、だからコイツには、知られたくなかったんだよ!
「冗談だってば。機嫌、直して下さいよ。
で、何で俳句を?」
「……俺の爺様が、詠んでたんだ。
義兄上も詠むぞ」
「彦五郎さんも。巧いの?」
「なぁに、そりゃあ、俺の方が……」
惣次郎が、机に広げた習作の中から、ぴらりと一枚を摘み上げる。
『梅の花 一輪咲いても 梅は梅 ― 豊玉 ― 』
「…………」
摘み上げた儘、絶句している。
何だ、その反応は。
「……何これ。しかも豊玉って」
「俺の俳号だ」
「うわ……」
「童にゃ、この深みは解んねぇよ」
「又、子供扱いする!」
ぷぅ、と頬を膨らます。そう言う所だよ。
「お茶が入りましたよ」
源さんが、お茶を運んで来てくれた。
玉露の良い香りがする。
「ねぇねぇ源さん、これ土方さn「だ――っ!」
隠そうとしたが、一足遅かった。
「…………」
源さんも、湯呑みを置く直前で固まっている。
だから何なんだよ、その反応は。
「……や、味わいがあって良いですな。
ほぉ~、梅の花。いやはや……」
物凄く気を遣われた気がする。
「姉上や、左之助さん達にも見せよう!」
「なっ!?」
おみつさんが見た日にゃ、腹抱えて笑いやがる。
原田なんざ「笑い過ぎて腹の古傷が開く」とか抜かすだろう。
「姉上~!
左之助さぁ~ん!」
「待て、こら!」
短冊を手に、道場中をドタドタと駆け回る惣次郎を、俺は必死に追い掛けた。
「只今、帰りました」
「あぁ、若先生、お帰りなさいませ」
「? 随分、騒がしい様ですが……
源さん、一体これは、何の騒ぎですか?」
「いや、惣次郎の奴が……申し訳有りません」
~ 1861年 3月 ~
「土方さん、暮れの句どうだった?」
「今日、この会報で発表だ」
惣次郎と二人、恐る恐る巻紙を開く。
ゴクリ……
『大賞
春日庵盛車』
「義兄上かよ!」
「形無しだね、豊玉先生……」
俺は、がっくりと肩を落とした。
『あっはっは、悪いね歳三、アタシが貰っちゃったよぉ~♪』
能天気な義兄上の声が、頭の中に鳴り響いた。
~ 1863年 1月 ~
俺達は浪士組として来月、京へ発つ。
「選には漏れたが、形にしたぞ、総司」
「何です?土方さん」
つ『豊玉発句集』(全41句 完全版)
「…………」
総司は、冊子をそっと閉じた。
せめて中身を見ろ。
「いいんですか?」
「何が?」
「私達が京で活躍して、
後々迄、伝わって、
土方さんを讃える館なんか出来て、
並べられるかもよ?
本の覆いになったりして」
「何だそりゃ。表紙とか、晒し者じゃねぇか」
「後世に残るかどうかは、我々次第」
勝ちゃんが、したり顔で腕を組む。
「いざ、京へ!」
「応!」
「「「俺達の戦いは、これからだ!!!」」」
~ 1860年 11月 30日 ~
「う~む……梅、梅」
昼休み。
出稽古に出た勝ちゃんの文机を借り、俺は思索に耽っていた。
「土方さん、何してるの?」
「うおっ!」
惣次郎が、後ろから覗き込んで来た。
肩口から手が伸び、机の隅の半紙を掴む。
「何々、『下野紘之介、お悠衣の、俳人になろふの会』?」
見付かった……!
「こ、今月、句を募集しててだな……」
「へぇ、意外な趣味が、あったんだね。
とし君には」
「とし君言うな!」
「え~」
惣次郎は、ケラケラ笑っている。
あーもう、だからコイツには、知られたくなかったんだよ!
「冗談だってば。機嫌、直して下さいよ。
で、何で俳句を?」
「……俺の爺様が、詠んでたんだ。
義兄上も詠むぞ」
「彦五郎さんも。巧いの?」
「なぁに、そりゃあ、俺の方が……」
惣次郎が、机に広げた習作の中から、ぴらりと一枚を摘み上げる。
『梅の花 一輪咲いても 梅は梅 ― 豊玉 ― 』
「…………」
摘み上げた儘、絶句している。
何だ、その反応は。
「……何これ。しかも豊玉って」
「俺の俳号だ」
「うわ……」
「童にゃ、この深みは解んねぇよ」
「又、子供扱いする!」
ぷぅ、と頬を膨らます。そう言う所だよ。
「お茶が入りましたよ」
源さんが、お茶を運んで来てくれた。
玉露の良い香りがする。
「ねぇねぇ源さん、これ土方さn「だ――っ!」
隠そうとしたが、一足遅かった。
「…………」
源さんも、湯呑みを置く直前で固まっている。
だから何なんだよ、その反応は。
「……や、味わいがあって良いですな。
ほぉ~、梅の花。いやはや……」
物凄く気を遣われた気がする。
「姉上や、左之助さん達にも見せよう!」
「なっ!?」
おみつさんが見た日にゃ、腹抱えて笑いやがる。
原田なんざ「笑い過ぎて腹の古傷が開く」とか抜かすだろう。
「姉上~!
左之助さぁ~ん!」
「待て、こら!」
短冊を手に、道場中をドタドタと駆け回る惣次郎を、俺は必死に追い掛けた。
「只今、帰りました」
「あぁ、若先生、お帰りなさいませ」
「? 随分、騒がしい様ですが……
源さん、一体これは、何の騒ぎですか?」
「いや、惣次郎の奴が……申し訳有りません」
~ 1861年 3月 ~
「土方さん、暮れの句どうだった?」
「今日、この会報で発表だ」
惣次郎と二人、恐る恐る巻紙を開く。
ゴクリ……
『大賞
春日庵盛車』
「義兄上かよ!」
「形無しだね、豊玉先生……」
俺は、がっくりと肩を落とした。
『あっはっは、悪いね歳三、アタシが貰っちゃったよぉ~♪』
能天気な義兄上の声が、頭の中に鳴り響いた。
~ 1863年 1月 ~
俺達は浪士組として来月、京へ発つ。
「選には漏れたが、形にしたぞ、総司」
「何です?土方さん」
つ『豊玉発句集』(全41句 完全版)
「…………」
総司は、冊子をそっと閉じた。
せめて中身を見ろ。
「いいんですか?」
「何が?」
「私達が京で活躍して、
後々迄、伝わって、
土方さんを讃える館なんか出来て、
並べられるかもよ?
本の覆いになったりして」
「何だそりゃ。表紙とか、晒し者じゃねぇか」
「後世に残るかどうかは、我々次第」
勝ちゃんが、したり顔で腕を組む。
「いざ、京へ!」
「応!」
「「「俺達の戦いは、これからだ!!!」」」
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