死にたがり予言者と迷える子羊たち

冷泉 伽夜

文字の大きさ
15 / 15
THE DEVIL ~星空の出会い~

星空の約束 3

しおりを挟む



「……ほんとうに、きみは、不思議な人だね」

 いや、俺からしたらあんたのほうが不思議なんだが。

 星空せいらは喉を鳴らす。

「僕が占い師だって言うとね、大体の反応は二つに分かれるんだ。興味津々になるタイプと、頑なに占いを否定するタイプ。前者は女性、後者は男性に多いかな。でもどっちも、共通してることがあってね」

 星空せいらの目が、まっすぐに俺を向く。相変わらず吸い込まれそうなほど、輝かしい瞳だ。

「どちらも、『さあ、言い当ててみろ』って感じで黙り込むんだ。……きみみたいに、会話がしたいってわざわざ言ってきた人は、いなかった。そんなきみだからこそ、ここで、悪魔の逆位置が出たんだろうね」

「それは、褒めてんのか?」

「少なくとも、悪い意味では言ってないよ。きっと、僕も、きみと同じ。……対話、したかったんだ」

「ああ、そう」

 星空せいらは、目を伏せ、バッグのひもを両手で握りしめる。ためらうように、ぎこちなく声を出した。

「だからさ、これからは名前で呼んでもいい?」

 そういえば、俺はこいつの名前知ってるけど、こいつは知らないんだよな。いつまでもきみって呼ばれるのもな~。

 ……ちゃんと教えといてやるか。

「ありがとう、ヒナタ」

 みずみずしい声が、俺の耳に入り込む。温かいなにかが、体を包んだ。

春日野かすがの陽太ひなた。身長は百八二センチ。血液型はB型。生年月日も言おうか?」

 こいつ……。

 ああ、そうだった。俺のことなんてなんでもお見通しだもんな。

「僕の名前はわかるよね? 星空せいらって書いて、せいら。如月きさらぎ星空せいら。年齢は、ヒナタの五つ下」

 わけえじゃん。人生これからじゃん。それでも死ぬ必要があんのかね。

「わかってるんだったら最初から名前で呼べばいいのに」

「呼ぶ必要がなかったんだ。今までは占う相手を知るために必要だっただけで、占いが終わればもうさよならだった。……だから、誰かと名前を呼びあえるのは、うれしい」

 満面の笑みを浮かべる星空せいらの周囲は、より輝きだした。

 ……こいつも友達がいなかったんだな。これから俺がめんどう見てやるか。なーんか全体的に世間知らずっぽいし。

「そうと決まれば、どこで占いやるか決めないとな。女がよく来るような場所で……人通りが多くて入るのに抵抗がなくて……ってなると、結構金がかかるぞ~」

「確かに、僕たちの所持金じゃ足りないかもね」

 言いながら、星空せいらはがさごそとボディバッグを探る。取り出したのはハイブランドの財布と某お菓子のパッケージ。百万円がちょうど入るサイズで、歓楽街に通ってるやつにはおなじみのやつだ。

「おまえ、それ……」

 おそるおそるハイブラの財布を指さす俺に、星空せいらは平然と答える。

「そう。さっき報酬としてもらったんだ」

「誰から?」

「さっきのおじさんから。財布がなくなってることにはまだ気づいてないだろうけど」

「盗んでんじゃねえかよ」

 星空せいらはムッとして言い返す。

「違う。ちゃんとした報酬なんだ。僕が受け取ってもいいやつなんだよ」

「いやいやいやいや、どうすんだよ。あのおっさんが気付いてまた襲ってきたら」

 俺の心配をよそに、星空せいらは笑った。財布を上に投げて、得意げに遊んでいる。

「大丈夫だよ。あの人を救ったお礼、なんだから。これをもらってなかったら今頃もっと悲惨なことになってるよ」

 星空せいらは財布を手に持ち、まじまじと見すえる。

「中身は、五万くらいだね。財布はいつか返すから売れないけど」

 もはや透視じゃん。……っていうか。

「俺に比べておっさんからもらう額えぐすぎないか? ってか、そっちのやつはなに?」

 もう片方の手にあるお菓子のパッケージを指さす。

「え? ああ、こっちは違うよ?」

 星空せいらは先ほどまで眺めていたほうの財布をしまい、お菓子のパッケージを振ってみせる。

「これは昨日の報酬」

「あ? 昨日?」

「そう、昨日。きみとゴミ捨て場で会ったとき、ぼくがホストのお兄さんに助言してたでしょ? その報酬を今日もらったってわけ」

「え? ああ……」

 なんか、そんなことしてた気も……? あのときもボコボコにされてて、よく覚えてねえなぁ。

「言ってたんだよ、あのお兄さんに。寝取られた分を取り返したいなら女の子に連絡しろって」

「それで百万?」

「さっきみたいに僕が助言をして、いい未来が確定したときに報酬をもらう。未来が変わる度合いが大きいほど、必然的に報酬は高くなる」

 星空せいらって報酬設定にルーズだと思ってたけど、意外としっかりもらっていくタイプだったんだな。

「まあね。あのホストのお兄さんがこれからも女性たちから金を搾り取れると思えば、百万くらい大したことないでしょ」

「……なるほどな」

 こいつ、思った以上に金になるかもしれない。

「今すごい本音が聞こえたけど?」

「そんなことより、それどうやって手に入れたんだよ。あの茶髪野郎が素直に払うとは思えねえし」

「あ、無視したな」

「ホストのために客が大事に握りしめてるやつだぞそれ。金がふってわいたわけでもないだろ?」

 星空せいらはあっけらかんと答えてくれる。

「その表現はあながち間違ってないよ。きみにご飯をごちそうしてもらったあと、歓楽街をうろついてたら目の前でこれを落とされたんだ。女の人は気づかずに昨日のホストとデートしてた」

「いや、だからそれは窃盗……まあいいか。あの茶髪野郎が今頃どうなろうと知ったこっちゃないし」

「もう少ししたら、ホストのお兄さんも女の人も大パニックだろうね。でも、今日だけだよ」

 そろそろ、ホストクラブが開く頃合いだ。

 ホストも客も、売り上げをたたき出すつもりでクソ高い酒を下ろすはず。さんざん盛り上がった結果、大事に持ってきたはずの金がないとなると……。

 あのクソ茶髪ホスト野郎による断末魔の叫びが、今からでも聞こえてきそうだ。

「報酬はね、大体は運命みたいに自然と手に入るものなんだ。でも中には、それを無理やりねじまげてでも、支払いを拒絶する人がいる」

 星空せいらはいつになく真剣な表情だ。

「これもまた、需要と供給のバランス。莫大な報酬をしぶれば、最悪、命が代わりとして奪われる。……まあ、でもヒナタのことだから、報酬の未払いを見過ごすことはないだろうけどね」

 その表情は、信頼のある笑みに変わる。

 瞳から放たれる紫色の光が、あまりにも謎めいて、キレイで、おそろしい。こんなやつとこれから一緒に過ごすのだと思うと、なかなかに興奮してきた。

 俺は、今、人生で一番、生きがいってものを感じている。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...