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第一夜 Executive Player「律」
新しく入った経験者
しおりを挟むSweet Plutinumの事務所で、腕を組む律はホワイトボードを見つめていた。ホワイトボードには出勤している女性たちの状況が書かれている。
今日もほどほどに忙しいようだが、今はちょうど落ち着いている時間帯だ。メイコが自身のデスクで紅茶を飲むぐらいには余裕があった。
「社長、ユキちゃん、調子いいですよ」
メイコは椅子を回転させ、律に体を向ける。
「ふーん、そうなんだ?」
対して律はホワイトボードに体を向けたまま。
あいかわらず素っ気ない返事だ。
「リピーターも多いですし、口コミもいい感じです」
「へえ。よかったね、働いてもらって」
「ええ、ほんとに」
メイコは背もたれにのしかかり、紅茶に口をつける。
「実は面接のとき、少し心配ではあったんです。ホストに貢いでたみたいですし」
律の視線がメイコに向かう。メイコは紅茶の表面を見つめながら続けた。
「抜け出したいって言ってましたけど、あの沼はハマったらなかなか抜け出せないじゃないですか。ウチはそういう人、お断りしているし」
「うん。でも、メイコさんは雇おうと思ったんでしょ?」
「はい。意志は強そうでしたので。講習中も真面目で真剣でしたし、積極的に質問してくれて。……きっと風俗じゃなくてもうまくいく女性だと思います」
「そう」
律はユキの予定欄を見る。今は接客中で、その後も予約が入っていた。メイコの言うとおり、調子がいい。
「今はもう、大学に復学して、勉強に力入れてるみたいですよ。同級生より遅くなるだろうけど、卒業はちゃんとしたいって」
「いいじゃん」
「ここで稼いだお金も自分のために貯めておきたいって言ってました」
「それが一番だよ」
うなずく律を見て、メイコは意味深な笑みを浮かべる。静かになったメイコに、律は顔を向けた。
「……なに?」
「いーえ。ちょっと、気になることがありまして」
「なに?」
「その前に、ユキちゃんから預かってるものがあるんです」
メイコはカップをデスクに置き、引き出しを開ける。白い封筒を取り出し、律に両手で差し出した。
「なにそれ?」
「三百万入ってます。社長に渡してくれたらわかるって言ってましたよ?」
律は何も言わず、表情も変えず、封筒を受け取る。
封筒は厚みがあり、それなりに重い。確かに三百万は入っているようだ。
「ふうん、律儀だね」
律の反応に、メイコは眉をひそめた。
「やっぱり、ユキちゃんって社長のお客さまなんですか?」
「違うけど」
「ほんとですか?」
疑心をのせた目で腕を組むメイコに、律は気だるげに返す。
「違うって。俺が今まで自分の客をつれてきたことなんてなかっただろ」
「じゃあ、そのお金なんですか?」
「うん? これは、まあ……紹介料、みたいな」
「はあ? なんですか、それ」
「しつこいなぁ。俺はともかく、ユキちゃんにとってはデリケートなことなんだよ。……これ以上は聞かないで。ね?」
きれいな顔で、はかなげに笑ってみせる。デリヘルスタッフにはめったに見せない、輝きを放つ笑みだ。
「う……。なんだか私が悪いことしてるみたいじゃないですか」
さすがのメイコも、律の美しさを前に強引なことはできなかった。
Platinum Sugarに最近入った期待のエース、ユキ。
彼女との関係性を、律はスタッフに一切話していない。律が店を教えたことも、彼女のほうから店の紹介を頼みこんできたことも、言わなかった。それはユキも同じだ。
ユキの意図を組んだ律は、万札の入った封筒を、ジャケットの内ポケットにしまいこんだ。
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