律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第二夜 酒も女も金も男も

夕方の事務所にて

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「……以上がプレイ内容です」

  洋室に、女性の声が響く。パンツスーツに身を包んだメイコがソファに腰を下ろし、ローテーブルに置いてある書類を手で示した。

「オプションは別料金。これは全部女の子のお金となる部分です。当然、本番行為は禁止。何かあればすぐにスタッフがかけつけますから、安心してください」

 テーブルをはさんだ正面には、薄化粧の女性が座っている。年齢は三十代後半といったところだ。メイコとそう変わらない。

 深い灰色のロングワンピースで、髪は黒。キレイな顔をしているが、幸が薄い雰囲気を隠そうともしていなかった。
 メイコのほうが若々しく、ハツラツとして見える。

「ウチは会員制の高級デリヘルなので、お客様も質の高い方が多いんです。とはいえ、みながそうとも言い切れません。不潔なお客様は一握りしかいませんが、お金を多めに払っているぶん、変態的なお客様や尊大なお客様もいらっしゃいます」

 神妙な顔でうなずく女性に、メイコは柔らかな笑みを浮かべた。

「不安なことがあったらスタッフに気兼ねなくお話しくださいね。この仕事が初めてなら、不安も大きいでしょうから」

「はい……」

 自信のない、弱弱しい声だった。

「では、指導に移りましょう。初めてなら勝手がわかりませんよね?」

 女性の体がびくりと震えたのを、メイコは見逃さない。包み込むような笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。ウチは女性が指導を行います。今日は講師がいらしてますから、そちらに案内しますね」

 じゃあ、とメイコは席を立ち、洋室を出る。女性もぎこちなく立ち上がり、メイコのあとをついていった。

「それが終わったら、プロフィール用に写真を撮らせてください。源氏名やプロフィールはこちらで用意しますので、それに準じた行動をお願いします」

 二人はリビングを通り、玄関から外へ出た。


          †


 デリヘルグループsweet platinumスウィートプラチナム。経営している三店舗のうち、二店舗が会員制の高級デリヘルだ。どの店舗も質の高い女性をそろえていた。

 事務所は、都心から少し離れたマンションの中にある。四部屋あるフロアを、会社名義で二階分借りており、嬢の待機場所や指導場所、宿泊所として利用していた。

 先ほどまでメイコがいたのは、来客用に使う洋室だ。隣接するリビングには、スタッフのデスクがまとめて設置されている。

 デスクに座る優希ゆうきがふわふわとした声を放った。

「デリヘルで働くにはおとなしすぎる女性でしたね~」

 黒髪にグレーのパーカー。見た目はどこにでもいる普通の青年だ。

 斜めとなりのデスクから返事が返ってくる。

「あれはあれで需要があんだよ」

 黒のスーツを着た中年男性が、頬づえをついている。目つきが鋭く、眉間のしわも深い。全身に肉がつき、スイカでも入れたかのような腹が重々しい。

 こう見えてsweet platinumスウィートプラチナムの部長だ。

「いかにも旦那に恵まれない人妻って感じがあんだろ」

「ってことはplatinum latteプラチナム ラテのほうですかね」

「そうだろ。年齢的にもな」

 platinum latteプラチナム ラテは、系列の中でも熟女を専門とした店だ。熟女とはいえ、その年齢は三十代から四十代。人妻もいればそうではないものもいる。

「いつまで続くと思います?」

 部長は首をかしげた。

「いやあ、ありゃすぐやめるだろ」

「いやいや、あの年で、決心して、ウチ来たんすよ? 続くでしょ~」

「あのな、風俗なんて飛ぶのが当たり前の世界だぞ。絶対にすぐやめるね。賭けてもいい」

 女性の案内を終えて戻ってきたメイコが、リビングに入ってくる。それでも二人は話を続けていた。

「いいですよ~、じゃあいくら賭けます?」

「ああん? 俺に小遣いでもくれんのか?」

 メイコが眉をひそめて口を挟んだ。

「なんの話?」

「あ、メイコさん。おかえりなさい。指導に行ったんじゃないんですか?」

「今日は夏妃さんが来てくれてるの。だからお任せしてるわ。……で? なんの話をしてたの?」

 腕を組んでむすっとした表情を浮かべるメイコに、優希はあっけらかんと返す。

「今回の人は長く続くかな~って。俺は続くと思うんですけど部長は続かないって。メイコさんはどう思います?」

「またそんなつまらないことで賭けを……」

 メイコは額をおさえ、ため息をつく。優希は気にせず続けた。

「絶対に簡単にはやめないと思うんですよね~。なんか訳ありみたいでしたし。社長だってここにいたら絶対俺の味方してくれますよ」

「社長はそもそもこんなくだらない賭けはしません」

 メイコが部長に視線を向けると、部長は同意を求めるように言った。

「おまえもわかるだろ。あのタイプはぜ~ったいにすぐやめるって」

「まあ、確かにそういう世界ですけど。一概には言えないんじゃないですか?」

「お? じゃあおまえも賭けてみるか?」

「なんでそうなるんですか……」

 部長のとなりにメイコは座る。メモ帳になにやら書き込んでいった。そのあいだも、二人はいくら賭けるだの下世話な話を続けている。

「いい加減つまらない話はやめてください。はいこれ、優希くん」

 立ち上がり、書き込んだメモを優希に差し出した。

「これで新人さんの仮プロフィール作っといて。社長が来たら確認してもらうから」

 優希は腰を上げて受け取った。

「了解で~す」

 リビングにタイピング音が響く中、メイコの冷静な声が部長に向いた。

「部長は暇なら送迎についてください」

「なんで?」

「なんでって。そりゃそうでしょう。私、今、新人さんのフォローについてるんですから。私のぶんも車回してもらわないと」

「今出てるドライバーで足りてるんじゃねえの?」

「ハプニングが起こらないとは限りませんから。……ほら、もうすぐレンさんの終了時間せまってますから、早く車出してください」

「はーい」

 メイコの言動に部長はしぶしぶ立ち上がり、事務所をあとにした。

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