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サイコさんの噂
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むわりとした熱気と上履きのにおいが充満する下駄箱の間を抜け、靴を履き替えて外へ出る。昇降口を出た先には小さなタイル貼りのポーチと張り出した二階の床があり、それを二本の柱が支えていた。
宙夜は燈と共にその柱の陰に入り、そこで玲海を待つことにする。昇降口を出れば真っ先に目につく場所だから、ここなら玲海が気づかずに通りすぎるということもないだろう。
「ねえ、宙夜くん。最近、何だか凛ちゃんが変だと思わない?」
と、不意に燈がそんなことを尋ねてきたのは、二人の間にしばしの沈黙が落ちたあとのことだった。それを少し意外に思い、隣に佇む燈を見やる。
宙夜は元々沈黙がこたえる質ではないから、このまま玲海が来るまで待とうと思っていた矢先のことだった。燈は両手で持った鞄の取っ手に目を落とし、その横顔に少しだけ、何か思い詰めたような気配を滲ませている。
「……佐久川さんが? まあ、確かに最近少し様子がおかしいなとは思ってたけど」
「やっぱり、宙夜くんも?」
ぱっと顔を上げた燈の、日本人にしては色素の薄い瞳が宙夜を見上げた。宙夜は同じ年頃の男子の中では背が低い方だが、燈はそれよりもっと小柄だ。だから隣に立つと、燈の頭を華やがせているカチューシャの赤がよく見える。
「俺は玲海や千賀さんほど佐久川さんと親しくないから、断言はできないけど……佐久川さん、最近やけにスマホを気にしてるよね」
「うん、うん、そうなの。凛ちゃん、確かにSNSとか好きな方だけどね、前はあんな風にずーっとスマホばっかりいじってなかったんだよ。だからわたしちょっと心配で、何かあったの? って訊いてみたの。だけどすぐに笑って〝何でもないよ〟って言われちゃって……」
――絶対何でもなくないのに。しゅんと肩を落としながら、呟くように燈は言った。そう思いながらも、本人にはそれ以上突っ込んで尋ねることができなかったのだろう。何でもない、という言葉は、当たり障りのない返答であると同時にやわらかな拒絶だ。
「そのこと、玲海にも言ってみた?」
「うん。玲海ちゃんもそれとなく本人に訊いてみたけど、やっぱりはぐらかされたって。でもね、わたしこないだ見ちゃったんだ。凛ちゃんが一人で泣いてるの……」
「泣いてた?」
「うん……こないだね、わたし、凛ちゃんが学校のトイレに入ってくの見て、ちょっとイタズラしようって思ったの。凛ちゃん、最近何だか元気がないみたいだから、入り口のところで待ち伏せて〝わっ!〟ってびっくりさせようかなって。でも凛ちゃん、トイレに入ったままなかなか出てこなくって、もしかしたらお腹痛いのかもって心配になって。それで声をかけようと思って、わたしもトイレに入ったら――」
――一つだけ閉まったトイレの個室から、誰かの啜り泣く声が聞こえた。状況的に考えて、その個室にいたのは凛子以外考えられない。
燈は不安そうな横顔でそう言って、けれどそのときは声をかけられなかった、と小さく零した。泣いているのを盗み聞きしてしまったみたいで気が引けたのだろう。しかしやがて教室に戻ってきた凛子は痛々しいくらいにいつもどおりで、とてもトイレでのことを訊ける雰囲気ではなかったという。
「だからわたし、凛ちゃんが何か一人で悩んでるのかもって心配で……もしそうなら、相談に乗ってあげたいなって思うの。でも、凛ちゃんが誰にも言いたくないって思ってるなら、あんまりしつこく訊かれるのもイヤかなって思っちゃって……」
「そうだね……」
「宙夜くんならこういうときどうする? それでもやっぱりちゃんと訊いた方がいいって思う?」
急に予想もしていなかった相談を持ちかけられて、宙夜はしばし返答に困った。そもそもどうしてそんなことを自分に訊くのか、と逆に問い返したい気分だったが、従姉の友人を無下に扱うわけにもいかず、しばし考えたのちに口を開く。
「俺は、佐久川さんが自分から話してくれるまで待った方がいいと思う。本人が何でもないって言い張るなら、本当に何でもないことなのかもしれないし……それに、どうしても一人で抱えきれなくなったら、佐久川さんだって玲海や千賀さんを頼ると思うよ。二人が自分を心配してくれてることは、佐久川さんも分かってるはずだから」
どこからともなく響き始めたチャイムの音に押されて、昇降口からはたくさんの生徒が流れ出してくる。宙夜はその喧騒に目を向けながら、冷静に言葉を続けた。
「佐久川さんが二人に何も言わないのは、別に二人を信用してないからじゃなくて、二人ならきっと待っててくれると信じてるからじゃないのかな。だから自分は頼りにされてないとか力になれないとか、千賀さんがそんな風に思う必要はないと思う。たぶん千賀さんが思ってる以上に、佐久川さんも玲海や千賀さんのことを大事に思ってると思うよ」
だから……と言葉を続けようとして、宙夜はふと燈の方へ目をやった。
すると燈は何故か顔をうつむけて、何も言わずもじもじしている。その横顔が、心なしか赤い。
「……千賀さん?」
「えっ! あっ、ああああのっ、ごめんなさい! た、ただ、やっぱり宙夜くんに訊いてみて良かったなぁと思って……」
「俺に?」
「うん! あ、あの、これは玲海ちゃんも言ってたんだけどね、宙夜くんっていっつも一人でいるけど、ほんとは周りのみんなのことよく見てるでしょ? だから、その宙夜くんが言うならきっとそうなんだろうなぁって、何だかちょっと安心して……」
「いや、それはさすがに買いかぶりだと思うけど……」
「そ、そんなことないよぉ! だって宙夜くん、今もわたしの考えてたこと言い当てちゃうし!」
「それは千賀さんが分かりやすいからじゃないかな」
「えっ!? そ、そうかな……そうなのかな!? わ、わたしってそんなに分かりやすい!? ってことは、宙夜くんのことも……!?」
真っ赤になった顔を両手で挟み、燈はなおももじもじしていた。その目は何かを探すように足元のタイルの目をなぞっている。けれどそこにいるのは餌を求めてさまよう働きアリくらいだ。
ところが燈はそのアリの姿を目に留めるや否や、バッと顔を上げて宙夜を見つめた。
相変わらずその頬は赤い。しかし大きく見開かれた瞳には、並々ならぬ決意がある。
「あっ、あのっ……あのねっ、宙夜くん!」
「うん?」
「あ、あの、その……っわ、わたし、実は、前から宙夜くんのことが――」
「――よう、優等生。テスト中に女子をナンパか? 相変わらず余裕だねぇ」
瞬間、勢い込んで何か言いかけた燈の肩がぴっと跳ねた。出かかっていた言葉は不意の横槍に引っ込んでしまう。
が、一方の宙夜は顔色も変えずに不躾な声の主を顧みた。そこにいたのはやや小柄な宙夜より更に背の低い男子生徒だ。胸のあたりにぶら下がった名札には、三文字の名前が記されている。
森蒼太。
宙夜たちと同じ、二学年の生徒だった。短く刈り込んだ髪を立て、顎を反らして居丈高に宙夜を見据えている様は、自分の方が背が高いと勘違いしているようにも見える。
「森。何か用か?」
「はあ? オレがお前に用なんてあるわけねーだろ。ただみんな明日もテストで大変だってときに余裕面してオンナ口説いてるやつがいたから、ムカついて邪魔しただけだよ」
「俺は別に、千賀さんと普通に話してただけだけど?」
「へえ。じゃ、なんかエロい話でもしたの? 千賀、顔真っ赤じゃん」
ニヤニヤとやにさがった蒼太に言われ、燈はますます真っ赤になってうつむいた。
今度は耳まで赤くなった彼女は、すっかり萎縮してしまっている。微かに肩を震わせ、何も言い返せずにいるその姿を横目に見た宙夜は、次いで蒼太に視線を戻した。
「森。俺につっかかりたいだけなら好きにすればいいけど、関係ない千賀さんまでからかうなよ。自分の評判落としたいなら止めないけどさ」
「あーハイハイ、そうやってまたオンナの前でカッコつけて点数稼ぎですか。さすが頭のキレる優等生クンは違うねえ」
「お前がそう思いたいんだったら勝手にそう思えばいい。そんなことより、そんなにイラつくほどテストの出来が悪かったなら、早く家に帰って勉強すれば?」
まったく抑揚を加えず、眉一つ動かさず、宙夜は終始いつもどおりの態度で言った。
だがその反論がかえって蒼太の神経を逆撫でしたようだ。彼は日焼けした頬をみるみるうちに上気させると、短い髪を逆立てて怒鳴り散らしてくる。
「おい、真瀬! オレはお前のそういうとこが気に入らねえって言ってんだよ! いつもそうやって人のこと見下しやがって!」
「俺は別に誰も見下してないし、先に吹っ掛けてきたのはそっちだろ」
「ハッ、そうだな、お前の言うことはいっつも正論だよ! お前にはオレらみたいな平凡な高校生の言うことなんて、全部ガキの戯れ言に聞こえるんだろ? さすが――母親を殺してのうのうと生きてるヤツは違うよなぁ!」
ざわり、と波打つようなざわめきが宙夜たちの周囲に広がった。蒼太があまりに大声で騒ぐので、家路を急ぐ生徒たちは何事かとこちらを振り向いている。
しかし宙夜は顔色を変えなかった。理由はよく分からないが、蒼太がこうして宙夜に因縁を吹っ掛けてくるのはいつものことだ。いい加減鬱陶しいとは思いながらも、宙夜もすっかりそれに慣れてしまっている。だから彼に何を言われようと、宙夜の心は少しも波立たなかった。
そうだ。今更誰に何と言われようと、宙夜の心は揺らがない。
だってあの日、自分は確かに――
――パンッ!
