律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
上 下
26 / 72
第一夜 Executive Player「律」

なぐさめといたわり

しおりを挟む



「もう! だから言ったじゃん、社長!」

 エレベーターに乗ってそうそう、ヒナノの声が耳をつんざく。

 レミが飛んだ話は、すでにスタッフや女の子たちへ知れ渡っていた。

「五十万も貸して結局逃げられるなんて!」

 律はうんざりとした顔で返す。

「勘弁してよ、さっきユリさんにも同じこと言われたんだから」

 先ほどマンションに入ろうとしたとき、仕事に向かう女性と鉢合わせ、似たような苦言をつきつけられた。今日は女の子と顔を合わせるたびに、それが繰り返されることだろう。耳にタコができそうだ。

 ボタンの前に立つミズキが、同情的な目を向けていた。かわいそうなものを見る目つきに、律は冷ややかな声を出す。

「大丈夫だって。そんなに心配することじゃねえから」

「するに決まってるじゃん!」

 ミズキではなくヒナノが声を荒らげた。

「五十万だよ! ちゃんと返してもらってないんだよ? しかも、他に貸してた女の子の借金たてかえたんでしょ? 昨日の給料ちょっと多かったもん!」

「ああ。部長、ちゃんとやってくれたんだ?」

「社長は人がよすぎだよ! そんなんだからだまされちゃうんだよ!」

 ミズキがうんうんと何度もうなずく。

「社長も女の子にだまされることがあるんすね……」

「ああん?」

 律は不快気にミズキをにらみつける。

「俺のことす~っごいバカにしてんな?」

 ミズキの代わりにヒナノが声を上げる。

「そりゃそうでしょ。だって、す~っごくかわいそうなんだもん」

「え~……?」

「よしっ。私、決めた」

 ヒナノはガッツポーズで、かわいらしく続ける。

「私、頑張る。社長が奪われた五十万円分。チャラになるくらいたくさん稼いであげる」

「はいはいありがと、ヒナノちゃん」

「あっ! その言い方、期待してないやつだ!」

 エレベーターが開き、律が先に降りていく。

「そんなことないよ~。ほら、もう待機室行きな~」

 続けて降りる二人を見て、律はフロア奥にある待機室に手を向けた。ヒナノの頬がむくれる。

「も~、こっちは真剣に言ってるのに~」

「ヒナノちゃんが頑張る必要ないし、俺のことを気負う必要もないから。みんなにもそう言っといて」

「まったく、本当に人がいいんだから」

 ヒナノは文句をぶつぶつ言いながら二人に背を向け、遠ざかっていく。待機室へ入るのを見届けた律は、ミズキに顔を向けた。

「この俺が、ただ人が良いだけでなにも考えてないと思う?」

「まさか~」

 ミズキはふざけたように笑うものの、その声は真剣だ。

「どうせ社長のことですから。すでに手は、打ってあるんでしょ?」

 律は薄い笑みを浮かべただけで答えない。二人はともに、事務所へと足を運んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

オトナになれないみづきと凜霞の4日間逃亡生活

らんでる
青春
小さな少女、みづきと大人びた少女、凜霞。 時間はたったの4日間。出会ったばかりの2人が海を目指し、繰り広げられる友情と恋愛の狭間の物語。

進め!羽柴村プロレス団!

宮代芥
大衆娯楽
関東某所にある羽柴村。人口1000人にも満たないこの村は、その人口に見合わないほどの発展を見せている。それはこの村には『羽柴村プロレス』と呼ばれるプロレス団があるからだ! 普段はさまざまな仕事に就いている彼らが、月に一度、最初の土曜日に興行を行う。社会人レスラーである彼らは、ある行事を控えていた。 それこそが子どもと大人がプロレスで勝負する、という『子どもの日プロレス』である。 大人は子どもを見守り、その成長を助ける存在でなくてならないが、時として彼らの成長を促すために壁として立ちはだかる。それこそがこの祭りの狙いなのである。 両輪が離婚し、環境を変えるためにこの村に引っ越してきた黒木正晴。ひょんなことから大人と試合をすることになってしまった小学三年生の彼は、果たしてどんな戦いを見せるのか!?

びびあんママ、露出狂を拾う

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
大衆娯楽
★びびあんママ基本情報 ※ちょいちょい短編で出す予定すが、基本情報を把握していればどれでも把握可能です。 ●新宿二丁目でバー『メビウス』のママをやっているオネエ。四十代半ば。お人好し。恋人なし。 ●バイトの子は椿ちゃん(22)。スレンダーな美女オネエ。 ●常連客のラジオのディレクターからの頼みで、人気タレントの逮捕で、その人がやっていた深夜の人生相談番組を穴埋めでやらされるが、引きが強いのか巻き込まれやすいのか事件が起きて「何か持っている」と人気DJに。一回こっきりのハズが、未だに毎週金曜深夜に【びびあんママの人生相談れいでぃお】をやらされている。 ●四谷三丁目の三LDKのマンションで暮らしている。ペットは文鳥のチコちゃん。時々自分のアフロなウイッグに特攻してくるのが悩み。 ●そんなびびあんママの日常。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...