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一年目
その存在は吉か凶か 2
しおりを挟む会長は腕を組み、目を伏せる。先ほどまでの笑みは消えていた。
「そこまでして、あれが売れるって本気で思ってるのかね、社長は」
目も声も、冷ややかだ。
「あれくらいのグループ、適当に見繕えば替えがきく。でも、純くんは替えがきかない」
真剣な表情で考え込む会長に、月子は冷静に尋ねた。
「どうして、そうお思いに? 純くんのどこに才能をみいだしたんですか?」
視線を月子に戻した会長は、少しだけ声色を和らげる。
「あれ? わかんない? 友達なのに?」
「はい。歌もダンスも苦手みたいですし、アイドルとしてはいかがなものかと……」
会長は勝気な笑みを浮かべた。
「まあ、アイドルには向いてないよね、彼」
「はい。俳優とかタレントのほうがいいんじゃないですか? 本人にも言いましたけど、微妙な反応されて……」
「ああ、俳優か。俳優はいいね。めちゃくちゃ影響力持ちそう」
会長はうんうんとうなずいた。なにかを思い出すように上を見つめ、一段と低い声でつぶやく。
「月子は、座敷わらしって知ってるかい?」
会長が視線を下げると、月子は平然とうなずいた。
「彼はそれだよ」
月子の表情は変わらない。否定はせず、とりあえず話の続きを待っている。
「座敷わらしってさ、ようは、幸運を導く妖怪でしょ? 座敷わらしが住んでる家は、何もかもがうまくいく。商売も、一族繁栄も、とにかく成功していくんだ。……でも」
月子を見すえる会長の顔に、影がかかる。声をひそめ、真剣に続けた。
「座敷わらしを傷つけて、嫌われたりしたら大変だよ? 仮にも妖怪だからね。座敷わらしが去った家は、崩壊するのさ。借金はできるし一族も途絶える」
「彼が、幸福を運び、不幸を運ぶような存在だと?」
「断言はしないけど。本来ならそれくらい、大切に扱うべき存在だってこと。まあ、僕はもう経営から退いてるから、会社がどうなろうと正直どうでもよくはあるんだけどさ」
ここまで聞いても、月子の表情は変わらなかった。しかしなにかを考えるように目を伏せる。
社長は声を潜めたまま続けた。
「少し前、純くん、受験で休んでたよね? ……四カ月とちょっと、休んだんだっけ?」
「そうですね」
「最初の一カ月目にね、グループの仕事が極端に減ったんだ」
月子は一瞬、目をぱちくりとさせたものの、冷静に返す。
「それは、グループの仕事がそのぶん前倒しになったからでしょう?」
「うん、その可能性が高いね。だから二カ月目はもとの状態に戻った。ところがそこから、グループの仕事が減ったんだ。特に、テレビに出る仕事がね。あの千晶主演の単発ドラマの話も、一個消えてる」
「……そんなの。気にするようなことでもないのでは? たまにはそういうこともありますよ」
「そうだね。確かに。純くんがいなくなったからだって決めつけるのは早計だ」
会長はうんうんとうなずく。
「とはいえ、純くんと仲がいいなら、きみはこの先も安泰だよ。彼と関わっていく中で、僕の言っている意味がいずれわかってくるさ」
眉をひそめる月子に、会長は満面の笑みを浮かべた。まるで孫をからかうかのようだ。
「きみは絶対に、これから忙しくなる。学校にも行けないくらいにね。ま、きみにとってはそれが本望だろうけど」
「わたしは」
ひときわ強い声だった。会長をまっすぐ見つめ、堂々と言い放つ。
「私の実力で仕事をつかんでいるつもりです。彼と友達だからではなく、わたしが今まで結果を残してきたから忙しくなるんです」
はっきりとした否定に、会長は笑ったままだ。
「……ああ、もちろん。そのとおりだよ、月子に才能があるからだ。きみに仕事が舞い込むのは、きみの評判がいいからに決まってる。でもね」
優しく、諭すような声に変わる。
「彼に気に入られれば、きみが、道を踏み外すリスクも減るんだよ」
反論はない。が、月子がついた盛大なため息が、納得していないことをありありと示していた。
会長はあいかわらず、幼い子供を見るかのような目で月子を見ている。
「僕の目が黒いうちは、まだまだ君のことも守ってあげなくちゃね。……じゃあ、また会おう」
会長は颯爽と席を立つ。伸びをしながら背を向け、月子から遠のいていった。ちょうど到着して開いていたエレベーターに乗り込んでいく。
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