と、そのとき宙夜の思考を遮ったのは、一発の小気味良い音だった。
驚いて目を丸くした宙夜の目の前で、蒼太が赤い頬を晒している。何が起きたのかはすぐに分かった。それまで隣で小さくなっていたはずの燈が突然、蒼太に平手を張ったのだ。
「――最低!」
「なっ……」
「最低、最低、最低! 森くん、それでもほんとに高校生なの? 十七にもなって言っていいことと悪いことも分かんないの? 本当に最低!!」
正直なところ、宙夜は呆気に取られた。そしてそれは蒼太も同じだったはずだ。
何しろ顔を紅潮させ、眦を決した今の燈はまるで普段の彼女とは別人だった。
あのおっとりして常にマイペースな彼女の顔はどこへ行ったのか。あるいは今の彼女は何か別の人格のようなものに取り憑かれているのだろうか? と、宙夜が半ば真剣にそんなことを考えかけた、そのときだ。
「ちょ、ちょっと燈、宙夜、何やってるの!?」
突然蒼太の後ろから声が聞こえ、銘々はようやく我に返った。見ればそこには、教室からスマホを回収してきたらしい玲海の姿がある。途端に蒼太が微かに顔を歪めたのを、宙夜は見た。
「ていうか蒼太、またあんた!? さてはまた宙夜に変な言いがかりつけてたんでしょ!?」
「う、うるせえな! お前には関係ねーだろ、苅野!」
「関係ならあるわよ、宙夜は私の家族なんだから! で、今度は何に文句をつけたわけ!?」
上履きを外靴に履き替えて出てきた玲海は、多少怒鳴られたところで怯みもしないどころか、むしろその上を行く態度で蒼太に迫った。すると蒼太も立つ瀬がない。彼は腫れた頬を更に赤くすると、ばつが悪そうに舌打ちして身を翻す。
「お、お前ら、揃いも揃ってバッカじゃねーの? キモい友情ゴッコなら勝手にやってろよ! 付き合ってらんねーからオレは帰る! じゃーな!」
「あっ、こら、蒼太!」
肩を怒らせた玲海の制止も聞かず、蒼太は逃げるように立ち去った。途中、何人かの生徒にぶつかって文句を言われていたが、それさえも彼の耳には入っていないようだ。野球部員としての日頃の鍛練の成果を遺憾なく発揮し、全速力で走り去っていく蒼太の背中はあっという間に見えなくなる。
「もうっ、何なのよあいつ……宙夜、燈、大丈夫?」
「ああ。俺は大丈夫だけど……」
言いながら、宙夜が何と言っていいか分からずに目を向けた先には燈がいた。直前までいつにない剣幕で怒っていた彼女は、蒼太が去った今もきゅっと唇を引き結んで拳を握っている。
しかしその瞳からやがて涙が溢れてくるまでに、それほど多くの時はかからなかった。そんな燈の様子を見た玲海が、戸惑うように宙夜へと目を向けてくる。
宙夜はただ首を振った。すると玲海はそれだけで委細承知したように――あるいは諦めたように――ため息をつき、何も言わずに、泣いている燈を抱き寄せた。
● ● ●
「――くそっ……くそっ、くそっ、くそっ!」
苛々と悪態をつきながら、蒼太はゲーム機のボタンを連打した。目の前には小さな画面の中で暴れ回る巨大な怪物。全身を緑の鱗で覆われたティラノサウルスみたいなやつだ。
その怪物の前に立ち塞がった豪腕の剣士――蒼太はボタンをめちゃくちゃに押しまくりながら、とにかくゴリ押しで相手の体力を削っていた。いつもならもう少し立ち回りを工夫したり、縛りを設けたりして狩りを楽しむのだが、生憎今日はとてもそんな気分にはなれそうにない。
とにかく腹の中で暴れ回る黒い感情を発散したくて、それをゲームの中の己に乗せる。手当たり次第に大剣を振り回し、自分に倍する体格を持つ怪物を痛めつけて痛めつけて痛めつけて、それでどうにか溜飲を下げようとする。
「あのスカシ野郎……!」
と、知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めながら、蒼太は更に大剣を振り回した。目の前の巨大な怪物に、反吐が出るほど嫌いな少年の姿を重ねる。いや、もちろん彼とその怪物とは似ても似つかないのだが、そういう気分で相手を滅多斬りにする。
真瀬宙夜。蒼太はあの年中お高くとまっている同級生が嫌いで嫌いで仕方なかった。
あの少年がこの町に現れてから、蒼太は何もかもが上手くいかなくなったのだ。勉強や運動にどれだけ真剣に取り組んでも、宙夜は蒼太が苦労の末に掴んだ成績をひょいと軽く超えていく。大した苦労もしないまま、しかも大層つまらなそうに。
おまけに玲海のことにしたってそうだ。彼女は宙夜がこの町にやって来るまではよく蒼太とつるんでいた。小学生の頃にはまるで男友達みたいに二人で野山を駆け回ったし、中学に上がってからも部活終わりに並んで帰ったり、休みの日には隣町まで一緒に遊びに行ったりした。
それが宙夜がこの町に来てからというもの、玲海は口を開けば宙夜、宙夜、宙夜だ。
気づけば玲海が蒼太とつるむ時間は少なくなり、代わりに彼女の隣には宙夜がいることが多くなった。ぱっと周りを照らす太陽みたいな玲海の笑顔は、蒼太に向けられることはなくなった。
その上あの少年は、去年から居候として玲海の家で暮らしているのだ。従弟だか何だか知らないが、とにかくあの二人が仲睦まじく一つ屋根の下で毎日共に過ごしているのかと思うと、蒼太は嫉妬で気が狂いそうになる。
「ああ、くそっ!」
と、苛々を解消するつもりがますます腹立ちばかりが募り、ゲームの中の蒼太は渾身の一振りを怪物にお見舞いした。すると盛大な血飛沫を上げた怪物が、空を仰ぐように断末魔を上げて倒れ込む。勝った。しかしかなりの大物を狩ったにもかかわらず、蒼太の心はまるで晴れない。
そこで蒼太は倒した怪物の死骸から適当に戦利品をいただくと、次なる獲物を探してフィールドを移動しようとした。が、そのときだ。
「蒼太、入るぞ」
突然ノックと共に声が聞こえ、聞こえると同時に部屋の引き戸ががらりと開いた。その音でハッと我に返り、やばいと思ったときには既に遅い。
黒のパイプベッドから慌てて身を起こすと、その先にはやや険のある顔つきをした男が一人立っていた。
――森諭。他でもない、蒼太の父親だ。
「あ、と、父さん……」
「蒼太。お前、何をしてる。今日からテスト期間だろう? ゲームなんてやってる場合か」
なじるような父の言葉に、ドッと心臓が縮み上がった。ベッドがあるのとは反対側の壁にかかっている時計をちらりと見れば、時刻は既に十九時を過ぎている。
目の前の携帯ゲーム機にのめり込むあまり、時間が経つのを忘れていた。恐らく父は今し方会社から帰宅し、蒼太に今日の試験の結果でも聞きに来たのだろう。
諭は厳格な父親だ。普段は隣町で小さな卸会社の社長をしていて、ゆくゆくは自分の会社を一人息子である蒼太に託そうと決めている。ゆえに蒼太は自然、幼い頃から次期社長として相応しい節度と教養を求められてきた。学校での成績はもちろんのこと、部活でのポジション争いから中学・高校での委員会活動まで、とにかく常に人の一歩前に出ることを強要されてきたのだ。
だがそんな父の目の前で、蒼太はとんでもない失態を演じてしまった。テスト期間中は決してゲームには手を出さないというのが購入時の約束だったのに、そのテスト期間の真っ只中、時間も忘れてゲームにのめり込んでいたところを見られてしまった。
当然ながら息子のそんな醜態を許す父ではない。元々剣呑だった顔つきは蒼太の手元で壮大な音楽を奏でる機械を見るや険しさを増し、有無を言わせぬ形相で部屋へと踏み込んでくる。
「まったく馬鹿なことを。だからこんなものは買うべきではないと言ったんだ」
あっ、と声を呑んだ蒼太が手を伸ばす暇もなかった。ずかずかとベッドに歩み寄ってきた諭は蒼太の手からひったくるようにゲーム機を奪うと、画面も見ずにその電源を落としてしまう。
「そんなことより、今日のテストの結果はどうだったんだ。こんな時間まで遊んでいたということは、よほどいい出来だったんだろうな?」
「あ……え、えっと、それは、まあまあ……」
「まあまあ?」
「あ、いや、テストが返ってこないと分かんないけど……一応、それなりに出来たと思う――」
「それなりで満足しているようじゃ駄目だと、いつも言ってるだろう! 今からそんな体たらくで、本当に国立大に入れると思ってるのか? 日頃から跡取りとしての自覚を持てと、何度言ったら分かるんだ!」
いきなり頭ごなしに怒鳴られ、蒼太はびくりと身を竦ませた。
この父親の、こういう理不尽な言い草に対していつも浮かんでくるものは怒りよりも恐怖だ。蒼太は幼い頃から父の笑った顔をちらりとも見たことがなく、今では何でもないときでも彼の傍にいるだけで寿命が縮むような思いがする。
