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第二夜 酒も女も金も男も
残された選択肢 1
しおりを挟むホストクラブ「Aquarius」のある歓楽街から、タクシーでニ十分ほど移動した先に高級商業地がある。クラブにバー、アパレルショップに百貨店、すべての頭に高級の文字がつくような場所だ。
その中でも名のある百貨店の前に、律と千隼はいた。二人とも普段と格好は変わらない。千隼はサラリーマンのようなスーツ姿で、律は特徴のあるスリーピースだ。
いつもならすでに出勤し、同伴の準備をしている頃だった。
金髪で顔が整っている律は、ひどく目立っている。通りすがりの女性すべてに顔を向けられるほどだ。律は気にとめず、となりにいる千隼に顔を向けた。
「千隼さん、さっき言ったように、俺に合わせてくれたらいいですから。なんなら、なにも話さなくていいですし」
「わかってるよ。でもなんか気が引けるなぁ……。だますみたいで」
おどおどとした千隼の態度に、律は不快気なため息をついた。
「すぐに済みますから。それが終われば二人でディナー食べて、デート行ったりホテル行ったり好きにしてくれていいですよ」
「あ、来た」
律は千隼が向いている方向に顔を向ける。すれ違う人たちをよけながら、小走りで近づいてくる女性を見つけた。千隼の名前を呼んで、手を振っている。
ゆれる栗色の長い髪。ふんわりとした清楚なスカート。男性に好かれそうなかわいらしい顔だ。
千隼がにやけた顔を律に向けた。
「ね、かわいいでしょ?」
「……そうですね」
千隼の彼女である花音は、少し息を切らせて立ち止まった。
「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
万人受けする、印象のいい笑みだ。
「えっと、この人は?」
髪を耳にかけながら律を見上げた。律は花音を見すえながら、素っ気なく会釈する。
「どうも、律です」
その一言だけなのに、花音の瞳はキラキラと輝き始めた。花が浮かぶような雰囲気をただよわせながら、高い声を出す。
「わぁ。はじめまして~」
花音から漂う甘い匂いは、有名ブランドで定番とされる香水だ。着ている服は新品で、バッグと靴はハイブランド。千隼がプレゼントしたものだろう。
律を見るその視線は興味津々で、好意がありありと見て取れた。
律はとなりにいる千隼に視線を向ける。花音の変化に気づいていないのか気にしていないのか、特に反応を示さない。
それどころか平然と律を紹介し始めた。律との打ち合わせどおりに。
「律くんは俺の後輩なんだ」
「そうなの?」
「ていっても、もう辞めちゃったんだけどね」
眉尻を下げた千隼に、律が薄い笑みで続ける。
「辞める直前まで指導していただいてたんです。今さっき、偶然会ったところで」
「ふうん? じゃあ、今はなにを?」
律を見つめる花音の目は、あいかわらず好奇心に満ちている。律は淡々と答えた。
「今はサービス業を」
「具体的にはどういったことを?」
くどい。だが、律は強気に、堂々と答えた。
「ホストです。こっちのほうが性に合ってるみたいで」
「へえ~、そうなんですねぇ」
花音は変わらず、ニコニコと律を見つめている。その反応に、千隼は安どの息をついていた。
「どうして前の仕事を辞めちゃったんですか?」
問う側にとっては純粋でも、問われる側にとっては殺傷力の高い質問だ。とっさに千隼がたしなめた。
「花音……」
「だってお給料もそこそこもらえてたでしょ? 会社の名前だって大きいし」
「……ごめん、律くん」
「いえいえ、よく聞かれますから」
律は思い出すように視線を上に向け、冷静に答える。
「会社勤めのころは、休日なんてないようなもので、家にいるときもずっと仕事のことを考えなきゃいけなくて。恋人には会えないし、自分のために使う時間もないし……。それで、ある日突然、力尽きちゃったんですよね」
「え?」
千隼の顔がこわばった。律は気づいていたが、それでも、花音に向かって話を続ける。
「死にたくなるくらいには、病んじゃって。病院に通いながらも頑張ってたんですけど、最後は会社の窓から飛び降りようとしちゃって……。先輩たちにたくさん迷惑をかけてしまったんです。だから、これ以上はもう無理だなって」
「そうなんだ~。それは大変でしたねぇ。でももったいないですよね~。あんな大手の企業辞めちゃうなんて」
律は花音にほほ笑みながら、千隼をちらりと見る。千隼は困惑の表情で律を見つめていた。聞きたいことを聞き出せず、眉を寄せている。
「……ですね。みんなそう言います。でも、今は精神も安定してるし稼げているので、この生活のほうが俺には合ってるんでしょうね」
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