律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
上 下
20 / 72
第一夜 Executive Player「律」

ボタンの掛け違い 2

しおりを挟む



「俺以外のホストだったら喜んでいれたんだろうね。今日は結構な額を財布につめてきてるんだろうし」

「二回目来たらいいって言ったじゃん! あんたのことも指名してるし」

「でも、きみはきっと、予算以上のものを注文しちゃうでしょ」

「そんなの、入金日までに金を持ってきたらいいだけでしょ。わたしだってそれなりに稼げるし」

「ツケろってこと? 会うのも二回目で、俺はきみの名前も連絡先も知らないのに?」

 女性は目を血走らせながら、顔を伏せる。感情的になるのを必死に抑え込んでいるのか、膝の上にあるこぶしは震えていた。

 ここまでくると、余裕のない女性の言動一つ一つがかわいらしく見えてくる。

「たとえ信頼関係があったとしても、売り掛けはさせないよ。別に、シャンパンをいれてほしいわけじゃないんだ、俺は。一緒にいる時間を楽しいって思ってくれるならそれで」

「ホストのくせに何きれいごと言ってんの? 金と売り上げこそ正義の世界じゃん! どうせおまえも、最初はそう言っておきながら、売り上げ出せなきゃ簡単に捨てるくせに!」

 律の眉尻が、下がる。

「俺は、俺に会いに来てくれるその気持ちを大事にしたいんだ。苦労させてまで通わせたいとは思ってない。実際、お酒飲めないけど通ってくれてる子はいるし」

「ああ、さっきまで一緒にいたオバサンみたいに?」

「そうやって、他人をおとしめないと満足できないの?」

 冷静な指摘に、女性の顔には青筋が浮かぶ。

「きみはとてもかわいくて魅力的なんだから、人をわざわざ下に見る必要なんてないのに」

 何を言っても伝わらないことは、律もわかっていた。

 彼女は、ホストクラブに慣れすぎている。金を出せば出すほど男性にチヤホヤされ、感謝され、大事にされると思っている。金がなければ一気に見捨てられる、ということも学習してきた。

 ホストクラブでは金を持っているものが絶対的な正義。金でしか自分の価値を示すことができない場所。

 それを覆すようなことを言う律に、混乱してわめき散らすのも当然だ。

 これは、律のエゴだ。自分のせいで女性に傷ついてほしくないがためのエゴ。体を犠牲にして貢がれても、律にはそれに見合ったものを返せはしないのだから。

「金を使うことだけが愛される方法じゃないし、金だけがきみの価値じゃないよ。俺のこと、まだ信用できないだろうけど。一緒にいることで、少しでも自分の価値に気づいてほしいなって思う」

「ホストのくせに説教してんじゃねぇよ」

 うつむく女性の声は、震えていた。

「じゃああたしは、何も頼めないわけ? 酒も頼めない、シャンパンもたのめない、……あんたは他の金持ちババアのとこへいく。あたしがなんのためにホスクラ来てると思ってんだよ」

「誰かに必要とされたいからだよね?」

 ここにいるホストの誰よりも、甘く、優しい声だった。が、女性は敵意をむき出して、テーブルにこぶしをたたきつける。

「じゃあどうやったらあんたはあたしとアフターすんだよ! 結局は金次第だろうが!あたしはそれ以外に望んでねえんだよ! ホスクラなんて金出したやつがいつだって勝ちだろうが!」

 この仕事をして、もう長い。この世界、金がすべてだ。救いなんてない。

 そんなことはとっくにわかっている。自分がどうにかしてあげようにも、伝わらずに変わらない相手はザラにいる。

 伝わらない経験をするたびに傷ついて、自身がまだ甘ちゃんであることを、嫌というほど思い知らされる。

 誇り高きナンバーワンも、しょせんは未熟な青二才だ。

「言っとくけど、俺が枕をしないのはウソじゃないからね」

 涼し気な笑みで、女性を見下ろした。

「さっきも言ったよね? 俺は俺に会いに来てくれただけでうれしいよ。そんなきみのことをもっと知りたいと思ってるんだ。きみの名前すら、知らないわけだし」

「……んだよ、それ……」

「さっき話してたとき、すごく楽しそうな顔してたじゃん。その顔が見れるだけで全然いい。きみが金を出さなくても楽しめるように、俺が頑張るからさ」

 律は女性の肩に触れ、穏やかに続けた。

「無理、しなくていいよ。そんなに生き急がなくていい。お互いのこと、ゆっくり知っていこ」

 一瞬のでき事だった。律にも何が起こったのか理解が追い付かない。

 律の額に走った衝撃。周囲の悲鳴が聞こえたかと思えば、すぐに静まり返った。

 鈍い痛みとともに、目の前にチカチカと星が舞う。かと思えばそれは、席の上につられたライトの明かりで――。

 律は額に手を当てる。そのとなりで、女性が灰皿を振り上げていた。

「ふざけんなよ! この偽善ホストクズ野郎が!」

 振り下ろされる前に、かけつけたスタッフが女性の両手をつかんで止める。

 律はのんきに、額に当てた手を見つめていた。手のひらは真っ赤に染まっている。もう一度触り、骨が変形していないことを確認した。意外にも頭蓋骨は丈夫にできているようだ。

「くそがっ。はなせよ!」

 激しく抵抗している女性を、スタッフ数人で必死におさえている。別のスタッフが律にかけより、腕を肩に回して立ち上がらせた。

 支えられながら離れていく律の背中に、怒声が放たれる。その声は、涙交じりだ。

「この……さっきからあたしのプライド踏みにじりやがって! てめぇみたいなのがナンバーワンとかふざけんな! 」

 頭がくらくらする。スタッフに遠慮しようとするものの、自分では歩けない。スタッフに体をあずけるしかない。

「おい! 逃げんな! そのツラボコボコにしてやっから! うだうだ説教垂れ流しやがって! ホストなんか辞めちまえこのばーか!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...