しかし同時に、こういうときは一言も反論せず、ただ口を噤んで嵐が去るのを待てばいいのだということも蒼太は長年の経験から学んでいた。だから今は、できるだけ反省しているように見える顔で視線を落とす。この父親には何を言ったところで無駄だと分かっているから、口も心も貝のようにぴたりと閉ざして、従順な息子を演じてやる。
「とにかく、今日は今すぐ机に向かえ。勉強以外のものには手を出すな。テストの結果次第では、今度こそこのゲーム機もスマホも取り上げるぞ。いいな!」
憤慨した諭は一方的にそう言いつけると、ゲーム機を持ったまま不機嫌に部屋を出ていった。その足音が階段の方へ遠ざかっていくのを、蒼太は身じろぎ一つせずに聞いている。
しかしやがて父の気配が遠のくと、蒼太は怒りに任せて枕を漆喰の壁へと叩きつけた。それでも激情は収まらず、何度も何度も繰り返し枕で壁を殴り続ける。
「くそっ!!」
腹の底から叫び、やがて蒼太は鬼のような形相で寝台を下りた。そうして向かった先は机だ。が、目的は言われたとおりテスト勉強に勤しむため――などではない。
蒼太は机の上に置いていた学生鞄から適当なノート、教科書、筆記用具、そしてスマホを取り出すと、あとは邪魔な鞄を乱暴に床へ投げ捨てた。父親か母親、そのどちらが部屋に入ってきても一見勉強している風に見えるように教材を開き、その傍らでスマホの電源を入れる。
学校での試験の間、電源を落とされていた画面が息を吹き返した。すると蒼太は迷わず画面をタップし、ブラウザを開いて大手検索サイトへ飛ぶ。そこでテキストエリアをクリック後、慣れた手つきで検索ワードを入力した――『5ちゃんねる』。
通い慣れた画面が表示された。日本でも有数の大型掲示板サイト。実際に利用歴があるかどうかはともかく、今やその名を知らぬ若者はいないだろうと言っても過言ではない巨大サイトだ。
不特定多数の人間が全国から利用する5ちゃんねるには、誰でも無料で、しかも匿名で自由に書き込みができるという利点があった。よほどの下手を打たなければどんな書き込みをしても身元を特定されることはないし、相手も自分も顔が見えないから好きなことを好き放題書いていい。
父親から虐待にも近い抑圧を受けている蒼太にとって、そこは唯一自分の思ったことをそのまま吐き出せる世界だった。最近の蒼太の日課は固定ハンドルネーム――通称『コテハン』――を利用してくだらない書き込みをしている連中をからかうことで、相手が画面の向こうで吠え面をかいているのを見ては、日頃の憂さを晴らしている。
そうして相手を打ち負かす瞬間の、何とも言えない快感が蒼太はたまらなく好きだった。画面の向こうで相手が何も言い返せなくなったり、負け惜しみの捨て台詞を吐いたりして逃げ出していくのを見ると、蒼太の胸はかつてない優越感と充足感に満たされる。
今日も今日とて得意満面の笑みを浮かべ、蒼太は掲示板の書き込み欄をタップした。入力するコテハンはいつもどおり『ヒロヤ』だ。これは言うまでもなくあの憎き真瀬宙夜の名前から取ったものだが、最近では『サトシ』にするべきだったかなと思うこともしばしばある。
『あー、やってるやってる。今日も自演祭だなこのスレはwww』
本日の初書き込みはそれだった。書き込んだのは最近書き込み数の伸びにかなりの勢いがあるオカルト系のスレッドだ。スレッド名は『サイコさんの噂Part48』。二月ほど前に蒼太が偶然このスレッドを見つけたときには、タイトル末尾の数字はまだ10かそこらだった。
それがたった二ヶ月でこれだけ伸びているということは、かなりの数の人間がこのスレッドを利用していることを意味している。何でもサイコさんというのは最近流行りの都市伝説で、ある一定の儀式を経てこういう掲示板やSNSに書き込みをすると、正体不明の〝サイコさん〟なる人物がその書き込みに返信をくれるというものだ。
たった今蒼太が覗いている『サイコさんの噂』スレッドは、連日連夜その儀式を実演し実況する〝勇者〟と、その〝勇者〟の活躍を見守り囃し立てるオーディエンスで賑わっている。だが蒼太はこの都市伝説に対して否定的だ。確かにフィクションとして楽しむ分にはなかなか愉快な内容だが、このスレッドを覗いていると、そのフィクションをノンフィクションだと信じ込んでいる輩があまりに多い。
そういう連中は頭が弱すぎて忘れているのだ。5ちゃんねるは一般的なSNSに比べて匿名性が高い。例えば一人の人間がまったくの別人になりすまして複数の書き込みをしたところで、それを同一人物による書き込みだと特定する方法がほとんど存在していない。
つまり最近人気のサイコさんとやらは、そうした一人の人間による自作自演によって生まれたものだろうと蒼太は半ば確信していた。そしてこのスレッドの住民はそうとも知らずに「サイコさんは実在した!」などとサルのように大はしゃぎしている。
そのサルどもを嘲弄するのは実に愉快だった。こういう哀れな人種を画面越しに眺めていると、蒼太の自尊心は大いに満たされ、日頃の鬱憤など気づけばどこかへ行ってしまう。
さて、今日はどいつの顔を真っ赤にしてやろうか。蒼太がそう思いながら画面を更新すると、早速『ヒロヤ』の名前に反応したレスがついた。
『うわ、また来たよこいつ』
『クソコテさん、おっすおっす~wwww』
『またお前かよ。このスレ来る度に「お前ら暇だねえwww」とか言うわりに毎日律儀に顔出すあたり、お前も相当の暇人と見た。ニート乙』
『おいお前ら触んなよ。お前らがいちいち触るからこいつも調子に乗って来るんだろ』
蒼太は笑いを噛み殺した。『触るな』などと冷静ぶって書き込んでいるやつは、恐らく以前蒼太に論破され、屈辱的な思いをした者だろう。だからそのときと同じ目に遭うことを恐れて、何とか蒼太を追い払おうとしている。だがそんな浅はかな考えはすべてお見通しだ。蒼太が書き込みをする前のレスをざっと流し読むと、どうやら今夜もサイコさんに挑戦する〝勇者〟が現れたとかで盛り上がっていたようだ。その騒ぎに水を差してやる。
『ニートは一日中このクソスレに張りついてるお前らだろ。よくこんな自演丸出しのオカルトスレで盛り上がれるよな。全員厨二通り越して消二かよww まあ、そんな馬鹿が群れて騒いでるの見るのが楽しいから俺もつい来ちゃうんだけどさwww』
『書き込む』と書かれたボタンをクリックし、打ち込んだ文章を送信した。厨二、消二というネットスラングは相手の幼稚な言動を皮肉る常套句で、このスレッドの住民たちを評するのにこれほどピッタリな言葉は他にない、と蒼太は思っている。
『はいはい。そういうお前も毎度毎度同じ書き込みしてよく飽きないな。ほんとにヒマなの?』
『つーか何を根拠に自演っつってんだこいつは』
『根拠なんてないだろ。こういう手合いは単に「おまいらとは違う大人な俺カコイイ」って自己陶酔に浸りたいだけのガキだから何言っても無駄。しかしそういうやつに限ってリアルでは何やっても上手くいかない負け組だったりするんだよな。可哀想なやつ』
そのとき、自分の書き込みに対するレスをニヤニヤと眺めていた蒼太の手が止まった。
最新の書き込みが目に留まる。〝リアルでは何やっても上手くいかない負け組〟。その言葉に、頭の裏側がカアッと熱くなるのを感じた。いつもならこの程度の〝煽り〟に対してムキになる蒼太ではない。だが今日ばかりは図星を突かれたような気がして頭に血が上った。
途端に左頬がじくじくと嫌な痛みを思い出す。昼間、学校で燈にぶたれた痛みだ。
あのときは普段大人しい燈の豹変ぶりに驚いて何も感じている暇がなかったが、多くの生徒たちの前で女子に平手を張られたという事実はあとになって蒼太の自尊心をズタズタにした。おまけに家ではこのザマだ。蒼太は画面の向こうの赤の他人に、自分の惨めさを見抜かれ晒されたような気分になった。
何か言い返してやりたいが、脳みそが沸騰しているようで何も言葉が浮かばない。自分の心音がやけにうるさい。そうこうしている間に、最新の書き込みが更新された。
『自演だろうと何だろうと俺は楽しければそれでいいよ。てか確かに今までここで試したやつの中には自演もいたかもしれないけど、すべて自演かどうかはやった本人にしか分からない。そんなに自演自演言うならお前も一回やってみれば?』
これだ、と蒼太は思った。このレスになら今の自分でも何食わぬ顔で返信できる。
『はあ? くっだらねーww こんなのガセに決まってるだろ。どう見てもやるだけ時間の無駄です本当にありがとうございました』
新しいネタ振りが来る前に、急いでそう返信した。その甲斐あって、蒼太のレスはサイコさんの実演を勧めてきたレスの直下にぴたりとつく。
だがそこから、蒼太の想定外のことが起こった。
『あっれー? ヒロヤ君、もしかして呪いが怖いのー?www』
