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二年目
未来を視る代償
しおりを挟むこの日、イノセンスギフトは会議室に集まっていた。テーブルを囲うように座り、上席に顔を向ける。
そこに座っているプロデューサーが声を張った。
「来年度のスケジュールだけど、新曲の発表は控えようと思います。その代わり、ライブは多いですよ。長期休暇は一切ないと思ってください」
プロデューサーの顔を見すえる純は、続きを予測して眉を寄せる。
「ただし、年下組にかぎって、ですけど」
空気が一瞬で冷え込んでいく。壁際に待機しているスタッフたちは、当然のようなそぶりで平然としている。
年上組はぼう然とし、年下組はなんの反応もできないでいた。
純は、となりに座る千晶を見る。今日も整ったキレイな顔で、プロデューサーを見すえていた。
当然の流れではあった。イノセンスギフトの中で、個人のパワーバランスが日に日に偏っているのだから。
今のイノセンスギフトは千晶一強。運営が他のメンバーと格差をつけるのも当然のことだ。
千晶と目が合いそうになり、とっさにそらす。
「イノセンスギフトのライブは夏休みと年末年始。それ以外の連休には年下組のライブで埋まります。ライブのために年下組のみのシングルもリリースします。これ、アニメの主題歌になる予定なので」
純は予想される忙しさに顔をしかめた。ライブが続くと、稽古とリハーサルをくり返す日々になる。学業とどう折り合いをつけるかがカギだ。
「星乃!なにぼーっとしてんだ。おまえも年下組だぞ、わかってんのか!」
プロデューサーの隣に座る熊沢が、怒声を上げた。
「はい。すみません」
「三人に比べたら全然結果残してないくせに、最近は調子のってるからな。おまえはみんなの倍は稽古しろ! 高校生活楽しんでる余裕なんかねえぞ!」
「はい。がんばります」
純はにっこりと笑う。
周囲のスタッフが熊沢の言葉に賛同するよう、陰口をたたきはじめた。
「大丈夫なの?」
「坂口たちに比べたらさぁ……」
とげとげしい声は、純の耳と肌をチクチクと刺してくる。
それに反して、背中に温かいものがそえられた。千晶とは逆どなりに座る爽太が、純の背中に手をあてている。
「大丈夫。俺が手伝う」
今までで一番穏やかな声だった。純は返事の代わりにほほ笑んでみせる。
落ち着いた熊沢の声が、さえ渡った。
「来年度は氷川が受験生だから、それを考慮してのスケジュールになってる。氷川以外はそれぞれにできることをやるんだぞ。得意なことを伸ばす期間ととらえてもいいし、苦手なものを克服する期間と考えてもいいし」
その瞬間、冷ややかな視線が要に集中した。要のせいで仕事が少なくなったとでも言いたげな空気だ。
とうの要は頬づえをつきながら、神妙な顔でプロデューサーたちを見すえている。純が気の利く言葉をかけたとしても、要のプライドはそれを許さない。
フォローするようなプロデューサーの声が、続く。
「確かに年上組の仕事は減るけど、がっつりってわけじゃないから安心して。グループとしての雑誌撮影とテレビの出演は、氷川だけ出ないって形になるだろうから」
来年度のスケジュールに関するミーティングはまだ続く。プロデューサーの話半分に、純はあたりを見渡した。
プロデューサーの話にみんなが顔を向け、集中している。
余計な感情が純に向いていないからか、それとも純自身に心のゆとりがあるからか。あるいはその逆か。――それは、いきなりのことだった。
アンテナが折れたときのようなテレビの砂嵐が、一瞬だけ視界を覆う。
「――あっ……」
全身に冷や汗が流れた。この感覚は危険だと本能が拒絶する。
――だめ。いやだ。どうして。今までそんなことなかったじゃん。俺は知りたいと、思ってない、どうでもいい、のに……!――
瞬間、すべての感覚がシャットダウンする。頭の中のブレーカーが切れたかのようだ。プロデューサーの声も遠くなり、体が動かない。肌で感じる空気の流れが明らかに遅い。
代わりに、膨大な量の情報が、土石流のように頭へなだれ込んできた。
抵抗、できない。
「――う……」
メンバー個人の思考、性格。
イノセンスギフト全体の仕事量。
メンバー個人での仕事量。
本人たちがどれほど前向きに取り組んでいるか。
プロ意識の個人差。
自己肯定感の個人差。
大人の言うことに従順か反抗的か。
売れるためならなんでもできるか。
スタッフはどのようにグループを認識しているか。
個人にどのような評価をしているか。
メンバーにどのような対応をしているか。
アイドルグループに対し、どのような意欲を持っているか。
もっと売れさせるための対策はどう考えているか。
好みのメンバーに意識が偏っていないか。
上の指示に従順か、メンバーの状況を優先するのか。
自身の評価がすべてか。
前向きに仕事に取り組んでいるか。
メンバーはこれからどうしたいのか。
スタッフはイノセンスギフトにどうなってほしいのか。
――さすがに処理しきれない。キャパオーバーだ。今にも頭が破裂しそうだった。
机にひじをつき、頭を抱える。
呼吸が乱れ、指先が震える。脳がぐしゃぐしゃにかきまわされているような気持ち悪さに襲われた。
そんな純に気づくものがちらほらとでてくるものの、誰も心配するような声はかけない。
「なに?」
「かまってちゃん?」
スタッフたちの嘲笑が聞こえる。
純の顔には脂汗がにじんでいた。
頭を酷使しすぎた。脳の動きが限界を超える。
純の人生の中で、これほどの人数の思考を一度に読み取ったのは、初めてのことだった。
「ちょっと、大丈夫?」
さすがに異変を感じたのか、爽太が純の背中に手を当てる。
ここでスタッフたちもようやくざわつき始めた。熊沢の舌打ちが聞こえる。
「どうした、星乃。具合悪いのか」
「いえ……大丈夫です」
爽太が純の顔をのぞきこむ。
「どこが大丈夫なんだよ! 顔真っ青だよ?」
その言葉に、プロデューサーが穏やかに続けた。
「少し手洗いに行って来たらどうですか? 落ち着いたら戻ってくるといいでしょう。話はまたマネージャーのほうから聞けばいいから」
「……はい」
純はゆっくりと立ち上がる。爽太が手を貸そうとするが、「大丈夫」と断った。断ったときに出した純の手先は、震えている。
「すみません。すぐに戻ります」
プロデューサーやスタッフたちに頭を下げつつ、稽古場を出た。プロデューサーが閉じたドアを見つめ、半笑いで言う。
「センターならともかく、はしっこのやつが体調不良?」
熊沢が、続けた。
「ねえ? 意味わかんないっすよね」
スタッフたちも、おかしそうに喉を鳴らす。
その会話を、純はドアの横で聞いていた。
少し歩けばすぐにつらくなり、壁にもたれつつ座り込む。ゆっくりと呼吸しながら、目をつぶった。
脳は限界を迎えても、彼らの未来は、まぶたの裏で鮮明に視えていた。
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