律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第二夜 酒も女も金も男も

ベテランのご意見 2

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「ありがとうございます、いただきます」

 一つ手に取った律は、包みを開けていく。中身はもみじ型のまんじゅうだ。

「夏妃さんは、結婚ってどう思います?」

 紅茶を飲んでいる夏妃の眉が寄った。

「いきなりなに? どう、というのは?」

「ホストが一般の方と結婚する場合、うまくいくと思います?」

 まんじゅうを一口かじる律に、夏妃はひときわ妖艶な笑みを浮かべてみせた。

「無理じゃない?」

 カップを置いた夏妃もまんじゅうを手に取り、包みを開けていく。

「女の器が相当でかくないとね」

 品のいい所作で少し口に含み、咀嚼そしゃくする。口元に手をかざしながら続けた。

「だって、職場で四六時中、女といちゃこらしてんのよ? 客のすべてが旦那のことを狙ってるようなもんだしね。売り上げのために客を抱いて、休日だって客を優先するかもしれないでしょ?」

 結婚のハードルが高いのはホスト側だけではない。女性側にも大きい負担がのしかかる。

 夫に付きまとう女性関係を仕事だと割り切れればいいものの、そこまで強い女性はなかなかいない。

 律は苦笑しながらうなずく。

「ですよねぇ」

「もちろん社長みたいに枕もアフターもしないってやつもいるだろうけどね。それを妻としてずっと信用できるのか、って話になってくるでしょ。……生半可の覚悟じゃ、無理よ」

 夏妃は鼻を鳴らす。その動作ですら、年齢を重ねたからこその色気を放っていた。

「結婚ってね、二人だけの問題じゃないのよ。親兄弟、職場、知人友人の関係にもかかわってくる。世間体を気にするな、なんてきれいごとよ。子どもが産まれるとなれば、なおさら」

 律は夏妃の言葉を黙って聞いていた。

 片手にまんじゅう、もう片手で紅茶のカップを持ちあげ、息を吹きかける。紅茶の表面を気にしながら、おそるおそる口をつけていた。

「大体、ホストを結婚相手に選ぼうとする女も、ろくなもんじゃないわよ。そこにあるのはほんとうに愛情なのかしら。人気者の男と結婚してやったっていう優越感かもしれないでしょ。……さすがにこれはうがって見すぎ?」

 笑う夏妃に合わせるよう律もほほ笑む。

「で? なんでそんなこと聞いてくるの? もしかして社長、結婚したい人でもいるの?」

「そんなんじゃありませんよ。夏妃さんがどういうふうに考えるのか気になっただけです」

「え~? ほんとに? 気になるわね。社長の色恋話って聞かないからさ」

「聞かせられるような経験はしていませんよ」

 律はちみちみと食べ進める。夏妃の食べる速度よりも圧倒的に遅い。それでも甘いものは好みだ。少量を口に含みつつ、少しだけ口角が上がっている。

「結婚って、結局は価値観と相性によるのよね」

 律の食べている姿を見ながら、夏妃は神妙な顔で続けた。

「恋愛とは別物。結婚はゴールじゃなくて新たなスタートだから。そこからが長いの。モテる男と結婚したから幸せってわけじゃないしね」

 律はうなずく。

「おっしゃるとおりですね」

「ホストだけに限った話じゃないけど、結婚前にキツイと思う要素があるなら、するべきじゃないわね」

 夏妃は残りのまんじゅうをほおばった。一方で、律は紅茶に口をつけながらまだ食べている。手に持つまんじゅうはあまり減っていない。

「夏妃さんは、結婚してからですよね。ウチに来てくれたのは」

 夏妃は咀嚼そしゃくしながら、口元を手で隠す。

「そうね。でもまあ、結婚前にも副業としてやってはいたんだけど」

「旦那さん、よく許可しましたね」

「……そうねぇ」

 夏妃の眉尻が下がった。

「変な人なのよ。そもそも私がなにをやろうと文句は言わない人だから。普通は奥さんがこういう仕事をするってなったら、止めるものなんでしょうけど」

「確かに、不思議なお方でしたね。一度お会いしましたけど、奥さんのためにデリヘル会社の社長の顔を確認するなんて、なかなかないですよ」

「やっぱりそうよね。社長がそう言うんだから間違いないんだわ」

 夏妃は紅茶に口をつけ、かみ砕いたまんじゅうと一緒に味わう。口の中のものを紅茶とともに、ゆっくりと飲み込んでいった。

「私は好きでこの仕事をしているし、結構自由にやらせてもらってるわ。でもそれがすごくレアだってことも自覚してる。普通は夫に隠すもんだし、金のために働かざるを得ないからやってるのよね」

 夏妃の口角が、穏やかに上がった。

「どちらにせよ、結婚と夜職を同時にするんだったら覚悟が必要よ。精神的に劣勢な立場なのは言うまでもないわ。私だって、明日離婚届を突きつけられたとしても、文句は言えないもの」

 その言葉尻には、穏やかな表情に反し、強固な覚悟が含まれていた。

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