『散々自演自演言っといて怖じ気づくなよw 本当に自演だと思うならやってみりゃいいじゃん』
『ヒロヤ氏がやるなら俺は今日やらないんで今夜の枠譲りますよー?』
蒼太はまたしても画面をスクロールする手を止めた。自分を小馬鹿にしたようなレスが続くのを見てようやく思い出す。
そう言えばサイコさんには最近、〝ネット上に質問を書き込むと答えてくれる〟という噂以外にも妙な噂がついて回るようになっていた。それが〝呪い〟だ。
これもまた真偽の定かならぬ与太話に過ぎないが、何でもこのサイコさんを実行し成功させた者は〝サイコさんの呪い〟にかかってこの世のものとは思えぬ恐怖を味わうとか。そんな噂が流れ出したのはここ最近サイコさんが流行し、このスレッドに〝勇者〟と呼ばれる実践者が数多く現れるようになってからのことだった。
その〝勇者〟の数に比例して、スレッドでは似たような内容の書き込みが増えている。曰く、サイコさんを実行した友人が後日行方不明になったとか、同じくサイコさんを試した知り合いが自殺したとか。
馬鹿馬鹿しい、と端から鼻で笑って相手にしていない蒼太はそれを気にも留めなかったが、スレッドの住民たちはそうした書き込みの内容を信じて〝サイコさんの呪い〟と呼んでいるのだ。その呪いの噂の存在を蒼太はすっかり忘れていた。だから予防線も張らずに思いついたことをそのまま書き込んでしまい、現状、スレッドの住民から袋叩きに遭っている。
おまけに今夜サイコさんを実行すると予告していた〝勇者〟まで面白がって煽ってくるものだから、蒼太は理性の糸が切れた。自分をビビリと嘲笑う連中の書き込みが癇に障り、再び頭の裏側が熱を帯びるのを感じながら文字を打つ。
『俺はその呪いの噂も含めて自演だって言ってんだよ。だからくだらねーって言ってんの。お前らそこまで馬鹿なわけ? つーかそんなに言うなら本当に証明してやろうか?』
決して冷静ではない頭で、精一杯の余裕を演じながら書き込んだ。するとその書き込みから三分と経たないうちに、次々と囃し立てるレスがつく。
『おー、やれやれwwww ぜひとも「証明」してくれwwww』
『そしてそのままサイコさんに呪われて氏ねばいい』
『やべえ、何この展開! 胸熱www』
『面白くなって参りましたwwwwwwwww』
かくして蒼太はその晩、サイコさんを実践することになった。
そしてその選択を、すぐに後悔することになる。
時刻は午前二時を回った。蒼太の目の前には、紙面を赤いボールペンの筆跡で埋め尽くされたルーズリーフが一枚ある。
儀式の準備は既に整っていた。蒼太は寝間着姿で勉強机の前に座し、充電コードにつながれたスマートフォンと向き合う。こんな時間まで起きていることが親にバレると面倒なので、部屋の明かりは落とし、勉強机に備えつけの蛍光灯を一本だけ灯していた。
窓の外からは蛙の鳴く声が聞こえる。蒸し暑い。冷房を入れれば済む話なのだが、室外機の音で起きていることに気づかれるのを嫌って今夜は電源を切っていた。
蒼太が今夜二時過ぎにサイコさんを実況すると宣言したおかげで、5ちゃんねるの『サイコさんの噂』スレッドは大盛り上がりだ。こんな時間でも――いや、こんな時間だからこそ普段から人の多いスレッドだが、今夜はその人数が特に多いような気がする。書き込みはどんどん流れ、スレッド数もいつの間にかPart49に突入していた。
最新の書き込みの内容はどれも「早くこい」と蒼太を急かすものだ。その皮肉と嘲弄を多分に含んだレスの数々を忌々しく思いながら、しかし蒼太はその前に儀式の手順の最終確認をする。
「えーと、質問を十三回書いた紙は用意したから……」
儀式の手順は、このスレッドが新しく立つ度に明記される決まりになっていた。いわゆる〝テンプレ〟と呼ばれるもので、スレッドの最初の書き込みを見ればご丁寧に過去スレや関連サイトへのリンクまで貼られている。蒼太はそのテンプレの全文を表示して、箇条書きされた手順にもう一度目を通した。そこに記された内容はこうだ。
①白い紙(紙なら何でもいい)にサイコさんに尋ねたいことを赤いペンで13回書く。
②もしラピスラズリ、フローライト、アズライト等の精神を落ち着かせるパワーストーンが手元にあるなら、それを水を入れた瓶などに沈めて傍に置いておくと良い(同じ効果が期待できるので、リラックス効果のあるアロマなどがあるならそれを焚くのも良い)。
③深呼吸をしてリラックスしたら、冒頭に「サイコさんに質問です」という一文を添えて①で書いた質問を書き込む。
④成功すればサイコさんからの返答有。
まったく馬鹿馬鹿しい、と改めて鼻で笑いながら、蒼太はふと机の隅を見た。そこには水の入ったマグカップがある。蒼太はスレッドに書かれているようなパワーストーンは持っていないものの、遠い昔に買ったターコイズのブレスレッドがあったので、それを中に沈めたものだ。
先程ネットで調べたところ、生憎ターコイズには精神を鎮めるような効果はないようだが、何もしないよりはマシだろうと思った。とにかくこのスレの住民どもを黙らせるには、可能な限り正しい条件に近づけて儀式を行い、サイコさんなどというものがこの世に存在しないことを証明するのが手っ取り早い。
ゆえにテンプレの内容を熟読し、儀式の準備に抜かりがないことを再確認した蒼太はふーっと一度息をついた。そうしてスレッドの書き込み欄をタップし、いよいよ開始の合図を送る。
『おら、お望みどおり来てやったぞ。急だったからパワーストーンとかちゃんとしたの用意できなかったけど、ターコイズのブレスレッドはあったからそれを代わりに準備した』
同時に、先程5ちゃんねる専用のアップローダーからコピーしてきたURLを貼りつける。実際にターコイズを用意した証拠として撮った写真のURLだ。
蒼太がその書き込みを送信すると、住民たちは一気に沸いた。中には『ターコイズww 全然違えしwwww』などと煽ってくる者もいるが、『いや、でも何もないよりはいいんじゃね?』と珍しく擁護する者もいる。
とにかく、スレッドは今〝祭り〟の状態だった。これから蒼太が実際にサイコさんを試すというのに、レスの流れが早すぎてさすがの蒼太も追い切れない。
こんな状況で実験をして本当に大丈夫か? という疑問はありつつも、ここまできてやらないわけにもいかないので、蒼太は再び書き込み欄をタップした。
『それじゃあ始めるからお前ら一旦スレの流れ止めろよ。でないとお前らの大好きなサイコさんが来ても見逃すぞwww』
多少の皮肉を込めた書き込みだったが、一応の効果はあった。『本当にあった怖い名無し』――これはコテハンを持たない利用者が書き込んだとき、自動で付与されるハンドルネームだ――の『wktk』という書き込みを最後に、あれほど賑やかだった書き込みがしんと静まり返る。
その瞬間、蒼太は〝勝った〟と思った。何しろ蒼太が用意した質問は、この場にいる誰にも絶対に言い当てることができないものだからだ。場合によってはサイコさんに化けた住民が当てずっぽうのレスを返してくるかもしれないが、そんなものが当たるわけがない。そうしたら「ハイやっぱり自演でした~」とここぞとばかりに住民を煽ってやればいい。
完全勝利の予感に早くもニヤつきながら、蒼太はいよいよ本命のレスを書き込んだ。
『サイコさんに質問です。俺の本名が分かりますか?』
スレッドがざわついた。『は?w』と短い書き込みをする者もいれば、『おい、ふざけんなよ。そんなのどんな名前答えたって「違います」ってお前が言えばいくらでも誤魔化し利くだろうが。予防線張ってんじゃねーよカス』といきなり怒り出す者もいる。
だがそんなレスの数々を見て、蒼太は満面の笑みを浮かべた。ほら見ろ、やっぱり誰も答えられない。答えられるわけがないんだ。今までのだって全部住民の自作自演だったんだから。悔しかったら本名を当ててみろ。まあ、そんなのお前らには死んでも不可能だろうけどな――
『森 蒼太』
その瞬間、何故か蛙が鳴くのをやめた。
突如として訪れた真夜中の静寂が、蒼太の耳に突き刺さる。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。いや、脳が理解することを拒絶した。
だが何度目を瞬かせてみても。
そこに書き込まれたのは間違いなく、蒼太の本名だ。
宙夜は燈と共にその柱の陰に入り、そこで玲海を待つことにする。昇降口を出れば真っ先に目につく場所だから、ここなら玲海が気づかずに通りすぎるということもないだろう。
「ねえ、宙夜くん。最近、何だか凛ちゃんが変だと思わない?」
と、不意に燈がそんなことを尋ねてきたのは、二人の間にしばしの沈黙が落ちたあとのことだった。それを少し意外に思い、隣に佇む燈を見やる。
