律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第二夜 酒も女も金も男も

献身と最悪の裏切り 2

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「いや、これはその」

「わたしが働いてるときになにしてるのよ!」

 怒声が、廊下中に響き渡る。

 男性はめんどくさげに顔をゆがめ、ため息をついた。

「しょうがねえだろ。おまえが働いてる店だって知らなかったんだから」

「そういう問題じゃないでしょ! こっちは金稼いできてるっていうのにあんたはどうして……!」

「うるせえなあ! おまえがそんなだからこんなことになってんだろ!」

 二人とも感情に身を任せ、場所もわきまえずに言い争う。

「他の男のブツめるような仕事しやがってよ。恥ずかしいと思わねえのか、俺の嫁として」

「もとはといえばあんたの借金のせいでしょ!」

 二人のようすから、部長は男性がカナの夫だと悟った。二人の声は、ずっと廊下に響いている。

 部長は部屋に向かって二人を押した。

「ここじゃ迷惑かけるんでね。二人とも中に入ってからにしましょうや」

 部屋に入ってからも、あいかわらず言い争いは続く。部長は仲裁のタイミングを探っていた。

「私がどんな思いで働いてきたかわからないの? 何回も言ってるよね? こういうのやめてって! ほんとどういう神経してるわけ?」

 カナは事務所の時とは違い、強い口調で夫を責め立てる。

「はあ……うるせぇな」

 だるそうに舌打ちする男に、カナはますます声を張り上げた。

「何よその反応! ここはね、入会金も一回のプレイ料も割高なのよ? あんたが遊べる金額設定じゃないのよ! ただでさえお金ないってのに……」

「あ~うるせえうるせえ! ほんとおまえはわかってねえよな! おまえがいつもそんなだから息が詰まんだよ! 金稼いで来いって文句ばっかでよ! 俺は息抜きもできないのかよ!」

「はあ~? 息抜き? そういうのはね、借金返せるくらいの金を稼いできてから言いなさいよ!」

「おまえが稼いできた金は俺のもんだろ! 家族の金なんだからどう使おうと勝手だろうが!」

「いや、あんたそれ自分で言ってて恥ずかしくないの?」

 カナは夫に向かってびしっと指をさす。

「仕事も見つけず遊んでるようなあんたに息抜きなんて言う資格はないから! 文句も女遊びも借金返してからにしなさいよ!」

 カナの正論に、男の顔が赤くなる。

「こんの、生意気だぞ! 何様のつもりだよ!」

「何様のつもりもないわよ! でもねえ! 借金ばっかで一銭も稼ごうとしないあんたが、わたしに文句言えると思うな!」

 ぶちりと、何かが切れる音がした。男の真っ赤な顔に、青筋が浮かぶ。

 鼻息荒く、怒鳴り散らした。

「俺のこと馬鹿にすんなよ! 男に裸見せるくそみたいな仕事で稼いでるくせに、いっちょ前なツラしてんじゃねえ!」

 拳をふりかざす男に、カナはとっさに目をつぶる。重々しい音が、室内に響いた。

 カナは目をつぶったまま頬をペタペタと触る。まったく痛くない。困惑する表情で、うっすらと目を開ける。

「え……?」

 カナの目の前には、ずんぐりむっくりな背中が立ちふさがっていた。

「お客様……」

 地の底から震えだすような、低い声だ。

「いくら自分の妻だからって、ウチの女の子に手を出してもらっちゃぁ困りますよ」

 カナの前に立ちふさがった部長は、目の前の男ににらみをきかせている。その頬は腫れ、口元から血が流れていた。

 床に落ちる前に、手の甲でぬぐう。

「場合に寄っちゃ警察呼んだり慰謝料請求したり、なにかと手間なんでね。この場でチェンジにするかキャンセルするか決めてもらっていいですか。どちらも料金はかかりますけど」

 恰幅かっぷくのある全身は、いかつい顔も相まって、タダものではない雰囲気を漂わせる。

 ひるんだ男はなにも答えようとしない。部長はますますドスのきいた声を出す。

「どうするんですか? チェンジですか? キャンセルですか?」

「きゃ、キャンセルで」

「そうですか」

 一転、部長はにっこりと笑う。

 それもまた、決して逆らってはいけない恐ろしさを強調させていた。

 姿勢を正し、頭を下げる。

「今回の件は上に報告させていただきます。上の判断によってはブラックリストに加えられる可能性もありますので、あしからずご了承ください」



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