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第一夜 Executive Player「律」
彼の名は律 2
しおりを挟むたとえ指名だろうと、数分しか話せないのはよくあることだ。誰もがそれを覚悟したうえで、律を指名する。
次に向かう卓席では、エレガントな美魔女が体を大きく揺らしていた。
「も~、遅いよ、律。あんたが来るまで何杯飲んらとおもっれんお~」
「ごめんごめん。やっと戻ってこれたよ~」
律はとなりに座り、女性の顔をのぞきこむ。顔が赤く、目はうつろだ。
店に来た時点で酔っぱらっていたが、律がいなかったあいだに安酒を飲み続けていたらしい。開いた缶が卓に積まれている。
正面に座るヘルプのホストたちが対応をがんばってくれていたようだ。声を出さず、口の動きで「ありがとう」と伝える。
壁際にいたスタッフに来るよう手招きし、まとめていた空き缶を持っていくよう促した。
とたんに、女性が声を張り上げる。
「よ~し! リシャールらろうがロマネらろうがなんれもいいからいれるろ! 今日はもう最後まで一緒にいれもらうんらから!」
「ちょっ、だめだよ。さすがに意識飛んじゃうって」
女性はもう、呂律が回っていない。律の静止も聞かず、勝手にメニュー表を見ている。空き缶をもつスタッフに、注文を付けようとしていた。
律は女性の腕を取り、穏やかな声で止める。
「レイさんもうやめな? 帰れなくなっちゃうよ?」
「あたしじゃない、おまえらが飲むんらよ!」
「それならいいけど……ほんとうにレイさん飲まない?」
「わぁかってる! も~飲まない! 律が店終わるまでいてくれたらそれでい~の! ど~せアフターできないんらろーが!」
律はスタッフと目を合わせ、神妙な顔で伝える。
「じゃあ頼むけど、レイさんはコールいらないからね」
スタッフがうなずいたのを確認し、輝かしい笑みを女性に向けた。
「レイさん、俺、アルマンドかルイ十三世がいいな~」
「はあ~? そんな安酒でいいわけ?」
「いや、俺がねだっといてなんだけど、なかなかの値段するよ? ねえ?」
ヘルプたちに同意を求めた。百万近くする高級ブランデー、ルイ十三世を安酒と言い切った女性に、苦笑している。
「らあって金出さなきゃいてくんないじゃん」
「大丈夫だよ。いるいる。レイさんが出せる範囲ならなんでもいい。できれば飲みやすいほうがいいな」
「ん~じゃあ、アルマンドの~……」
「シルバーにしよ!」
律はスタッフと再び目を合わせ、真剣な表情でうなずいた。
最高級シャンパンのアルマンドシリーズの中で、アルマンド・シルバーの定価は高めの十万円。そこからサービス料としての料金が二十万ほど加算されている。
しかしシルバーは夜の店でウケない。見栄えのいいゴールドやピンクのほうが好まれるため、加算額も多い。結果としてAquariusでは、シリーズの中でも安い金額で取り扱っている。
売り上げを出すことだけを考えれば、定価も加算額も最高値のアルマンド・ブラックを選ぶべきだ。
が、そうはしないのが律だった。
スタッフがスペードマークのついたシルバーのボトルを、静かに卓へ持ってくる。ふたを開け、そそいだグラスを律とヘルプたちの前に置いた。
まだ中身が残るボトルをそのまま置いて、スタッフは離れていく。
「ありがとうね、レイさん。でもレイさんはお水飲んで」
「わあかってるっつの」
律の言葉に反応したヘルプが、グラスと水に手を伸ばした。律はそれを制する。
「あ、大丈夫。俺がするから」
自身でチェイサーの水を女性に用意し、前に置かれたシャンパングラスに視線を向ける。
「よしっ飲むよ」
店が閉まるまであと三十分。さんざん飲み食いしたホストにとって、ここが正念場。
グラスを前に、ヘルプたちは息をのんでいる。指名客に付き合って飲んでいた律も、卓に合わせて飲んでいたヘルプもきついのは一緒だ。
「ねえ、レイさん。もし俺が飲み干せたら、なんかご褒美ちょうだいよ」
女性はチェイサーに口をつけ、こぼしつつ飲み干していく。律はもっていたハンカチで、女性の体に落ちる水を拭いた。
口元をぬぐう女性は、声を張る。
「あ~? 飲めるもんなら飲みなさいよ~。全部飲めたら今度特大シャンパンタワー頼んでやるわ」
「あ、いったな~。見てろよ?」
律はまず自身のグラスをあおる。続けて飲もうとするヘルプを止めた。怪訝な顔をするヘルプたちの前で飲み干していく。
カラになったグラスを置くと、ヘルプに用意されていたグラスを持ち上げ、口をつけた。
「ちょおっと~、この子たちにも飲ませてやりなよ、かわいそうでしょ」
「これも全部飲まないと、あとで難癖つけられそうだからね」
「つけないわよ!」
「だいたいね、こいつらにアルマンド・シルバーは百年早いんだよ! グリーン下ろしてもらえるようになって出直してきな!」
ヘルプたちに吐き捨て、見せつけるように飲んでいく。カラになったグラスをテーブルに置き、再び注いで口をつけた。営業時間が終わるまでのペース配分で、飲んでは注ぐを繰り返す。
「あんたねぇ。ころもじゃないんらから……」
女性はあきれながらも、チェイサー片手に律の姿をずっと見つめていた。
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