宙夜は元々沈黙がこたえる質ではないから、このまま玲海が来るまで待とうと思っていた矢先のことだった。燈は両手で持った鞄の取っ手に目を落とし、その横顔に少しだけ、何か思い詰めたような気配を滲ませている。
「……佐久川さんが? まあ、確かに最近少し様子がおかしいなとは思ってたけど」
「やっぱり、宙夜くんも?」
ぱっと顔を上げた燈の、日本人にしては色素の薄い瞳が宙夜を見上げた。宙夜は同じ年頃の男子の中では背が低い方だが、燈はそれよりもっと小柄だ。だから隣に立つと、燈の頭を華やがせているカチューシャの赤がよく見える。
「俺は玲海や千賀さんほど佐久川さんと親しくないから、断言はできないけど……佐久川さん、最近やけにスマホを気にしてるよね」
「うん、うん、そうなの。凛ちゃん、確かにSNSとか好きな方だけどね、前はあんな風にずーっとスマホばっかりいじってなかったんだよ。だからわたしちょっと心配で、何かあったの? って訊いてみたの。だけどすぐに笑って〝何でもないよ〟って言われちゃって……」
――絶対何でもなくないのに。しゅんと肩を落としながら、呟くように燈は言った。そう思いながらも、本人にはそれ以上突っ込んで尋ねることができなかったのだろう。何でもない、という言葉は、当たり障りのない返答であると同時にやわらかな拒絶だ。
「そのこと、玲海にも言ってみた?」
「うん。玲海ちゃんもそれとなく本人に訊いてみたけど、やっぱりはぐらかされたって。でもね、わたしこないだ見ちゃったんだ。凛ちゃんが一人で泣いてるの……」
「泣いてた?」
「うん……こないだね、わたし、凛ちゃんが学校のトイレに入ってくの見て、ちょっとイタズラしようって思ったの。凛ちゃん、最近何だか元気がないみたいだから、入り口のところで待ち伏せて〝わっ!〟ってびっくりさせようかなって。でも凛ちゃん、トイレに入ったままなかなか出てこなくって、もしかしたらお腹痛いのかもって心配になって。それで声をかけようと思って、わたしもトイレに入ったら――」
――一つだけ閉まったトイレの個室から、誰かの啜り泣く声が聞こえた。状況的に考えて、その個室にいたのは凛子以外考えられない。
燈は不安そうな横顔でそう言って、けれどそのときは声をかけられなかった、と小さく零した。泣いているのを盗み聞きしてしまったみたいで気が引けたのだろう。しかしやがて教室に戻ってきた凛子は痛々しいくらいにいつもどおりで、とてもトイレでのことを訊ける雰囲気ではなかったという。
「だからわたし、凛ちゃんが何か一人で悩んでるのかもって心配で……もしそうなら、相談に乗ってあげたいなって思うの。でも、凛ちゃんが誰にも言いたくないって思ってるなら、あんまりしつこく訊かれるのもイヤかなって思っちゃって……」
「そうだね……」
「宙夜くんならこういうときどうする? それでもやっぱりちゃんと訊いた方がいいって思う?」
急に予想もしていなかった相談を持ちかけられて、宙夜はしばし返答に困った。そもそもどうしてそんなことを自分に訊くのか、と逆に問い返したい気分だったが、従姉の友人を無下に扱うわけにもいかず、しばし考えたのちに口を開く。
「俺は、佐久川さんが自分から話してくれるまで待った方がいいと思う。本人が何でもないって言い張るなら、本当に何でもないことなのかもしれないし……それに、どうしても一人で抱えきれなくなったら、佐久川さんだって玲海や千賀さんを頼ると思うよ。二人が自分を心配してくれてることは、佐久川さんも分かってるはずだから」
どこからともなく響き始めたチャイムの音に押されて、昇降口からはたくさんの生徒が流れ出してくる。宙夜はその喧騒に目を向けながら、冷静に言葉を続けた。
「佐久川さんが二人に何も言わないのは、別に二人を信用してないからじゃなくて、二人ならきっと待っててくれると信じてるからじゃないのかな。だから自分は頼りにされてないとか力になれないとか、千賀さんがそんな風に思う必要はないと思う。たぶん千賀さんが思ってる以上に、佐久川さんも玲海や千賀さんのことを大事に思ってると思うよ」
だから……と言葉を続けようとして、宙夜はふと燈の方へ目をやった。
すると燈は何故か顔をうつむけて、何も言わずもじもじしている。その横顔が、心なしか赤い。
「……千賀さん?」
「えっ! あっ、ああああのっ、ごめんなさい! た、ただ、やっぱり宙夜くんに訊いてみて良かったなぁと思って……」
「俺に?」
「うん! あ、あの、これは玲海ちゃんも言ってたんだけどね、宙夜くんっていっつも一人でいるけど、ほんとは周りのみんなのことよく見てるでしょ? だから、その宙夜くんが言うならきっとそうなんだろうなぁって、何だかちょっと安心して……」
「いや、それはさすがに買いかぶりだと思うけど……」
「そ、そんなことないよぉ! だって宙夜くん、今もわたしの考えてたこと言い当てちゃうし!」
「それは千賀さんが分かりやすいからじゃないかな」
「えっ!? そ、そうかな……そうなのかな!? わ、わたしってそんなに分かりやすい!? ってことは、宙夜くんのことも……!?」
真っ赤になった顔を両手で挟み、燈はなおももじもじしていた。その目は何かを探すように足元のタイルの目をなぞっている。けれどそこにいるのは餌を求めてさまよう働きアリくらいだ。
ところが燈はそのアリの姿を目に留めるや否や、バッと顔を上げて宙夜を見つめた。
相変わらずその頬は赤い。しかし大きく見開かれた瞳には、並々ならぬ決意がある。
「あっ、あのっ……あのねっ、宙夜くん!」
「うん?」
「あ、あの、その……っわ、わたし、実は、前から宙夜くんのことが――」
「――よう、優等生。テスト中に女子をナンパか? 相変わらず余裕だねぇ」
瞬間、勢い込んで何か言いかけた燈の肩がぴっと跳ねた。出かかっていた言葉は不意の横槍に引っ込んでしまう。
が、一方の宙夜は顔色も変えずに不躾な声の主を顧みた。そこにいたのはやや小柄な宙夜より更に背の低い男子生徒だ。胸のあたりにぶら下がった名札には、三文字の名前が記されている。
森蒼太。
宙夜たちと同じ、二学年の生徒だった。短く刈り込んだ髪を立て、顎を反らして居丈高に宙夜を見据えている様は、自分の方が背が高いと勘違いしているようにも見える。
「森。何か用か?」
「はあ? オレがお前に用なんてあるわけねーだろ。ただみんな明日もテストで大変だってときに余裕面してオンナ口説いてるやつがいたから、ムカついて邪魔しただけだよ」
「俺は別に、千賀さんと普通に話してただけだけど?」
「へえ。じゃ、なんかエロい話でもしたの? 千賀、顔真っ赤じゃん」
ニヤニヤとやにさがった蒼太に言われ、燈はますます真っ赤になってうつむいた。
今度は耳まで赤くなった彼女は、すっかり萎縮してしまっている。微かに肩を震わせ、何も言い返せずにいるその姿を横目に見た宙夜は、次いで蒼太に視線を戻した。
「森。俺につっかかりたいだけなら好きにすればいいけど、関係ない千賀さんまでからかうなよ。自分の評判落としたいなら止めないけどさ」
「あーハイハイ、そうやってまたオンナの前でカッコつけて点数稼ぎですか。さすが頭のキレる優等生クンは違うねえ」
「お前がそう思いたいんだったら勝手にそう思えばいい。そんなことより、そんなにイラつくほどテストの出来が悪かったなら、早く家に帰って勉強すれば?」
まったく抑揚を加えず、眉一つ動かさず、宙夜は終始いつもどおりの態度で言った。
だがその反論がかえって蒼太の神経を逆撫でしたようだ。彼は日焼けした頬をみるみるうちに上気させると、短い髪を逆立てて怒鳴り散らしてくる。
「おい、真瀬! オレはお前のそういうとこが気に入らねえって言ってんだよ! いつもそうやって人のこと見下しやがって!」
「俺は別に誰も見下してないし、先に吹っ掛けてきたのはそっちだろ」
「ハッ、そうだな、お前の言うことはいっつも正論だよ! お前にはオレらみたいな平凡な高校生の言うことなんて、全部ガキの戯れ言に聞こえるんだろ? さすが――母親を殺してのうのうと生きてるヤツは違うよなぁ!」
ざわり、と波打つようなざわめきが宙夜たちの周囲に広がった。蒼太があまりに大声で騒ぐので、家路を急ぐ生徒たちは何事かとこちらを振り向いている。
しかし宙夜は顔色を変えなかった。理由はよく分からないが、蒼太がこうして宙夜に因縁を吹っ掛けてくるのはいつものことだ。いい加減鬱陶しいとは思いながらも、宙夜もすっかりそれに慣れてしまっている。だから彼に何を言われようと、宙夜の心は少しも波立たなかった。
そうだ。今更誰に何と言われようと、宙夜の心は揺らがない。
だってあの日、自分は確かに――
――パンッ!
