13 / 15
THE DEVIL ~星空の出会い~
星空の約束 1
しおりを挟むあんなにも強く照らしていた西日は、沈みかけていた。空は夜の色へと移り変わっていく。紺色が濃い方向では、うっすらと、星が見え始めていた。
海にかかる橋の歩道を、波の音を聞きながら進む。渡っているのは俺たちだけ。車道には車がまったく走っていない。
まるで、この世界に俺と星空しかいないかのようだ。
となりにいる星空|《せいら》に顔を向ける。その目はもう閉じていたが、堂々としていた。
キレイなのに、もったいないな。まあ、本人が不自由なくすごせるならそれでいいし、俺がとやかく言うことでもないか。
「僕のこれは、きみの女難の相と同じようなものだよ」
「……また俺の心勝手に読んだだろ?」
「あったら便利だけど、なくても困るようなものじゃないんだ」
「無視すんな。そんなに聞きたきゃ直接言ってやるから。きれ」
「言っただろ、バランスだって。特別なものをもらったぶん、特別な苦労も多くなる」
……こいつわかってて割り込んだな。褒めてんだから素直に聞いとけばいいのに。
星空は俺のことを無視して、言いたいことだけを続ける。
「だから、僕はきみを助けることができない」
俺の反応を気にするように顔を向け、正面に戻す。相変わらず目はつぶったままだった。
「生まれ持った女難の相を引きはがすことはできないんだ。僕の目を、取り換えることができないようにね」
また俺の機嫌をうかがうように顔を向ける。
こいつ、俺がファミレスにいたときみたいに怒鳴り散らすとでも思ってんのか。俺は別にクレーマーじゃねえぞ。できねえならできねえでしょうがねえだろ。
「きみに誠実性がないのは事実だけど」
「んだとっ」
「ほら、怒るじゃん」
ぐうの音も出ない。っていうか今のはわざと怒らせてきたんだろうが。
「ごめんね。僕はきみを、救ってあげられない」
星空の声は、暗かった。自身の力不足を嘆いているのか、俺の失望を買うことを身構えているのか。……まあ、どちらも、なんだろう。
歩いても歩いても、目的地には、まだつかない。橋が長すぎるんだ。暗がりになった空で、星がきらめき始める。
繁華街の中だったら絶対に見えない光景だ。夜空を見上げながら、足を止めた。
「なあ。今、どこに向かってるんだ?」
立ち止まった俺に合わせるよう、星空も止まる。
「タクシーが拾えるところ、だけど」
「呼べばいいじゃん。スマホで」
「僕は持ってないし、呼んだところでここまで来るのに時間がかかるだろ」
「確かにな。じゃあ聞き方を変えるわ。拾ったところでどこに向かえばいい? 俺には帰る場所なんてないのに」
夜空から視線を下げて星空を見ると、星空は答えにくそうにうつむいていた。
こいつは当然わかってんだ。俺にはいくべき場所なんてないって。どこに行ったって状況は変わらないって。
頼るべき人も帰る場所も、ないんだって。
「答えられねえくらいなら、人の心読むなよ。勝手に、期待させんなよ」
「ごめん。でも……」
「謝んなっつの。わかってるんだ。あんたはただ、自分のやり方に従っただけ。今だって、あんたなりに気を遣って一緒にいてくれてんだよな」
女に好かれてひどい目に合うってのが俺だけなら、まだよかったんだ。この「女」には、母親も含まれていた。
思い出すのも吐き気がするようなよくある話だ。決して、健全な家庭、なんかじゃなかった。言葉にしたくもないし、声に出したくもない。
でもされたことの記憶は消えないし、頭に浮かぶこのトラウマが、星空にはそのまま視えてしまう。向けられる好意も、自分の顔も、あれほど嫌になったことはない。
結局、俺のせいで両親は離婚した。母親から遠ざけるように父親がひきとってくれた。でも父親が再婚しそうになるたびに、俺のせいで破談になる。
父親は俺のことを責めなかった。だからこそ俺は、家を出た。
父親が今どうしてんのかわからねぇ。再婚なんてしてたらますます帰れねえ。母親のところなんてもってのほかだ。
家族なんて、作らないほうがいい。気ままな一人で、いい。
「僕も、ないよ。帰る場所」
きっとウソじゃない。こいつは同情するためにそんなウソつくヤツじゃない。
「ウソじゃないよ。僕ばっかりわかっても、フェアじゃないだろ」
星空は困ったように笑う。
「そう思うんだったら、なんで帰る場所がないのか教えろよ」
「……きみと同じだよ。帰りたくないし、帰れないんだ」
「同じなことないだろ」
「同じだよ。この目で、家族が、壊れたんだから」
声に、感情がなかった。占い師という職業柄なのか、それともわざわざ感情的に話すことでもないと思っているのか。
まあ、確かに。家族にこんな目をして不思議な力を持っているやつがいたら、何かしら面倒なことは起こるんだろうな。
「そう。だから、ひとり。カードが導く先が目的地。気ままに歩いていくだけ。家を出てから、ずっとそうしてきた」
「……カードを拾ったやつを占って、金をもらいながら、転々としてるってことか?」
「そうだね」
言うのは簡単だが、実際にはかなりシビアなんじゃねえの? 占いを信じてくれるやつばかりとは限らないし。突然占って金を請求されても払わないやつだっているんじゃないのか?
「お金じゃなくてもいいんだ。ある人は野菜のスープを作って泊めてくれたし、おにぎりの人もいた。コンビニのお弁当の人もいたね」
「食いもんならなんでもいいんだ?」
ファミレスでがつがつ食べてた星空を思い出す。あれは今思い出しても、ハムスターが餌をほおばってるところにしか見えねえな。
「……食い意地はってるみたいな言い方だなぁ。報酬として成り立つならなんでもいいんだ。食べ物でもお金でも宝石でも。僕の能力と同等の価値があればね」
「じゃあ、俺もあんたの宿代くらいは払わなきゃいけないんじゃないのか?」
「……さっきも言ったけど、それはわかんない。きみの悩みを完全に消したわけじゃないし、頼まれてもないのにきみの未来を変えた。報酬をもらえる立場にないと思うんだよね」
不器用だな。占いで生計立てるんだったら、もっとやりようがあるはずなのに。
「別に、お金を稼ぎたいわけじゃないからね」
「でもそんなんじゃ長くは続けられないだろ、体力的にも金銭的にもさぁ。それ、いつまで続けるつもりなんだ?」
なんとなく疑問に感じて尋ねただけだった。神妙な顔になる星空の答えは、俺の予想を大きく外れていた。
「死神のカードが、出るまで」
潮の匂いをのせた生ぬるい風が、頬をなでた。
星空の髪が、揺れている。
「なかなか、出ないんだ、これが。まだ、この世界に必要とされている証拠、なのかもしれない」
「じゃあ、死神のカードが出たら辞めるんだ?」
「うん。この世界を、切り捨てる」
星空の目が、ゆっくりと開いた。
「死神のカードが出れば、僕はようやく、死ねるんだ」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる