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一年目
最高のご褒美 2
しおりを挟むこの日は千秋楽、最後の公演ということもあり、早くから席が埋まっている。
純は恵に連れられて、舞台がよく見える二階の端へと向かった。そこら一帯は関係者席となっており、最近見かける若手俳優やアーティスト、誰もが知るような映画監督も座っている。
バラエティの司会でよく見る大物芸人たちは、家族連れで見に来ているようだ。
「あ、恵さん。お疲れさまです」
「おつかれ」
同じ事務所のタレントからあいさつされる恵のとなりで、純は関係者席に座る人物を一人ずつ視ていた。性格や将来を軽く読み取っていく。
怪しい人物はいない。異性関係に問題がある人物はいたが、父親に害はない程度だ。
「あ、純、ここよ、ここ」
母親の声だった。二階席の一番前で、女優の美浜妃が手を振っている。純と同じ、妖艶なキツネ目に目じりボクロ。栗色のボブヘアはアホ毛一つない。色っぽいオーラが全身からあふれていた。
「ママ!」
純は満面の笑みで手を振り返し、妃のもとへ足を進める。
隣の席に腰を下ろすと、妃が穏やかで落ち着いた声を出す。
「家族三人で何かするって久しぶりね。嬉しいわ」
「うん、俺も嬉しい」
「純も招待されてるってきいたときはびっくりしたけどね」
「え? 招待?」
きょとんとしている純に、妃はにこにこと続ける。
「この舞台の監督さんがパパの仕事仲間なの。ご家族でどうぞって言われたから、都合がつけば純もつれていこうとは思ってたんだけどね」
純をはさむようにして恵が座った。妃の言っていることがいまいち理解できていない純に、説明する。
「ここに来てるのは、監督や出演俳優に招待された人たちなんだ。大体は仕事仲間とか後輩とか友達なんだけど。……で、純は、主演から招待されたってわけ」
「月子ちゃんから?」
「監督、月子に純を招待することができないか聞かれてびっくりしたらしいよ。月子は天邪鬼な性格だから、今まで自分から招待したがることはなかったんだって」
純の心が、温かいものに満ちていく。
「そうなんだ。……嬉しい」
月子は覚えていたのだ。純の「見に行きたい」という言葉を。
純がチケットをとるのを拒絶していたのは、招待を考えてくれていたからだ。必死に稽古を繰り返していた舞台を、見てほしいと思ってくれていた。
笑みがこぼれる純に、妃も笑う。
「月子ちゃんと、とても仲良しなのね」
「うん。だから、見たかったんだ、この舞台。月子ちゃん、たくさん頑張ってたから」
恵と妃は顔を見合わせ、ほほ笑みあう。二人のその姿に、純は家族三人でいることを改めて実感した。この状況もまた、嬉しくて仕方ない。
†
ブザーの音が鳴る。照明はすべて落とされ、静寂が場を支配した。舞台中央にスポットライトが照らされ、壮大な音楽とともに、幕が上がった。
月子の姿が現れたと同時に、歌声が響き渡る。月子ソロのオープニングだ。
西洋風の、かわいらしい少女の衣装を身にまとい、かれんに、軽快に歌い踊る。いかにも彼女が主人公だと知らしめる歌とダンスで、観客はくぎ付けだ。
歌が終わると物語が始まる。孤児院出身の女の子が、歌やダンスでお金を稼ぎながら、両親を探すために世界中を旅してまわるストーリーだ。俳優陣が実力派ぞろいの中、月子の演技も負けていない。
世界各国の特徴を入れ込む音楽と歌。衣装をいかす華やかなダンス。聴覚も視覚も、とにかく印象に残る演出だ。
各シーンがすべて頭に残るほどだった。誰もが主人公の少女を応援し、共感し、両親との再会に涙した。
やがて、舞台が幕を閉じる。心がずっと動かされっぱなしの舞台だった。カーテンコールでの俳優陣の登場に、観客は盛大な拍手を響かせる。
衣装に身を包んだ主役の月子が、一歩、前に出た。
「エスペランサ役の渡辺月子です。まずは、ともに稽古を続けてきた俳優陣の皆様。舞台演出を支えてくださった製作陣の皆様。そして、最後までご覧になった皆さまに、心より感謝申し上げます」
月子のあいさつは、大人顔負けに堂々としており、丁寧な言葉づかいで感謝を述べていた。観客は全員合点がいったはずだ。この月子だからこそ主人公を完璧に演じ切り、歌とダンスにも妥協を許さなかったのだと。
「ほんとうに……すごい」
これが芸能界なのだ。人々を魅了してやまない世界だ。
純はイノセンスギフトに加入して初めて、目が離せないほどの才能を見た。ステージに立つ月子を見て、月子への期待と高揚感が全身に満ちていく。
純は思い知った。彼女こそが芸能界で生き残る華なのだと。常にスポットライトを浴び続け、そのための努力すら楽しめる存在なのだと。
この先も、女優として、歌手として生き続ける。彼女のキラキラとした未来が、はっきりと視える。
あろうことか純は、イノセンスギフトを差し置き、渡辺月子が大物になる未来を予見したのだった。
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