と、そのとき宙夜の思考を遮ったのは、一発の小気味良い音だった。
驚いて目を丸くした宙夜の目の前で、蒼太が赤い頬を晒している。何が起きたのかはすぐに分かった。それまで隣で小さくなっていたはずの燈が突然、蒼太に平手を張ったのだ。
「――最低!」
「なっ……」
「最低、最低、最低! 森くん、それでもほんとに高校生なの? 十七にもなって言っていいことと悪いことも分かんないの? 本当に最低!!」
正直なところ、宙夜は呆気に取られた。そしてそれは蒼太も同じだったはずだ。
何しろ顔を紅潮させ、眦を決した今の燈はまるで普段の彼女とは別人だった。
あのおっとりして常にマイペースな彼女の顔はどこへ行ったのか。あるいは今の彼女は何か別の人格のようなものに取り憑かれているのだろうか? と、宙夜が半ば真剣にそんなことを考えかけた、そのときだ。
「ちょ、ちょっと燈、宙夜、何やってるの!?」
突然蒼太の後ろから声が聞こえ、銘々はようやく我に返った。見ればそこには、教室からスマホを回収してきたらしい玲海の姿がある。途端に蒼太が微かに顔を歪めたのを、宙夜は見た。
「ていうか蒼太、またあんた!? さてはまた宙夜に変な言いがかりつけてたんでしょ!?」
「う、うるせえな! お前には関係ねーだろ、苅野!」
「関係ならあるわよ、宙夜は私の家族なんだから! で、今度は何に文句をつけたわけ!?」
上履きを外靴に履き替えて出てきた玲海は、多少怒鳴られたところで怯みもしないどころか、むしろその上を行く態度で蒼太に迫った。すると蒼太も立つ瀬がない。彼は腫れた頬を更に赤くすると、ばつが悪そうに舌打ちして身を翻す。
「お、お前ら、揃いも揃ってバッカじゃねーの? キモい友情ゴッコなら勝手にやってろよ! 付き合ってらんねーからオレは帰る! じゃーな!」
「あっ、こら、蒼太!」
肩を怒らせた玲海の制止も聞かず、蒼太は逃げるように立ち去った。途中、何人かの生徒にぶつかって文句を言われていたが、それさえも彼の耳には入っていないようだ。野球部員としての日頃の鍛練の成果を遺憾なく発揮し、全速力で走り去っていく蒼太の背中はあっという間に見えなくなる。
「もうっ、何なのよあいつ……宙夜、燈、大丈夫?」
「ああ。俺は大丈夫だけど……」
言いながら、宙夜が何と言っていいか分からずに目を向けた先には燈がいた。直前までいつにない剣幕で怒っていた彼女は、蒼太が去った今もきゅっと唇を引き結んで拳を握っている。
しかしその瞳からやがて涙が溢れてくるまでに、それほど多くの時はかからなかった。そんな燈の様子を見た玲海が、戸惑うように宙夜へと目を向けてくる。
宙夜はただ首を振った。すると玲海はそれだけで委細承知したように――あるいは諦めたように――ため息をつき、何も言わずに、泣いている燈を抱き寄せた。
● ● ●
「――くそっ……くそっ、くそっ、くそっ!」
苛々と悪態をつきながら、蒼太はゲーム機のボタンを連打した。目の前には小さな画面の中で暴れ回る巨大な怪物。全身を緑の鱗で覆われたティラノサウルスみたいなやつだ。
その怪物の前に立ち塞がった豪腕の剣士――蒼太はボタンをめちゃくちゃに押しまくりながら、とにかくゴリ押しで相手の体力を削っていた。いつもならもう少し立ち回りを工夫したり、縛りを設けたりして狩りを楽しむのだが、生憎今日はとてもそんな気分にはなれそうにない。
とにかく腹の中で暴れ回る黒い感情を発散したくて、それをゲームの中の己に乗せる。手当たり次第に大剣を振り回し、自分に倍する体格を持つ怪物を痛めつけて痛めつけて痛めつけて、それでどうにか溜飲を下げようとする。
「あのスカシ野郎……!」
と、知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めながら、蒼太は更に大剣を振り回した。目の前の巨大な怪物に、反吐が出るほど嫌いな少年の姿を重ねる。いや、もちろん彼とその怪物とは似ても似つかないのだが、そういう気分で相手を滅多斬りにする。
真瀬宙夜。蒼太はあの年中お高くとまっている同級生が嫌いで嫌いで仕方なかった。
あの少年がこの町に現れてから、蒼太は何もかもが上手くいかなくなったのだ。勉強や運動にどれだけ真剣に取り組んでも、宙夜は蒼太が苦労の末に掴んだ成績をひょいと軽く超えていく。大した苦労もしないまま、しかも大層つまらなそうに。
おまけに玲海のことにしたってそうだ。彼女は宙夜がこの町にやって来るまではよく蒼太とつるんでいた。小学生の頃にはまるで男友達みたいに二人で野山を駆け回ったし、中学に上がってからも部活終わりに並んで帰ったり、休みの日には隣町まで一緒に遊びに行ったりした。
それが宙夜がこの町に来てからというもの、玲海は口を開けば宙夜、宙夜、宙夜だ。
気づけば玲海が蒼太とつるむ時間は少なくなり、代わりに彼女の隣には宙夜がいることが多くなった。ぱっと周りを照らす太陽みたいな玲海の笑顔は、蒼太に向けられることはなくなった。
その上あの少年は、去年から居候として玲海の家で暮らしているのだ。従弟だか何だか知らないが、とにかくあの二人が仲睦まじく一つ屋根の下で毎日共に過ごしているのかと思うと、蒼太は嫉妬で気が狂いそうになる。
「ああ、くそっ!」
と、苛々を解消するつもりがますます腹立ちばかりが募り、ゲームの中の蒼太は渾身の一振りを怪物にお見舞いした。すると盛大な血飛沫を上げた怪物が、空を仰ぐように断末魔を上げて倒れ込む。勝った。しかしかなりの大物を狩ったにもかかわらず、蒼太の心はまるで晴れない。
そこで蒼太は倒した怪物の死骸から適当に戦利品をいただくと、次なる獲物を探してフィールドを移動しようとした。が、そのときだ。
「蒼太、入るぞ」
突然ノックと共に声が聞こえ、聞こえると同時に部屋の引き戸ががらりと開いた。その音でハッと我に返り、やばいと思ったときには既に遅い。
黒のパイプベッドから慌てて身を起こすと、その先にはやや険のある顔つきをした男が一人立っていた。
――森諭。他でもない、蒼太の父親だ。
「あ、と、父さん……」
「蒼太。お前、何をしてる。今日からテスト期間だろう? ゲームなんてやってる場合か」
なじるような父の言葉に、ドッと心臓が縮み上がった。ベッドがあるのとは反対側の壁にかかっている時計をちらりと見れば、時刻は既に十九時を過ぎている。
目の前の携帯ゲーム機にのめり込むあまり、時間が経つのを忘れていた。恐らく父は今し方会社から帰宅し、蒼太に今日の試験の結果でも聞きに来たのだろう。
諭は厳格な父親だ。普段は隣町で小さな卸会社の社長をしていて、ゆくゆくは自分の会社を一人息子である蒼太に託そうと決めている。ゆえに蒼太は自然、幼い頃から次期社長として相応しい節度と教養を求められてきた。学校での成績はもちろんのこと、部活でのポジション争いから中学・高校での委員会活動まで、とにかく常に人の一歩前に出ることを強要されてきたのだ。
だがそんな父の目の前で、蒼太はとんでもない失態を演じてしまった。テスト期間中は決してゲームには手を出さないというのが購入時の約束だったのに、そのテスト期間の真っ只中、時間も忘れてゲームにのめり込んでいたところを見られてしまった。
当然ながら息子のそんな醜態を許す父ではない。元々剣呑だった顔つきは蒼太の手元で壮大な音楽を奏でる機械を見るや険しさを増し、有無を言わせぬ形相で部屋へと踏み込んでくる。
「まったく馬鹿なことを。だからこんなものは買うべきではないと言ったんだ」
あっ、と声を呑んだ蒼太が手を伸ばす暇もなかった。ずかずかとベッドに歩み寄ってきた諭は蒼太の手からひったくるようにゲーム機を奪うと、画面も見ずにその電源を落としてしまう。
「そんなことより、今日のテストの結果はどうだったんだ。こんな時間まで遊んでいたということは、よほどいい出来だったんだろうな?」
「あ……え、えっと、それは、まあまあ……」
「まあまあ?」
「あ、いや、テストが返ってこないと分かんないけど……一応、それなりに出来たと思う――」
「それなりで満足しているようじゃ駄目だと、いつも言ってるだろう! 今からそんな体たらくで、本当に国立大に入れると思ってるのか? 日頃から跡取りとしての自覚を持てと、何度言ったら分かるんだ!」
いきなり頭ごなしに怒鳴られ、蒼太はびくりと身を竦ませた。
この父親の、こういう理不尽な言い草に対していつも浮かんでくるものは怒りよりも恐怖だ。蒼太は幼い頃から父の笑った顔をちらりとも見たことがなく、今では何でもないときでも彼の傍にいるだけで寿命が縮むような思いがする。
