豊穣の雨

ももちよろづ

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豊穣の雨

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「わぁ……綺麗」

「良いでしょう、ここ」

秋の日。

僕は、保育士の先輩の子安さんと、近隣の公園へ、紅葉狩りに来た。



数日前。

『紅葉狩りに、行きませんか?』

『え、でも、その日は……』

彼は、うつむいて、逡巡しゅんじゅんした。

『子安さんと、行きたいんです』

『……分かった、行こうか』


「へへっ」

一面のあかの中で、はしゃぐ彼は、少年の様だ。

蛭子えびす君は本当、良い所知ってんな」

「穴場なんですよ」

「良いなぁ……今度、妻と来たいなぁ」

ちくり、と胸の痛みを感じる。


「ちょっと、座りましょうか」

「おう」

僕達は、空いているベンチに腰を下ろした。

「はい、これ、飲み物」

僕は、あらかじめ買っておいた、ペットボトルの水を差し出す。

「おぉ、有り難うな!

 でも俺、マイ水筒、持ち歩いてるから」

折角せっかく、用意したけれど、喉を潤す水は、足りている様だ。



「そうそう、俺、良い物、持って来たんだ」

そう言って、彼は、リュックから、

アルミホイルに包まれた、かたまりを取り出した。

「はい」

焼き芋だった。

「わぁ、有り難うございます。

 美味しそう」

「これ、うちのベランダで、育てたんだ。

 プチ家庭菜園、って言うの?」

それは、彼が一人で育てたんだろうか。

それとも、奥さんと二人で……

「春に、苗を植えといたんだ。

 順調に育ってさ。

 良い感じに、膨らんでるだろ?」

「……立派ですねぇ」



薩摩芋をかじると、自然な甘味が、口一杯に広がった。

彼も、はふはふと頬張っている。

穏やかな、良い時間だ。

彼は、隣に座る後輩が、自分に劣情を抱いているなんて、知りもしないだろう。

僕だって、生涯、言うつもりも無い。

でも、二人きりでこんな外に居ると、

つい、気持ちを口にしてしまいそうになる。



彼と出会ったのが、2021年。

彼から、保育士としての、色んな事を教わった。

いや、それだけじゃ無い。他にも、沢山。

あれから、もう、二年が経つ。

彼は、僕と初めて会った時には、もう、所帯を持っていた。

それでも、僕は、彼を――


「子安さん、僕……」

「ん?」


言うな。

言うな、僕。



蛭子えびす君、あのね。うちね、もうぐ」


聞こえない。


「お腹が、」


聞こえない。


「大きく」


聞きたくない。





紅い葉が一葉、


はらり、と舞い落ちた。

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