星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

反抗と敵意と宣言

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「今年もフローリアで出たらしいよ……逮捕者」

 雑誌撮影の控室には、不穏な空気が広がっている。この場にはイノセンスギフトのメンバーしかいない。

 すでに準備を終えてテーブルを囲み、スタッフからの呼び出しを待っていた。

「なんのはなし?」

「フローリアの先輩アイドルがほら……酒に酔って人を病院送りにしたってやつ」

「ああ……大丈夫なの? レギュラー番組とか。戻ってこれるの?」

「フローリアだから戻れるでしょ。社長がなんとかするよ」

「……わかんないなぁ。なんでそんなことするんだろ。自分の芸能人生、棒に振るようなこと」

 控室のドアが開く。熊沢が静かに入り、いさめる口調で言い放った。

「こんなところでそんな話するな。外にも声は漏れるんだぞ。誰かに聞かれたらどうするんだ。ったくこれだから星乃は……あぁ?」

 テーブルに、純の姿は見当たらない。

「星乃はどこいった?」

 誰も答えようとしないなか、勉強のためにノートを広げていた要が声を出す。

「トイレに行くって言ってましたよ」

「そうか。じゃあ、さっきの声はおまえたちだったか」

 疲れ切ったため息を、わざとらしくはいた。

「おまえたち自分のイメージが下がるのをなんとも思わないのか。どう見られてるのか常に意識してないとだめだろ。下世話な話をしてるようなアイドルを応援したいと思うか? 細かい言動も評価されてるんだからな?」

 メンバーの数人が不快気な表情を浮かべる。しかし反論はしない。

「特におまえだよ、氷川」

「……は?」

 要は顔をゆがめ、熊沢を見上げた。その手では、ペンを器用に回している。

「意味わかんないんすけど。大体、俺、勉強してましたから。マネージャーの言う下手なうわさ話には一切のっかってないんですけど」

「勉強、ね」

 熊沢が鼻で笑う。

「そんなんでいいのか、氷川。あの星乃でさえ番組のレギュラーが決まってんだぞ? 対しておまえは、ドラマもラジオもバラエティも、なぁんも仕事をもらえないなぁ?」

「うっわ。星乃がいないと俺にしかけてくるわけだ? 前から思ってたけど性格くそやばいっすね」

 要はペン回しをやめ、テーブルに放る。

 熊沢の言うことは事実だ。しかし純のように言われっぱなしでいられるほど、要は大人しくない。

「今は学校のほうを優先させてますから。事務所にも許可とってるんですけど?」

「勉強ばっかするのもよくないぞ。勉強優先だと仕事がもらえなくなるって相場が決まってんだよ、この業界」

「じゃあそれと同じことを上にいる人に自分で言えば? 下にいる俺たちにしか言えないってダサいっすよ」

 他のメンバーが声を出せないほどの不穏な空気が、一気に広がっていく。

 要の言葉に熊沢がひるむことはない。

「星乃の次に危ないのはおまえだからな。ただ注意してるだけだよ。星乃がいなきゃおまえが一番悪目立ちしてんだから」

「てめえ、いい加減にしろよ、さっきから黙って聞いてりゃぁよ!」

 テーブルをたたきながら要は立ち上がる。が、ドアの開く音で空気は変わった。

「あ、すみません。お手洗いにいってました」

 純が楽屋に戻ってきた。悪びれもせず堂々としている。

 顔をゆがめた熊沢が、振り向いた。

「ちっ。おまえな、勝手に単独行動してんじゃねえよ」

 控室の全体を見渡した純は、大体何が起こっていたのかを察した。要を見すえてほほ笑んだあと、熊沢に顔を向ける。

「すみません。でも撮影はまだですよね?」

「いっちょ前に生意気言ってんじゃねえよ。協調性持てっつってんだよ」

「はい。ですから氷川くんにちゃんと言って出てきました」

 熊沢の頭から、ぶちりと切れる音がする。

「おまえ調子のんのもいい加減にしろよ! 仕事もらえたのは自分だけの力です、みたいな顔しやがって」

 怒鳴り声に少し驚くようすを見せつつ、純は熊沢をなだめるように返した。

「そんな顔したつもりはないんですけど。でも、そうですね……」

 上を見て、なんと続けようか考え込む。

 その姿は、明らかに、以前のおびえる純とは違っていた。

「仕事がもらえるのは俺の父親と、イノセンスギフトと、事務所のおかげ、ですよね。マネージャーのおかげでないことだけは確かですけど」

「おまえは……ほんとに図に乗ってるようだな」

 熊沢の体は震え、表情筋がぴくぴくと動いている。その全身から湧き上がるのは、純に対する嫌悪と怒りだ。

「え、違うんですか?」

 なにも気づかないふりをして、純はきょとんとした表情になってみせた。頬に人差し指を当て、アイドルらしく首をかしげる。

「俺の仕事が決まったとき、俺の父親のおかげだなんだ言ってたのはマネージャーでしょ?」

 純のほほ笑みからは、熊沢へのあざけりが、わかりやすくにじんでいた。

「この野郎……!」

 マネージャーが歯ぎしりをしながら拳を握りしめる。

「あ、だめですよ。今はイノギフしかこの場にいないけど、さすがにクビになっちゃいます。二回目ともなると、さすがに上の人に告げ口するメンバーも出てくるでしょうし?」

 純には視える。熊沢の全身からにじむ、ドロドロとした黒い感情が。

 顔をゆがませながら純をにらみつけているものの、純は平然と笑っていた。

「てめえ、おちょくりやがって! このクソガキが!」

「そのように感じたのならすみません。でも事実を述べたまでです」

 純はあくまで丁寧に、淡々と言う。純の変わりように、メンバーもいぶかしげな顔を向けていた。

「正直言うと、俺、まだ熊沢さんを辞めさせるつもりないんです」

 純のキツネ目が、鈍く光る。

「……だって、俺が何をしてもしなくても、あと二年もないうちに辞ちゃうんですから」

「はあ? おれを脅してるつもりか!」

 熊沢の声が楽屋に響き渡る。さきほどメンバーに説教した立場のくせに、自分の評価までは考えられないようだ。

「それはないです。熊沢さんに脅すほどの利用価値はないので。辞めるまでの間、イノセンスギフトでもめ事を起こしてほしくないだけです」

「こんの……」

「トップを目指すイノギフに、あなたは必要ないんですから」

 熊沢が平手を振り上げる。メンバーたちは委縮し、顔を背けた。

 純だけが熊沢を見すえる。熊沢の手が振り下ろされる瞬間、ドアが開いた。

「すみません、撮影のほうお願いしまー……す」

 呼び出しに来た撮影スタッフが、ドアを開けて固まった。熊沢の手が途中でとまる。さすがの熊沢も、この場で純をたたくことはできない。舌打ちしながら、ゆっくりと手を下ろす。

 その姿を横目に、純はつぶやいた。

「よかったですね。ご自身の評価を、さげることにならなくて」

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