しかし同時に、こういうときは一言も反論せず、ただ口を噤んで嵐が去るのを待てばいいのだということも蒼太は長年の経験から学んでいた。だから今は、できるだけ反省しているように見える顔で視線を落とす。この父親には何を言ったところで無駄だと分かっているから、口も心も貝のようにぴたりと閉ざして、従順な息子を演じてやる。
「とにかく、今日は今すぐ机に向かえ。勉強以外のものには手を出すな。テストの結果次第では、今度こそこのゲーム機もスマホも取り上げるぞ。いいな!」
憤慨した諭は一方的にそう言いつけると、ゲーム機を持ったまま不機嫌に部屋を出ていった。その足音が階段の方へ遠ざかっていくのを、蒼太は身じろぎ一つせずに聞いている。
しかしやがて父の気配が遠のくと、蒼太は怒りに任せて枕を漆喰の壁へと叩きつけた。それでも激情は収まらず、何度も何度も繰り返し枕で壁を殴り続ける。
「くそっ!!」
腹の底から叫び、やがて蒼太は鬼のような形相で寝台を下りた。そうして向かった先は机だ。が、目的は言われたとおりテスト勉強に勤しむため――などではない。
蒼太は机の上に置いていた学生鞄から適当なノート、教科書、筆記用具、そしてスマホを取り出すと、あとは邪魔な鞄を乱暴に床へ投げ捨てた。父親か母親、そのどちらが部屋に入ってきても一見勉強している風に見えるように教材を開き、その傍らでスマホの電源を入れる。
学校での試験の間、電源を落とされていた画面が息を吹き返した。すると蒼太は迷わず画面をタップし、ブラウザを開いて大手検索サイトへ飛ぶ。そこでテキストエリアをクリック後、慣れた手つきで検索ワードを入力した――『5ちゃんねる』。
通い慣れた画面が表示された。日本でも有数の大型掲示板サイト。実際に利用歴があるかどうかはともかく、今やその名を知らぬ若者はいないだろうと言っても過言ではない巨大サイトだ。
不特定多数の人間が全国から利用する5ちゃんねるには、誰でも無料で、しかも匿名で自由に書き込みができるという利点があった。よほどの下手を打たなければどんな書き込みをしても身元を特定されることはないし、相手も自分も顔が見えないから好きなことを好き放題書いていい。
父親から虐待にも近い抑圧を受けている蒼太にとって、そこは唯一自分の思ったことをそのまま吐き出せる世界だった。最近の蒼太の日課は固定ハンドルネーム――通称『コテハン』――を利用してくだらない書き込みをしている連中をからかうことで、相手が画面の向こうで吠え面をかいているのを見ては、日頃の憂さを晴らしている。
そうして相手を打ち負かす瞬間の、何とも言えない快感が蒼太はたまらなく好きだった。画面の向こうで相手が何も言い返せなくなったり、負け惜しみの捨て台詞を吐いたりして逃げ出していくのを見ると、蒼太の胸はかつてない優越感と充足感に満たされる。
今日も今日とて得意満面の笑みを浮かべ、蒼太は掲示板の書き込み欄をタップした。入力するコテハンはいつもどおり『ヒロヤ』だ。これは言うまでもなくあの憎き真瀬宙夜の名前から取ったものだが、最近では『サトシ』にするべきだったかなと思うこともしばしばある。
『あー、やってるやってる。今日も自演祭だなこのスレはwww』
本日の初書き込みはそれだった。書き込んだのは最近書き込み数の伸びにかなりの勢いがあるオカルト系のスレッドだ。スレッド名は『サイコさんの噂Part48』。二月ほど前に蒼太が偶然このスレッドを見つけたときには、タイトル末尾の数字はまだ10かそこらだった。
それがたった二ヶ月でこれだけ伸びているということは、かなりの数の人間がこのスレッドを利用していることを意味している。何でもサイコさんというのは最近流行りの都市伝説で、ある一定の儀式を経てこういう掲示板やSNSに書き込みをすると、正体不明の〝サイコさん〟なる人物がその書き込みに返信をくれるというものだ。
たった今蒼太が覗いている『サイコさんの噂』スレッドは、連日連夜その儀式を実演し実況する〝勇者〟と、その〝勇者〟の活躍を見守り囃し立てるオーディエンスで賑わっている。だが蒼太はこの都市伝説に対して否定的だ。確かにフィクションとして楽しむ分にはなかなか愉快な内容だが、このスレッドを覗いていると、そのフィクションをノンフィクションだと信じ込んでいる輩があまりに多い。
そういう連中は頭が弱すぎて忘れているのだ。5ちゃんねるは一般的なSNSに比べて匿名性が高い。例えば一人の人間がまったくの別人になりすまして複数の書き込みをしたところで、それを同一人物による書き込みだと特定する方法がほとんど存在していない。
つまり最近人気のサイコさんとやらは、そうした一人の人間による自作自演によって生まれたものだろうと蒼太は半ば確信していた。そしてこのスレッドの住民はそうとも知らずに「サイコさんは実在した!」などとサルのように大はしゃぎしている。
そのサルどもを嘲弄するのは実に愉快だった。こういう哀れな人種を画面越しに眺めていると、蒼太の自尊心は大いに満たされ、日頃の鬱憤など気づけばどこかへ行ってしまう。
さて、今日はどいつの顔を真っ赤にしてやろうか。蒼太がそう思いながら画面を更新すると、早速『ヒロヤ』の名前に反応したレスがついた。
『うわ、また来たよこいつ』
『クソコテさん、おっすおっす~wwww』
『またお前かよ。このスレ来る度に「お前ら暇だねえwww」とか言うわりに毎日律儀に顔出すあたり、お前も相当の暇人と見た。ニート乙』
『おいお前ら触んなよ。お前らがいちいち触るからこいつも調子に乗って来るんだろ』
蒼太は笑いを噛み殺した。『触るな』などと冷静ぶって書き込んでいるやつは、恐らく以前蒼太に論破され、屈辱的な思いをした者だろう。だからそのときと同じ目に遭うことを恐れて、何とか蒼太を追い払おうとしている。だがそんな浅はかな考えはすべてお見通しだ。蒼太が書き込みをする前のレスをざっと流し読むと、どうやら今夜もサイコさんに挑戦する〝勇者〟が現れたとかで盛り上がっていたようだ。その騒ぎに水を差してやる。
『ニートは一日中このクソスレに張りついてるお前らだろ。よくこんな自演丸出しのオカルトスレで盛り上がれるよな。全員厨二通り越して消二かよww まあ、そんな馬鹿が群れて騒いでるの見るのが楽しいから俺もつい来ちゃうんだけどさwww』
『書き込む』と書かれたボタンをクリックし、打ち込んだ文章を送信した。厨二、消二というネットスラングは相手の幼稚な言動を皮肉る常套句で、このスレッドの住民たちを評するのにこれほどピッタリな言葉は他にない、と蒼太は思っている。
『はいはい。そういうお前も毎度毎度同じ書き込みしてよく飽きないな。ほんとにヒマなの?』
『つーか何を根拠に自演っつってんだこいつは』
『根拠なんてないだろ。こういう手合いは単に「おまいらとは違う大人な俺カコイイ」って自己陶酔に浸りたいだけのガキだから何言っても無駄。しかしそういうやつに限ってリアルでは何やっても上手くいかない負け組だったりするんだよな。可哀想なやつ』
そのとき、自分の書き込みに対するレスをニヤニヤと眺めていた蒼太の手が止まった。
最新の書き込みが目に留まる。〝リアルでは何やっても上手くいかない負け組〟。その言葉に、頭の裏側がカアッと熱くなるのを感じた。いつもならこの程度の〝煽り〟に対してムキになる蒼太ではない。だが今日ばかりは図星を突かれたような気がして頭に血が上った。
途端に左頬がじくじくと嫌な痛みを思い出す。昼間、学校で燈にぶたれた痛みだ。
あのときは普段大人しい燈の豹変ぶりに驚いて何も感じている暇がなかったが、多くの生徒たちの前で女子に平手を張られたという事実はあとになって蒼太の自尊心をズタズタにした。おまけに家ではこのザマだ。蒼太は画面の向こうの赤の他人に、自分の惨めさを見抜かれ晒されたような気分になった。
何か言い返してやりたいが、脳みそが沸騰しているようで何も言葉が浮かばない。自分の心音がやけにうるさい。そうこうしている間に、最新の書き込みが更新された。
『自演だろうと何だろうと俺は楽しければそれでいいよ。てか確かに今までここで試したやつの中には自演もいたかもしれないけど、すべて自演かどうかはやった本人にしか分からない。そんなに自演自演言うならお前も一回やってみれば?』
これだ、と蒼太は思った。このレスになら今の自分でも何食わぬ顔で返信できる。
『はあ? くっだらねーww こんなのガセに決まってるだろ。どう見てもやるだけ時間の無駄です本当にありがとうございました』
新しいネタ振りが来る前に、急いでそう返信した。その甲斐あって、蒼太のレスはサイコさんの実演を勧めてきたレスの直下にぴたりとつく。
だがそこから、蒼太の想定外のことが起こった。
『あっれー? ヒロヤ君、もしかして呪いが怖いのー?www』
『散々自演自演言っといて怖じ気づくなよw 本当に自演だと思うならやってみりゃいいじゃん』
『ヒロヤ氏がやるなら俺は今日やらないんで今夜の枠譲りますよー?』
蒼太はまたしても画面をスクロールする手を止めた。自分を小馬鹿にしたようなレスが続くのを見てようやく思い出す。
そう言えばサイコさんには最近、〝ネット上に質問を書き込むと答えてくれる〟という噂以外にも妙な噂がついて回るようになっていた。それが〝呪い〟だ。
これもまた真偽の定かならぬ与太話に過ぎないが、何でもこのサイコさんを実行し成功させた者は〝サイコさんの呪い〟にかかってこの世のものとは思えぬ恐怖を味わうとか。そんな噂が流れ出したのはここ最近サイコさんが流行し、このスレッドに〝勇者〟と呼ばれる実践者が数多く現れるようになってからのことだった。
その〝勇者〟の数に比例して、スレッドでは似たような内容の書き込みが増えている。曰く、サイコさんを実行した友人が後日行方不明になったとか、同じくサイコさんを試した知り合いが自殺したとか。
馬鹿馬鹿しい、と端から鼻で笑って相手にしていない蒼太はそれを気にも留めなかったが、スレッドの住民たちはそうした書き込みの内容を信じて〝サイコさんの呪い〟と呼んでいるのだ。その呪いの噂の存在を蒼太はすっかり忘れていた。だから予防線も張らずに思いついたことをそのまま書き込んでしまい、現状、スレッドの住民から袋叩きに遭っている。
おまけに今夜サイコさんを実行すると予告していた〝勇者〟まで面白がって煽ってくるものだから、蒼太は理性の糸が切れた。自分をビビリと嘲笑う連中の書き込みが癇に障り、再び頭の裏側が熱を帯びるのを感じながら文字を打つ。
『俺はその呪いの噂も含めて自演だって言ってんだよ。だからくだらねーって言ってんの。お前らそこまで馬鹿なわけ? つーかそんなに言うなら本当に証明してやろうか?』
決して冷静ではない頭で、精一杯の余裕を演じながら書き込んだ。するとその書き込みから三分と経たないうちに、次々と囃し立てるレスがつく。
『おー、やれやれwwww ぜひとも「証明」してくれwwww』
『そしてそのままサイコさんに呪われて氏ねばいい』
『やべえ、何この展開! 胸熱www』
『面白くなって参りましたwwwwwwwww』
かくして蒼太はその晩、サイコさんを実践することになった。
そしてその選択を、すぐに後悔することになる。
時刻は午前二時を回った。蒼太の目の前には、紙面を赤いボールペンの筆跡で埋め尽くされたルーズリーフが一枚ある。
儀式の準備は既に整っていた。蒼太は寝間着姿で勉強机の前に座し、充電コードにつながれたスマートフォンと向き合う。こんな時間まで起きていることが親にバレると面倒なので、部屋の明かりは落とし、勉強机に備えつけの蛍光灯を一本だけ灯していた。
窓の外からは蛙の鳴く声が聞こえる。蒸し暑い。冷房を入れれば済む話なのだが、室外機の音で起きていることに気づかれるのを嫌って今夜は電源を切っていた。
蒼太が今夜二時過ぎにサイコさんを実況すると宣言したおかげで、5ちゃんねるの『サイコさんの噂』スレッドは大盛り上がりだ。こんな時間でも――いや、こんな時間だからこそ普段から人の多いスレッドだが、今夜はその人数が特に多いような気がする。書き込みはどんどん流れ、スレッド数もいつの間にかPart49に突入していた。
最新の書き込みの内容はどれも「早くこい」と蒼太を急かすものだ。その皮肉と嘲弄を多分に含んだレスの数々を忌々しく思いながら、しかし蒼太はその前に儀式の手順の最終確認をする。
「えーと、質問を十三回書いた紙は用意したから……」
儀式の手順は、このスレッドが新しく立つ度に明記される決まりになっていた。いわゆる〝テンプレ〟と呼ばれるもので、スレッドの最初の書き込みを見ればご丁寧に過去スレや関連サイトへのリンクまで貼られている。蒼太はそのテンプレの全文を表示して、箇条書きされた手順にもう一度目を通した。そこに記された内容はこうだ。
①白い紙(紙なら何でもいい)にサイコさんに尋ねたいことを赤いペンで13回書く。
②もしラピスラズリ、フローライト、アズライト等の精神を落ち着かせるパワーストーンが手元にあるなら、それを水を入れた瓶などに沈めて傍に置いておくと良い(同じ効果が期待できるので、リラックス効果のあるアロマなどがあるならそれを焚くのも良い)。
③深呼吸をしてリラックスしたら、冒頭に「サイコさんに質問です」という一文を添えて①で書いた質問を書き込む。
④成功すればサイコさんからの返答有。
まったく馬鹿馬鹿しい、と改めて鼻で笑いながら、蒼太はふと机の隅を見た。そこには水の入ったマグカップがある。蒼太はスレッドに書かれているようなパワーストーンは持っていないものの、遠い昔に買ったターコイズのブレスレッドがあったので、それを中に沈めたものだ。
先程ネットで調べたところ、生憎ターコイズには精神を鎮めるような効果はないようだが、何もしないよりはマシだろうと思った。とにかくこのスレの住民どもを黙らせるには、可能な限り正しい条件に近づけて儀式を行い、サイコさんなどというものがこの世に存在しないことを証明するのが手っ取り早い。
ゆえにテンプレの内容を熟読し、儀式の準備に抜かりがないことを再確認した蒼太はふーっと一度息をついた。そうしてスレッドの書き込み欄をタップし、いよいよ開始の合図を送る。
『おら、お望みどおり来てやったぞ。急だったからパワーストーンとかちゃんとしたの用意できなかったけど、ターコイズのブレスレッドはあったからそれを代わりに準備した』
同時に、先程5ちゃんねる専用のアップローダーからコピーしてきたURLを貼りつける。実際にターコイズを用意した証拠として撮った写真のURLだ。
蒼太がその書き込みを送信すると、住民たちは一気に沸いた。中には『ターコイズww 全然違えしwwww』などと煽ってくる者もいるが、『いや、でも何もないよりはいいんじゃね?』と珍しく擁護する者もいる。
とにかく、スレッドは今〝祭り〟の状態だった。これから蒼太が実際にサイコさんを試すというのに、レスの流れが早すぎてさすがの蒼太も追い切れない。
こんな状況で実験をして本当に大丈夫か? という疑問はありつつも、ここまできてやらないわけにもいかないので、蒼太は再び書き込み欄をタップした。
『それじゃあ始めるからお前ら一旦スレの流れ止めろよ。でないとお前らの大好きなサイコさんが来ても見逃すぞwww』
多少の皮肉を込めた書き込みだったが、一応の効果はあった。『本当にあった怖い名無し』――これはコテハンを持たない利用者が書き込んだとき、自動で付与されるハンドルネームだ――の『wktk』という書き込みを最後に、あれほど賑やかだった書き込みがしんと静まり返る。
その瞬間、蒼太は〝勝った〟と思った。何しろ蒼太が用意した質問は、この場にいる誰にも絶対に言い当てることができないものだからだ。場合によってはサイコさんに化けた住民が当てずっぽうのレスを返してくるかもしれないが、そんなものが当たるわけがない。そうしたら「ハイやっぱり自演でした~」とここぞとばかりに住民を煽ってやればいい。
完全勝利の予感に早くもニヤつきながら、蒼太はいよいよ本命のレスを書き込んだ。
『サイコさんに質問です。俺の本名が分かりますか?』
スレッドがざわついた。『は?w』と短い書き込みをする者もいれば、『おい、ふざけんなよ。そんなのどんな名前答えたって「違います」ってお前が言えばいくらでも誤魔化し利くだろうが。予防線張ってんじゃねーよカス』といきなり怒り出す者もいる。
だがそんなレスの数々を見て、蒼太は満面の笑みを浮かべた。ほら見ろ、やっぱり誰も答えられない。答えられるわけがないんだ。今までのだって全部住民の自作自演だったんだから。悔しかったら本名を当ててみろ。まあ、そんなのお前らには死んでも不可能だろうけどな――
『森 蒼太』
その瞬間、何故か蛙が鳴くのをやめた。
突如として訪れた真夜中の静寂が、蒼太の耳に突き刺さる。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。いや、脳が理解することを拒絶した。
だが何度目を瞬かせてみても。
そこに書き込まれたのは間違いなく、蒼太の本名だ。
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